チャイコフスキー庵 Tchaikovskian

有性生殖生物の定めなる必要死、高知能生物たるヒトのパッション(音楽・お修辞・エンタメ・苦楽・群・遺伝子)。

「チャイコフスキー・モスクワ博物館とチャイ2のダクテュロス」

2012年10月26日 23時50分32秒 | チャイコ全般(6つの目のチャイコロジー
[Музей П. И. Чайковский и Москва
(ムズィェーィ・ペ・イー・チィコーフスキィ・イ・マスクヴァー)]

さる美人ヴァイオリン奏者の女性のブログに、
いわゆるモスクワで「チャイコフスキー文化センター」を訪れた、
という記事が載ってた。モスクワ郊外のクリンの
チャイコフスキーの家博物館以外に、
チャイコフスキーが住んだことがあるとこが博物館になってたのである。
小沢仁志とくしゃおじさんの顔を判別できないほど
拙脳なる私はそんなのができたのを知らなかった。が、
調べてみると、
"Tchaikovsky Research"の"forum"で、
現在のチャイコフスキー研究の世界的大権威、
あのアレグザンダー・ポズナンスキー御大が
2009年の2月27日の投稿で伝えてた。
http://www.tchaikovsky-research.net/en/forum/forum0150.html
<A new Tchaikovsky Museum in Moscow>
それによれば、今から5年前の2007年5月18日に、
チャイコフスキーが1872年9月から翌1873年11月まで住んでたアパルトモン跡を
立派に新築したものである(チャイコフスキーがワン・ルームを借りた建物はすでにない)。
チャイコフスキーが教鞭をとってたモスクワ音楽院からほぼ西に
バリシャーヤ・ニキーツカヤ通りを1km行って
クドリーンスカヤ広場の手前で左に折れたとこにある。

そのヴァイオリニストのかたのブログには、
奥の部屋の窓際のテイブルに、チャイコフスキーが愛でた西洋スズランと
「交響曲第2番」第4楽章の「鶴」による主題の自筆譜のコピーが置かれてる写真が
掲載されてた。
ここにあったアパルトモンの一室を借りてた約14か月の間に、
チャイコフスキーは「交響曲第2番」(初稿)を完成させたからだろう。
♪ド●・レ●│<ミ●・<ファ●│>ミッ<ソッ・>レッ●│>ドッ>ラッ・>ソッ●♪
(cf;「チャイコフスキー『交響曲第2番』終楽章のウクライナ民謡『鶴(ジュラヴェーリ)』」
http://blog.goo.ne.jp/passionbbb/e/c1802975835272828cc6c48f3cd71083)
私はその主題の対主題であるチャイコフスキー・オリジナルの
♪【ミ●・ミ>レ│ーー、・>ド>シ│>ラ、●・ラ<シ│
  ーー、・>ラ>ソ│<ラ、●・・ラ<シ│ーー、・>ラ>ソ、】│
  <ラ<ド・<ミ<ソ、│<ラー・>シー♪
という節に耳を奪われる。この副主題(第2主題)の【】内6小節はすべて、
【タータタ(長-短-短)】という【ダクテュロス(ダクティル)】の律動で貫かれてる。
(cf;「ベト7のダクテュロス(長-短-短)/交響曲第7番作曲着手から200年」
http://blog.goo.ne.jp/passionbbb/e/bcf6fd381f87f3afb53a6fc9c2ce595b)
この楽章において、チャイコフスキーはこの律動を執拗に展開させるのである。
ここでのダクテュロス律動は「英雄の葬送曲」に使われた故事に倣ったかどうかは、
auとsoftbankのiPhoneとGALAXYのの違いを説明できない
拙脳なる私にはわからないが、
チャイコフスキーはこの交響曲をおよそ7年後に大幅に改訂した。
それが現在一般に聴かれるものである。
初稿、改訂稿ともに、ユルゲンソーンからではなく、当時、しばしば取引があった
ビェーッセリ(いわゆるベッセリ)から出版された。
オペラ「オプリーチニク」もビェーッセリからである。が、このことが
何らかの禍をチャイコフスキーにもたらしたと思われる。なぜなら、
1893年、死の5日前、ビェーッセリの弁護士がチャイコフスキーのもとを訪ねてくる。
「オプリーチニク」の印税に関する契約書の改訂の話し合いだとされてる。が、
翌日にコレラを発病したチャイコフスキーは死に、新たな契約を交わされずじまいで、
改訂されるばずだった契約内容も永遠に謎のままらしい。
ねずみ色のフロックコウトを着た男が訪ねてきたかどうかは知らないが、
それが「オプリーチニク」や「小ロシア(交響曲第2番の一般的ではないが別称)」の
出版社の代理人だったことは確かである。が、その本職は
「小ロシア(ショウロシア)」というよりは「コロシヤ」だったかもしれない。
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