たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女31

2019-09-27 12:42:39 | 日記
大津さま、皇太后さまのいない朝廷に川嶋の兄上は出かけた。

しかし、日が西に傾き、夕刻になってもなかなかお戻りにならなかった。
兄の仕えし者も兄の行方を知らないと言う。朝参を終え一人にしてくれと言われ離れたとだけ言う。

それで兄上の元を離れるなんて…こんな時期に…「不謹慎ではないか。」と思わず言ってしまった。

「お言葉ですが、畏れながら皇子さまのご意向に背くことは私めには出来かねまする。」と答えたため

「そこまで言うのであれば、跡を追うなど出来たのではないか。そなたはそういうことは得意そうに我は見るが。」と言うと兄の仕えし者は黙ってしまった。

「何かあればそなたの咎は避けられぬ。そのくらいこの国にとって大切な方にお仕えしていると自覚してほしい。」

「申し訳ありませぬ。」と叩頭したが行動に移さない。

「心あたりぐらいはないのか。」と聞いても「私めにはわかりかねます。」としか言わなかった。

何やら外が騒がしくなった。

私に付き添っていたモトとフキが「お妃さま、大津さまが高市皇子さまと道作殿とご一緒にお出でになられました。」と伝えてくれた。

何度も会いたいと思った大津さまは少しお疲れのように見えた。

「心配をかけすまぬ。」と大津さまは私に仰言った。そして「川嶋皇子が行方知れずと聞いた。」と仰言ったため「この者が朝参した後に一人にしてほしいと言われそのままと。」と私が言うと兄に仕えし者は大津さまに叩頭した。

「そなた、嘘をついておるな。」と大津さまは兄上の仕えし者の首元に刀を当てられた。
「存じませぬ!お気は確かでございますか!」と川嶋の仕えし者は叫んだ。

私も高市皇子は大津さまの普段見せられない姿に驚いていた。

「不比等のとこであろうが。何故追わぬ!不比等に伝えよ!明日我が参内すると!」と大津さまが仰言ると川嶋の兄上に仕えし者は慌てて後ずさりしながら去って行った。

「高市皇子、川嶋は不比等のとこにいるのでしょう。あの者が不比等に我がここに戻ったと伝えますでしょう。明日参内いたしますが我に刺客を送ってくる相手です。明日我とてどうなるかわからぬ身でございます。」と大津さまは淡々と仰言った。

高市皇子は「何故、先の者が不比等と通じておるとわかったのじゃ。」と聞かれた。

「伊勢からの帰り道、夕刻前に命を狙われました。我らには我らの正義があると自決しました。
普通の物取りではないとわかります。
彼奴が川嶋に仕えているというのに何もしないのは不自然です。

勘というか…山辺の懐妊を教えてくれたのが川嶋です。
我は皇太后に譲位し後に草壁にというのなら構いません。皇太后がお倒れになったというのに何故か草壁のところにいると連絡も出来ませぬ。
皇太后を差し置いて草壁が譲位を受けようとしたのです。
川嶋の手紙に記されていましたが、川嶋はその譲位に反対し東国の豪族とともに不比等に謀が出来ぬよう不比等を粛正をしようとしました。
我はそれには反対です。
譲位の意を知るのは皇太后と川嶋だけ。加えて山辺の懐妊を知っておるのは、山辺と川嶋だけ。誰かが不比等に密告したと思うのが自然でしょう。

目敏い不比等が川嶋を誘ったと考えます。しかしそれを放っておくのは川嶋の仕えし者にしては不自然と思いました。」と大津さまは包み隠さず高市皇子に仰言った。


「結局何事も起きていないようですし、東国の豪族への働きかけは失敗したのでしょう。それには安堵いたしました。
しかし、我は我の後継で争いを見たくはないのです。川嶋に何かあれば我のせいです。誰かの血が我のために流れて欲しくはないのです。それが父天武の教えに従うことではありませぬか。」と苦渋に満ちた表情で高市皇子に大津さまは仰言った。

「私の大津さまにお会いしたいという我欲が大津さまを追い詰めてしまったというの。」と全身の力が抜けていくのを感じていた。

我が背子 大津皇子 山辺皇女30

2019-09-25 20:25:48 | 日記
川嶋の邸では「兄上…私だけに感じるような…子がいると薬師が…」と私は心許無く川嶋の兄上に伝えた。

大津さまが莫逆の友と言われた川嶋の兄上。

「まことか。」川嶋の兄上は驚き「それなら譲位は必要ない。」と申された。

「しかし…もしそうだとしても皇女かもしれませぬ。」

「その時は仲立ちの天皇でもかまわぬではないか。皇子やもしれぬ。大津に伝達を。」と言い邸に仕えしものをを呼ばれた。

「大津に伝言を。」と言われた川嶋の兄上の言葉に心が高鳴った。

大津さまが、この飛鳥浄御原に戻って来られる…いままでもう伊勢からお戻りにならない…そう思いお見送りしたというのに私はやはりお会いしたい。もう一度あの誰もが魅了される御姿を見たい。

我欲…このお腹に宿し和子を理由に私は大津さまに会いたがっている。

卑怯であろうか。しかし会いたい…その気持ちが強くなっている。

不安だった。寂しかったのは事実。

大津さまは、川嶋の兄上が申されるように譲位を諦め私の元に…

しかし、斎宮の大伯の姉上さまは如何に思われるであろう。

大津さまが伊勢に下られたのは、斎宮さまが世の中で大津さまの同母姉弟と信じられ奇異な目から御守りしたいというお気持ちも強い。

しばらくして川嶋の兄上が「皇太后がお倒れになったらしく誰ともお会いにならない。草壁の嶋の邸で看病を受けておられるそうだ。」と訝しげな表情をされた。

「このことは大津さまのお耳に。」

「あぁ、勿論だ。ただ誰にも会えないほど重い病いか。もしかしたら草壁は大津や皇太后のおられぬいま勝手に皇位継承を。まさかとは思うが…いや後ろにあの不比等がいるのじゃ。大津がこの飛鳥浄御原に戻る際狙われるやもしれぬ。」と川嶋の兄上は舎人を呼び奥の部屋に行き何やら話し込んでおられた。

その時、この邸の仕えし者が兄上の部屋の間を通り過ぎた。

不思議に思ったがことは急を要するらしいのであまり気には止めなかった。

今になっては悔やまれるの一言だけれども。

兄は東国の豪族達に草壁皇子が皇位簒奪を狙って不比等が蠢いておる。何が何でも阻止するよう、不比等を討つべしと檄を飛ばしたらしい。

このことが草壁皇子や不比等にいいように利用され大津さまは追い込まれていく。

そんなことは露にも思わず、私は大津さまが無事に伊勢からお戻りになることを祈っていたわ。

我が背子 大津皇子 山辺皇女 29

2019-09-21 15:09:42 | 日記
大津さまは伊勢に旅立たれた。

その現実は私にとってやはり寂しかった。

でも大津さまのことを思えばやはり喜ばしいことで…大津さまの妃として背筋を伸ばし生きなければ。

大名児は私の気持ちを察して歌を送ってくれた。

大津さまがいかに愛おしく私を見つめ羨ましいと言った歌だった。

そなたも寂しいことであろうに。

私は大名児の歌を口ずさみながら、香具山の邸で秋の訪れをぼんやりと眺めていた。

モトやフキが私を察してか秋の味覚を持って来て楽しませようとしてくれていた。

「お百姓が、大津妃さまにとほらご覧なさってくださいませ。今日のお夕餉にお出し致します。」

「私は少しでいいわ。モト、フキしっかり食べて。でないとお百姓たちが悲しむわ。」

「妃さま、昨日も今日もあまり食しておられませんわ。それでは大津さまがお悲しみになられますわ。」とフキが瞳に涙を浮かべ私に訴えてくれた。

「すまぬ。おいしそうと思い食べようとすると胸のあたりがつかえて。」と言うとモトが慌てて叩頭しその場を離れた。

フキは「妃さま、モトは妃さまのことを思い女官長さまを連れて参りますわ。」と言った。

フキの言うとおりモトは女官長を連れてきた。

「皇女さま」と言いそれに答えると薬師も来られ色々とお答えした。

薬師は「大津妃さま、御懐妊にございます。天皇さまとの和子がお身体にいらっしゃいます。」と高揚し言われた。

子…私の中に新しい命…大津さまとの御子。

女官長、モト、フキも「おめでたい。おめでとうございまする。」と各々祝いの言葉を伝えてくれた。

「待って。大津さまのお耳に伝わる前に兄の川嶋皇子に御指南を仰ぎたいの。」咄嗟に口にしてしまった。

皆が「何故に」という顔で見つめていた。

伊勢に参られた大津さまがなんと思われるかと考えると得策でないような気がして…

「いま、上皇薨御の伝達を大津さまは斎宮の姉上さまになさっている…今はお控えしたい。何時申し上げるがよいか兄上にご相談申し上げて大津さまのご負担なきようにしたい。」と言うと女官長が「では一刻でも早く。大津さまもお喜びになられましょう。」と言った。

「私が明日にでも兄上のもとに参りご相談申し上げる。それまで皆は口外せず待ってくれぬか。」と言った。

私だけの問題ではすまぬ…この飛鳥浄御原を、この国の行く末を私のこの小さな私だけに微に感じる命を守るために…ひいては大津さまもお守りしたい…私は考えていた。


我が背子 大津皇子 山辺皇女28

2019-09-11 13:51:35 | 日記
大津さまの願いも虚しく天武上皇は朱鳥元年9月9日御隠れになられた。

大津さまから「譲位したい。山辺は許してくれるか。」とお尋ねくださった。

「私に許すとか…ございません。大津さまは、天皇を誰にとお考えでありますか。」と私が申すと

「本当は高市皇子が適任だが、それでは我と同じだ。国がまた二つに別れ内戦になる。草壁なら子もいるし野心もある。先の天皇、皇后陛下の第一皇子という自負なら誰にも負けぬだろう。皇太后や不比等がいれば大丈夫だ。」と大津さまは仰言った。

「内戦…」

「そなたの父天智天皇、我の父天武天皇が争ったようにな…山辺…我らに子はいない。幸いなことに。
我が天皇を続けてもし和子が生まれ我が亡くなれば…また争いが起こると思わぬか。内戦で苦しむのは天皇家と宮家だけではない、犠牲になるのは民だ。ならば諦観し我は譲位し、草壁が天皇になればいい。争いは起きない。」

「皇太后さまは何と…」

「やんわりと反対なされた。山辺…本当に許してほしいのはこれからだ。」と大津さまは私の瞳を捉え仰言った。

「伊勢の姉上は、我とは異母姉弟と皇太后が教えてくれた。すまぬ、すまない…我はずっと姉上を…異母姉とわかったのなら…もう…もう我は…」

「わかっておりました。大津さま。」と私は思わず申し上げた。

「山辺…」

「さすがに斎宮さまが異母姉上とは存じませんでした。ただ私は大津さまと一緒に過ごさせて頂いた…御心を頂いた。それで充分なのでございます。それは大津さまにとって姉上さまの代わりなど、私は…なれはしないともう随分前からわかっていました。」

「山辺をどうでもいいと我は思ってはおらぬ。」

「わかっています。大津さまは、夫として私を大切にしてくださいました。大津さまの御心に甘え過ぎておりました。大津さま…大津さまの行きたい場所にどうぞ…」

「山辺…山辺はどうするのだ。」

「近江に帰るのは考えていませんが…ここで考えてもよろしいでしょうか…」

「もちろんだ。山辺の屋敷でもあるのだから。」

「有り難く…」と言い最後大津さまの胸で少し涙してしまった。

しばらくして、大津さまは伊勢に旅立たれた。道作だけを伴って。

もうこの飛鳥浄御原にはお戻りになられないのかもしれない。

皇太后には政を皇太后に任せるだけと言い残されて…






紀子さまは本当にお美しい

2019-09-11 09:38:30 | 日記
今日は紀子さまのお誕生日であらされる。

お美しいお姿、お心…なんと表現すれば良いのかわからないほど高潔で、慈悲にも溢れて…

本当にお美しい。

自然な微笑み…

「ありのまま」であらされるのがまた素晴らしい。

この美しさを讃えるために、残念な感じの方の「ありのまま」を引きあいにするのは憚られます。

組織ぐるみのヤフコメ、そういうものに阿諛追従する輩が言っていることは残念な方からのスライドだとされても嫌なお顔一つ見せられない。むしろお苦しいでしょうにと憐れんでおられそう。

常に笑顔。常に慈しみ。

まるで悟りを得た菩薩さま。

「私」より宮様のことに配慮なさり、皇位継承を持つ親王さま、内親王さま方の将来や成長を慈しむ。

羨ましい。

「私」が幸せであると感じるのなら、足りないものなどなく、今あることに「感謝」なさる。
なのでますます幸せを引き寄せられる。
そんな大切なことをあらためてお教えくださる。
簡単なようでなかなか出来ることではないと思います。心は常に彷徨うものですから。
よほどの御精進の表れだとご尊敬申し上げるだけです。

同じ「感謝」と使われても心がともわないのがありのままの残念な方とこんなにも差があるなんて…あ、こんな佳き日に言ってはいけない。

幸福は最大の復讐と知らずに「しかいし」という復讐に勤しんで苦しまれて…あ、勝手に妄想などしてはいけない。

以前、美輪明宏さんが美智子皇后の立ち振る舞いをご覧なさい、お手本になさいと言われていた。

大変恐縮で、畏れながらにでございますが、私は紀子さまをお手本にしたい。

お美しい立ち振る舞いはもちろん…必要以上に大きく見せずともあなたを大切になさい、あなたの愛する人たちを大切に幸せになさいと語りかけてくださっているように思えるから。

あなたが見る世界は慈悲であふれている…それはあなたの心次第…そんなことを感じながら生きなさいとあのお美しい微笑みにお教え頂いているから。