お話

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コーイチ物語 「秘密のノート」7

2022年08月24日 | コーイチ物語 1 1) 黒皮表紙のノート 
 どう言う事なんだろう、コーイチは見返しの文字をじいっと見つめた。
 それにしても……
 コーイチは窓から差し込む陽光にきらめく金色の文字を見ながら溜息をついた。
〝みだりに人の名を記す事なかれ〟 ……こんな書かれ方をされると、自分の名前でも書いてみたくなるじゃないか。
 コーイチは床に落ちていたシャープペンを拾い上げた。カチカチと天辺を押して芯を出し、ノートに近づける。
 いけない、いけない。コーイチはあわててシャープペンを放り投げ、額を滴り落ちる汗を手の甲で拭った。
 妙に時代がかった言い回しとか、煙と共に消える赤い紐とか、何か曰く因縁でもありそうな気配だ。こんなものに名前を書こうものならどうなってしまうのか、全く見当もつかない。
 コーイチは以前に清水から聞かされた話を思い出していた。名前を書くと書かれたその人の命を奪ってしまうノートがある、そんな話だった。「漫画になったらしいけど、本当の話を漫画家が脚色したらしいのよ。うふふふふ」清水薫子の目だけ笑っていない笑顔が浮かんだ。また、林谷が真剣な顔で「名を書くとそれが転送され、ある組織の暗殺者名簿に加えられると言うノート型の秘密兵器があるそうだ」と小声で話しかけてきた事も思い出した。
 どちらにしても、あまり良いものではなさそうだ。コーイチは開かれたままのノートを横目で見ながらそう思った。
 ……でも、気になって仕方がない。誰か書いてもよさそうな人はいないか。さまよっていたコーイチの視線が、会議用資料の束で止まった。
 吉田課長、か。いや駄目だ駄目だ。吉田課長にだって良い所が沢山あるじゃないか。例えば……
 遅刻した時にねちねち一時間も嫌味を言う課長。成績が悪い時は文句を言って良い時は奇跡呼ばわりする課長。飲みに行けば必ず川村静世を横に座らせ白々しく太ももを撫でる課長。
 何だ、良い所が一つも浮かばないじゃないか。それならば……
 コーイチは放り投げたシャープペンをもう一度拾い、ノートに近づけた。

          つづく

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