今年の日本レコード大賞候補となる「優秀作品賞」の受賞者が決まったのを新聞で見て思い出したことが。
東京オリンピックの翌年の第7回日本レコード大賞は(1965年・昭和40年)美空ひばりが柔の歌で受賞しています。
今は優秀作品賞が11月に決まり、その中から12月30日にレコード大賞が決まるが、当時は11月30日に大賞を発表していた。
この日をなぜ覚えているのか!
1965年の12月の今頃、NHKのある番組に出場したときのことでした。
NHKがまだ渋谷に移転する前の千代田区内幸町にあったころです。
その番組は「シャープさんフラットさん」と言うTV番組で、弟と出演。
NHKのアーカイブスにあったのでお借りしました。
当時は、TV番組に視聴者が参加できたのはNHKの「のど自慢」と「シャープさんフラットさん」の二つぐらいで民放はまだ無かったと思う。
カラー放送はほんの一部で、まだ写真のようにモノクロ放送の時代だから、出場したこの番組もモノクロでした。
友人が撮ってくれた写真
音楽の題名を当てて、パネルに自分の記号(#,♭)でビンゴのように埋めていく番組でした。
かなり前のことだから「シャープさんフラットさん」をご存知ない方も多いでしょう。
1962年~1969年まで放送していたTV番組です。
出題の音楽にジャンルはなく、ジャズ、クラシック、民謡、童謡、ラテン、タンゴ、シャンソン、ポップス等々の何でもござれの出題でした。
出題の曲は音源を使ったものから、バンドや三味線、琴などの生演奏も。
・序奏とロンドカプリチオーソ
・カルミオベン
・ラビアンローズ
・パイプライン
等が出題されたのを記憶しています。
5人抜きだが3人目に敗退。
その番組に出場した年、本番前にプロデューサーから、今年のレコード大賞が今決まったと知らされた。
それが美空ひばりの柔だったので今でも記憶に残っている。
これまで日本レコード大賞の受賞曲など、あまり記憶もないし、関心もさほど無いのだが、これだけはよく覚えている。
収録した日が11月30日で放送日は1965年12月6日(月)と翌週の13日(月)でした。
放送時間切れで翌週に続いたから2回にわたり放送。
4000円×2回=8000円、お車代500円を出演料としていただき、当時としては高額な臨時収入だった。
待ち時間の控え室が同じだったゲスト出演のジェリー藤尾と付け人、私と弟の4人でポーカーをしたことも。
遠い昔ですが、1965年のこの日のことは、私の思い出に残る一コマです。