新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

西日

2024-10-06 13:10:00 | Short Short

「今日の天気は忙しいわねえ」
まるでなにもなかったかのように姉が言う。

午前中静かに曇りを通していたのが、午後になると痛いほどの日射し、かと思えばいきなりの雷鳴。時を置かず、激しく雨が降り出し、大雨警報発令。小一時間も経たぬうち雨は小降りになり、今は晴れやかな夕刻を街に届けている。にもかかわらずまた雷が遠くでゴロゴロと鳴りだした。

「天の神様も一発ドカンとぶちまけてすっきりしたいことがあったのかもね」
姉は窓に近づきブラインドを上げ、眩しい西日を六畳の畳に迎え入れた。まだ青く濡れた桜の葉先が窓に垂れていた。
「まぁだゴロゴロ言って発散しきれてないみたいだけど」
姉は空に向かって嘘のように晴れやかな顔を向けると、窓辺を離れ、キッチンでお気に入りのチョコを冷蔵庫から取り出し、愛おしそうに摘み上げ、口元へと運ぶ。

さっきまで一発ドカンと暴れていたのはどこの誰だ、と私は呆れずにいられない。
失恋の痛みをチョコで癒せるくらいなら、八つ当たりの一発は勘弁して欲しいのだけれど。


病床のベッドから板天井を見つめながら、いつかの姉を思い出していた。
このところ視界がどんどん狭くなっていく。
怖くはなかった。
むしろこの不自由な檻から解放される日がくることに、日増しに安堵の気持ちが強くなっていた。

もう少しで私もそちらに行くようだから、そのときは、あの日チョコを見つめた眼差しで私を迎えに来てよね、姉さん。
それでね、きっと庭では桜の葉が赤く色づいている頃だろうから、それをまたふたり並んで見るのはどう? 姉さんが八つ当たりのお詫びにチョコをわけてくれたあの頃に戻ったみたいで、なんだかいいと思わない?

緩く穏やかな西日が、褪せた畳にやさしく命を吹き込むように、あたたかく射す。
はずし忘れた風鈴が、風に吹かれてリーンと鳴った。




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