内分泌代謝内科 備忘録

ビタミンB1欠乏症

ビタミンB1 欠乏症の総説

Nutr Clin Pract 2019; 34: 558-564

 

ビタミンB1 は糖代謝の他さまざまな代謝経路で利用される水溶性ビタミンである。ビタミンB1 は低栄養、リフィーディング症候群、胃切除、アルコール依存症で欠乏することが多い。

最近、重症患者(重症熱傷、大手術後、敗血症、終末期腎不全、心不全) ではしばしばビタミンB1が欠乏しており、合併症や予後に影響することが分かってきた。

成人ではビタミン B1 欠乏は脳症、乾性脚気(神経症状を認める)、または湿性脚気(心不全症状を認める) を呈する。

ビタミン B1 欠乏症は臨床的に診断される。全ての医師はどのような患者ではビタミン B1 欠乏になりやすく、どのような症状を呈するときにビタミン B1 欠乏症を疑うべきかを熟知しておく必要がある。

ビタミンB1 欠乏を疑ったら速やかにビタミン B1 補充を開始するべきである。ビタミン B1 補充は安全で、簡便で、安価で、死亡率を低減させる。ビタミン B1 欠乏の診断はビタミン B1 補充によく反応することによって確定する。

 

1. ビタミンB1 の機能と由来

ビタミン B1 あるいはチアミン (Thiamin) は様々な生理活性を持つ重要なビタミンである。ビタミンB1 欠乏は病的状態や死亡のリスクだが、診断されてないことが多い。治療されていないあるいは不十分な治療がなされている場合の死亡率は 20%近くであり、治療後も 85%以下で永続的な神経障害が残る。

ビタミンB1 の主要な生理機能は糖代謝の酵素群(ピルビン酸脱水素酵素複合体、トランスケトラーゼ、α-ケトグルタル酸脱水素酵素) の補酵素としてはたらくことである。ビタミン B1 が欠乏するとこれらの酵素活性が低下するため、ピルビン酸の酸化が進まなくなり、乳酸が脳や血液内に蓄積する。

乳酸が蓄積すると乳酸アシドーシスとなり、脳の pH が低下するとビタミン B1 欠乏による神経症状を認めるようになる。さらに、アセチルコリンやγ-アミノ酪酸 (GABA) の合成が低下すると、脳の機能障害が進行し得る。

ビタミン B1 は体内では合成されないので、食事から摂取する必要がある。ビタミン B1 を豊富に含む食品としては、豚肉の赤身、酵母、穀物、シリアル、その他の植物由来の食品がある。ビタミン B1 は植物の全体にチアミン二リン酸エステル(チアミンピロリン酸)として存在する。チアミンピロリン酸はビタミンとしての生理活性がある。野菜の中ではマメ科の植物に多く、エンドウやレンズ豆はビタミン B1 を豊富に含む。精米を主食とする場合はビタミン B1 が欠乏しやすい。

ビタミン B1 は熱に弱く、水溶性なので、長時間調理すると煮汁の中に失われる。一方、ビタミン B1 を豊富に含む食品を生で摂取してもビタミン B1 の吸収は良くない。さらに、コーヒーや紅茶などタンニンを多く含む飲料もビタミン B1 の吸収を妨げる。柑橘類のジュースに含まれるクエン酸やアスコルビン酸はビタミン B1 の吸収を促す。

ビタミン B1 は小腸、特に空腸で吸収される。ビタミン B1 の吸収は pH の影響を受ける。アルカリ性ではビタミン B1 の吸収は著しく低下する。

アルコールはビタミン B1 の能動的な吸収を最大 50% 低下させる。そのためアルコール依存症の患者では食事が摂取できていてもビタミン B1 欠乏が起こり得る。

ビタミン B1 の必要量は年齢や性別によって変わる。成人の推奨摂取量は 1.1-1.2 mg/日だが、妊婦では 1.4 mg/日である。ビタミン B1 を過剰に接種しても特に副作用はない。

食品に含まれるビタミン B1 の量は、豚肉 100 g で 1 mg、シリアル 1カップで 2 mg、エンドウ 1 カップで 0.8 mg である。

 

2.ビタミン B1 欠乏の危険因子

原因によらず低栄養はビタミン B1 欠乏のリスクである。特にリフィーディング症候群では、急激にビタミンB1 の需要が高まるのでビタミン B1 欠乏が顕在化する。長期の飢餓状態にあった患者に糖を投与し始めるときには必ずビタミン B1 を投与する。

ビタミン B1 欠乏の危険因子としては、フロセミドの使用、透析患者、多尿を来している糖尿病患者、悪性腫瘍、AIDS、悪阻、消化器疾患、bariatric surgery を含む消化管手術がある。

bariatric surgery 後のビタミン B1 欠乏の原因としては、1. 摂取不足、2. 術後の嘔吐、3. 吸収不良が考えられる。特に Roux-en-Y バイパス術を行った場合は吸収不良になりやすい。これは、1. ビタミン B1 の主な吸収部位である小腸をバイパスすることと、2. 腸内細菌が増殖することが主な原因だと考えられている。

最も多く、最も重要なビタミン B1 欠乏の原因はアルコール依存症である。アルコール依存症によりビタミン B1 が欠乏する理由は、1. 小腸でのビタミン B1 吸収が低下すること、2. 食事の摂取量が減ること、3. 肝硬変を合併すると肝臓のビタミン B1 取り込みが低下することが考えられている。

剖検による検討では、一般集団のウェルニッケ脳症の有病率は 1.5%であるのに対し、アルコール依存症患者では 12.5-35%がウェルニッケ脳症だった。

最近、重症患者のビタミン B1 欠乏が注目されるようになった。敗血症性ショック、重症熱傷、最近の心血管手術、腎不全患者は血清ビタミン B1 低値と関連することが報告されている。さらに、敗血症性ショックで集中治療室に入室した患者では、最大70%でビタミン B1 欠乏を認める。さらに、ビタミン B1 を欠乏している敗血症性ショックの患者にビタミン B1 を補充すると死亡率が低下する。しかし、心臓血管手術後の患者にビタミン B1 補充を行っても術後の血清乳酸濃度や入院期間は変わらなかった。

 

3. 臨床所見

ビタミン B1 欠乏による疾患としては、古くからウェルニッケ-コルサコフ症候群と脚気が知られている。脚気はさらに、湿性脚気と乾性脚気、小児脚気に分類される。

ウェルニッケ-コルサコフ症候群はウェルニッケ脳症とコルサコフ症候群を合わせた呼称である。

ウェルニッケ脳症では運動失調、錯乱、眼球運動障害または眼振を認めるが、三徴全てを認める患者は少ない。三徴の1つ以上とビタミン B1 欠乏の危険因子があればウェルニッケ脳症を疑うべきである。古典的三徴の他に、易怒性、けいれん、知覚異常、乳頭浮腫、昏睡を認めることもある。

ほとんどの場合、ビタミン B1欠乏症 は臨床的に診断されるので、他疾患の除外は必須である。通常、CT では異常を認めない。MRI では感度は低いが特異的な所見として、T2 強調像で両側の視床、視床下部、第四脳室底、乳頭体、小脳正中に高信号を認める。

コルサコフ症候群は慢性的で持続的な短期記憶の障害と作話によって特徴づけられる。見当識障害と気分障害を認められる。一般に運動機能は障害されない。

コルサコフ症候群は治療可能な認知症であるが、しばしば忘れられる。その結果、治療が遅れて永続的な障害が残ることが多い。治療に反応しないこともあるが、コルサコフ症候群の早期診断・早期治療は患者の予後を改善させ得る。

乾性脚気は末梢の多発神経炎が特徴である。脚気の神経炎では両側、遠位の感覚神経が冒される。急性の経過ではなく、患者は下肢に力が入らないと訴えることが多い。早い経過のものはギランバレー症候群と間違われることがある。脚気はビタミン B1 補充によく反応する。

湿性脚気は高拍出性の心不全が特徴である。湿性脚気の病態生理は完全には分かっていないが、心筋へのエネルギー供給の低下と末梢の血管拡張、臓器低灌流があり、その結果、ナトリウムと水が貯留して末梢の静脈圧上昇と浮腫が出現すると考えられている。

湿性脚気は右の全てを満たす場合に診断する。1. 超音波で心室の拡張を認める、2. 浮腫、3. 中心静脈圧高値、4. 多発神経炎、5. 脚気以外に心不全の原因がない、6. ビタミンB1が不足する食事を 3ヶ月以上続けている、7. ビタミン B1 補充で症状および心室拡張が改善する。

上記の他に頻脈、血清トロポニン高値、アシドーシスを認めるかもしれない。

心機能が代償できなくなると、心拍出量が低下し、ショックになる。循環動態が破綻すると、著明な乳酸高値とアシドーシスを認める。この最重症の湿性脚気を衝心脚気(Shoshin beriberi) と呼ぶ。衝心脚気は短期間で死に至るので、速やかに診断する必要がある。肺高血圧と右心不全で発症する衝心脚気もあるので、注意が必要である。

湿性脚気が疑われる患者では、他の心不全と同様に血液生化学検査、胸部X線写真、心電図、心臓超音波を行う。これらの検査は湿性脚気による心肥大の確認と、他の心不全の原因の除外に有用である。

ビタミンB1 が欠乏すると、アジア人は湿性脚気を発症する傾向があるのに対し、ヨーロッパ人は乾性脚気やウェルニッケ脳症を発症しやすい。またビタミン B1 を急激に欠乏した場合にはウェルニッケ脳症を発症しやすいが、緩徐に欠乏した場合には末梢神経障害を起こしやすいと言われている。

 

4.診断

血中のビタミンB1 濃度はビタミンB1 の供給量を反映しない。ビタミンB1 充足の程度を評価するには赤血球のトランスケトラーゼの酵素活性を測定するか、赤血球中のチアミン二リン酸エステルの濃度を液体クロマトグラフィーで測定することが必要だが、これらの検査は高価で、行える施設は限られる。そのため、ビタミン B1 欠乏症の診断は通常は臨床的な経過と所見およびビタミン B1 補充への良好な反応に基づく。

 

5. 治療

アルコール依存症にともなうウェルニッケ脳症ではビタミン B1 は 500-1500 mg/日 (分2-3) 5日間 静脈注射または筋肉注射で治療を開始する。初期治療後は 300 mg/日 1-2週間 経口投与し、維持量として 100 mg/日を継続する。ビタミン B1 補充を開始すると数時間から数日以内に眼球運動障害と運動失調は消退するが、精神症状の改善には 2-3 週間を要することがある。ビタミン B1 は最初は経静脈的に投与するべきである。理由は、1. アルコール依存症患者では腸管からのビタミン B1 の吸収が低下しているから、2. 糖を投与する前にビタミン B1 補充を開始しないとビタミン B1 欠乏が悪化するからである。アルコール依存症ではないウェルニッケ脳症の患者ではビタミン B1 補充は 100-300 mg/日で十分だが、初期投与は経静脈的に行うべきである。

湿性脚気の治療では循環動態を安定化させつつ、ビタミン B1 補充を行うべきである。ビタミン B1 補充は 100-300 mg/日で十分で、経口投与で良い。衝心脚気の場合は初期投与は静脈注射にした方が良い。衝心脚気の場合は高用量のビタミン B1 補充が必要だとする意見もあるが、100-300 mg/日で十分だとする意見が多い。ただし、治療期間はビタミン B1 欠乏のリスク因子が除かれるまで続けるべきだと言われている。

ビタミン B1 補充はリフィーディング症候群の予防と治療のためにも勧められる。子の場合の補充量は 100-300 mg/日が推奨されている。

経口投与で推奨量以上のビタミン B1 を投与しても特に害はないが、静脈注射では稀にアナフィラキシーや心肺停止に至ることがある。ビタミン B1 を静脈注射する場合は生理食塩水 100 mL に希釈して 30 分以上かけて投与すると良い。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30644592/

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