4月20日(金)松田理奈(Vn)/鈴木慎崇(Pf)
トッパンホール
【曲目】
1.モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K304
2.ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100
3.フランク/ヴァイオリン・ソナタ イ長調
4.ラヴェル/ツィガーヌ
【アンコール】
1.ドヴォルザーク/ロマンティックな小品~第1楽章
2.イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番~第1楽章
このコンサートのチケットを買う決め手となったのはチラシ。とにかくカワイイ それに曲目もおもしろそう。松田理奈の存在はそれまで知らなかったが、扱われ方はこのホームページにしてもアイドル並み。
アイドル系お目当ての異様な雰囲気だったらどうしよう… とちょっと心配していたが、ごく普通の客層、女性客も多くてホッとした。
さて、肝心の演奏… 前半のモーツァルトとブラームスを聴いていて、その歌いまわしや息遣い、弓さばきなどがところどころN響のコンマスの堀さんに良く似ていることに気がつき、松田さんが堀さんの愛弟子ということを思い出す…
それは余談として、松田さんはひとつひとつの音をとても丁寧に扱い、フレージングやアーティキュレーションはもちろん、音色や呼吸のひとつひとつをどうするかをとてもよく考えて、感じながら弾いているのが伝わってくる。ただ、それらが有機的につながり生きた線として聞き手に訴えかけてくるところまでいけていない。
後半のフランク、堀さんが清水和音と出したCD(本当は友達がダビングしてくれたMD)を愛聴しているが、松田さんはこれとはかなり違うアプローチで骨太感のあるダイナミックな演奏を聴かせた。特に情熱的な第2楽章、朗々と音を鳴らして高らかに歌う終楽章がよく、大器を感じさせた。
しかし、松田理奈が本当の意味で本領を発揮したのはこのあとから。それまで置いていた譜面台を片付け、全身で表現したツィガーヌは素晴らしかった。肉厚で濃厚な音色で血が沸き立つ熱い思いを歌った無伴奏の導入は、その出だしから聞き手を引きつけた。ピアノ伴奏が入ってからは胸が躍るような躍動感が加わり、緊張の糸が張り続ける見事な表現。刻一刻と表情を変える多彩な音色、音の余韻までずっと見えるような確かな方向性、どんなに激しく揺れ動いても核心がブレずにがっちりと聞き手の心を捉えて離さない。
盛大な拍手に応えて演奏されたアンコール1曲目のドヴォルザーク、優しく温かな音色を滑らかな呼吸に乗せて歌う。ずっと心で追えるような自然な余韻が心に沁みる名演。
2曲目のアンコールの前の挨拶では感極まって声を詰まらせてしまう。初めてのリサイタルツアーがいかに大切で重いものだったかが伝わる。そして、そのこみ上げてくるものを背負って次のアンコールを涙ながらに演奏するのではなく、入魂の見事な演奏に昇華させてしまうところは松田理奈がアイドルではなく、一人のプロの演奏家であることの証明。イザイの集中力と情熱もすごかった。
フランクまでは譜面を置いて演奏したのは、ソナタという音楽形式の構成全体を譜面から視覚的にも確かめたいという意図があったのかも知れないが、そうした「縛り」から解放された譜面なしでやった曲で松田さんは自らの「歌」を自らの「声」で自由自在に奏で、聞き手を引きつけ、大物ヴァイオリニストのデビューツアーに相応しいすごい演奏を聴かせることになった。
ヴァイオリンの世界では21歳という若さにして既にある意味で完成した演奏を聴かせる人もいるが、松田理奈のソナタでの物足りなさは後半の演奏に接すると反ってこれからどうなるかがすごく楽しみだ。
アイドルのようにもてはやされるのは気の毒な気もするが、それは容姿の良い若い女性演奏家の宿命でもある。これを大いに利用して音楽家として大きく羽ばたいてもらいたい。
付け足しのようになってしまったが、このリサイタルではピアノの鈴木慎崇が果たした役割も大きい。モーツァルトでもフランクでも、そしてラヴェルでもそれぞれの様式や色彩を的確にとらえ、しなやかで自然な呼吸で安定感のあるピアノを奏で、松田さんのヴァイオリンを終始盛り立てた。
トッパンホール
【曲目】
1.モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K304
2.ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100
3.フランク/ヴァイオリン・ソナタ イ長調
4.ラヴェル/ツィガーヌ
【アンコール】
1.ドヴォルザーク/ロマンティックな小品~第1楽章
2.イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番~第1楽章
このコンサートのチケットを買う決め手となったのはチラシ。とにかくカワイイ それに曲目もおもしろそう。松田理奈の存在はそれまで知らなかったが、扱われ方はこのホームページにしてもアイドル並み。
アイドル系お目当ての異様な雰囲気だったらどうしよう… とちょっと心配していたが、ごく普通の客層、女性客も多くてホッとした。
さて、肝心の演奏… 前半のモーツァルトとブラームスを聴いていて、その歌いまわしや息遣い、弓さばきなどがところどころN響のコンマスの堀さんに良く似ていることに気がつき、松田さんが堀さんの愛弟子ということを思い出す…
それは余談として、松田さんはひとつひとつの音をとても丁寧に扱い、フレージングやアーティキュレーションはもちろん、音色や呼吸のひとつひとつをどうするかをとてもよく考えて、感じながら弾いているのが伝わってくる。ただ、それらが有機的につながり生きた線として聞き手に訴えかけてくるところまでいけていない。
後半のフランク、堀さんが清水和音と出したCD(本当は友達がダビングしてくれたMD)を愛聴しているが、松田さんはこれとはかなり違うアプローチで骨太感のあるダイナミックな演奏を聴かせた。特に情熱的な第2楽章、朗々と音を鳴らして高らかに歌う終楽章がよく、大器を感じさせた。
しかし、松田理奈が本当の意味で本領を発揮したのはこのあとから。それまで置いていた譜面台を片付け、全身で表現したツィガーヌは素晴らしかった。肉厚で濃厚な音色で血が沸き立つ熱い思いを歌った無伴奏の導入は、その出だしから聞き手を引きつけた。ピアノ伴奏が入ってからは胸が躍るような躍動感が加わり、緊張の糸が張り続ける見事な表現。刻一刻と表情を変える多彩な音色、音の余韻までずっと見えるような確かな方向性、どんなに激しく揺れ動いても核心がブレずにがっちりと聞き手の心を捉えて離さない。
盛大な拍手に応えて演奏されたアンコール1曲目のドヴォルザーク、優しく温かな音色を滑らかな呼吸に乗せて歌う。ずっと心で追えるような自然な余韻が心に沁みる名演。
2曲目のアンコールの前の挨拶では感極まって声を詰まらせてしまう。初めてのリサイタルツアーがいかに大切で重いものだったかが伝わる。そして、そのこみ上げてくるものを背負って次のアンコールを涙ながらに演奏するのではなく、入魂の見事な演奏に昇華させてしまうところは松田理奈がアイドルではなく、一人のプロの演奏家であることの証明。イザイの集中力と情熱もすごかった。
フランクまでは譜面を置いて演奏したのは、ソナタという音楽形式の構成全体を譜面から視覚的にも確かめたいという意図があったのかも知れないが、そうした「縛り」から解放された譜面なしでやった曲で松田さんは自らの「歌」を自らの「声」で自由自在に奏で、聞き手を引きつけ、大物ヴァイオリニストのデビューツアーに相応しいすごい演奏を聴かせることになった。
ヴァイオリンの世界では21歳という若さにして既にある意味で完成した演奏を聴かせる人もいるが、松田理奈のソナタでの物足りなさは後半の演奏に接すると反ってこれからどうなるかがすごく楽しみだ。
アイドルのようにもてはやされるのは気の毒な気もするが、それは容姿の良い若い女性演奏家の宿命でもある。これを大いに利用して音楽家として大きく羽ばたいてもらいたい。
付け足しのようになってしまったが、このリサイタルではピアノの鈴木慎崇が果たした役割も大きい。モーツァルトでもフランクでも、そしてラヴェルでもそれぞれの様式や色彩を的確にとらえ、しなやかで自然な呼吸で安定感のあるピアノを奏で、松田さんのヴァイオリンを終始盛り立てた。
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