私のだらしな日記

「更科日記」ならぬ、私の〝だらしな〟日記。(^^;)
日々のどーでもいい事を、だらだらと綴っていきます。

昨日

2025年01月16日 | 日々つつがなし

友人の誕生日だったので、おめでとうメールを送ったのですが、

返って来た返事が、

 

「落ち込んでいます」というものでした。

 

やはり、今年、60歳、還暦になるので、気持ちがブルーになったのでしょうね。

 

自分の身体に、張りや艶がなくなり、記憶力にも陰りが見え(もちろん、認知症まではいかなくとも、

ちょっとした言い間違いや物の名前が出て来ないなど、昔だったら、あり得なかったことがおきてくるので)、これから自分はどうなってしまうのだろう?

このまま年老いて、何の役にも立たない、ただの老人になってしまうのではないか?

という暗い気持ちになってしまったのでしょうね。

 

素直に、誕生日を祝えない気持ちが、ダイレクトに伝わってきました。

 

私が励ますと、

「パモンさんはどうおもっているの?(還暦を)」と真っ正面から斬り込まれました。

 

そうだよね。

もちろん私だって、老いを恐れているし、日々、しわしわになっていく、手を見ると、

悲しい気持ちに陥ります。

 

加えて、今、事務職をしているので、若い人たちには敵わないと感じる事も多く、

こんなにも出来ない自分は、現役を退いた方がいいのだろうか?と迷う時もあります。

 

でも、仕方ないではないですか?

私にもいつかは「死ぬ」時がきます。

それまでは、なんとしても、生き延びなければ・・・と考えているのです。

 

自分らしく、最後まで、頭をはっきりとさせながら、

やっていくしかないよね、と。

 

たとえ、しわしわの老婆でも、何か人にやってあげられることがあると思うのです。

 

そうして、これは希望ですが、最後は子ども達に、

自分の子や孫だけではなく、未来の子ども達に、

自分の生き様をきちん見せなければならないと思っているのです。

 

例えば、〝死ぬ瞬間〟なども、きちんと残してやりたいのです。

 

そうすれば、後に残された人々は、自分が死ぬ時の心構えになると思うのです。

 

年老いた人は、年老いた人なりの役に立ち方というものがあるのです。

 

けっして、悲観するようなことではないと思います。

 

確かに、若い人にのけものにされている気はしますが、

それでも、いじけず、倦まず、諦めず、ですよ。

 

私達には、私たちの経験とか知恵があるのですもの。

それは、誰にも奪えるものではありません。

 

それを大事にしていきたいと考えています。

 

・・・と、友達に言えれば良かったのですが、そこまでは

言えなかったので、

ありきたりな励ましの言葉になってしまったのですが・・・。

 

「まだまだ若い!」とね。(^^;)

 

でも、もう老いを、そしてその先の「死」を感じ取っている年代でもあります。

 

いい機会なので、これまでの来し方を振り返ってみるのもいいですよね。

 

そして、これからの人生をどう構築していくか・・・を。

 

その時期に来たのかもしれません。

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

 

 

※実は、これは、あまり大きな声ではいえないのですが・・・。

 

私、この友達の亡くなる年を感じ取っているのです。

 

それは、去年会った時に、ふと浮かんだ言葉でした。

 

それは、意外と近いのです。

 

私だけではなく、彼女自身がその事を自覚しているのではないか・・・?

と、昨日のメールで思いました。無意識の領域で。

 

彼女は、自分の人生が終わる事を予見している。

だからこそ、何が出来たのか?と今、後悔しているのではないか?と

そんな風に感じたのです。

 

私は、彼女に自信をもって欲しかったのです。

 

けれど、彼女は小さい頃の父親からの虐待により、

生きる自信を失ったまま、還暦になりました。

 

そのことを後悔しているのではないか?と。

 

彼女にだって、違う人生はあったはずなのです。

こんな風に沈んだように、病気に閉じ込められて生きるのではなく、

もっと外へ出て行くいく生き方もあった筈です。

 

でも、彼女は、殻に閉じ籠ることで、

自分を敵から守っていました。

 

それが、彼女の知る唯一の生き方だったからです。

 

彼女が後悔しているとしたならば、

思いっきり、自分の人生を生きてこなかったということだけだと思います。

 

もちろん、それが悪いと言っている訳ではありません。

 

けれど、別の生き方もあったのではないか?

トラウマを乗り越えて、自分の好きなように生きるという道もあったのではないか?

と思うのです。

 

彼女には、絵の才能がありました。

私がどんなに口を酸っぱくして言っても、

彼女にはそれが信じられなかった。

 

言えば言うほど、否定してきました。

 

それがもったいなかったなぁ・・・。

 

あんな絵を描ける人はなかなかいないのに・・・。

 

だから、私は、これから彼女に、「絵を描いて」と事あるごとに

言っていこうと思います。

 

嫌がられるのを覚悟で。

 

それがおそらく彼女の生きた証になるのではないかと考えるからです。

 

私たちの命は、有限です。

いつかは終わりがきます。

 

その日まで、一日一日を大切に生きていきましょうね。

 

そう思いました。

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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