日日是好日

「アナザー・カントリー」について、実に主観的に書き散らしてます。
たまに身辺の雑記も。

キチェスはどうして裸ん坊なのか?

2013-09-13 10:46:56 | ぼくの地球を守って
ロ○コン向けのサービスではないはずです。
私が読者サービスで、キャラにえっちさせているわけではないように。

ふむ。

①自分には隠すべき恥部など何もないと、
キチェスに自覚させる。
作り物の服などより、キチェスの皮膚の方が上等である。

②世界と触れ合う時、障害物があってはならない。

③逃亡阻止。

④(あんまり考えたくないけど)同性愛の奨励。
異性と(?)えっちすると、キチェは消えてしまう。

こんなとこでしょうか。

しかし長老さんも、ウィークデイは裸ん坊なのだろうな。
いろんなもんをぶらぶらさせながら、
ひょっほっほっとお散歩するのでしょうか。

読者とギョクランの傲慢

2013-09-10 22:12:14 | ぼくの地球を守って
まー最後のところは、
ありすとジンパチがくっつくんだろうと。
そう思って読んでいるわけですよ。

輪は何と言っても子供。
8歳の♂と17歳の♀じゃ話にならない。
輪が聞き分けよく身を引いて、
主役タイプの二人でハッピーエンド、と。

ありすが輪に惹かれている描写が、
あれほどあちこち散りばめれらていたにも関わらず!!
勝手に決め込んでいたのです。

君が輪を(シオンを)愛しているはずがない。
そんなのはただの同情だ。

読者はそんなジンパチの(ギョクランの)ことばに、
うんうんと頷く。
でもストーリーが進むにつれて、
頷きはためらいがちになり、
ついには固まってしまう。

いったい、彼(ら)の言葉のどこに、
説得力があったというのか。
考えてみれば、内容は空っぽなんです。
恋敵を悪しざまにののしっているに過ぎない。

ジンパチは輪を「あんな奴」と考えている。
でも読者がジンパチに同調する必然性なんてこれっぽっちもない。

にも関わらず。
読者はジンパチに乗せられてしまうんです。


まれにみる不親切なマンガ、とも言えましょう。
「正しい」人間が一人もいない。
いない、ということを、最初のうちは教えてもくれない。
その他の創造物とは別の意味で、現実世界との境界がぼけます。

客観なきマンガ

2013-09-09 19:26:20 | ぼくの地球を守って
まんまです。

たとえばシュウカイドウがモクレンに、
「シオンには気を付けた方がいい」と警告します。

モクレンは、
「シュウカイドウとシオンはお友達なのに。
あんな風に言うなんて、シュウカイドウはおかしいわ」
と解釈します。

でも、そうなのか?

シオンは本当に要注意人物なのかもしれない。
あるいはシュウカイドウはモクレンを想っているので、
嫉妬から二人の仲を裂こうとしたのかもしれない。

いったい、本当のところどうなのか?
作者は決定的な方向を教えてくれないのです。

「ぼくの……」にあるのは、キャラの主観だけです。
誰が何を言った。何を考えた。
それらは緻密に、読者の前にさらけ出されます。
でも真実は何なのか。
作者はわざとのように、答えを見せません。

こういうのって、純文学ではよくあるんですよ。
でもマンガでは珍しい。
私は初めて読んだ気がします。
マンガ家は必ず読む者をリードして「あるべき方向に」導こうとします。
自分がすでに出している答えを、読者に、いわば強制する。

「ぼくの……」には、安定したキャラがいない。
あ、この人の感性に乗って読み進めれば大丈夫といっとき思っても、
どこかで裏切られる。
誰にも自分を託せない。

「ぼくの地球を守って」を読むためには、
読者自らが物語の世界に参入するほかない。

だからこそ、人気を博したんでしょうね。

「ぼくの地球をまもって」 初回

2013-09-08 13:19:31 | ぼくの地球を守って
図書館で借りて駆け足で読みましたが、
まだまだ読み込むにはいたりません。

だからぽつぽつ、
印象に残ったシーンから話を始めます。

『前世』主要キャラは7人。
モクレン、ギョクラン、エンジュ、
シオン、シュウカイドウ、ヒイラギ、シュスラン。

主役ともいえるモクレンが、他6人とはじめて顔を合わせるシーンは、
視点を変えて何度も描かれます。

目に焼付いたのは、
モクレン視点。

なぜかっていうと、ギョクランたちが中腰なんですよ。
シオン視点(だっけ)を読めば、
彼らがソファから腰を上げかけていたんだなとわかります。

でも私には、
6人が洞窟の中でも覗き込んでいるように見えた。
どこかの伝説のように、
洞窟の向こうにある楽園を。
もっとはっきりいえば「異界」を。

ギョクランも、シオンも、シュウカイドウも、
モクレンを「この世のものではない聖なる宝物」と見た。

しかし見られているモクレンの頭の中ときたら、
「まーっ、いい男がいるじゃない♪」
ってなもんで。


人と人との擦れ違いは、ドラマを産む最大の原動力です。

**以下は検索からこのページに飛んだ人は何のことだかわからないでしょうから、
スルーしてください**


GMでも、
タケルの見ているものとマーグの見ているものは、微妙に異なっていた。
同じだ、と片方が思おうとしたとき、苦悩が生まれた。

GMではマーグを殺すことで、何とか事なきを得ました。

さて「ぼくの地球を守って」では?


ところでこのマンガのタイトルが、
「ぼくの……」であって、
「わたしの地球を守って」でないところが、深いですね。