sakuraへー
キミはその日をついに迎えてしまいましたね。
学校で受けた進研模試、学校模試、その他モロモロの業者の模試ー
全て合格確率50%割ってましたね。
はっきり言って、自信はZEROでしたね。も~ど~にでもなれっ!
って感じで、「成るようにしか成らん」とゆー、亡き父の言葉をつぶやいてましたね。
まともにやりきった参考書など何もなく、6~7割くらいかろーじてかじったのがセンター試験対策の【○○の20日間完成】とゆー薄い問題集でした。
前日ー下見に行って、バスの中で寝てしまい、降りるべき停留所を乗り越すとゆーテンションの低さ。循環バスだったので、もう一周すっか~と、バカみたいにバスにそのまま乗ってましたね。
しかしそのバスの中で読んだ【直前の要点なんとか】とゆー豆本の内容がズバリ試験に出て、全くのもうけもんでした。
試験当日のランチタイムー楽しみにしていた母の手づくりお弁当ーサンドイッチーでしたが、見事にべっしょべしょになってましたね。
何か流動食のようで、全然お腹の足しにならず、午後からの試験はお腹ペコペコ状態。脳にもブドウ糖全然行きませんでした。(-_-;)
なぜこんなことんなったかとゆーと、試験当日、母が当直明けだったため、前の日の早くからサンドイッチつくり置きして、冷蔵庫ではいたむかな・・・と思って、ベランダに放置しといたからです。1月中旬の厳寒の北海道です。どんなことになるかは予想できただろーに・・・(-_-;)
1日目を散々な状態で終え、母にお弁当のこと文句つけたら、笑って誤魔化されましたね。(~_~;)
母は生活を支えるのに精一杯で、娘の進路のことなど、ほぼ無関心とゆーか、放任状態でした。
「うちは私大はゼッタイ無理・・・国公立大もムリかも~。」とゆー感じでした。それにショックを受けたキミは近所の銭湯で人知れず大泣きしましたね。
なぜかとゆーと、大学行かせるつもりないんだったら、なんでこんなこ難しい予備校みたいな高校になんかムリして入れたのさっ!・・・と思ったからでした。高校時代は、キミも人並みに青春したかったのです。好きな男の子だっていましたし。
それも中3の2学期の期末テストで奇跡の学年約450人中2位とゆー大マグロ・・・でない・・・大マグレの結果を出してしまったからで、運命のイタズラとしか言いようがなく・・・己のタイミングの悪さと悲運を呪ってのことでした。
そんな行かせてくれるかどうかわからない大学を受けている自分がまるでピエロのように思えてきました。
しかし、秋に受けた公務員試験は既に落ちています。
はっきり言って、もうキミに残された選択肢はないのです。
それは・・・
一番お金のかからない国立大学にタダで行く・・・ことなのです。
それにはまず、必要最低限の条件は合格。それもトップの方で入らなければ、タダまではムリです。
若干17歳にして、キミはものすごいプレッシャーを自分に課してしまいました。そのためキミは2日目の試験途中、腹を下してしまいます。
うら若き乙女がトイレタイムのため挙手をします。
一斉に集まる見知らぬ他校の受験生の視線・・・おまけにオヤジな試験管がトイレまでついて来ます。アチャ~もう万事休すっス・・・。
(-″-;)・・・・・・
・・・しかしここで逃げ出すわけにもいかず、ま~答案用紙をなんとか最後まで塗りつぶし、終了。
思い出したくもないけど、二次試験なんか、もっと悲惨でした。
全然手に負えず、途中であきらめて、試験時間の半分以上余ってしまい、時間つぶしに途方に暮れる始末でした。
・・・こんな悲惨な状態で受けた試験でしたが・・・
結果はナント!合格!!!
それも一番行きたかった学部・・・。
これは・・・ハドソン川の奇跡以上の奇跡・・・昨年末に地下鉄乗り場で一万円札拾ったことに匹敵する奇跡です。
今ならあまりの信じられなさに受験番号携帯カメラでしっかり撮って永久保存してると思います。
病院勤めの母に公衆電話から「受かったよ~」と電話し、帰りに某デパートでチョコレートパフェを食べて一人密かにお祝いしました。
個人主義的な校風の高校で、喜びを共有できる友などいなかったのです。もちろん彼氏なんてゆー存在もありえません。
父が生きていたらな~~~と、その時心から思いました。
後から聞いたところによると、母の同僚の息子はキミと同じ大学受けて不合格だったそーで、険悪な雰囲気になるといけないんで、嬉しさをひた隠しにしてたそーです。(*´艸`)
予備校も塾も家庭教師とも無縁で、ひたすらに自分のカンだけを頼りに受けたのにまんまと合格したセンター試験ー。
優秀な両親の元に生まれたワケでも、ガリガリ勉強したわけでも、頭特別いかったワケでも全くないのに、運とカンだけでパスしたのだ・・・とゆー思いが今でもあります。
そして「ラッキーなだけだったのさ・・・キミは・・・。」とつぶやく今日なのでした。
最後に・・・
受験生の皆さん・・・成るようにしか成りません・・・しかし、解答用紙は一応最後までとりあえず埋めてごらん。奇跡は願わなければ降りてこないのだから・・・。
長くなりそうなのでここに書くよりネタをパクって自分のとこの記事にしたいと思います。すんません…。
受験生でたまたまこの記事を読んでる方がいて、多少なりとも勇気づけになったら、幸いです。(タイミング的には、もうちょっと前に書けばいかったかな・・・。)
じぇふ氏がおっしゃるよーに、確かに上述記事は読み返してみても、ドラマチックだったと思います。母校ではあまりにもドラマチックだったので(逆を言えばダークホースが大穴当て!?)卒業文集に投稿依頼されたくらいです。
それにしても、お互い昭和レトロな想い出の範疇になりつつある記事ですね~。
受験シーズンですねぇ。
私の時代は「共通一次」、なんだか響きが古っ!って感じです。。
私は試験の約1ヶ月前に虫垂炎で(腹膜炎の一歩手前!)2週間くらい入院し、退院したのが試験日の1週間前。もうラストスパートなんてかれていられませんでした。。お腹痛いしね・・・。
ダメもとで受けましたが、なんとか合格!
ビックリでしたよ!運が良かったのカモです!
私ならモウチョになっただけで、もう諦めますね。これも自分の運命・・・成るように成ったのだと。
よく試験にぶつけてインフルエンザになって、39度の高熱で、別室に隔離されて受験ーとゆー話も聞きますが、さすがに当日モウチョになったらOUT!ですよね。
不幸中の幸いというんでしょうかね・・・。
ハンデ背負っての受験だったんですね~。
自分の場合より、ドラマチックな度合いは数段上だったと思います。
チョコさん、そのことブログで書くと、大反響かもですよ。
この記事タイトルにヒットして、アクセス数、過去最多になりそです。
(ハドソン川の奇跡とかバードストライクでもヒット飛ばしましたが・・・)
チョコさんの場合は運とゆーより、そうしたハンデにも関わらず合格したとゆーのは、きっと余裕の実力があったのですよ!
共通一次にピンとくるかこないかで世代がバレバレですね。伏字にしましょうね。
(って、もう遅いですね・・・)