昨日は、実家のキッチンの整理をしました。
食器棚の中を見て気づいたことがあります。
それは、高齢になると、種類別に分けることができなくなるらしい、ということです。
普通、ガラスのコップはこちら、お茶碗はこちら、湯呑み茶碗はこちら、コーヒーカップはこちら、というように、ざっくり種類別に分けて片づけると思うんです。
しかし、高齢者は出すことはできますが、全然違う場所に戻すのです。
目が悪くなるということもあると思いますが、「これはどこだっけ」と同じ仲間を探すことができなくなるのかもしれません。
どこから出したかを忘れ、全然違う場所に入れてしまうから、食器棚の中がぐちゃぐちゃになってるわけです。
そもそもなぜこういうことが起きるかといいうと、物がありすぎるのがいけないわけです。
マグカップだけでも20個以上。
珈琲のカップ&ソーサーが50個ぐらい。
湯のみ茶碗も30個ぐらい
ご飯茶碗も30個ぐらい。
約30年前、家を建てたときに収納をたくさん作ったために、捨てるという選択をせず、いろんなものをため込み、約30年捨てずに来てしまった結果、こうなったのです。
これはもう、少しずつ物を捨てて減らしていきつつ、食器棚の中は私が定期的に整理し続けるしかない感じです。
食器棚の中を見て気づいたことがあります。
それは、高齢になると、種類別に分けることができなくなるらしい、ということです。
普通、ガラスのコップはこちら、お茶碗はこちら、湯呑み茶碗はこちら、コーヒーカップはこちら、というように、ざっくり種類別に分けて片づけると思うんです。
しかし、高齢者は出すことはできますが、全然違う場所に戻すのです。
目が悪くなるということもあると思いますが、「これはどこだっけ」と同じ仲間を探すことができなくなるのかもしれません。
どこから出したかを忘れ、全然違う場所に入れてしまうから、食器棚の中がぐちゃぐちゃになってるわけです。
そもそもなぜこういうことが起きるかといいうと、物がありすぎるのがいけないわけです。
マグカップだけでも20個以上。
珈琲のカップ&ソーサーが50個ぐらい。
湯のみ茶碗も30個ぐらい
ご飯茶碗も30個ぐらい。
約30年前、家を建てたときに収納をたくさん作ったために、捨てるという選択をせず、いろんなものをため込み、約30年捨てずに来てしまった結果、こうなったのです。
これはもう、少しずつ物を捨てて減らしていきつつ、食器棚の中は私が定期的に整理し続けるしかない感じです。