今夜は風が強い。天気予報を見ていなかったので、激しい風の音に戸惑う。
強く風が吹く夜を、怖いと思う日が来るだなんて、あの頃には想像もつかなかった。
強く風が吹く夜を、怖いと思う日が来るだなんて、あの頃には想像もつかなかった。
子供の頃は大人たちがそばに居て、子どもたちはどちらかというとはしゃいでいたのを叱られていたように思う。
決まって大人の誰かが「風が吹くと桶屋が笑う」と言ってはその意味を揚々と話した。幼かった俺は「風が吹くとオケラが笑うのかぁ」と意味不明な場面を想像した。
それから地上では地球を何周も渡る風が吹いた。
あいつと暮らしていた時も当然、怖いと感じることはなかった。
何年か部屋をシェアしていたあいつ。元々地元の連れではあったが、一緒に住んでみると、それまでよりもふたりの距離が近くなったと実感したものだ。
あいつは気が小さいくせに男らしさやクールで大胆な雰囲気に憧れていて、何とか自分をそのように見せたくて、結果、それが友人たちには「かわいいヤツ」と映るらしく、あいつの尊厳は別の形に変換されてその存在を護っていたように思う。
今夜ひとりで聞く風の音は、言いようのない不安を含んで俺の夜を脅かす。
理由は分かっている。
そこから逃れるために、もう少しだけ、あいつとの日々を思わせてくれ。
楽しい時間、というお題が出た時、いつも同じ光景が脳裏に浮かぶ。
確か、何人かで海に行った帰りだった。俺たちは当然ふたりで行った車に乗り込み、それぞれの車が途中で別れて行く度クラクションを軽く鳴らした。
高速道路を行く夏。さっき見た海よりも空よりも青い、宝石みたいな俺たちの車。運転席のあいつ。レゲエ音楽が長閑に響く車内。それらを見る視点がぐんと高く昇って、ぱきりと晴れた空の上から走り行く碧を見ているその光景。いつもそう。
その場面が頭から消えてしまう前に俺は布団に潜り込んだ。