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許せない事ばかり

2008年08月29日 19時27分14秒 | つぶやき
女子高生コンクリート詰め殺人事件の主犯だった男が出所したそうです。

人の尊厳を奪い、苦しめ、命まで奪った人間が、また社会に戻ったと言う事ですよね。

事件の内容をネットで見ると、あまりの鬼畜な内容に頭がフラフラします。

もし、自分が被害者の立場だったら…。
また、被害者の親だったら…。

とても考えられないです。

この前「いじめの光景」という本を読んだんです。
いじめを苦に自殺した鹿川くんの事件をはじめ、多くの「いじめ」が語られている本です。
いじめる側の視点、いじめられる側の視点。

僕もいじめられていたし、恥ずかしながら下級生をいじめた事もあります。
今思えば、本当に恥ずかしい気持ちです。
そして、いじめられていた友達を助けてやれなかったということもありました。

自分の無神経な言葉で、人を傷つけた事もあります。
思い出す度に後悔してます。

成長の過程で人間同士のぶつかり合いというのは多々あります。
「みんななかよく」っていうのは、ある意味理想でしかないのかもしれません。
しかし、少しでも良い方向に進もうと考えることは、大事なんじゃないでしょうか?

結局、自分がされて嫌な事を相手にしないって事が基本なんじゃないでしょうか?
知らずのうちに相手を傷つける事もあります。
でも気をつけるのとつけないのとでは、全然違うと思います。

人間は、死ぬまで自分としてしか生きていけないわけです。
周りに生きる人間も、自分と同じように、自我を持って、泣き笑い生きているという事は、想像する事でしか体験できない事です。

相手の痛みを想像できないというのが、やがていじめとなり、最後は命を奪ってしまうのではないでしょうか?

自分以外の個を理解できないために、今だ世界は殺しあいであふれています。

自分の人生の師匠が亡くなった時、もうその存在がいなくなって、話すことができないと気付いた時、本当に悲しかった。
あたりまえにいてくれる人が、どれだけ大事か、どれだけ重要か、
人を殺すと言う事は、個を奪うだけでなく、大きな物を奪ってゆくんです。

だから、殺さないで、そして死なないで。

僕も相手の事を少しでも考えられるよう努力します。
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