嚥下障害の評価と多職種による管理
Am Fam Physician 2021: 103: 97-106
嚥下障害はよく見られるが、気づかれていないことも多い。患者が異常を訴える部位よりも特異的な所見に基づいて初期評価と画像検査を行うべきである。咽頭や頚部に起因すると思われる閉塞症状は、実際には食道遠位部病変が原因であることがある。
中咽頭嚥下障害は、嚥下困難、咳、窒息、誤嚥などの症状として現れ、脳卒中、パーキンソン病、認知症などの慢性神経疾患によって引き起こされることが多い。
誤嚥の危険性があるため、症状は徹底的に評価されるべきである。食道嚥下障害の患者は、飲み込んだ後に食べ物が詰まる感覚を訴えることがある。この症状は、胃食道逆流症や機能性食道障害によって起こることが多い。
好酸球性食道炎は食物アレルゲンが引き金となり発症することが多くなってきており、診断のためには食道生検を行う必要がある。アカラシアのような食道運動障害は比較的まれで、過剰診断されることがある。オピオイドによる食道機能障害はより一般的になってきている。
食道嚥下障害の初期評価には食道胃十二指腸内視鏡検査が推奨され、補助的にバリウム食道造影検査が行われる。食道癌やその他の重篤な疾患の有病率は低く、低リスクの患者では 4 週間の酸分泌抑制療法を行う間、検査を延期してもよい。
進行性の神経疾患を有する虚弱な高齢者の多くは、誤嚥性肺炎や栄養不良のリスクを有意に増大させる嚥下障害を有しているが、認識されていない。このような患者では、有害な介入を検討する前に、嚥下障害の診断によってケアの目標について話し合う必要がある。言語聴覚士 (speech-language patholoigist) およびその他の専門家は、家庭医と協力して、構造化された評価を行い、安全な嚥下、緩和ケア、またはリハビリテーションのための適切な推奨を行うことができる。
1. はじめに
多くの人が時折、嚥下困難や嚥下障害を経験するが、多くの場合、その症状に合わせて食事パターンを変えており、医療機関を受診することはない。 医療機関を受診する人の中で、最も一般的な原因は一般的に良性で自然に軽快し、重篤な疾患や生命を脅かす疾患はまれである。
一方で、進行性の神経疾患を有する高齢者の多くは、誤嚥性肺炎や栄養不良のリスクを高める重大な嚥下障害を有しているが、認識されていない。このような患者では、嚥下障害の診断を受けて、ケアの目標について話し合う必要がある。
嚥下の基本的な病態生理、嚥下障害の病因と臨床像を理解することで、かかりつけ医は口腔咽頭と食道の病態を区別し、十分な情報に基づいた管理を決定し、専門医と適切に連携することができる。
2. 病態生理
嚥下 (deglutition) は、呼吸と飲み込みが同じ解剖学的経路で行えるよう調整された、随意的および不随意的な神経筋収縮を含む複雑なプロセスである(図1)。嚥下は一般的に、口腔咽頭期 (oropharyngeal stage) と食道期 (esophageal stage) に分けられる。
図1. 嚥下の解剖生理
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口腔咽頭期では、食物は咀嚼され、唾液と混合され、口腔内で適切な硬さの食塊を形成する。嚥下の開始とともに、食塊は舌によって口腔咽頭へと押し出される。同時に他の構造物が上咽頭と喉頭を密閉し、逆流や誤嚥を防ぎ、下部食道括約筋が緩み始める。
食道期では、食塊は上部食道括約筋を通過して食道体部に入り、蠕動運動によって中胸部食道、遠位食道を通り、完全に弛緩した下部食道括約筋 (lower esophageal sphincter) を通って胃に入る。
3. 口腔咽頭嚥下障害
口腔咽頭嚥下障害は正常な老化の過程ではなく、慢性的な神経疾患、特にパーキンソン病、脳卒中、認知症に関連することが最も多い。
歯列不良、義歯、口腔乾燥症 (xerostomia)、薬剤の副作用など、慢性的な疾患の中には、口腔咽頭機能障害が進行している患者では症状を悪化させるものがある。アンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用に関連した慢性咳嗽は、嚥下を妨ぐ効果がある一方、誤嚥と間違われることもある。
構造的な異常(Zenker 憩室、輪状咽頭筋圧痕 (cricopharyngeal bar) 、腫瘍、カンジダやヘルペスウイルスによる慢性感染など)や、頸部骨棘や甲状腺腫による外因性の圧迫も、正常な嚥下を妨げることがある(表1)。
Zenker 憩室 (咽頭食道憩室症)
https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&opi=89978449&url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi/58/5/58_250/_pdf&ved=2ahUKEwi-_5e1zMKBAxXPdXAKHcxLAcoQFnoECCgQAQ&usg=AOvVaw0fNIrlkB7LrWmrgs7u9Mb7
表1: 口腔咽頭障害の原因
4. 食道嚥下障害
食道病理
胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease: GERD)、機能性食道障害、好酸球性食道炎が食道嚥下障害の最も一般的な原因である(表2)。あまり一般的ではないが、薬剤、閉塞性病変、食道運動障害などがあげられる。
表2: 食道嚥下障害の原因
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4-1. 胃食道逆流症 (GERD)
GERD と再発性の酸への暴露は、粘膜下部の炎症や運動障害からびらん性食道炎や狭窄に至るまで様々な変化をもたらす。GERD 患者では明らかな粘膜障害がなくても嚥下障害を起こすことがある。
4-2. 好酸球性食道炎
好酸球性食道炎は、食物アレルゲンが引き金となり発症する炎症性疾患で、一般的になりつつある。慢性的な好酸球浸潤は、進行性の線維化、食道の輪状・溝状化、運動障害を引き起こす。
4-3. 機能性食道障害
過敏性腸症候群や機能性ディスペプシアと同様に、機能性食道障害は腸と脳の相互作用や中枢神経系の処理の異常によって引き起こされると考えられている。胸痛や胸やけがより一般的であるが、嚥下障害を訴えることもある。これらの疾患は、断続的に嚥下障害を訴えるにもかかわらず、一度も診察を受けない患者や、広範な検査を行っても説明がつかない患者の多くを占めると考えられる。
4-4. 薬物
薬剤は粘膜の直接傷害(ピル食道炎)、食道運動障害、下部食道括約筋の弛緩や逆流などの結果として嚥下障害を引き起こすことがある。
4-5. 閉塞性病変
嚥下障害を呈する患者では、食道がん、狭窄、Schatzki 輪 (esophageal web) を考慮しなければならない。しかし、これらの病態の有病率は比較的低く、特に 50 歳未満の患者では低い。
食道ウェブ (Shatzki 輪を含む)
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4-6. 食道運動障害
アカラシア、遠位食道痙攣、全身性硬化症(強皮症)などの食道運動障害はまれである。オピオイド誘発性の腸機能障害や便秘と同様に、オピオイド誘発性の食道機能障害も、それほど一般的ではないが、認識されつつある。この疾患は他の食道運動障害と区別がつかないことが多いため、その有病率は不明である。
5. 初期評価
5-1. 身体所見
嚥下障害患者を評価する最初のステップは、特徴的な症状から口腔咽頭と食道の病態を区別することである。身体所見 (表 3)に加えて、臨床的特徴とその経過 (表 4) は、診断の手がかりとなり、さらなる検査と管理の指針となる。
表3: 嚥下障害の診断に役立つ問診
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表4: 嚥下障害の身体診察
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嚥下障害のある患者のほとんどは、機能性食道障害などの自然に治る良性疾患による食道機能障害である。中咽頭症状がある場合は、特に既知の併存疾患のない患者では注意するべきであり、悪性腫瘍や神経変性疾患の初発症状である可能性がある。
5-2. 咽喉頭異常感症 (Globus esopharyngeus)
咽喉頭異常感症は、頸部または咽喉部にしこり、異物、または痰があるような痛みを伴わない断続的な感覚であり、嚥下障害と区別する必要がある。咽喉頭異常感症は、自然経過は良性であり、通常、嚥下により改善し、一般的には、注意深い病歴聴取と身体診察以上の評価を必要としない。咽頭嚥下障害は、一般的に GERD または不安症と関連する。
5-3. 症状および既往歴
口腔咽頭嚥下障害の患者は、しばしば窒息、咳嗽、流涎、鼻腔内逆流、嚥下開始困難、または口から食物を排出するために何度も嚥下が必要であることを訴える。嗄声や、「湿った」声などの声の変化がみられることもある。患者は通常、自分の症状を喉や頸部と正確に認識する。
食道機能障害のある患者は通常、嚥下を開始することは困難ではないが、嚥下後に食べ物が詰まる感覚を訴える。閉塞性病変のある患者では、主に固形物で進行性の症状を訴えるが、運動障害のある患者では、固形物や液体で断続的な嚥下障害を訴えることが多い。
特に夜間の未消化食物の逆流はアカラシアやZenker 憩室に特徴的である。嚥下痛 (odynophagia) は食道カンジダ症やウイルス性食道炎などの感染症を示唆する。遠位食道けいれんも嚥下時痛の原因となるが、この病態はかなり少ない。
6. リスク評価
体重減少、発熱、消化管出血や嚥下困難を訴える患者、または症状が異常に重い、あるいは急速に進行する患者、特に高齢者やがんや手術の既往のある患者は、速やかにより包括的な評価を受けるべきである。食道胃十二指腸内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy: EGD)やバリウム食道造影に加え、咽頭病変の有無を確認するための喉頭鏡検査や、壁外性腫瘤を検出するための CT 検査が評価項目に含まれることもある。
孤立性嚥下障害は、必ずしも直ちに検査を必要としない。50 歳未満の患者では、特に 6 ヵ月以上 GERD や消化不良の症状が断続的にある場合は、リスクが低いと考えられる。このような患者では、プロトンポンプ阻害薬の 4 週間コースなどの治療試験が行われるまで、検査は安全に延期することができる。
口腔咽頭症状、嗄声、または水を一口飲み込むだけで咳が誘発される患者 は、誤嚥のリスクだけでなく、悪性腫瘍やその他の閉塞性病変の有無を評価する必要があ る。このような患者は、耳鼻咽喉科医または適切な訓練を受けた言語聴覚士に紹介し、さらなる画像診断または正式な嚥下検査を受けるべきである。
症状が持続し、口腔咽頭の評価が陰性であった患者には、食道の病変を除外するために EGD を行うべきである。感覚神経が重複しているため、実際の閉塞レベルは患者が感じているよりも低い場合がある。
7. 食道嚥下障害
7-1. 検査
EGD は食道内腔と粘膜を直接描出し、閉塞性病変、感染症、炎症性疾患、逆流性食道炎などを検出することができる。しかし、バリウム食道造影は、拡張可能な狭窄やの発見、食道ウェブなどの外因性圧迫の発見には、EGD よりも適している。抗凝固薬治療を受けている患者では、まずバリウム食道造影検査を受け、拡張術が必要かどうかを判断すべきである。しかし、これらの患者では一般的に治療を中止することなくルーチンの生検が可能である。
好酸球性食道炎の正確な診断のためには、たとえ粘膜が正常であっても、原因不明の嚥下障害を有するすべての患者に対して、中胸部および遠位食道からの生検を依頼すべきである。内視鏡医や放射線科医は、EGD やバリウム食道造影の所見からアカラシアや過収縮性運動障害を疑うかもしれないが、これらの疾患を確定診断するためには、高解像度の食道マノメトリーが必要である。
7-2. 過剰診断の回避
最近の研究では、高解像度の食道内圧検査はアカラシアの診断に重要であるが、食道運動障害の過剰診断を招き、侵襲的な内視鏡治療による過剰治療につながる可能性が示唆されている。アカラシアの診断が遅れても、食道がんのリスクは増加しない。
7-3. 初期治療
GERD 症状、食道炎、消化性狭窄のある患者は、標準用量のプロトンポンプ阻害薬による酸抑制療法を 8〜12 週間行うべきである。好酸球性食道炎の患者もこの治療法に反応する可能性があるが、ほとんどは除去食 (アレルゲンを除去した食事)、ステロイド外用薬、またはその両方が必要となる。
機能性嚥下障害、機能性胸痛、胸やけ、咽喉頭異常感症のある患者には、これらの症状が自然軽快するものであることを再確認し、食事に注意し、誘因となる食物や状況を避け、酸抑制を試みることが有効である。三環系抗うつ薬は食道内臓過敏症や過敏症を抑制し、症状の軽減にある程度有効である。
ピル食道炎の患者は、大量の水とともに薬を服用し、30 分間直立したままにしておく必要がある。オピオイドによる食道機能障害が疑われる場合は、オピオイドの使用を中止するか、少なくとも投与量を減らすようにすべきである。
8. 咽喉頭嚥下障害
8-1. フレイル高齢者の嚥下障害
フレイルの高齢者の最大 2 分の 1 が、ある程度の嚥下障害や無症候性誤嚥を有しているが、本人はその問題に気づいていないことが多い。脳卒中、パーキンソン病、認知症、サルコペニアの患者は特に危険である。嚥下障害は多因子性であり、急な侵襲またはゆっくりと進行する障害によって誘発され、栄養不良、社会的孤立、脱水、体重減少、誤嚥性肺炎などの不良な転帰をもたらす。治療には集学的介入が必要である。
8-2. スクリーニング
入院患者は特に脳卒中後、日常的に嚥下障害を評価されるが、在宅の高齢者の障害は認識されないことがある。慢性疾患または最近肺炎になった全ての患者では定期的に嚥下機能を評価するべきである。十分に注意力があり、指示に従うことができる患者では、水を数口飲み込んでもらい、その様子を観察することで嚥下機能を評価することができることもある。
8-3. 過剰診断の回避
進行性の慢性疾患を持つ高齢患者では、口腔咽頭嚥下障害の診断により、ケアの目標について話し合う必要がある。かかりつけ医は、嚥下障害の潜在的な影響について予見的な指導を行うだけでなく、患者の全身状態や長期的な見通しについて現実的な評価を行うのに適している。この話し合いの指針として、正式な嚥下評価が必要な場合がある(表5)。
表5: 咽喉頭嚥下障害の評価
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口腔咽頭嚥下障害に対する介入は、ほとんどの患者で必然的に機能低下するため、その効果は限られている。経鼻胃管栄養は、生存に関して利益をもたらさないし、誤嚥性肺炎の発生率を減少させない。
9. 集学的評価とリハビリテーション
言語聴覚士は、ベッドサイドでの評価から機器による嚥下検査まで様々な検査を行い、具体的な障害、改善の可能性、最も適切な食事療法や嚥下療法を決定する。とろみのある液体や特定の食感の食品は、誤嚥のリスクを減らすのに役立つことが多い。指示を覚えて従うことができる患者には、より安全な嚥下を促進するために、頭部、頸部、顎の代償操作やリハビリテーションのエクササイズを指導することがある(表6)。
表 6: 咽喉頭嚥下障害の管理
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緩和ケアの専門家は、患者中心の食事を促進する手助けをすることができる。あるホスピスでは、プロのシェフと協力して、食感や味を楽しめるようにアレンジしたレシピを掲載したウェブサイトを運営している。
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2021/0115/p97.html