「もう良かろう……」低い声が言う。「一斉に攻めて肌を晒しものにしてやるが良い」
「承知!」
四人の女は一斉に言うと、各々の得物を構えた。みつは前を押さえたまましゃがみ込む。
「ははは! 無駄だ! 我らは肌を傷つけずに着ている物だけをずたずたに裂くことが出来る! ご自慢の胸当ても床に落ちてしまうだろうさ!」ゆめが嘲笑う。「せいぜい恥辱に塗れるが良い!」
四方から得物が飛び交う。みつは頭を低くしたまま動かない。幾度も女たちの得物が交錯する。その度にみつの着物の背が裂かれ、散り散りになった布切れが舞う。
「ほうら、巻いた晒も裂けるぞ!」
「ほほほ! 女侍などこの程度のものよ!」
「恥ずかしいか? ならば舌でも噛み切れ!」
「刀が無ければただの女さ!」
女たちは口々にみつを嘲りながら得物を繰り出している。
着物の背が割れ、晒も裂かれた。
女たちの手が止まる。
晒の裂けたみつの背が黒く、鈍色に光っているからだ。
女たちの手が止まったのを機に、みつは落ちた脇差を鞘ごと持って立ち上がった。
みつのからだは、上半身が胸のふくらみと締まった腰に沿った形に成形された黒い鉄の板で覆われ(今で言うノースリーブ的な態)、二の腕が肩の部分で幾本かの鞣し革の紐で繋がった筒型の部品で覆われている。前膊(ぜんぱく:肘から手首までの名称)はすでに同じ鉄の筒が巻かれている。下半身は腰巻をうんと短くしたような形(今で言う膝上数十センチのミニスカート的な短さ)の黒い鉄の板で覆われており、脚の付け根から幾本もの鞣し革の紐で繋がった筒型の部品が膝上までの太腿を覆っている。脛は前膊同様、すでに鉄の筒が巻かれて、脹脛まで覆っている。
「何だ、それは!」ゆめが驚きの声を上げる。「ふざけた鎧だな!」
「何とでも言うが良い」みつが言う。「これはな、知人の南部鉄職人の娘が、わたしの求めに応じて作ってくれたものだ。南蛮の甲冑を元にして考案したのだ。この重さが鍛錬にもなるし、鉄故に武具ともなる。なまなかな攻めでは打ち破れまい。お前らのような小手先の技の者では特にな!」
「黙れい!」
女たちは一斉に仕掛けてきた。
千条鞭の女の鞭は鉄の棘がみつの鎧に当たる音のみで効かなかった。鎖鎌の女が鎖を放つ。みつは鞘ごと脇差を立てた。鎖は鞘に絡まる。みつは素早く脇差を鞘から抜き取り、鎖鎌の女に突進する。脇差で腹を貫かれ、女は倒れた。みつは先に奪われた太刀を拾い、切っ先を残る三人に向ける。
「首を狙うんだ!」
ゆめが、くの字の板を持つ女に指示する。女は板を放つ。みつは前膊で自らの首を守る。放たれた板は全膊の鉄に当たり、放った女の手元に戻って行く。みつは板を追うように動き、女が板を手にしたと同時に真上から斬り伏せた。
千条鞭の女が両手に持つ鞭を縦横に振るい、みつ目がけて突進してきた。みつは刀を一閃させる。鞭が途中から寸断された。呆然とする女の首元をみつの刀が水平に裂く。
「残るはお前と頭だけだな……」みつは切っ先をゆめに向ける。「覚悟を決める事だ」
「お前は化け物だ!」ゆめが叫ぶ。「これだけの鉄の鎧を着てあれだけ動き回って、息一つ切れないなんて! お前は人じゃない!」
「それは、鍛錬の賜物だ。お前やこれらの者も、鍛錬によって技を会得したのであろう?」みつは正眼に構える。「だがな、お前たちのような邪な技の鍛錬は、所詮は真の鍛錬には及ばないのだ」
「やかましい!」
ゆめは鉄の棒を放つ。しかし、容易くみつの刀で叩き落された。懐剣を取り出したゆめがみつに斬りかかる。ゆめは最早敵ではなかった。脇腹を割られ、ゆめは倒れた。
「……残るは頭、お前だけだ!」
みつは道場内を見回し声を荒げる。潜んでいる気配はある。だが、場所が分からない。
「ふふふ…… さすがは女侍の荒木田みつだな」声がした。「面白い恰好も楽しませてもらった。まあ、それだけでは無いがな……」
「どう言う事だ!」
「その鉄の腰巻き、股座は無防備のようだな……」
「なっ……!」
みつが動揺する。当時はまだ女性が股間を覆う下着の着用は無かった。腰の周りだけを覆っているだけだったのだ。太腿の鉄の筒も腿の付け根から巻かれ、腰巻と繋いである。頭はそんなみつの秘所を見たと笑っている。
「何と言う、下衆なヤツだ……」
みつはつぶやくと、今一度道場内を見回した。そして、一点を見据えた。
「そこだ!」
みつの刀が道場の床の一か所に刺し込まれた。そこには節穴が開いた板があった。手応えがあった。板ごと引き抜くと縁の下に年老いた小柄な男が右目を貫かれて血まみれで死んでいた。頭は床下から木霊の術のようなもので、居所を掴ませぬように声を出していたようだ。そして、みつの事はこの節穴から覗いていたらしい。
「そこまで気配が消せる技を持ちながら、余計な一言が仇となったな」みつがうんざりとした顔をする。「股座など、下からしか覗けまい。お前の助平な心が所在を漏らしたのだ……」
敵を討ち据え、しんとなった道場を見回す。無事討ち果たした満足感と気を張り詰めていた疲れとで、ふうっと深く息をする。
と、みつは真っ赤な顔をし、両手で鉄の腰巻きの前を押さえながら座り込んでしまった。悲痛な顔で天井を見上げる。
「もうっ! これでも嫁入り前の生娘なのよ! 恥ずかしいったらありゃしないわ! もう、お嫁に行けないじゃない! どうしてくれるのよう!」
まだ残る娘心が、みつに叫ばせた。
それに呼応するかのように、蝉がじじじっと鳴いた。
おしまい
作者註:オチがちょっと下品かなぁと思いましたが、まあ、おみっちゃんのかわいい娘らしさを垣間見られたと言う事で、ご勘弁くださいませ。
「承知!」
四人の女は一斉に言うと、各々の得物を構えた。みつは前を押さえたまましゃがみ込む。
「ははは! 無駄だ! 我らは肌を傷つけずに着ている物だけをずたずたに裂くことが出来る! ご自慢の胸当ても床に落ちてしまうだろうさ!」ゆめが嘲笑う。「せいぜい恥辱に塗れるが良い!」
四方から得物が飛び交う。みつは頭を低くしたまま動かない。幾度も女たちの得物が交錯する。その度にみつの着物の背が裂かれ、散り散りになった布切れが舞う。
「ほうら、巻いた晒も裂けるぞ!」
「ほほほ! 女侍などこの程度のものよ!」
「恥ずかしいか? ならば舌でも噛み切れ!」
「刀が無ければただの女さ!」
女たちは口々にみつを嘲りながら得物を繰り出している。
着物の背が割れ、晒も裂かれた。
女たちの手が止まる。
晒の裂けたみつの背が黒く、鈍色に光っているからだ。
女たちの手が止まったのを機に、みつは落ちた脇差を鞘ごと持って立ち上がった。
みつのからだは、上半身が胸のふくらみと締まった腰に沿った形に成形された黒い鉄の板で覆われ(今で言うノースリーブ的な態)、二の腕が肩の部分で幾本かの鞣し革の紐で繋がった筒型の部品で覆われている。前膊(ぜんぱく:肘から手首までの名称)はすでに同じ鉄の筒が巻かれている。下半身は腰巻をうんと短くしたような形(今で言う膝上数十センチのミニスカート的な短さ)の黒い鉄の板で覆われており、脚の付け根から幾本もの鞣し革の紐で繋がった筒型の部品が膝上までの太腿を覆っている。脛は前膊同様、すでに鉄の筒が巻かれて、脹脛まで覆っている。
「何だ、それは!」ゆめが驚きの声を上げる。「ふざけた鎧だな!」
「何とでも言うが良い」みつが言う。「これはな、知人の南部鉄職人の娘が、わたしの求めに応じて作ってくれたものだ。南蛮の甲冑を元にして考案したのだ。この重さが鍛錬にもなるし、鉄故に武具ともなる。なまなかな攻めでは打ち破れまい。お前らのような小手先の技の者では特にな!」
「黙れい!」
女たちは一斉に仕掛けてきた。
千条鞭の女の鞭は鉄の棘がみつの鎧に当たる音のみで効かなかった。鎖鎌の女が鎖を放つ。みつは鞘ごと脇差を立てた。鎖は鞘に絡まる。みつは素早く脇差を鞘から抜き取り、鎖鎌の女に突進する。脇差で腹を貫かれ、女は倒れた。みつは先に奪われた太刀を拾い、切っ先を残る三人に向ける。
「首を狙うんだ!」
ゆめが、くの字の板を持つ女に指示する。女は板を放つ。みつは前膊で自らの首を守る。放たれた板は全膊の鉄に当たり、放った女の手元に戻って行く。みつは板を追うように動き、女が板を手にしたと同時に真上から斬り伏せた。
千条鞭の女が両手に持つ鞭を縦横に振るい、みつ目がけて突進してきた。みつは刀を一閃させる。鞭が途中から寸断された。呆然とする女の首元をみつの刀が水平に裂く。
「残るはお前と頭だけだな……」みつは切っ先をゆめに向ける。「覚悟を決める事だ」
「お前は化け物だ!」ゆめが叫ぶ。「これだけの鉄の鎧を着てあれだけ動き回って、息一つ切れないなんて! お前は人じゃない!」
「それは、鍛錬の賜物だ。お前やこれらの者も、鍛錬によって技を会得したのであろう?」みつは正眼に構える。「だがな、お前たちのような邪な技の鍛錬は、所詮は真の鍛錬には及ばないのだ」
「やかましい!」
ゆめは鉄の棒を放つ。しかし、容易くみつの刀で叩き落された。懐剣を取り出したゆめがみつに斬りかかる。ゆめは最早敵ではなかった。脇腹を割られ、ゆめは倒れた。
「……残るは頭、お前だけだ!」
みつは道場内を見回し声を荒げる。潜んでいる気配はある。だが、場所が分からない。
「ふふふ…… さすがは女侍の荒木田みつだな」声がした。「面白い恰好も楽しませてもらった。まあ、それだけでは無いがな……」
「どう言う事だ!」
「その鉄の腰巻き、股座は無防備のようだな……」
「なっ……!」
みつが動揺する。当時はまだ女性が股間を覆う下着の着用は無かった。腰の周りだけを覆っているだけだったのだ。太腿の鉄の筒も腿の付け根から巻かれ、腰巻と繋いである。頭はそんなみつの秘所を見たと笑っている。
「何と言う、下衆なヤツだ……」
みつはつぶやくと、今一度道場内を見回した。そして、一点を見据えた。
「そこだ!」
みつの刀が道場の床の一か所に刺し込まれた。そこには節穴が開いた板があった。手応えがあった。板ごと引き抜くと縁の下に年老いた小柄な男が右目を貫かれて血まみれで死んでいた。頭は床下から木霊の術のようなもので、居所を掴ませぬように声を出していたようだ。そして、みつの事はこの節穴から覗いていたらしい。
「そこまで気配が消せる技を持ちながら、余計な一言が仇となったな」みつがうんざりとした顔をする。「股座など、下からしか覗けまい。お前の助平な心が所在を漏らしたのだ……」
敵を討ち据え、しんとなった道場を見回す。無事討ち果たした満足感と気を張り詰めていた疲れとで、ふうっと深く息をする。
と、みつは真っ赤な顔をし、両手で鉄の腰巻きの前を押さえながら座り込んでしまった。悲痛な顔で天井を見上げる。
「もうっ! これでも嫁入り前の生娘なのよ! 恥ずかしいったらありゃしないわ! もう、お嫁に行けないじゃない! どうしてくれるのよう!」
まだ残る娘心が、みつに叫ばせた。
それに呼応するかのように、蝉がじじじっと鳴いた。
おしまい
作者註:オチがちょっと下品かなぁと思いましたが、まあ、おみっちゃんのかわいい娘らしさを垣間見られたと言う事で、ご勘弁くださいませ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます