君じゃなかったらどうしよう。
どうしようも、こうしようもないけど、やだな。
君だといいな。
君だったらいいな。
君が好きだな。
勝手に盛り上がっているのは、多分僕だな。
でも、だって、だから、だけど。
「僕の脳みそのランキング その一番上から今日も 君は まるで 動かない」
という、詞ではじまる「ロケットに乗って」というトライセラトップスの歌があるのだ。
なるほど。と、思うよね。
そのとおりだ。と、思うよね。
気になるのは君がどうしているかということだよね。
朝起きて、夜寝るとき頭に浮かぶんだよね。
おもしろいよね。
歩いてたり、何かしてるとき、ふっと差し込まれる、イメージ、声。
なんでしょう、アレは。
不思議です。
想おうとしているわけではなくとも、想う。
引き出しが開きやすくなってるということなんだろうけど。
勝手に入ってくる。
病気だからね。これは。
いわゆる、中島らものいうところの「世界で一番美しい病気」。
困っちゃう。
どうしよう。
君じゃなかったらどうしよう。
ドキドキしますよ、実際。
こわいっすよ。
わからないから。
期待をせずに恋をするのは、むなしいけどさ、
そっち方面で期待しても、そのとおりになったことなどないからな。
おれだしさ。
自己評価低いっつってもしょうがねぇんだよな。
結果をみての物言いだからな。
こんな文章はあとで恥ずかしいだけなのかもしれないけどさ、
こういうものは、こういう気分の時しか書けないからさ。
あえて、暴走するけどさ。
君だと思う。
君がいい。
君があたりだ。
そら、長い人生いろんな人に会いますよ。
でもさ、おれの人生のこのタイミングで、この感じは、もう、ないよ。
自分はストライクゾーンが細い。
「この人はわかっている」と思える女性にはなかなか会えない。
30年以上生きてきて、
世の中にそういうタイプの人が存在するというのは、わかった。
それは、よかった。
世界を、ものごとを、そういう目でとらえられる人というのは、いる。
「そういう目」が、どういう目なのか、何を「わかっている」かってのは、
自分でもどういうことなのか、たびたび悩むのだが、
おそらく、「おもしろさ」と「かなしさ」に対してだろうと思う。
僕のそれに近い感覚で「おもしろさ」「かなしさ」を共有できる人間が好きなのだ。
それが、わかる人が好き。
「おもしろさ」を見つけ、「たのしく」なり、
「たのしさ」を共有できることが「うれしく」「きもちいい」人。
「かなしさ」がそこにあることを、「いかり」以外でうけとめられる人。
そういう人が好き。
うれしいことにそういう人は、いる。
たまに、いる。
いるけど、少ない。
珍しい。
あんまり、いない。
だから、そうそう会わない。
ざっくり考えても5~6年に一人くらい。
そういう人に会うと、そこから抜け出すのに時間がかかるので、
探しても、探さなくてもこういうものの周期はあんまりかわらない。
ここ10年くらいの間に好きな人が二人くらいいたけど。
その、いずれもどうにもならなかった。
なんにもしなかったわけではないが、どうにもならなかった。
3月に36歳になる自分の年齡を考えて、ゲームとしてはもう終わりだと思う。
もう、ない。
俺がもたない。
これが、最後の大物手。
次になってしまったら、結構、内容の違うゲームに変わっている気がする。
周りもバタバタ死ぬだろうし。
ここへ来て、コレだったら、君しかいない。
君が最高。
あとは、こっちがいかにちゃんとできるかだと思います。
「げにこの世はせちがらい その点で君はえらい
凡人にはわかるまい その点この僕にはわかるよ
君とランチをたべよう いっしょにパイを投げよう
君のスカートの模様 部屋のかべ紙にしよう
君に口出しは無用 ただ静かに見ていよう
君とともにいれるよう 日々努力し続けよう
ああ
マシマロは関係ない 本文とは関係ない
マシマロは関係ない」
奥田民生「マシマロ」より抜粋。
わーい、愛してるぜ。
どうしようも、こうしようもないけど、やだな。
君だといいな。
君だったらいいな。
君が好きだな。
勝手に盛り上がっているのは、多分僕だな。
でも、だって、だから、だけど。
「僕の脳みそのランキング その一番上から今日も 君は まるで 動かない」
という、詞ではじまる「ロケットに乗って」というトライセラトップスの歌があるのだ。
なるほど。と、思うよね。
そのとおりだ。と、思うよね。
気になるのは君がどうしているかということだよね。
朝起きて、夜寝るとき頭に浮かぶんだよね。
おもしろいよね。
歩いてたり、何かしてるとき、ふっと差し込まれる、イメージ、声。
なんでしょう、アレは。
不思議です。
想おうとしているわけではなくとも、想う。
引き出しが開きやすくなってるということなんだろうけど。
勝手に入ってくる。
病気だからね。これは。
いわゆる、中島らものいうところの「世界で一番美しい病気」。
困っちゃう。
どうしよう。
君じゃなかったらどうしよう。
ドキドキしますよ、実際。
こわいっすよ。
わからないから。
期待をせずに恋をするのは、むなしいけどさ、
そっち方面で期待しても、そのとおりになったことなどないからな。
おれだしさ。
自己評価低いっつってもしょうがねぇんだよな。
結果をみての物言いだからな。
こんな文章はあとで恥ずかしいだけなのかもしれないけどさ、
こういうものは、こういう気分の時しか書けないからさ。
あえて、暴走するけどさ。
君だと思う。
君がいい。
君があたりだ。
そら、長い人生いろんな人に会いますよ。
でもさ、おれの人生のこのタイミングで、この感じは、もう、ないよ。
自分はストライクゾーンが細い。
「この人はわかっている」と思える女性にはなかなか会えない。
30年以上生きてきて、
世の中にそういうタイプの人が存在するというのは、わかった。
それは、よかった。
世界を、ものごとを、そういう目でとらえられる人というのは、いる。
「そういう目」が、どういう目なのか、何を「わかっている」かってのは、
自分でもどういうことなのか、たびたび悩むのだが、
おそらく、「おもしろさ」と「かなしさ」に対してだろうと思う。
僕のそれに近い感覚で「おもしろさ」「かなしさ」を共有できる人間が好きなのだ。
それが、わかる人が好き。
「おもしろさ」を見つけ、「たのしく」なり、
「たのしさ」を共有できることが「うれしく」「きもちいい」人。
「かなしさ」がそこにあることを、「いかり」以外でうけとめられる人。
そういう人が好き。
うれしいことにそういう人は、いる。
たまに、いる。
いるけど、少ない。
珍しい。
あんまり、いない。
だから、そうそう会わない。
ざっくり考えても5~6年に一人くらい。
そういう人に会うと、そこから抜け出すのに時間がかかるので、
探しても、探さなくてもこういうものの周期はあんまりかわらない。
ここ10年くらいの間に好きな人が二人くらいいたけど。
その、いずれもどうにもならなかった。
なんにもしなかったわけではないが、どうにもならなかった。
3月に36歳になる自分の年齡を考えて、ゲームとしてはもう終わりだと思う。
もう、ない。
俺がもたない。
これが、最後の大物手。
次になってしまったら、結構、内容の違うゲームに変わっている気がする。
周りもバタバタ死ぬだろうし。
ここへ来て、コレだったら、君しかいない。
君が最高。
あとは、こっちがいかにちゃんとできるかだと思います。
「げにこの世はせちがらい その点で君はえらい
凡人にはわかるまい その点この僕にはわかるよ
君とランチをたべよう いっしょにパイを投げよう
君のスカートの模様 部屋のかべ紙にしよう
君に口出しは無用 ただ静かに見ていよう
君とともにいれるよう 日々努力し続けよう
ああ
マシマロは関係ない 本文とは関係ない
マシマロは関係ない」
奥田民生「マシマロ」より抜粋。
わーい、愛してるぜ。
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