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第九を歌う ~Musikfreunde "燦" 旗揚げ公演~

2017年01月26日 | pocknと音楽を語ろう!
川合先生と第九を歌おう! ~Musikfreunde "燦"の誕生~
「川合先生の指揮で第九を歌おう!」と声がかかったのは1年半近く前。川合良一先生は僕が所属していた大学の混声合唱団の指揮者を務めていて、それから長きに渡って音楽と人生の師と仰ぎながらも、友達のように親しく接してくださっている大切な存在。そんな風に先生を慕う人は、先生が受け持ついくつもの合唱団やオーケストラに世代を超えてたくさんいる。僕と奥さんも迷わず参加することにした。

集まったのは合唱だけで120人超。東京近郊のみならず、北関東、静岡、岐阜、大阪、新潟等々、往復だけで半日以上かかるところからこの練習のために駆けつけてくるメンバーも大勢いた。みんな、川合先生と音楽をする喜びをまた体験したくてワクワクしているのだ。曲がベートーヴェンの不滅の名曲第九というのも大きい。

練習が始まって間もなくして行われた懇親会で、メンバーの多くにとって初耳の事実が発表される。「我々は今回の第九の演奏会のためだけでなく、この先第2回、3回… と川合先生の指揮で演奏会を継続的に行うオーケストラ&合唱の集団である!」と言うのだ。団体の名称はMusikfreunde “燦”(ムジークフロインデ さん)

“Musikfreunde”とはドイツ語で「音楽の友」。「川合先生の下、音楽を愛する仲間で燦々と輝こう!」という思いを込めた命名とのこと。そうそう続けて参加できるか不安はあったが、練習を重ねるに連れて「燦」にどんどんと引き込まれて行くことになった。

シラーの「歓喜に寄せて」が伝えるもの
演奏会に向けて僕が特に心がけたことは2つ。1つは、正しいドイツ語で歌うこと。もう1つは、第九の歌詞に使われているシラーの詩「歓喜に寄せて」の意味をしっかり掴み、ベートーヴェンが何を伝えたかったかを感じながら歌うこと。長年ドイツ語に関わっている身としてはドイツ語の発音はちゃんとしたい。歌詞の意味はわかっているつもりだったが、もっと突き詰めたい。

そう考えると「美しい神々の火花」って何?「時が厳しく分け隔てたもの」ってどんなこと?喜ばしい詩なのに「泣きながらこの集いから立ち去れ!」なんてどうして言われちゃうの?「ケルビムが神の前に立つ」と歌うフレーズがあんなに盛り上がるのは何故??と次から次へと疑問が湧いてきて、むしろ意味がちゃんと分かるところの方が少ないことに気づいた。

そんな疑問の多くに答えを示してくれた本があった。獨協大学の矢羽々崇先生が書いた『「歓喜に寄せて」の物語』だ。この本は、シラーの詩から第九を考察するという視点で書かれ、詩を1行ずつ丁寧に解説しながら、ベートーヴェンがそこからどんな意味を見出したかを解き明かす。例えば「時が厳しく分け隔てたもの」の解説を要約すればこうだ。

『原初の楽園では、人はまだ身分の差もなく皆が平等だったが、時と共に人々の間に貧富や身分の差が生まれ、それによって分断が生じた。そんな分断された世界を「汝の魔力が再び結び合わせ」、その結果もたらされる楽園を「エリジウム」と呼ぶ。』

なるほど! 200年も前に生まれた詩だけれど、これって今の世の中にそのまま当てはまるではないか!ということは、今の世の中に対する思いを「第九」に乗せて歌うことだってできる。それぞれがイメージを膨らませて、それぞれの思いを込めて自分たちの第九を演奏できる。これは是非とも合唱団のメンバーみんなに伝えたいと思い、練習時間の中で、川合先生も立ち合いのもと、発音指導と詩の解説をする機会を頂いた。

練習の日々、そして本番当日へ!
9月に入ると川合先生による本格的な練習が始まった。うまくできないとパートごとに1列ずつ歌わされる厳しい練習で、「川合先生コワい!」という声も。けれど、メンバーは「先生の求めていることに答えたい」という一心で頑張って練習を重ね、徐々に手ごたえを感じるようになって来た。

12月からはオーケストラとの合同練習となった。最初は頼りなさも感じたオケが、次の回、そしてその次の回と進む度に響きがグングン良くなり、熱気も集中力も高まって来た。管のソロや弦の歌など聴き惚れてしまうほどで、歌う方も益々乗って来た。本番の1週間前に行われたゲネプロでは、それまで積み重ねてきたものがはっきりと形となって表れたことが感じられ、本番はすごい演奏になりそうな予感が!

本番の数日前、喉がちょっとやばい感じになり、葛根湯とうがい、ドイツで買ったホルンダーエキスのど飴、そして何よりも気合いで風邪を撃退して、まずまずのコンディションで本番当日を迎えた。

ステージリハ~開演

ステージ袖にはラトル、ハイティンク、ポリーニなど著名アーティストのサインがズラリ!(クリックで拡大)

1月14日。ミューザ川崎シンフォニーホールに足を踏み入れるのは初めて。ホールは音楽が生まれる場に相応しい落ち着きと品があり、響きも良さそう。ステージ裏には出演者のための広くて快適なラウンジが設けられ、バーカウンターまである。演奏者への優しい配慮も行き届いた設備だ。こんなホールで演奏できるなんて嬉しい。

午前中のリハーサル、本番をいいコンディションで歌うために声はセーブしておきたいところだが、川合先生のアクティブな指揮を見ていると本気で声を出したくなる。しかも何だかヤバい。
„Alle Menschen werden Brüder“ (すべての人々は兄弟になる)
„Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuss der ganzen Welt! “ (抱き合え、幾百万の民よ、この口づけを全世界に!)
„Überm Sternenzelt muss ein lieber Vater wohnen.“(星空の彼方に愛しい父が住まうに違いない)
これらの第九の決めゼリフを先生の表情を見ながら気持ちを込めて歌っていたら、胸が熱くなって涙が溢れてきてしまった。シラーの詩を深読みし、今の世の中に訴えようと積み重ねてきた証ではあるが…

更に、年末に聴いたN響第九での体験。ブロムシュテット指揮N響の第九は本当に素晴らしかったが、感動したと同時に、この数日前にベルリンのクリスマスマーケットで起きたテロが頭をよぎり、ベートーヴェンが抱いた理想郷を、人間はこんなにも熱く、力強く、気高く、確信に満ちた演奏で聴かせて感動させることができるのに、一方で人々はどうしてこんなにも憎みあい、傷つけ合うのかと思うと、理想と現実のどうしようもないギャップが悲しくなって涙がこぼれたという体験。そんな思いが胸に押し寄せてきて、ちゃんと歌えなくなってしまう。これはまずいと、意識を逸らして歌った。だけど、本番で本気で心を込めて歌わなければこれまでやってきた意味がない。本番ではちゃんと歌わなければ!


開演を間近に控えるミューザ川崎シンフォニーホール

いよいよ開演。最初の曲目「フィデリオ序曲」が終わり、いざステージへ!客席は3階席までほぼ埋まっている。お客さんの表情がよく見える。子供たちの姿も発見。チューニングが済み、川合先生が登場。演奏が始まった。第1~3楽章はよくぞここまで!と思える立派な演奏。気合も熱気も十分だ。

そしていよいよ第4楽章。チェロとコントラバスによるレチタティーヴォが轟き、腹に響いてくる。「歓びの歌」のメロディーが登場し、変奏しながら盛り上がり、最初のクライマックスを迎える。そして、「恐怖のファンファーレ」と共に合唱団が一斉に起立する。バリトン・ソロの太田氏の朗々とした歌が響き渡る。途中、練習では聴いたことがなかったアドリブ的な装飾が入った。「ん?これは?」と思う間もなく、ソロの“Freude!“に合唱も“Freude!“と唱和。さあ、オレたちの合唱の始まりだ。

合唱が始まるとステージも客席も確実にテンションがあがる。眠そうな顔、すっかり寝ている人もチラホラ見られたお客さん達が覚醒して表情がパーッと明るくなり、熱い視線を送ってきた。「手ごたえあり!」本番では「しっかり歌おう」と思っていたが、川合先生の表情、指揮を見て、それに応えようと「抱き合え!」と歌おうとすると、やっぱりやばくなる。涙が浮かび、声が詰まってしまうところもあったが、すぐに持ち直して、分断された世界が少しで良くなってほしいという思いを精一杯歌に乗せた。最後のプレスティッシモ、オケも合唱も全身全霊を込めてホールに「歓喜の歌」を響かせ、演奏を締めた。

沢山のブラボー、万雷の拍手。川合先生の嬉しそうな顔。達成感、興奮と安堵。半年かけて練習を積み重ねてきたMusikfreunde “燦”の旗揚げ公演は終わった。自分たちの演奏を客観的に評価するのは難しいが、聴きに来てくれた友人の表情や言葉から、確実に心に響いたお客さんも多かったと確信した。

公演を終えて
公演を終えて改めて思う。Musikfreunde “燦”には、音楽・技術面でも運営面でも素晴らしい人材が大勢いるということを。そうした核になる人達によって、出来立ての巨大な組織とは思えない驚くばかりの結束力が実現した。
そこには様々な苦労もあったに違いないが、「いい演奏会にしよう」という牽引役の情熱と献身的な努力、それに共鳴して練習を重ねたメンバー、様々な事情でステージに乗れなかった人達の思いも加わり、大勢のお客さんを迎えて実現した演奏会だった。

僕自身も、発音指導やシラーの詩の話をするため、プログラムの曲目解説を書くために、第九について沢山のことを学び、新たな興味が湧き、ベートーヴェンのとてつもない大きな世界をまた少しだけ深く理解することが出来た。

ステージに乗ることが出来なかった醸造業を営む新潟の仲間が「燦」のために製造し、打ち上げ会場に届けてくれた特製純米吟醸「燦」

Musikfreunde “燦”の活動は始まったばかり。早速次の計画に向けたアンケートが配られた。一番やりたいのはマーラーの「復活」かな… 旗揚げ公演で燦々と輝くことができ、味を占めたMusikfreunde “燦”は、まだまだ成長して行くに違いない。

Musikfreunde “燦” オフィシャルブログ
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4 コメント

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Unknown (川合先生ファンクラブ)
2017-01-26 17:01:42
この演奏会にオーケストラで参加した者です。
たまたま「燦」で検索していたら辿り着きました。
合唱団目線での練習の振り返りや本番の感想など読むことができて良かったです。文章から熱い思いが伝わったのと、本番を思い出して、こちらまで泣きそうになってしまいました。
川合先生はオーケストラでも1人とか2人ずつ演奏させますが、合唱でも1列ごとで歌わせるのですね。厳しいけど愛がある練習に応えてきた結果がミューザに響いて嬉しかったです。
また共演できる日を楽しみにしています。
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ありがとうございました (pockn)
2017-01-27 00:31:00
川合先生ファンクラブさま
「燦」のオケで演奏されていたとのこと、素晴らしいオケのおかげでいい体験ができました。ありがとうございました。第九の合唱はアマチュアがよくやりますが、オケもアマチュアというのがすごいです。すぐ後ろでオケを聴いていると、普段聴こえてこない音がたくさん聴こえてきて、これが一つになってあのアンサンブルが出来ているのか!とワクワクし通しでした。そんな目立たないパッセージやたった一つの音もキチンと責任を持って受け持っているオケの皆さんはスゴイなと思いました!感動を共有出来てうれしい限り!またの共演、楽しみですね。またよろしくお願いします。
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胸が熱くなりました。 (たけうち)
2017-02-13 12:54:39
pocknこんにちは。竹内です。
ググっていたら、このブログに行き着きました。
読んでいたらいろいろ思い出して胸が熱くなりました。
pocknが作ったテキストは、いつも練習に持って行って何度も目を通しましたよ。おかげさまでいろいろイメージが膨らみました。ありがとうございました。
pocknの書いたプログラムのノートはとっても解り易いとうちの家族に好評でした。実際はもっと書きたいことがあったのではと推察いたしますが、言葉を研ぎ澄ましながら書かれたことはよくわかりました。名文をありがとうございました。
私の家族もステージから見上げた客席の視界の中にいたのですが、楽章ごとに嫁さんや長女が読み返しているが見えてました。
ブルーレイを注文しましたが、きっとホールでの生の熱気の何分の一も再現できないのだろうなーと思いつつも、届いたら爆音で聴いてやろうと楽しみにしてます。
でわでわ。
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Re:胸が熱くなりました。 (pockn)
2017-02-14 13:32:41
たけちゃん、熱いコメントをありがとうございます。
作った資料をそんな風に活用して頂けてうれしいです。
曲目解説を書くのも初体験だったので不安でしたが、好評を頂けて良かったです。
録音は録音、ライブに勝るものはない!ということで、
またやりたいですね。
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