たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

少しひとりごと、たくさんのお礼を言いたいこと。

2019-05-30 20:20:00 | 日記
難波宮って?古代史のんびり散歩 様

https://blog.goo.ne.jp/mitunobu11

この稚拙な文章でお恥ずかしい限りでございますが、貴方さまのブログでご紹介くださりありがとうございます。
過分なお褒めのお言葉、ありがとうございます。身が引き締まる思いです。

とても励みになりいろんな空想が広がっております。またブログで教えてくださる場所、写真、距離感は人並みならずものがあり、すごいなぁと感服いたしております。

また、いろんなご縁でこの稚拙なブログにおいでくださるみなさま、本当にありがとうございます。

みなさまが来てくださることで私は本当に嬉しく活き活きとした毎日を過ごさせていただいております。

本当にありがとうございます。

私のこの稚拙なブログがみなさまの毎日の何か善きことにつながっているのだとしたら、こんな嬉しいことはありません。

みなさまがくださったしあわせです。ありがとうございます。

そんなしあわせをくださったみなさま…みなさまのしあわせ、安穏な毎日をお祈りいたします。

そしてみなさまの希望や願いことが叶いますように。

もし困難な問題を抱えてらしているのなら少しでも早く解決できますように。

苦しみや痛みは早く過ぎますように。

みなさまはしあわせでありますように。

我が背子大津皇子 山辺皇女 5

2019-05-30 20:00:10 | 日記
大津さまの声がする方を向くと、何故か大津さまは泥まみれで庶民たちの格好をなさっていた。
いつもは雄々しい舎人の道作も同じ格好で苦笑いをしていた。
そばには孤児だろうか…10人くらいの男の子と女の子がいた。皆、10歳を過ぎたか過ぎないかの子らで、中には幼児もいた。この中の子の妹だろうか。

「いったい大津さまこれは何事ですか。」
思わず私は全てを把握出来ず聞いてしまった。

「すまない、山辺。驚かせてしまったな。この子らをここで我は世話してやりたい。手伝ってはくれぬか。」
大津さまに頼まれて否と答える者などいない。

女官と顔を合わせ、「まずは湯浴みですわね。」と私が言うと大津さまは笑顔で「さすが我が妃、山辺。皆のものそなたたちの皇女さまじゃ。そなたらの母にも負けぬほど大切にしてくださるぞ。ちゃんと挨拶いたせ。」と仰言った。

「山辺皇女さま、どうぞよろしくお願い申し上げます。」と年長の男の子が言うとそれに合わせて皆も「お願い申し上げます。」と頭を垂れた。

そんな児たちが可愛らしくて可愛らしくて…女官達と夢中で湯で洗ったわ。
みんないい子たち。きれいな衣にきがえさせると見違えたわ。

大津さまと道作に「私の皇子さまも、道作殿もおきれいになさって。」と言うとお二人は嬉しそうに笑っておいでだったわ。

「山辺、すまぬな。我が着飾った服で市井に出ても皆、我の都合の良いところしか見せぬであろう。それは当たり前じゃ。誰しも覚えよく思われたいもの。しかし、ひとりのこの国の人間として出会った児らたちよ。なんとかしてやりたくて。」

ただ、大津さまは養子、養女として贅沢な暮らしをさせるのでなく宮仕い人らと同じ住居に住まわせ「その児らがいずれ自分で生きていけるよう炊きごと、病人の世話、畑を持ち生活出来ること、そなたのように織物が上手いのもよいな。腕に自信があるのなら舎人でもよい、仏に仕えたいと学問もよい、ただその児らが自信を持ち生きてもらいたいのじゃ。自分は守ってもらえると安心してほしい。」と仰言った。

「ここに来れずに亡くなった児もいた。そんな絶望から救ってやりたいのじゃ。親を早くに亡くし、ただ不幸な境遇にあっただけで、満足な食事も与えられずに死を待っていたも同然。しかし皆、この国の大切な宝じゃ。
ここから巣立って明るく生きてくれたら我はそれで満足で…ただ山辺の力も借りぬと我だけでは難しい。許してくれるか。」

「大津さまに頼まれて嫌というほど私は馬鹿ではありません。大津さまがされていることはこの国の未来のこと。どうして手伝わずに奥に隠れていられましょうか。」と言うと「山辺ありがとう、本当に我は嬉しい。」と大津さまは私を抱きしめて何度も「ありがとう。」と仰言ったわ。

我が背子 大津皇子 山辺皇女4

2019-05-28 19:40:10 | 日記
大津さまは東の方向をよく見つめられる。

茜色に染まる二上山を私が美しいと言っても「そうだな。黄泉の国や極楽浄土があると信じずにはいられないな。こんな美しい風景を見せられると。」と言いつつ青が降りて星が光りはじめる東の空を見つめられる。

まさか大津さまは同母姉の斎宮さまを想っておいでなの…そんな気持ちが私の中で膨らみ始めた。

そんなある日、草壁皇子が訳語田の舎の邸に訪れられ大津さまも留守のため山辺皇女に参っていただきたいと訳語田の舎に仕える者から願いがあった。

「大津さまがお留守とご存知ではないのかしら。朝参はもう済んだのかしら。」

私はとりあえず草壁皇子さまのおもてなしにと訳語田の舎に駆けつけた。

「大津さまが不在のため大変お待たせいたしました。」と申し上げると、すでに草壁皇子さまはお酒をたしなんでおられた。

大津さまの異母弟であらされるだけに面影は似てらしているけれど、大津さまより少し線が細く、こめかみには青い血管が浮き出ているため肌の白さがわかった。やや癇が強そうな…

「少々いただいておった。大津皇子が不在で大津妃のそなたにちょうど伝えたいことがあったわ。」

なるほど…大津さまが不在とわかっておいでになられたのね。

「石川の郎女大名児という采女はご存知か。」

「初めて聞きましたが。その者が何か。」

「我の妃にしたいのだが…大津がそのものに言い寄って困っておる。婚姻早々、夫が我の女人に懸想するのは感心致さぬ。そなたの元を大津が離れぬようちゃんとしてくれぬか。そなたがしっかりしてくれないでは我に迷惑じゃ。よろしくな。大津は昔から我のものを欲しがる癖があるのでな。」と草壁皇子さまは杯を飲み干すと失礼と一言のみ言い去った。

そばにいた女官が「なんと失礼な。お妃さま、お気に召さらず…」と声をかけてくれたが涙が自然に止まらず、「女官の言う通り…」と言った途端私の感情は嗚咽という形で溢れた。

もしかしたら草壁皇子さまは大津さまと私を夫婦でないと見破っているやもしれぬ。

暫く涙が収まるまで女官に時間をもらった。

「泣いたあとは消えたかしら。」
「はい、美しい妃さまです。草壁皇子さまはお二人に嫉妬なさっているのですよ。」と女官は私を励ましてくれた。

この訳語田の邸をでようとすると「山辺!ちょうどいいところへ。」大津さまの声がした。


我が背子 大津皇子 山辺皇女 3

2019-05-27 13:23:25 | 日記
女官の燭台の灯りに照らされ大津さまは部屋に入って来られた。

ー美しいお顔だちー

「よう参られた。疲れたであろう。そなたもゆっくり休むがよい。今宵、そなたには一本も触れぬ。安心するが良い。」と大津さまは穏やかに申せられた。

私は驚き一瞬何かよく分からなかった。

婚姻をした二人が寝ることを共にしない。

「私は大津さまに相応しくないと…。お気に召されないと…」

私は混乱していた。

「それはない。そなたとはゆっくりと…正直まだ、よく知らぬ相手とそういうことにはなりたくない、我のこだわりだ。許せ。」

大津さまは頭を下げられた。

頬を伝う雫が苦い味に感じた。私は泣いていた。

「もしお気に召さなかったら…」

「それはないであろうよ。明日は朝見の式もある。ゆっくり眠ろう。私はあちらを向いて眠る。そなたも眠るがよい。」

大津さまの気遣いなのかもしれない。その大きな背に顔を寄せ「ありがとうございます。ゆっくり眠ります。」と答え大津さまに背を向けた。

殆ど眠れなかった。途中大津さまが床を出られたのは知っていたけれど、眠ったふりを続けていた。

明朝、夫婦となったことを天皇皇后にお会いしご挨拶を申し上げた。

「皇太子大津、皇太子妃山辺の末永きしあわせを祈る」

天皇皇后のお言葉を戴き身が引き締まると同時に嘘をついているようで申し訳なく…

その後の祝いの宴も心そぞろだったわ。

私と大津さまは真の夫婦ではないのに。

川嶋の兄上が「大津、伊勢から戻ったばかりなのに大変であったのう。斎宮さまもお喜びであろう。」と嬉しそうに話しかけてきた。

その時大津さまは笑って「ありがとう、川嶋。」と仰言ったあと盃に顔を向けられた一瞬、何も見えておられないような冷たさしか感じられない無表情の大津さまを私は初めて見たの。後にも先にも、初めてだったわ。

斎宮さま…大津さまの姉上の大伯皇女さま。

その時のお二人の気持ちは露ほども知らなかったわ。

我が背子 大津皇子 山辺皇女2

2019-05-25 15:25:14 | 日記
私は15の歳で大津さまに嫁いだ。

私の父は天智天皇で母は蘇我赤兄の娘、常陸娘で近江朝廷の象徴のようなもの。

近江朝廷は崩れさった。天武天皇…大津さまの父上によって。天武天皇には叔母も嫁いで子もおられる。天智天皇亡き後後継を託された異母兄大友皇子の死によって。

大津さまにとっては異母弟妹でもあるけれど。

崩れ去った近江朝廷の象徴が飛鳥浄御原の象徴という方に嫁ぐ。大津妃となる。皇太子妃となると異母姉の皇后が仰言った。

皇后は天武天皇からの思召しであるが、気がすすまなければ無理をせずとも良いと優しく仰言った。

大津さまの人柄、誰もがお褒めの言葉しか聞かれない。皇子としての風格はもちろんのこと、文武に長け明るくおおらかな性格に加え上下の身分を問わず接する姿勢は多くの人の心を捉えて…かくいう私もであったけれど…雄々しいながらも艶を併せ持つお姿に女人なら誰しも憧れる…

「私でよければ…大津さまが、お嫌でなければ…」

「そなたほど美しい女人を大津が嫌がることはあるまい。」と皇后は微笑まれた。

私の父、天智天皇の娘でありながら、お祖父様、赤兄とともに近江朝廷から追い出された御身なのに優しく、接してくださる。異母姉とはいえ、畏れ多い。

異母兄の川嶋皇子も「大津との婚姻は我が事のように嬉しい。」と手放しで喜んでくださった。

川嶋の異母兄上は大津さまと仲が良い。莫逆の友とも言われている。

少し肌寒い夜、私は寝室で大津さまが御出でになるのをお待ちしていた。

白い絹の肌触りが気持ちよくて、これから起きることは少し怖くもあったけれど

大津さまに委ねようと思うと心なしか胸がざわついた。