お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル、ボディガードになる 149

2021年06月24日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 全員がコックピットに居た。全員と行っても、今ではリタとアーセルが欠けている。
「……ついこの間までは、リタとアーセルの言い合いが楽しかったのだけれどもねぇ……」オーランド・ゼムはつぶやくようにうと、ため息をついた。「今は、この静けさが恨めしいよ……」
「わたしは、酒臭いのが無くなって、嬉しいわ」ジェシルは言うと、ハービィの作ったサンドイッチに手を伸ばす。その手が止まる。「……でも、確かに、つまらないわね……」
「ふん!」ムハンマイドは立ち上がる。「シンジケートなんて、悪党なんて、みんなこんな最期を迎えるのさ! 満たされた人生なんて望めやしないのさ!」
「ははは、相変わらず厳しいね、ムハンマイド君」オーランド・ゼムは力無く笑う。「だがね、皆、それくらいの事は覚悟しているのだよ」
「あんたもそうなのか?」ムハンマイドはオーランド・ゼムに言う。「あんたのように長く生き、得られる物を全て得たようなあんたでも、命を失う覚悟があるのか? 死を恐れないのか?」
「そうだな…… わたしはたまたま運が良くて、ここまで来る事が出来ただけだよ。まあ、シンジケート潰しなどを考えなければ、ずっと安泰だっただろうがね」
「だが、そんなあんたの考えのせいで、二人を巻き込んでしまった」ムハンマイドの声は厳しい。「二人は命を失ったんだ」
「誘った責任は感じている。……しかしね、わたしが誘ってそれに応じた時点で、二人はこうなる結末も受け入れていたのだよ」
「ミュウミュウもそうなのか?」ムハンマイドはそう言うと、ミュウミュウを見た。その鋭い眼差しにミュウミュウは思わず竦んだ。「君も覚悟をしていると言う事なのか?」
「ミュウミュウはリタの世話係だった」オーランド・ゼムが答える。「ミュウミュウは何も知らないのだよ。そうだろう、ジェシル?」
「え?」急に話を振られたジェシルは、慌てて口の中のサンドイッチを飲み込んだ。「……そうね、ミュウミュウは、世話係なだけよ」
「そんなわけ無いだろう!」ムハンマイドが声を荒げる。「ボクは聞いたぞ! シンジケートの事は、実質、ミュウミュウが取り仕切っていたってね! ジェシルとオーランド・ゼムが、何故そんなとぼけた事を言っているのかは分からないけど、そんな茶番、ボクには通用しない!」
 息巻いているムハンマイドを、ジェシルは呆れた顔で見ている。
「あのね、ムハンマイド……」
「どうして、そんな事をしたんだ?」ムハンマイドはジェシルを遮って怒鳴る。「同じ嘘をつくなんて、シンジケートも宇宙パトロールもその根は同じって事なのか?」
「馬鹿じゃないの!」ジェシルは我慢できずに声を荒げた。ムハンマイドを咎めるような視線で睨んだ。「リタが殺されたって事は、シンジケート側はリタが仕切っていたと思っていたからよ! だから、わたしとオーランド・ゼムとで示し合わせて、ミュウミュウは無関係って事にしていたのよ! それに、さっき見たでしょう? 異次元を好き勝手に行き来する殺し屋が居るのよ! すぐそばの異次元から、わたしたちの会話を聞いていないと言える? わたしたちは、それを警戒して、ミュウミュウだけでも守ろうとしていたのに! それくらいの事も気が付かないなんて、天才って言っても知識だけの話のようね!」
「え……」ムハンマイドは絶句して、固まってしまったように動かない。しばらくすると崩れるように座り込んだ。「じゃあ、ボクが言った事は……」
「そうよ! わたしたちの計画を台無しにしてくれたってわけよ!」ジェシルは言うと周囲を見回す。「もうシンジケート側は知ってしまったって思った方が良いわね」
「そんな……」ムハンマイドは頭を抱える。「ボクは、とんでもない事をしてしまったのか……」 
「いいえ、そんな事はお気になさらないで、ムハンマイドさん……」ミュウミュウは言うと、ムハンマイドに笑顔を向ける。「いずれは知れることですわ。それに、知っている者も居りましたし…… リタ様は単に名前だけをお貸ししていたようなものでした。そして、あのような天真爛漫なご性格でしたから、わたくしが全てを受け持つ事になったのです」
「まあ、知られてしまったものは、あれこれ考えても仕方があるまい」オーランド・ゼムは笑む。「ムハンマイド君、君も覚悟を決めておく事だ。シンジケートは手強いのだよ」
「もう誤魔化しも取り繕いも出来ないわよ……」ジェシルはムハンマイドを見る。口元が緩み、笑みが浮かんだ。「これ以上は連敗が出来ないわね。それに、わたしをコケにしたシンジケートのヤツらに、きっちりと落とし前をつけさせてやるわ」
「おいおい、そんな物言いは慎みたまえ、ジェシル」
「どうしてよ? オーランド・ゼム?」
「そんなんじゃ、君が悪党のようだからだ」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。それから、ぷっと吹き出し、笑い出した。オーランド・ゼムはそんなジェシルを見て、笑った。ミュウミュウもくすくすと笑う。ムハンマイドは大きく深呼吸をした。
「あんたたち、こんな時に笑えるなんて、神経がぶっ飛んでいるよな…… これじゃあ、心配や文句を言っても始まらないな……」ムハンマイドは呆れたように言う。「じゃあ、ボクは宇宙船の修理に行くよ。……ハービィ」
 コックピットの隅に立っていたハービィが、がちゃがちゃと音を立てながら一歩前に出た。
「修理の続きだ。早く終わらせてしまおう」
「かしこまりましてございますです」
 二人がコップピットから出て行こうとする。
「ちょっと待ってよ!」ジェシルが心配して声をかける。「大丈夫? 狙われているかもなのよ? わたしも一緒に行く?」
「子供扱いするなよ」ムハンマイドはにやりと笑う。「ボクも覚悟が出来たよ。みんなを見ていると、びくびくしているのが馬鹿らしくなった。来るなら来いって感じになった」
 ムハンマイドはハービィと出て行った。
「いきなり、勇ましくなったものだな」オーランド・ゼムが言う。「持って産まれたシンジケートの大ボスの地が沸き立ったのかも知れない。血は争えないのだねぇ……」
「勇ましくなったのは良いけど、無鉄砲だわ。ムハンマイドは銃を扱えないんでしょ?」ジェシルは立ち上がる。「やっぱり心配だわ」
「おや、優しいじゃないか、ジェシル? まさか、ムハンマイドに惚れたのかね?」
「まさか!」ジェシル即答する。「彼に何かあったら、帰れなくなっちゃうじゃない!」
「ははは、君らしいな」オーランド・ゼムは愉快そうに笑う。「行くと良い。ミュウミュウはわたしが守っているよ」
「そう? じゃあ、これを使って」ジェシルは左のホルスターから光線銃を抜き、オーランド・ゼムに差し出した。「元々はアーセルの物よ。あなたにぴったりでしょ?」
「そうかい、気が利くねぇ」オーランド・ゼムは銃を受け取って、しげしげと見る。「……アーセル……」
 ジェシルはコックピットを出た。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 黒いぬいぐるみ | トップ | ジェシル、ボディガードにな... »

コメントを投稿

ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)」カテゴリの最新記事