兎神伝
紅兎〜革命編其二〜
(24)捕物
闇夜を照らす月影が、兎津川磯野本流(とつがわいそのほんりゅう)を進み行く大船を映し出す。
それは、仔兎神(ことみ)を産み落とし、禊の役目を果たして青兎となった赤兎十五人、仔兎神(ことみ)を産めず、罪咎を拭えぬ穢兎(けがれうさぎ)とされた赤兎五人を積んで、大兎海峡(だいとかいきょう)を目指している。
だが、積荷の少女達を弄びながら、目的地で得られる報酬に胸を躍らす渡瀬人(とせにん)達はまだ知らない。
元来た支流…
佐々江川(さざえがわ)の方角から、粛々と三隻の小舟が迫っている事を…
『さあ、餌の時間だ。たっぷり呑めよ。』
『どうだ、うまいか?うまいだろう?遠慮なく呑むんだぞ、尿道が空になるまでな。』
『そうだ、そうだ、ちゃーんと舌を使って、味わうんだぞ。』
船外では、今宵も全裸の穢兎(けがれうさぎ)達に、餌付けと称して、渡瀬人(とせにん)達が、穂柱を突きつけていた。
一番年上でも十二歳、一番幼い者は十歳そこそこの穢兎(けがれうさぎ)達は、尿臭が鼻をつく穂柱にむしゃぶりつく。
半月の道中、彼女達に食する物は一切与えられない。
渡瀬人(とせにん)達が、便所代わりに口腔内に放つ白穂だけが、彼女達に与えられた唯一の餌であった。
『ウゥゥ…たまらねー。飢えた兎の吸い付き、たまらねーなー。』
『全くだ。こいつの味を覚えたら、うちのカカァ何ぞ、クソだぜ。』
『でもよう、こいつら、こんなに痩せ細って、海峡までもつのか?』
『ケッ、構うもんけ。どうせ、モノの役に立たなくなった兎を、捨てる手間省く為に乗せてるんだ。死ねば、川魚の餌にしておしめーよ。』
『さあて…俺は、下の口から呑ませてやろーかね。いくら使い物にならなくなった壊れモンでもよ、十歳の孔なら、少しは締め付けてくれるだろうからよ。』
と…
無我夢中で穂柱に吸い付く一番小さい少女の後ろに回った渡瀬人が、褌を下ろしかけた時…
『うん?何か物音が…』
そう呟き振り向くと、何処から投げつけられたのか、船縁に鉤縄がかけられている。
『えっ!』
渡瀬人(とせにん)が思わず目を見張らせ、正面を向きかけた刹那…
『ウグッ…』
低い呻きと同時に、背中から刀の切っ先を生やさせた。
『海苔介!どうした!』
仲間の異変に、渡瀬人(わたせにん)の一人が、穂柱をしゃぶらせていた穢兎(けがれうさぎ)を突き飛ばして立ち上がると…
『浜吉!鱒夫!鱈夫!郁良!見ろ!』
漕ぎ手渡瀬人(とせにん)の一人が、血相変えて声を上げた。
穢兎(けがれうさぎ)に穂柱を咥えさせていた、他の渡瀬人達も、一斉に振り向き、顔色を変える。
見れば、後方彼方より、『兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)』と書かれた高張提灯を掲げ、一隻の小舟が近づいて来る。
『馬鹿な…諸社(もろつやしろ)には、もう手を打っているはずじゃ…』
言い終える間もなく、浜吉が倒れる。
『浜吉…』
隣の仲間の倒れる音に、鱒夫が振り向くと、黒陣羽織に襷掛けした男三人が白刃を向けて立ち、うち一人に有無を言わさず斬り殺された。
更に、左舷より鉤縄がかけられ、別の小舟が迫って来る。
『これは…』
『どう言う…』
当惑する間もなく、鱈夫と郁良も瞬時に白刃の露と消え…
『てっ…てえへんだ…』
『お頭!てえへ…』
五人の漕ぎ手渡瀬人(わたせにん)達も、声を上げる間もなく、新手の小舟より侵入する、三人の刑部(ぎょうぶ)達に斬り殺された。
『ウッ!ウッ!ウッ!ウッ!』
『そうだ、その調子だ、良いぞ、良いぞ。』
船内では、船頭が全裸に剥いた青兎に穂柱を跨がせ屈伸運動させながら、酒を煽っていた。
『挿れる時は緩め、出す時は締める…それも、強すぎず、弱すぎず、ゆっくりなぶるようにだ。』
『ウッ!ウッ!ウッ!ウッ!』
青兎の少女は、言われるままに参道の肉壁を動かしながら、腰を動かし出し挿れさせる。
船頭の穂柱を、自ら神門(みと)に貫かせて既に小半刻…
膝は痺れ、参道の肉壁はヒリつき始めている。
それでも、あと小半刻はこの状態を維持するよう言われている。
白穂を放たせる事も、穂柱を萎ませる事も許されない。
もし、そんな事になれば、凄惨な仕置きが待っているのは、社(やしろ)も船も変わらない。
何より…
『おらおら、気を抜くんじゃねえ!気を抜いたらな、おまえの大事な大事な友達…わかってんだろうな?』
船頭は、椀を逆さにしたような青兎の小さな乳房のシコリを鷲掴みにしながら、意地悪く言う。
『アァァァーッ!』
思わぬ激痛に、声をあげ、参道に力を込めかける青兎の耳に…
『そうら、うまいか?うまいか?厠を出立ての穂柱の味、格別だろう?』
『そら舐めろ、ちゃんと舐めろ、そうそう、先っぽをしっかり舐めて、小便の味を味って吸うんだぞ。』
船外で、穢兎(けがれうさぎ)を弄ぶ渡瀬人(とせにん)達の声が漏れ聞こえてくる。
あの子達を中に入れてやらくては…
あの子達に着物を着させて、ご飯食べさせて…
『イッ!イッ!イッ!イッ!』
『アッ!アッ!アッ!アッ!』
『ウッ!ウッ!ウッ!ウッ!』
周りでは、他の青兎達も、渡瀬人達に交代で三つの孔を同時に貫かれている。
『うぅぅー、たまらねー。この締め付け、たまらねー。』
『お頭、こいつら、本当にややを産んだんですかい?十一でも、産む奴は産むのは聞いてやすがね…でも、ややを出して、まだこんなに…ウゥゥッ!』
『もう…もう…あっしは、もう限界でさあ!出る!出る!出る!』
船頭は、青兎を責め立てながら口々に言うのを聞いて、ニンマリ笑いながら、また酒を煽った。
『さあな…どいつもこいつも、七つの時から参道を掻き回されてるんだ。そもそも、ガキを作れるかどうかだって、怪しいもんだ。』
『でも、ややができたから、青兎になったんでやしょ?できなきゃ、今頃、外にいるわけでして…』
『フンッ!そんなのはな、社(やしろ)の胸元三寸…どうとでもならあ。どっかのガキを拐って、こいつが産んだと言えば、それでしめぇよ。神領(かむのかなめ)で、赤兎がまとめにガキ拵えた話し何ぞ、殆どねぇとも言うしな。そもそも、赤兎の兎幣なんてのは…』
船頭が言いかけたその時…
『お頭、船が…』
『おいっ!波平!勝男!何、船を止めてやがる!』
『今夜は、よっぴいて…』
青兎を責め立てながら、渡瀬人(とせにん)達が外に向かって怒鳴り散らした時…
凄まじい音を立てて船室の戸が蹴破られるや…
『兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)である!積荷を改める!神妙にしろ!』
黒菅笠に黒坊主合羽を着込んだ男が、白刃を煌めかせて乗り込んできた。
『兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)だと…』
船頭は一言漏らすと、また酒を煽った。
周囲では、更に戸が蹴破られ、九人の襷掛けした黒羽織の男達が、白刃を構えて姿を表す。
『誰が辞めて良いと言った…』
船頭は、動きを止めて、怯えたように辺りを見回す青兎の少女を睨み…
『続けんか、このボケがっ!』
怒鳴り声を張り上げるや、思い切り頬打った。
『キャーッ!申し訳ありません!』
青兎の少女は、悲鳴をあげるや、また腰を動かし出した。
小さな神門(みと)に出し入れされる穂柱が萎える気配はない。
『お…』
『お頭…』
周囲では、渡瀬人(とせにん)達が、弄んでいた青兎を突き飛ばし、船頭を背に囲む。
船頭は、尚も青兎の少女を責め立て続ける。
『おい、聞こねえのか。俺は、荷を改めると言ってるんだ。』
黒菅笠が凄んで言うと…
『おめぇ、俺を誰だと思ってる。』
船頭もまた、凄み返した。
『磯野衆佐々江一家(いそのしゅうさざえいっか)の河豚太郎…それがどうした。』
『俺の後ろにはなあー!鱶背一乃摂社(ふかせいちのせっつやしろ)の…』
『ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえぞ、このド阿呆がーっ!俺は積荷を見せろって言ってんじゃ!』
黒菅笠が怒声を張り上げた刹那…
『しゃらくせぇ!』
『やっちめぇ!』
船頭を囲んでいた渡瀬人(とせにん)達が、一切に長脇差を引き抜き、刑部(ぎょうぶ)達に切り掛かった。
忽ち、辺りでは、黒菅笠の配下と渡瀬人(とせにん)達の斬り合いが始まる。
黒菅笠は、周囲の斬り合いには目もくれず、真っ直ぐ船頭の方へ進み出ようとした。
『おまえ、しくじったな…』
船頭は、尚も黒菅笠に目もくれず、青兎を睨んで言う。
見れば、船頭の穂柱貫く神門(みと)のワレメから、白穂が溢れてでていた。
『俺は、あと小半刻もたせろと言ったな。』
『も…申し訳ありません!申し訳ありません!』
『てめえは、もう用無しだ。』
船頭は、泣き噦る青兎に一言うや、懐の短刀を引き突き立てた。
『アァァァーッ!』
青兎の少女は、低い声をあげ、血の吹き出す脇腹を抱えて倒れ込んだ。
『てっ!てめぇーっ!』
黒菅笠は、足元に転がり呻きを上げる青兎の少女を前に、怒りの咆哮をあげて船頭に切り付ける。
すかさず、船頭も長脇差を抜き払う。
鈍い金属音…
黒菅笠は、弾き返された刀を再び振り下ろすと、船頭は横に交わしながら、長脇差を突き入れる。
鈍い金属音…
更に、一合二合三合と切り結びが続く。
周囲では、次々と渡瀬人(とせにん)達が黒羽織の男達に斬り伏せられる中…
黒菅笠と船頭の勝負は、容易に決する気配はない。
更に二合切り結び、船頭は霞に、黒菅笠は八相に構え睨み合った。
その時…
月影が黒菅笠の背を照らす。
黒菅笠は、ハッと目を見開くや、左手を大きく開いて前に突き出した。
月影に照らされた手が、大きな影を作って船頭の目を覆い、黒菅笠の姿を眩ます。
黒菅笠は、必死に闇の壁を逃れようとする船頭の動きを左手で追いながら、じっくりと間合いを詰める。
そして…
黒菅笠の手が退けられ、再び船頭の前に、眩い月影が差し込める。
刹那…
『ウグッ…』
船頭は、脇腹に焼けるような熱さを感じて、呻きを漏らす。
忽ち、床に溢れるドス黒い血…
『兎の痛み…苦しみ…悲しみ…』
黒菅笠は、船頭の脇腹を貫く刀を何度も抉った後…
『思い知れっ!』
叫びと共に引き抜き様、くず折れる船頭の延髄を、返す刀で突き立てた。
静寂…
『お頭…』
『うむ。』
小太りの男の配下に呼びかけられ、辺りを見回すと、既に渡瀬人(とせにん)達は一人残らず血の海の中で絶命していた。
すると…
『お願い…お願い…』
脇腹を刺された青兎の少女は、血の海を転げながら、黒菅笠の姿を見出すと、必死に手を伸ばして声を漏らした。
『おいっ!どうした!』
『お願い…何でも…言う事…聞きます…何でもします…』
『わかった!もう、大丈夫だ!俺は兎津川刑部(とつかわぎょうぶ)!酷い事する奴らは、皆始末した!だから、もう何も言うな!』
『お願い…あの子達…酷い事しないで…ご飯を…着物を…お願い…お願い…』
『あの子達?』
黒菅笠が一瞬首を傾げると…
『若芽お姉ちゃん!』
『死んじゃやだ!死んじゃやだ!』
『若芽お姉ちゃん!しっかりして!』
『お願い、目を開けて!』
『若芽お姉ちゃん!若芽お姉ちゃん!』
それまで、船外で渡瀬人(とせにん)達の穂柱を咥えされていた全裸の少女達が駆け込むや、脇腹刺された青兎の少女を囲み、声を上げて泣き出した。
そう言う事か…
恒彦が溜息を一つ吐くと…
『この子達に、着物…で、ございますな。』
『それと…』
『おいっ!何ぐずぐずしてやがる!早くこの子の傷の手当てを!それと、食い物持ってこい!みんなに腹一杯食わしてやれ!』
亀四郎は、恒彦の言葉を待つ事なく、配下の者達に声を枯らして指示を出した。
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