とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

メカニカルストレスによるDNA合成を介さない細胞分裂

2022-05-07 23:08:58 | 発生・再生・老化・組織修復
故黒川髙秀先生は「脚延長は骨を延ばすだけではなくあらゆる組織を延長させるのが面白いんだ」とおっしゃっていました。確かに脚が延びる時には皮膚や筋などの軟部も延長されるので、それに対する反応が必要です。この論文でChanらはcell trackingの手法を用いて、ゼブラフィッシュの成長の際には、皮膚の表皮細胞がメカニカルストレスに反応してDNA合成を介さずに成長軸に沿って分裂する、という大変興味深い現象を報告しています。またこの張力にともなう細胞増殖にはメカノセンサーチャネルであるPiezo1が関与している可能性も示されました。このような現象が他の生物でも見られるかについては今後の検討が必要ですが、脚延長に伴って生じる組織形成メカニズムにも関係しているような気がします。 
Chan et al., Skin cells undergo asynthetic fission to expand body surfaces in zebrafish. 
Nature. 2022 May;605(7908):119-125. 
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04641-0

肺腺癌の進展・転移の1細胞解析

2022-05-07 23:05:39 | 癌・腫瘍
Kras;Trp53(KP)によって誘導されるマウス肺腺癌モデルを用いて、1細胞解析によって腫瘍の進展から転移までの過程を詳細に解析した研究です。結論としては、1)腫瘍の進展や転移は、" fitness-associated transcriptional programs"によって発生したsubcloneによって生じる 2)腫瘍の進展は腫瘍細胞の可塑性の一時的な増加を伴う 3)腫瘍はステレオタイプの軌道をたどって進化し、追加の発癌性突然変異の導入は、新しい進化の軌道を作成することによって腫瘍の進化の速度を増加させる など興味深い知見が得られました。 
Yang et al., Lineage tracing reveals the phylodynamics, plasticity, and paths of tumor evolution. Cell. 2022 Apr 28;S0092-8674(22)00462-7. 

脳の成長曲線ーbrain chartの作成ー

2022-05-07 22:10:11 | 神経科学・脳科学
学生時代教えを受けた養老孟司先生は、名著『唯脳論』の中で「ヒトのあらゆる活動は脳の刻印を帯びる」と述べておられますが、いうまでもなく脳は人間の様々な活動の根源にあります。加齢とともに様々な活動が劣化していくのもまた脳の変化に起因するところが大であると考えられます。この論文でRichard BethlehemとJakob Seidlitzが率いる大規模な研究チームは、受精後115日から100歳までの101,457人からの123,984のMRI画像に基づいて、発育や加齢とともに脳がどのように変化するかについての包括的なBrain Chartの作成を報告しています。身長や体重については成長曲線によるスタンダードが定められており、この曲線から外れる場合には異常を疑うことになっていますが、Brain Chartは脳について同様のスタンダードを示そうという試みです。著者らも述べているように、これはあくまでも第一歩にすぎませんが、「脳の正常値」を規定することで「脳の異常とは何か?」を知る手掛かりになることが期待されます。私は運動器の医学を専門にしていますが、運動器の加齢変化もまた脳に起因するのではないかと考えています。Brain Chartに運動器疾患患者のデータをプロットすることで、「脳の変化からみた運動器疾患」という新たな地平が見えてくるのではないか?などと妄想しています。
Brain charts for the human lifespan
Bethlehem RAI et al., Nature. 2022 Apr;604(7906):525-533. doi: 10.1038/s41586-022-04554-y.