衆院選始末記―続2 国民民主の幼稚な戦略
今回の選挙、野田・立憲は「政治とカネ」の争点に特化し、腐敗しきった自民党の政治を終わらせる事こそ「真の政治改革」だと言う事を選挙戦の主要テーマにし、それが功を奏して自公過半数割れに導いた。国民民主やれいわ新選組は、この「自公政権ノー」の民意を下敷きにして、独自の経済対策を上澄みした為、物価高に悩む若年層を中心とする有権者に刺さって「自公政権ノー」の批判票を取り込み大きく票を伸ばした。自公の過半数割れにより、国民民主や維新がキャステイングボートを握り得る立場に立ったのだが、この情勢を背景に国民民主は自公政権寄りに大きく舵を切った。躍進した立憲は後回しに、先ず最初に惨敗した自民と幹事長レベルで会談し、自民との「部分連合」にサッサと応じ、特別国会での首相指名選挙について、決選投票になっても党として玉木に投票すると広言したのである。立憲からの党首会談要請も拒否し国民民主の28票全てを無効票とすることに依り、石破政権続投の後押しをしたのである。衆院選で国民民主へ投じられたのは「自公政権にノー」の批判票なのに、野党第1党の党首と会うことすらせず、自民党に擦り寄る玉木代表の行動は、有権者を欺く裏切り行為だという声が次第に強くなった。選挙では「ザ・野党」のように振る舞いながら、選挙が終わった途端、「原発増設」を訴え、「裏金問題だけが重要政治課題ではない」と嘯き、自公補完勢力の様な動きが目立ち始めた為である。
本来選挙で議論されるべきテーマとしては、「年金・社会保障」という大きな問題、能登半島地震・洪水など災害対策、成長戦略とリスキリング(Reskilling=新たな業務等のスキル習得)、人口減少を伴う地方経済の崩壊などであるが、立憲は「政治と金」に特化した為、その隙間をついて、国民民主は「手取りを増やす」と言うポピュリズムその物の政策を打ち出し、感覚的に若者の共感を得て票を集めたのである。
「子育て世帯のために手取りを増やす」や「若者をつぶすな=手取りを増やす」為に103万円の所得控除を178万円に引き上げると言う政策を打ち出したが、「103万円の壁」問題は、約8兆円の財源(国税4、地方・住民税4)を必要とするが、その手当ては自公政権で考えろ、自分達は与党では無い、財源を考えるのは与党の責任だと言い放った。有権者に甘い事を言い、尻ぬぐいは頬被り、凡そ公党の発言とは思えぬような無責任極まりない暴言である。
所得税の非課税枠103万円(基礎控除48+給与所得控除55)は、30年来据え置かれたままであった為、国民民主は最低賃金の上昇率を根拠に非課税枠を178万にする案を提示、これに対し自公は生活必需品の物価上昇幅を目安に、基礎控除・給与所得控除を各10万円引き上げ非課税枠を123万円にする案を提示、来年度の税制改正大綱に盛り込んだ。
しかし国民民主は選挙前に充分検討を加えたのか甚だ疑問である。178万円への75万円の引き上げの内訳には何等触れていないし、178万円に引き上げた場合、年収300万円の人で年間約11万円、年収800万円の人で約22万円増えるように高所得者程、所得が増えると言う租税の重要な機能である「所得再分配機能」に逆行し格差拡大に繋がるとの批判が上がっている。更に地方税の大幅減収により地方行政が行き詰まり満足な行政サービスが出来ないとの悲鳴も聞こえている。
パートで働く主婦の年収が103万円に達すると夫の配偶者控除の適用が外れて、世帯の手取りが減少する為、働き控えが必要と言うのは昔の話、2018年税制改正で150万円迄引き上げられていて、103万円を超えると超えた分が課税されると言う課税ラインの意味しか持たない。年収113万の場合僅か5千円程度の所得税で112万5千円の所帯収入の増加となるので就労障壁では無いのである。
一方、大学生の場合、19歳~22歳の扶養控除額は1人あたり63万円、高校生にあたる16歳~18歳は38万円となって居り、収入が103万円を超えると、親の扶養控除適用が無くなるので、世帯主の課税所得が63万円増える。仮に世帯主の所得税が10%とすると、単純計算で6万3千円負担が増えると考えられ(住民税は別)、課税対象額が増えた結果、世帯主に適用される所得税率が一段階上がってしまったり(10%の次は20%)、勤務先から支給される家族手当などがなくなったりする可能性も出て来る。
しかし学生がアルバイトに多くの時間を割くのは極めて問題である。時給1200円として、103万円を稼ぐには年間850時間以上の労働が必要である。一日(3時間、週5日)労働で年約720時間、(4時間週5日)で960時間となるので、この中間程度の労働が必要となるが、肉体的、精神的疲労を考えると学業に専念することはほぼ不可能に近いと思われる。大学に対する助成金は国立で年1兆800億円、私立で2800億円弱と巨額の税金が投じられており、学業に専念することが学生の責務である。国民民主党は103万円の壁を取り払い、学生にどれだけのアルバイトをさせるつもりなのか、其の見識が問われる。大学は本当に学問をしたい人間に絞るべきで、学業の成績次第では奨学金を無償・軽減策をとればよいだけの話である。
何れにせよ、国民民主の案は人気取りだけの愚策であり、国民全体の所得を増やし、消費を喚起する為には、食料品・日用品に対する消費税を廃止することが今最も求められている事である。