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聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 37

2021年08月31日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
 玄関で靴を履き替え、だらだらと廊下を歩き、二階の教室へと向かう。教室のドアは閉まっていた。引き戸のドアをがらがらと戸車の音とともに開ける。
 その途端、今までざわついていた教室がしんと静まり返り、皆の視線が一斉に恵一郎に向いた。既にクラス中に話が広まっているようだった。
 その視線には、いつもの「な~んだ、お前か」的な、空気を見ると言うものではなく、「うらやましいなぁ」「なぜあいつが?」「どんな悪の組織を使ったんだ?」と言った羨望と疑惑と恐怖とが入り混じって、腫物を扱うようだった。
 恵一郎は一言も発さずに教室に入り、自分の席に着いた。典子も皆の雰囲気に押されているのか、近寄ってこない。重い沈黙があった。他のクラスの笑い声や叫び声がいつにも増して賑やかだった。
「岡園君……」
 声をかけてきたのは勝也だった。恵一郎は顔を上げた。目の前に立つ勝也は明らかに不満そうだった。ついさっきまで見下していた相手が、いきなり逆転に立場になったのだから、当然と言えば言える。しかも、恵一郎が裏社会に行くと思っていたのだから尚更だ。
「一体、どうやったんだ?」勝也が言う。クラス中の思いを代弁した勝也に、皆が耳を傍立たせる。「どうやって、聖ジョルジュアンナの特待生なんかになれたんだ?」
 恵一郎は勝也の顔をじっと見つめた。笑みを作ってはいるが、唇の端がぴくぴくと震えている。悔しさを出すまいと必死になっているようだ。恵一郎は、初めて見る勝也の屈辱的な表情に、爽快感を味わっていた。
「ジョルジュアンナの理事長先生が直々に僕を特待生にしてくれたんだ」恵一郎は正直に言う。自慢できそうな場面なのに、自分を良く見せるなどと言う芸当の出来ない恵一郎だった。「両親は色々と不安と心配とで反対したんだけど、僕が決めたんだ」
「どうして!」いきなり勝也は声を荒げて、恵一郎の机をばんと叩いた。「どうして君なんだ? どうして君なんかが選ばれたんだ? 君よりもふさわしい者が他にたくさんいるだろう!」
「……そんな事を言われたってさ」恵一郎は穏やかな声で言う。もうおろおろもいじいじもしていない。「決まったことなんだから、仕方がないだろう?」
「いや、おかしいよ! きっとその理事長は勘違いをしているんだ! 君じゃない他の誰かの方があの学校にはふさわしいはずだ!」
「……ひょっとして、自分自身の事を言っているのか?」
 恵一郎はじっと勝也の顔を見て言った。勝也はすっと視線を逸らせた。不思議だった。勝也は怖れたりするような相手ではないと思えてきた。今までの自分が馬鹿らしくなった。
「そんなに言うんならさ……」恵一郎は立ち上がった。……何だ、勝也って、僕よりも小さかったんだ、恵一郎は思った。「直接、聖ジョルジュアンナに行って理事長先生と交渉して来いよ。そして、自分こそがこの学校に相応しいって言えば良いじゃないか!」
「な、何だって!」図星を突かれた勝也は慌てる。その様を恵一郎は楽しそうに見ている。「僕はそんな事を言っているんじゃないんだ!」
「まあ、そんな事はどうでも良いよ」恵一郎はにやりと笑う。「それよりもさ、感謝しているんだよ。君が無理やり君と同じ学校を受験させられて、落ちてしまった事にさ」
「おい、なんて事を言い出すんだよ、岡園君!」不意にクラス中の視線を集めた勝也は慌てる。「僕は励ましただけだろう? 最終的に受験を決めたのは君自身の判断じゃないか。他人のせいにするような言い方は良くないよ」
「そうだね。もう、どうでも良いよ。君も行く高校が決まった。僕も幸いにして決まった。それで良いだろう? もう関わるなよな」
 恵一郎は言うと座った。何か言いたそうな勝也だったが、担任の黒田が入って来たので、自分の席に戻って行った。


つづく

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