お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

荒木田みつ殺法帳 8

2022年03月07日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
 一人、道場に座るみつだった。
 父の三衛門が出掛けて、しんとなった家にみつ一人だった。父の心は分かっている。余計な者がいては存分に腕が揮えないと察したからだ。事実、父が出掛ける際に「存分にな」と言葉を残した。みつは「心得ております」と返した。
「はたして、どのような技の輩がいるのやら……」
 みつはつぶやく。知らずに笑みが浮かぶ。強敵を前にしての武者震いのようなものだった。
 昼天を過ぎた陽が射し込んでいる。降った雨を蒸し上げている。気の早い蝉が短く鳴いた。昼下がりののどかな一時に見える。しかし、みつは複数の気配を感じていた。
「来るか……」
 みつは立ち上がる。大小の刀を左腰に落とす。用意は出来た。
「……ふっ、さすが、噂に聞く女侍、荒木田みつよの……」
 低い声が道場に響く。姿は見えない。どこからの声かも分からない。しかし、みつは動ずる事はなかった。
「お前が暗殺者どもの頭か?」みつは声に言い返す。「雇い主には厳しい沙汰があるそうだ。となれば、この争いは無駄な事。早々に立ち去れい!」
「そうしたいがな、前金で貰っているのでな」声が答える。「それに、ゆめからも聞いたと思うが、受けた仕事は必ず果たすのさ」
「なるほど。これからの雇い主への宣伝も兼ねていると言う事か」
「察しが良いな。しかも、あの荒木田みつを殺したとなれば、それだけで評判になる」
「ほう…… わたしはそれほどに名が知れているのか」
「知らぬはお前だけだよ」
「名誉な事か、迷惑な事か……」
「だが、その名も今日で終わりだ」
 声の主の気配が消えた。それに変わり、幾つかの強烈な殺気が放たれてくる。みつが抜刀するより前に、道場の天井が破られ、四人の若い女が降りてきた。みつを四方から囲む。当然、みつの刀の範囲からは遠い。
「動くな!」
 そう一喝してきたのは、右側に立つゆめだ。先程と違い、洗い髪のまま、紺色の筒袖を手甲で絞り、裁付(たっつけ)袴を脚絆で絞った、いかにもくノ一と言った形をしている。他の三人も同じ姿だ。ゆめは例の鉄の棒を両手指全ての間に挟み構えている。他に両手にそれぞれくの字になった薄い木の板のようなもの(今で言うブーメラン)を持った女、鉄の棘をびっしりと埋め込んだ千条鞭を両手に持ち、威嚇するように揺すっている女、左手に鎌を持ち、柄の先から伸びた分銅付きの鎖を右手で振り回し、弧を描いている女が、何時でも攻め出せると言わんばかりに身構えている。
 みつが動けば、一斉に撃ち掛かって来る事は明白だった。みつはだらりと両腕を下げた。
「ふふふ…… 潔い態度だ。しっかりと目に焼き付けておこう」先に聞こえた低い声がする。「ついでに、お前が女である事もな…… やれ!」
 それが合図となり、四方に立つ女たちが動いた。
 みつの前方に立つ千条鞭の女が両腕を振り上げた。咄嗟に刀を構えたみつだったが、左に居る鎖鎌の女の鎖が飛び、みつの刀に絡んだ。それでも離すまいと刀を引き寄せるみつだったが、背後からくの字の板が飛んできて、刀に当たった。かなりの衝撃に思わず手が離れた。刀は鎖鎌の女の手に落ち、飛んできた板は飛ばした女の手に戻った。
「ははは! もう打つ手があるまい!」ゆめが笑う。みつはゆめを睨む。「さあ、もう我らの攻めから身を守れまい」
 ひゅんと風切音がした。千条鞭が唸ったのだ。獲物を狙う蛇のごとく鞭がみつを襲う。躱そうとするが、それより先に鞭はみつの左腰を打った。鉄の棘がみつの袴の紐を裂いた。落とし込んでいた太刀の鞘と小刀、脇差が床に落ちた。それとともに、袴も裂き、みつの足元に落ちた。みつは着流しの姿になる。
「まずは一枚……」低い声が言う。「女の恥辱は着物を剥がされ、その肌を晒される事。それを男に見られる事だ」
「そのような事、すでに慣れている」みつが言い返す。「剣術の稽古では気取ったり恥かしがったりなどしていられないからな」
「その割には、晒しをきつく巻いて鉄の胸当てもしているじゃないか!」ゆめが言う。「やっぱりお前は女なのさ! 肌を晒すのが恥ずかしいのさ!」
「お前は違うと言うのか?」
「我らは女を捨てる事から始まる」ゆめは淡々と言う。「目的のためとあらば、肌を晒すも、痴態を演ずるも、構わないのさ」
「悲しいものだな……」
「ふん! 女を捨てて剣術に勤しむお前に言われたくないね!」
「女は捨ててはいない」みつが言い返す。「わたしは、単に強くなりたいだけだ。そのために、動きやすいこの様な格好をしているのだ」
「強がり言ってんじゃないよ!」
 ゆめは右手を振った。持っていた四本の棒が飛び、背で結んでいた帯を裂いた。帯が落ち、着物の前が開く。みつは慌てて前を押さえた。
「ほうら! やっぱり恥ずかしいのさ! 我らが頭がどこぞでお前を見ているからねぇ……」ゆめは笑う。「じわじわとその肌を晒しものにしてやるよ! それが嫌なら舌でも噛み切っちまいな!」
 みつは広がる着物を押さえたまま、周囲の四人を見据えている。


つづく


作者註:次回、驚天動地の最終回!(大げさですね)



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