「へぇ~、泉美術館で、こんなのやってるんだね。」
「浜崎左髪子って誰? 男性?女性?」
「まあ、変わったの、やってるから、行ってみよう!」
そんな感じで、出かけました。
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浜崎左髪子(はまさきさはつし)(1912~89年)。
戦前戦後の広島画壇で活躍した画家。

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雅号の左髪子という名の由来は、
平安・鎌倉の時代に、若者が髪を左側に束ねてお洒落をしたり、
大志を抱いたことから、と言われます。
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これは、お馴染み、お菓子の「平安堂梅坪」の包装紙と手提げ袋。
左髪子がデザインしたものです。


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ハワイで生まれた左髪子は、母親の死去に伴い3歳ごろに帰国。
旧制広陵中美術部で活動し、やがて中央美術展などで頭角を現す。
2度にわたり戦地に赴き、中国河南省で終戦を迎えた。
戦前戦後の広島美術史に欠くことのできない一人である。
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5月にこの泉美術館で「中丸雪生と交友の画家たち」という、
郷土の画家を紹介した展覧会を観に来ましたが、
その中丸雪生や、丸木位里などとも親交があったそうです。
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熱烈なカープファンとしても知られ、
足しげく広島市民球場に通ったということで、
一気に親しみが湧きました。