とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ハダカデバネズミは大阪弁を話すか?

2021-01-30 11:19:15 | その他
ハダカデバネズミ(naked mole-rat; Heterocephalus glaber)は女王が君臨する階層社会に暮らす極めて社会的な動物ですが、長鎖ヒアルロン酸を産生することで癌に抵抗性であり(Tian et al., Nature 499, 346–349, 2013)、老化の兆候をほとんど示さないことも知られており、ルックスはアレですが「生まれ変わったらハダカデバネズミになりたい」と常々思っておりました。ハダカデバネズミは“chirp”という鳴き声によって仲間に情報を伝えることが知られていますが、この論文で著者らはchirpの中でも一般的であり、仲間の確認に使用されているsoft chirpには方言(dialect)があり、この方言は女王によって決定されており、女王が変わるとsoft chirpの方言も変わっていくことを示しています。女王によって方言まで支配されるハダカデバネズミ。大阪弁を喋る女王はやはり上沼恵美子みたいな感じなのでしょうか((( ;゚Д゚)))
ハダカデバネズミに生まれ変わるのは少し考えなおすことにします(o´・ω・)a
Barker et al., Science  29 Jan 2021:Vol. 371, Issue 6528, pp. 503-507.
DOI: 10.1126/science.abc6588 


進化医学からみた遺伝子の選択と疾患

2021-01-17 17:59:33 | その他
進化医学(evolutionary medicine)に関するこの総説は、進化の過程がいかにしてヒトの形質や疾患に関与するかを解説しています。ダーウィンが「種の起原」の中で述べた自然淘汰(natural selection)という有名な概念があります。これは様々な形質を有する多くの個体の中で、環境に最も適した形質を有するものが選択されてdominantになっていくということで、どのような形質がdominantになるかは環境に大きく左右されます(従って「優れたヤツが残る」という事ではありません)。形質の差は主として遺伝子によって規定されているので、「形質の選択」とはすなわち「遺伝子の選択」ということになります。
ヒトは進化の過程で様々な遺伝子を選択してきましたが、このような遺伝子選択にはtrade-offが存在することがわかっています。昔から有名なものとしては、病的な貧血を生じる鎌状赤血球の原因遺伝子が、マラリア感染に対する抵抗性のためにマラリア流行地帯で選別されてきたという例があります。飢餓に抵抗性を示す遺伝子(SLC16A11, SLC16A13)が糖尿病を生じるなどの例も遺伝子選択のtrade-offといえるでしょう。ヒトが特異的に進化させてきた形質、例えば脳のサイズ拡大に関与する遺伝子ARHGAP11Bが自閉症スペクトラムや統合失調症などの疾患リスクに関与することも分かっています。また疾患間にもお互いにtrade-offがある疾患があります(diametric diseases)。例としては変形性関節症と骨粗鬆症、癌と神経変性疾患などが挙げられ、やはり進化の過程でヒトが選択してきた遺伝子と関連しています。
さて近年のゲノム医学の進歩によって様々な遺伝子と疾患、そしてヒトの形質との関係が明らかになってきました。商業ベースで「遺伝子検査」と称して「あなたは肥満になりやすい」などの情報を提供しているビジネスも多数あります。遊び感覚で行うのであれば害はないのですが、注意すべきなのは、特にこれまでヒトの形質との関連がわかっている遺伝子の情報の大半は欧米からの報告であり、同様の結果が日本人でも真であるかは分からないということです。人種によっては異なる遺伝子が疾患リスクと関連している場合も少なくありません。このような事から考えれば、「スーパーベビー」を遺伝子操作で作るなどという事がいかに現実離れしているのかも明瞭です。ある形質をdominantに有する遺伝子を導入することでかえって他の疾患リスクを上げてしまうかもしれないのですから。
この総説はこのような進化医学の現在の進歩をとても分かりやすく述べていますので、興味のある方は是非ご一読ください。
Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease. Nat Rev Genet (2021). https://doi.org/10.1038/s41576-020-00305-9

健康の定義

2020-12-23 15:44:16 | その他
私も講演で「健康寿命の延伸を!」などと話すことはあるのですが、それでは「健康とは?」とつっこまれると、「病気じゃない状態(?)」というような回答しかできません。さらに、病気でなければ健康なのか?老化は病気か?ときかれると、また答えに窮することになります。ある分子が発現していたら健康、というわけではありませんし、健康の定義というのはわかっているようでわかっていません。
Carlos López-OtínとGuido Kroemerによるこの総説では、健康とは「生物の全体としての”organization”(the overall "organization" of organisms)によって規定されるもの」であるとしています。このような観点から、彼らは健康を「健康的」な状態に付随し、そのかく乱(pertubation)が極めて病的であり、その維持や修復が健康に益するという特徴を有する状態、と定義し、「健康の特徴(hallmarks of health)」として①integrity of barriers(様々な障壁が保たれている)②Containment of perturbations(かく乱物質の封じ込め)③Recycling & turnover(再生と代謝)④Integration of circuitries(循環が維持されている)⑤Rhythmic oscillations(リズミカルな振動)⑥Homeostatic resilience(恒常性回復力)⑦Hormetic regulation(ホルメシスによる制御)⑧Repair & regeneration(回復と再生)という8つの要素を挙げています。①は細胞膜が維持されている状態、皮膚による体外との隔離が維持されている状態などを指します。②はDNA損傷に対する修復機構、局所炎症による有害物質の拡散防止機構など、③は細胞死や再生、そしてオートファジーによる細胞内器官の再利用なども含みます。④は分子のfeedback loop、外部刺激に対する細胞応答(によるfeedback)、生体内の細菌叢との相互作用など、⑤はリズミカルな振動を有する生体反応のことで、時計遺伝子によって制御されるものも多い。⑥はストレスに対して多くの脳内回路が反応することで恒常性を回復するという過程、ホルモンによる代謝制御など、⑦はちょっとわかりにくいですが、hormesisというのは毒性のある物質が低用量だと健康維持に働く現象で、例えば低線量の放射線への曝露は生存期間延長に働くような現象のことらしいです。⑧は文字のとおりです。そのうえで①②をSpatial compartmentalization(空間的な区域化)、③④⑤をMaintenance of homeostasis(恒常性の維持)、⑥⑦⑧をResponse to stress(ストレスに対する反応)というカテゴリーに分類しています。これらの要素が統合しながら働くことで組織としての健全性が保たれ、何らかの障害が出た時に病的な状態となるという考え方です。内容的には正直?という点もあり、煙に巻かれたような印象を拭えないのですが、これまで「病気ではない状態」というように除外診断的に定義されていた「健康」を積極的に定義しようという方向性は重要だと感じました。それにしても「完全な健康」などという状態は存在するのでしょうか?
López-Otín C and Kroemer G. Hallmarks of Health. Cell. 2020 Dec 15:S0092-8674(20)31606-8. doi: 10.1016/j.cell.2020.11.034.

ダニの有する抗菌酵素dae2

2020-12-15 11:43:43 | その他
ダニの研究者でもなければダニが大好きという人は多くないと思います。刺されて痒いのも困りますが、病原体の媒介になるというのはもっと困ります。つつが虫病リケッチアもダニによって媒介されますし、リウマチ性疾患の領域だとBorrelia burgdorferiによって生じるライム病もダニが媒介する疾患として知られています。ダニの種類によってはヒトの皮膚に食い込んで1週間以上も血を吸い続ける強者もおり、本当にカイカイ・・いや不愉快です。自然免疫に作用する分子として、マダニなどはdomesticated amidase effector 2 (dae2)という酵素を有しており、これは元々は細菌のtype VI secretion (T6S) amidase effector 2 (tae2) という遺伝子を4000万年前くらいに取り込んだもののようです。Tae2には細菌が自らにとって邪魔なグラム陰性菌の細胞壁を壊して殺してしまうという効果があります。著者らはダニに存在するdae2の作用を研究し、この酵素がグラム陰性菌だけではなくグラム陽性菌に対しても殺菌効果を有し、特にヒトの皮膚常在菌である表皮ブドウ球菌を極めて効率よく殺す作用を持っていることを明らかにしました。つまりダニはdae2を分泌することで自分にとって有害なヒト皮膚常在菌を殺してヒト皮膚における自分の居場所を確保しているようで、dae2をノックダウンしたダニはマウスの吸血を効率よくできなくなることも明らかになりました。このような進化はヒトに寄生するダニに特異的なものであり、爬虫類に寄生するダニは爬虫類の常在菌(グラム陰性菌)に対して有効な酵素を有しているそうです。Dae2の作用機序がわかればダニ媒介感染症を防ぐことができるかもしれませんし、また表皮ブドウ球菌に対して抗菌効果を持つ物質の開発にもつながるかもしれません。というようなことを考えていたらなんだか背中が痒くなってきました。
Hayes et al., Ticks Resist Skin Commensals with Immune Factor of Bacterial Origin. Cell VOLUME 183, ISSUE 6, P1562-1571.E12, DECEMBER 10, 2020.

宇宙に行きたいですか?

2020-12-01 08:37:29 | その他
宇宙が謎に包まれており、scientificな興味をそそる理由はよくわかりますが、私自身は宇宙少年ではありませんでしたし、殊更に宇宙旅行にも興味があるわけではないので、巨額な資金を投じて火星の有人探査を行う意義はよくわかりません。という訳でいわゆる宇宙研究space scienceに関しては耳学問で特定の分野(筋や骨に対する無重力の作用など)の知識を得る程度でしたが、CELL誌に"Fundamental Biological Features of Spaceflight: Advancing the Field to Enable Deep-Space Exploration"というreview articleが掲載されましたので、読んでみました。長期宇宙飛行の主な問題としては宇宙放射線への被曝と微小重力の影響が挙げられること、ほぼすべてと言ってよいほど様々な細胞や臓器に影響を与えることなどが網羅的に解説されており、大変勉強になりました。無重力が運動器に与える影響についてはなんとなく知っておりましたが、中枢神経に対しても大きな影響があることや宇宙飛行が身体に与える影響を検出するmiRNAなどのマーカーについても研究が進んでいるという内容は興味深いものでした。とはいえ個人的には足の裏が地面についていないと不安なので、やはり宇宙旅行は誘われてもお断りします。誘われることは無いと思いますが。。 
Afshinnekoo et al., Fundamental Biological Features of Spaceflight: Advancing the Field to Enable Deep-Space Exploration. Cell. 2020 Nov 25;183(5):1162-1184.