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正月が訪れる時期、玄関にしめ飾りを設える家庭が昭和50年頃までは、珍しくはなかった。
文化住宅でさへ飾っている家庭が多かったのが、昨今では少数派の様な印象です。
クリスマス系では今でも、玄関の扉に何かしらを飾っているお宅はあるだろうけれど、しめ飾りともなると会社や店舗などでは見かけられるけれども・・・。
ウィキペディアでは、しめ飾りを注連飾りで解説されています。
一説に、しめ縄は雲を紙垂(しで:紙飾り)は雷を表していて、雷が良く鳴る年は稲がたくさん実って豊作だった事から祀られる様になったとか・・・。
しめ縄は、神社以外でも伊勢の夫婦岩や相撲の力士、結界を表す場合は大樹や巨石などに飾られたり・・・。
八百万の神々と稲と雲と雷を象徴する、日本独特の文化。
幼い頃、しめ縄は決められた日に飾り、決められた日に焼却する事で、神々へのお礼と祈願を年中行事として行われていた様です。
しめ縄で年越しを迎えるという行事も今では珍しい光景に・・・。
もしかしたら、ダイダイは太陽とか再生の、ウラジロは裏腹のない様というよりも、長寿の象徴で飾られてきたのかもしれません。今となっては諸説あって、確かな事は分からないそうです。
さて、旗日で国旗を飾る風習も珍しくなって来ました。日の丸も会社の社旗と同じようにして一部の会社でしか見受けられない程、珍しい光景に・・・。
少なくとも昭和世代頃までは、小学校や幼稚園でも日の丸が飾られた光景はそんなに珍しくも無くて、ハタメクというキーワードの印象は旗がパタパタ風に吹かれて、たなびく印象だった・・・。
古来、旗は戦争・争いの象徴でもあって、時や場所を選ばず軍事侵攻のイメージでもあってか、旗に寄せるネガ・ポジが両極端で伺えたりもします。
オリンピックや万国博覧会などの国際的な催し物の時には、賑やかな印象を与えてくれるイメージもあったり・・・。
古式ゆかしき伝統、例えば国旗 ≒ 国粋 のイメージが、レッテルの様にヒトの心に印象付けされている様にも思えたり・・・。
しめ飾り 旗日の事の始まりは、祈りや団結して生きて行くための象徴、抽象的に考えれば記号の一つだったのでは・・・?
記号を活用するのは生物の本能。例えば魚の婚姻色や、毒を持たない被捕食者の保護とか威嚇の様な結界手段(天敵に食われないため)の記号とか・・・。
野鳥や獣の衣替えとかも・・・?
ハレとケとか、日常と非日常、という発想ってそもそも生物の生い立ちの中から生まれた現象なのかもしれません。喰いやすい時期と飢えそうな時期とか・・・?
野に咲く花にもその様なイメージを感じるのは、もはや考えすぎ・・・?
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