たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 28

2019-01-31 21:25:20 | 日記
「我は草壁皇子、天皇の詔によって都より参った。我の異母姉斎宮さまに案内いたせ。」
大伯に仕える者、女人達は草壁の来訪の予定は聞かされていたので斎宮の役人を呼び草壁皇子を案内した。

そこには草壁の想像を絶するほどの美しい天女がいた。
圧倒され声にならない。
大伯は「皇后さまのこと心配申し上げておりました。草壁皇子におかれましても道中お疲れのことでしょう。早速ですが伊勢神宮に参拝いたしましょう。」とだけ伝えた。

草壁は「も、申し訳ありませぬ、義姉さま、いや斎王さま。」と声にするのが精一杯であった。

大伯は草壁と神宮に向かう森を歩き「我は神に仕えるもの。草壁皇子が望まれる祈祷などは無理なのです。ですからここで伊勢神宮を拝もうと考えました。もちろん皇祖神には大祓詞を唱え奉らせてはおります。」と草壁に説明した。要は拝み屋巫女出ないと伝えたかったのだが草壁はよくわからなかった。

「伊勢神宮におわす神々に祈ることが一番良いと斎王さまは判断なされたということですね。」と草壁は答えた。
「神々…ここにおわすのは皇祖神の御霊ですが…たしかに宮でございますが。」と大伯は少し呆れた表情を見せ取り繕うように笑った。

大伯は熱心に願った。大津の母であり、この草壁の母でもある皇后の使命を全うさせていただきたいと願ってやまなかった。
草壁は心なく大伯が隣にいることに緊張していた。

しばらくして皇后の病気が平癒した。
天武、大津は喜びほっとした。伊勢から都に戻った草壁は喜んでいたが、斎王にまた会いたいと不謹慎なことを考え気もそぞろだった。

宮中では「伊勢の斎宮さまはこの世とも知れぬ美しいと。」
「草壁皇子が伊勢から戻り骨抜きになっているそうな。」
「斎宮さまに懸想をするなど…」
「大名児のことはようやく諦められたか。」
「それと、これは別らしい。」
「強欲で。」と潜めき声で官人達は話していた。

藤原不比等はこれらの噂を聞き草壁皇子に従くことを考え始めていた。

我が背子 大津皇子27

2019-01-30 22:22:18 | 日記
穏やかに日々は過ぎていった。

大津も山辺皇女と仲睦まじいと周りは噂をしていた。

「皇太子大津皇子さまは、女人との艶聞がなくなりましたな。」
「ほらあの草壁皇子もご執心の大名児もあのお二人には近づけまいとて。」

朝殿の廊下で官人たちはさもありなんでヒソヒソと話をし今後も大津を支持して安泰と宮中では大方の見方でもあった。

大伯も斎王の務めを果たしつつ、夜にわざわざ灯りを点けて贅沢とは思いつつも大津にもらった漢詩を読み過ごしていた。
…大津の和歌も詠んでみたいもの。父上と額田王のような戯れの相聞歌も面白いけれどおじいさま天智天皇はお怒りは凄まじかったらしいけれど。和歌ってその時その時に与えられるようなことづけ、伝言のように思うわ。…あえて大津は詠まないのかも…大津の立場は一つの歌で誤解されるのかもしれない。周りに与える影響力を考えて作らないのかも。作るときはあえて何かを伝えたい時だけなのかもしれないわ…
思わず「大津も苦労しているのね、あの若さで…」と声に出てしまった。

そんなとき皇后が病に倒れた。軽い風邪でもこの時代は命に関わる大事でもあった。高熱にうなされる皇后を心配するあまり天武天皇は薬師寺を創建した。
皇后の周りに天武、草壁、大津が囲んだ。
天武が「そなたの回復を祈願して念願の薬師寺を作る。そなたと早く参りたいものじゃ。早く元気になれ。」と皇后に語りかけた。
「もったいないお言葉、嬉しく存じます。」と皇后がいつになく弱い声で答えた。
「母上、私は母上のご回復を祈願し伊勢に参拝いたします。」と草壁が得意そうに言った。
「斎王の迷惑になるのでは…皇太子もそう思わぬか」と皇后が大津に問うと「斎王は皇后のために祈願奉ると思いますが…草壁は母上のそばにいて差し上げられる方が安心なさると思うが。」と大津は答えた。

草壁は言葉をなくしたが、天武が「皇后のそばには皇太子、大津がおれ。草壁、危険を覚悟して行け。」と助けを出した。天武としては飛鳥浄御原令の制定において必要なのは皇后、皇太子であったので草壁が行くことで願いが叶うのならそれでもいいと思っただけであった。

数日後、草壁が伊勢の斎宮を訪れた。

我が背子 大津皇子26

2019-01-19 19:55:09 | 日記
山辺皇女と何度も肌を重ね、甘美なひと時を得てもかの姿が大津の脳裏に浮かぶ。
大津…優しい声で我を誘う。伊勢にいるのにはっきりと聞こえる。

しかし目の前には情炎に酔いしれている山辺皇女の白い身体が横たわっている。
かの声を聞きたくて大津は山辺皇女に求めた。
山辺皇女は白い肌で大津を受け止めた。「大津さま、どうぞ私を離さないで。」

大津は思わずその唇を塞いだ。
寂しい思いをさせていたのは我のせい…
申し訳ないが今、我は。
そなたに不憫な思いをさせず、そなたのそばに出来るだけいるようにするから。
心だけはどうぞ縛らないでくれ。

山辺皇女の絹のようなきめ細かい肌を大津は離さなかった。山辺皇女もたくましい軀を離さないよう大津を受け入れた。


「大津さま、引き取りました児らが斎王さまの無事を祈り布を織りましたの。お送りしても良いでしょうか。」見事な白い生地で織り上げられていた。
「素晴らしいな。姉上は児らの話をするととても喜んでいた。母上を早くに亡くした我らにしてもとても他人ごとでないと言われていた。」
「よかったですわ。児らも喜ぶことでしょう。」と山辺皇女は無邪気に喜んでいた。

この織物が姉上の肌を包むのか…我でさえ知らぬかの肌を。

大津は布地にでもなりたいと思った。

思わず山辺皇女の腕を掴んだ。悩ましい思いを抱きながら、山辺皇女を再び求めた。
山辺皇女も素直に受け止めた。


我が背子 大津皇子 25

2019-01-17 10:05:49 | 日記
大伯の回復を見届け大津は伊勢を後にした。

寂しかったがお互い前回のような絶望感はなく寧ろ心は未来へと向いていた。

大津は大伯の言う「奇跡」の理由を知りたかったが、姉上のお言葉に心を任せよう、委ねようとすることで安穏を選ぶことにした。

飛鳥浄御原に着き父天武に報告をした。
「よう朕の役割を果たしてくれた。礼を申すぞ。」と天武は言った。

伊勢で大伯の乳母から「皇太子さまは若い時の天皇さまによく似ておいでだこと。気品に満ち、凛々しく眩く、そばにいた大田皇女さまも大伯さまの生き写しくらいに美しく一番仲睦まじいおふたりでした。
もちろん皇后さまもお妃としてそばにおられました。しかし、天武さまが一番大切になさっていたのは大田皇女さまで片時も離さず、大田皇女さまがお隠れになった時天武さまは狂わんばかりで…大田皇女の亡骸をしばらく誰にも近づけさせませんでした。お姿は憔悴し虚ろで廃人になってしまうかと皆で心配いたしたほどです。その時皇后さまが天武さまを一心にお助けになられました。皇后さまは努力で天武さまの片腕となられたと聞きました。」と教えてくれたのを思い出していた。

皇后も「安堵しました。ゆっくり休んでまた朝堂に参られよ。」と言った。
優しい表情であった。父、天武に愛されるより片腕と信用され皇后の地位を得られたのだな…そんな愛し方もあるのだな…何故皇后は大田皇女の皇子の我よりも我が息子の草壁を皇太子にしなかったのであろう。

いくら草壁でも我より…皇太子にと望まぬものなのか。

「皇太子、どうなされた。」と皇后は心配そうに聞いた。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫でございます。」

舎では山辺皇女が嬉しさを隠せず待っていた。

大津は山辺皇女を妃として抱いた。

我が背子 大津皇子 24

2019-01-15 18:15:55 | 日記
大伯は「山辺皇女を大切にね。きっと皇女なりにそなたを大切に思っているのがよく伝わってくるわ。」と言い「先ほどまで嫉妬に苦しんでいた我が言うのもおかしいけれど。」と頬を紅潮しているのが自分でもわかった。

大津は「姉上のお気持ちを知った今、皇女とどう向き合えば良いのか。父のように沢山の妃が欲しいわけでもなく姉上だけであったのに。」と苦渋に満ちた表情で言った。今すぐこのまま姉上をさらってしまいたい。しかし不可侵の女神をこのまま触れる勇気もないことはよくわかっていた。それは全てを破壊するからだ。姉上の言う通り時が満ちればそれさえ待てばいいのだから。

「山辺皇女は何か困っていらっしゃらないの。」と大伯は唐突に聞いた。

「そういえば…草壁がある采女を気に入っているのですが、その采女は何故か私に気があるらしく…袖にされているのを山辺に愚痴、苦言を言っているようです。新妻の山辺にしっかりするようにと。」大津は淡々と言った。

「よほどそなたは女人と戯れているの、草壁もやきもきしているだけよと意地悪を言いたくなるわ。」と大伯は茶目っ気たっぷりで大津をからかった。

「違いますよ。先ほども言ったように姉上だけです。」と今度は大津の方が頬を紅潮していた。

「そなたが山辺皇女であったらどんなふうにしてほしいのかだけを考えたらどうかしら。
草壁からのいわれのない言いがかり、近江朝廷の皇女という立場の不安。そなたの愛情で包んでやりなさい。仲睦まじくいれば他の女人と戯れていても皇女も草壁も安心するわ。」と大伯はクスクスと笑いながら言った。

「今宵の姉上は少しお元気になられ大津は嬉しゅうございますが、大津とて意地悪をしとうなりまするなぁ。」
「あら、大津の意地悪を見たことないから楽しみよ。」
「山辺を妃として抱く。そうすることで姉上は嫉妬なさらずに。」

「それが大津の意地悪なの。仕方ないわ、わかったわ。言い寄ってくる采女も適当にね。」

「方々で誤解され、姉上に意地悪をされるのは割にあいませんからね。」と大津が言うと声を立てて2人は笑いあった。