「みつさん!」
「さとみ殿……」
みつはさとみに答えると、不意に体勢を崩し、がくりと片膝を突いた。刀を杖のようにして倒れ込むのを耐えている。
「みつさん! 大丈夫?」
さとみはみつのからだを支える。
「大丈夫です。突然意識が戻ったのですが、まだ薄ぼんやりとしていて、はっきりとしない感じです…… でも、大丈夫」
みつが力ない笑みをさとみに向ける。さとみは心配そうな顔でみつの背を撫でる。
「ははは……」
ミツルの笑う声がする。さとみは声の方を見る。
ミツルは腹を押さえながら立ち上がっていた。
「さとみちゃん、君は強いな……」ミツルは言う笑む。が、苦しそうに顔を歪めた。「授かった呪の力が効かなかったようだね。みつの呪まで解いてしまったのだから……」
「やっぱり、あの影から力をもらったのね」さとみは言う。「それと言わせてもらうけど、わたしの力が強かったんじゃないわ。そんな、もらった力なんて、自分の力じゃないんだから、いつかはダメになっちゃうわ。あなたはそれに頼り過ぎたのよ」
「ははは、厳しいな、さとみちゃんは……」ミツルは笑う。「でもね、わたしは恵まれたよ。理想の女性に、それも二人に会えたのだからね。その意味で力に感謝しているよ……」
「言う事を聞かせたり閉じ込めたりする力なんて」さとみはぷっと頬を膨らませる。「わたしは嫌いだわ!」
「ふふふ…… その顔、可愛いね」
ミツルの言葉に、さとみは慌てて顔を戻した。
「ははは…… 時代を恨んでも仕方がないけどね、もっと早くか遅くに産まれて、みつやさとみちゃんと、生身で知り合いたかったな……」
ミツルは言うと笑みを浮かべた。次第に輪郭が滲み、姿が透けるようになり、ついには霧散した。と、さとみたちを囲んでいたコレクションルームがすうっと消え、陽の射しこむ廊下になった。
「終わった……」
さとみはつぶやく。
「さとみ殿……」みつが言う。その声は弱々しい。「わたしは、ミツルに、何かされたりしてませんでしたか?」
「え?」
「豆蔵さんたちに聞いたと思いますが、……何とも恥辱的な事を」
「そうなの? 聞いていないわ」
「そうですか……」
「何かあったとしたって、みんなを助けるためだったんでしょ? だったら、誰も気にしないわ」
「そうでしょうか?」
「決まっているわ!」さとみは強く言う。「それで何か言うヤツが居たらぶっ飛ばしてやるわ! まあ、言いそうなのは竜二くらいかな? ぶっ飛ばし甲斐がありそうだわ」
さとみが勝手に怒っていると声が聞こえてきた。
「嬢様! みつ様!」
豆蔵の声だ。声のする方を見ると、豆蔵、虎之助、冨美代が現われた(竜二もいるが、さとみには数に入れていない)。
「つい今しがた、戒めが解けやして……」豆蔵は言って、目頭を拭う。「ケリがついたと思い、こうして探しに参りやした。……いや、お二人ともご無事で…… 良かった、良かった」
「さとみちゃんが、あのミツルを倒したの?」虎之助が目を丸くしている。「凄いじゃない!」
「いえ、わたしじゃないわ。みつさんが決めたのよ」さとみは刀を振る真似をしながら笑う。「最後は必殺の天誅よ!」
「みつ様、ご無事で良かった、本当に良かった……」
豆蔵はおいおいと泣き出した。
「あら、豆ちゃんたら……」虎之助が言う。虎之助は豆蔵を豆ちゃんと呼ぶらしい。「そんなに男泣きされちゃ、わたしも貰い泣いちゃうわよぅ……」
虎之助はわあわあと泣き出した。。
「ようございました…… 元はと言えば、わたくしと嵩彦様の不始末。わたくし、どれほどのお詫びとお礼を申し上げても償いきれません……」
冨美代がどこからか絹の白いハンカチーフを取り出し、顔に宛がってしくしくと泣き出した。
「おみっちゃん、良かった。さとみちゃん、良かった。みんな、良かった」竜二が訳の分からない事を言う。「でもさ、あの男女、ひでぇヤツだったよなぁ……」
竜二は涙する三人を見ながら、頭をぽりぽりと掻いている。
「……さあ、みんな、ここを出て、休んでちょうだい。疲れたんじゃない?」さとみが言う。「わたしもまだ授業中だし。……それに、そろそろ生身に戻らないと、きつい、かな」
「そいつはいけねぇ!」豆蔵が泣きはらした顔を上げる。「嬢様はすぐにお戻りくだせぇ! 後はあっしらで」
皆がさとみに向かってうなずく。
「ありがとう、じゃあ、また後でね」
さとみは大急ぎで生身に戻った。
意識が戻ると、まだ二限目の現代文だった。実際の時間と霊的な時間との間にずれがあるようだと、さとみは思った。とにかく、疲れた。さとみはそのまま、得意技の目を開けたまま寝るを実行した。
つづく
「さとみ殿……」
みつはさとみに答えると、不意に体勢を崩し、がくりと片膝を突いた。刀を杖のようにして倒れ込むのを耐えている。
「みつさん! 大丈夫?」
さとみはみつのからだを支える。
「大丈夫です。突然意識が戻ったのですが、まだ薄ぼんやりとしていて、はっきりとしない感じです…… でも、大丈夫」
みつが力ない笑みをさとみに向ける。さとみは心配そうな顔でみつの背を撫でる。
「ははは……」
ミツルの笑う声がする。さとみは声の方を見る。
ミツルは腹を押さえながら立ち上がっていた。
「さとみちゃん、君は強いな……」ミツルは言う笑む。が、苦しそうに顔を歪めた。「授かった呪の力が効かなかったようだね。みつの呪まで解いてしまったのだから……」
「やっぱり、あの影から力をもらったのね」さとみは言う。「それと言わせてもらうけど、わたしの力が強かったんじゃないわ。そんな、もらった力なんて、自分の力じゃないんだから、いつかはダメになっちゃうわ。あなたはそれに頼り過ぎたのよ」
「ははは、厳しいな、さとみちゃんは……」ミツルは笑う。「でもね、わたしは恵まれたよ。理想の女性に、それも二人に会えたのだからね。その意味で力に感謝しているよ……」
「言う事を聞かせたり閉じ込めたりする力なんて」さとみはぷっと頬を膨らませる。「わたしは嫌いだわ!」
「ふふふ…… その顔、可愛いね」
ミツルの言葉に、さとみは慌てて顔を戻した。
「ははは…… 時代を恨んでも仕方がないけどね、もっと早くか遅くに産まれて、みつやさとみちゃんと、生身で知り合いたかったな……」
ミツルは言うと笑みを浮かべた。次第に輪郭が滲み、姿が透けるようになり、ついには霧散した。と、さとみたちを囲んでいたコレクションルームがすうっと消え、陽の射しこむ廊下になった。
「終わった……」
さとみはつぶやく。
「さとみ殿……」みつが言う。その声は弱々しい。「わたしは、ミツルに、何かされたりしてませんでしたか?」
「え?」
「豆蔵さんたちに聞いたと思いますが、……何とも恥辱的な事を」
「そうなの? 聞いていないわ」
「そうですか……」
「何かあったとしたって、みんなを助けるためだったんでしょ? だったら、誰も気にしないわ」
「そうでしょうか?」
「決まっているわ!」さとみは強く言う。「それで何か言うヤツが居たらぶっ飛ばしてやるわ! まあ、言いそうなのは竜二くらいかな? ぶっ飛ばし甲斐がありそうだわ」
さとみが勝手に怒っていると声が聞こえてきた。
「嬢様! みつ様!」
豆蔵の声だ。声のする方を見ると、豆蔵、虎之助、冨美代が現われた(竜二もいるが、さとみには数に入れていない)。
「つい今しがた、戒めが解けやして……」豆蔵は言って、目頭を拭う。「ケリがついたと思い、こうして探しに参りやした。……いや、お二人ともご無事で…… 良かった、良かった」
「さとみちゃんが、あのミツルを倒したの?」虎之助が目を丸くしている。「凄いじゃない!」
「いえ、わたしじゃないわ。みつさんが決めたのよ」さとみは刀を振る真似をしながら笑う。「最後は必殺の天誅よ!」
「みつ様、ご無事で良かった、本当に良かった……」
豆蔵はおいおいと泣き出した。
「あら、豆ちゃんたら……」虎之助が言う。虎之助は豆蔵を豆ちゃんと呼ぶらしい。「そんなに男泣きされちゃ、わたしも貰い泣いちゃうわよぅ……」
虎之助はわあわあと泣き出した。。
「ようございました…… 元はと言えば、わたくしと嵩彦様の不始末。わたくし、どれほどのお詫びとお礼を申し上げても償いきれません……」
冨美代がどこからか絹の白いハンカチーフを取り出し、顔に宛がってしくしくと泣き出した。
「おみっちゃん、良かった。さとみちゃん、良かった。みんな、良かった」竜二が訳の分からない事を言う。「でもさ、あの男女、ひでぇヤツだったよなぁ……」
竜二は涙する三人を見ながら、頭をぽりぽりと掻いている。
「……さあ、みんな、ここを出て、休んでちょうだい。疲れたんじゃない?」さとみが言う。「わたしもまだ授業中だし。……それに、そろそろ生身に戻らないと、きつい、かな」
「そいつはいけねぇ!」豆蔵が泣きはらした顔を上げる。「嬢様はすぐにお戻りくだせぇ! 後はあっしらで」
皆がさとみに向かってうなずく。
「ありがとう、じゃあ、また後でね」
さとみは大急ぎで生身に戻った。
意識が戻ると、まだ二限目の現代文だった。実際の時間と霊的な時間との間にずれがあるようだと、さとみは思った。とにかく、疲れた。さとみはそのまま、得意技の目を開けたまま寝るを実行した。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます