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ジェシルと赤いゲート 14

2023年02月10日 | ジェシルと赤いゲート 
 部屋は真っ暗で、どこに何があるのかは全く分からない。
「ジャン、灯りが必要だわ!」ジェシルの声がする。姿は見えない。「そんな事も言われなくちゃ気がつかないわけ?」
「ああ、そうだね……」
 ジャンセンは答えながら、声のする方に向かって、思い切り舌を出して見せた。……ジェシルって、昔っからこうだよな。何でも仕切っちゃってさ! ぼくはそんなジェシルが大嫌いだあ! ジャンセンは心の底からそう思った。
「ジャン!」ジェシルの鋭い声が響いた。「わたしに向かって、べえって舌を出しているんでしょ? そんな子供じみた事はやめてよね」
 ジャンセンは慌てって舌を引っ込めた。……どうして分かるんだ? 真っ暗の中だぞ?
「ふん! あなたのやる事なんか、ぜ~んぶお見通しなんだから!」ジェシルの勝ち誇った声がする。「子供の頃から、ちっとも変わらないわ。文句がある時は、いっつもわたしの後ろに回ってべえって舌を出していたじゃない? 気がついていないとでも思っていたの?」
「いや、あの、その……」
 ジャンセンは言い返せない。それどころか、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。思わず下を見てしまう。
「どうせ、顔を真っ赤にして下を向いているんでしょ?」ジェシルの小馬鹿にしたような声がする。「……さあ、もう良いから、明るくしてちょうだい」
「……分かった……」
 ジャンセンはジェシルに聞こえないように注意しながらため息をつくと、左手の粘土を右手で引きちぎり、八つ当たりをするように乱僕に捏ね始めた。光り始めると、それを床に抛った。室内がぱあっと照らし出される。
「お、おおおおおっ!」 
 叫びを上げたのはジャンセンだった。叫び声に呆れた顔をしているジェシルがいた。
 かなり広い、長方形の部屋だった。ジェシルが破壊した扉の側の壁は短い一辺で、その数倍の長さの壁が左右に広がっている。その壁には書棚がびっしりと設えられていた。そこにははみ出さんばかりに書類が並んでいた。ジャンセンは何度も周囲を見回し続けている。ジェシルには一人でくるくる回っている変わり者にしか見えなかった。
「おおおおお!」
 ジャンセンは叫びながら扉側の書棚に駈け出した。書棚の前に立つと、右の人差し指をゆらゆらと左右に動かしながら書類を物色した。
「……これはハムゼン牛の革の書類入れだぞ。これはかなり古い時代のものだけど……」ジャンセンは独り言を言いながら手を伸ばす。そこそこ分厚い革の書類入れを手に取った。袋状になった書類入れを傾けた。中身が出てくる。「あれ? これはもう少し時代の新しい羊皮紙だぞ? ご先祖は時代考証と言う観念が無かったのかなぁ?」
「何を一人でごちゃごちゃ言ってんのよう!」ジェシルがしびれを切らして叫ぶ。広い室内に声がこだました。「良く分かんないけど、ご先祖を悪く言うのは許せないわ!」
「え?」ジャンセンは今初めてジェシルがそこに居た事に気がついたような顔をする。「……あ、ジェシルか。何を怒っているんだ?」
「あなたが、ご先祖に時代考証の観念が無いって言ったからよ!」
「だってさ、時代が全く違うものを一緒くたにしているんだぜ?」
「そこにあったものを有効活用したんじゃないの?」
「そうかもだけどさ、せっかくなら時代ごとに整理するべきだろう? 『とりあえず集めてみました』みたいなのって、歴史学的には最低最悪だよ!」
「無いよりはマシじゃない!」
「え?」ジャンセンは驚いて、まじまじとジェシルの顔を見る。その表情にジェシルはむっとした顔で返す。「……なるほどな…… 確かに無いよりはマシだよなぁ……」
 ジャンセンは言うと書類入れを持ったまま床に座り込んだ。そして、書類入れをさらに傾けて中の羊皮紙を取り出した。思った以上に中身が出てきて周囲に散らばった。ジャンセンはわあわあ言いながら散らばる羊皮紙を取り押さえようとしていた。ジェシルはその様子を苦笑を浮かべながら見ていた。
「ジャンって子供頃とちっとも変っていないわ…… 変わったのは図体だけのようね……」
 ジャンセンは散らばった羊皮紙を何とかまとめると、改めて目を通し始めた。ジャンセンの眉間に皺が寄り始めた。
「……何だあ? これは一体全体……」ジャンセンはつぶやくと、困った顔をジェシルに向けた。「なあ、ジェシル……」
「何よ、またぁ……」ジェシルはうんざりしたように溜め息をつく。相談に乗ってほしい時のジャンセンの顔だったからだ。「本当、図体だけの男よねぇ……」
 ジャンセンは一枚の羊皮紙を持って立ち上がると、それを近付いてくるジェシルに差し出した。
「これを読んでくれ」
 ジェシルはジャンセンから手渡された羊皮紙を見る。見た事もない文字がずらずらと並んでいる。ジェシルのは考古学の知識はない。と言う事は、読めないと言う事だ。
「全然読めないわよ!」苛立たしそうにジェシルは言うと、羊皮紙をジャンセンに突き返す。「で? これがどうだって言うのよ?」
「読めないのかぁ……」ジャンセンは憐れみ深い眼差しをジェシルに向けた。「……まあ、仕方ないか。君は宇宙パトロールの捜査官だもんな。歴史学者、考古学者じゃないもんな」
「ふん!」間違ってはいないが馬鹿にされたようでジェシルは気に食わない。「じゃあ、歴史学者としては、その羊皮紙をどう思っているわけ?」
「これは、問題だよ」ジャンセンは返された羊皮紙をひらひらと振って見せた。「ここに書かれている文字はペトラン系の文字なんだけどさ……」
「ペトラン?」ジェシルは腕組みをする。「ペトランって、かなり辺境の宙域じゃない? まだまだ未開の宙域だわ。まあ、地球よりはマシかなぁ……」
「そうなんだよ。ペトラン系ってさ、この羊皮紙の時代よりもっとずっと後になってから交流が始まったんだよねぇ……」
「どう言う事?」
「どうもこうも……」ジャンセンは頭を左右に振る。「全部が無茶苦茶なんだよ。革の書類入れ、羊皮紙、そしてペトラン文字…… どれもこれも時代が合わないんだよねぇ……」


つづく

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