宮柊二は、兵隊として中国に派遣される前、
北原白秋を師とあおいで、作品をつくっていた。
白秋は、勤めることを嫌い、文学者プロパーとして生きることを選んだ。
宮柊二が戦争に参加することは、師白秋の期待を裏切ることでもあった。
終戦から時を経て、宮柊二は、サラリーマンとして製鉄会社に勤めつつ、
歌人として、歌を詠む道を選ぶ。
そこから生まれる悩みを、さまざまな歌にして詠み、自分の人生を見つめた。
……
はうらつにたのしく酔へば帰り来て長く座れり夜の雛の前
ほのかな雛の灯のもとに座り続ける壮年の男。何か悲しい。自分はいったいなんだったのか。戦争に行き、辛くも生きて帰ってきた。大家族を抱え、しかも歌人と言う一面を出なかった。しかも、結社と言う組織にかかわってきてしまった。
師白秋との決別以来、さまざまな人生の局面で、決定的な決断をしないまま、
出来事たちと関わってきた。
その孤独感を、しんみり詠うのである。
……
あきらめてみずからなせど下心ふかく俸給取りを蔑まむとす
ある刹那こころたかぶる先生はみづからの家持ち給はざりけり
宮柊二は、白秋との確執以来、サラリーマンとして生きることの意味を問い続けたのであった。それでも生活はあり、仕事はあり、家族があった。また、結社のメンバーを率いなければならない立場にもあった。心の葛藤を持ち続けながら、現実に対応していったのであった。
……
貧しかる俸給取り兼詩人にて年始の道の霜にあそびつ
黙々たる一勤め人秋風の吹きのすさびに胸打たせ行く
沈黙を人に見せざる生活のこのあかつきのひとりの時間
自分のみ愛して遂に譲らずと妻言ひしこと胸に上り来
爪切れば棘のごとくに散らばれり汝が内を見るといふこと
……
歌人であり、サラリーマンであり、家を統べる大黒柱でもあった宮柊二には、別の道を選べない、という苦しみが常に伴うのである。