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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 19

2020年02月15日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「遅刻だな」西川課長は、印旛沼、林谷、清水がぞろぞろと入って来るのを見ながら言った。「でも、これだけ潔く遅刻されると怒る気にもならないな」
「そう言って頂けると安心しますな」印旛沼が申し訳なさそうに言う。「何しろ娘の頼みでしてねぇ……」
「娘って、逸子さん?」
「ええ、まあちょっと色々とありましてね」
「西川課長……」清水が言って、タイムカードを差し出す。「タイムカード上では遅刻になっておりませんのよ、うふふふふ……」
「本当だ…… まあ、今回は良しとするよ」
「さすが西川課長ですねえ!」林谷がにこにこしながら言う。「その男気を讃えるパーティを催しましょう!」
「それはありがたいが……」西川課長は言いながら、ぽつんと開いたコーイチの席を見た。「コーイチはどうなったんだ?」
「改札を出て信号までは一緒だったんですよ」印旛沼が言う。「本当、どうしたんだろうねぇ……」
「まあ、コーイチが居なくても今日の仕事に支障はないが」西川課長が言う。「しかしコーイチの事だ。ビックリするような時間にひょっこり現れるかもしれないな」
「ありそうな話ですね」林谷がうなずきながら言う。「きっと別の道を回ろうとして迷子になったんじゃないのかね」
「そんな事なんて!」清水は言うと、目だけ笑っていない笑みを浮かべた。「……コーイチ君ならありそうね」
「清水さんが感じた『うんと遠い所のようで、すぐ近くのようで』って言うのは、そのことかもしれないねぇ」印旛沼が言う。「逸子の話じゃ、コーイチ君は迷路を進むゲームをやると、散々迷った挙句に、やっと抜け出したと思ったら、入口だったと言う事が多いんだそうだよ。逸子が言うには天才的な方向オンチなんだそうだ」
「でもそれだと今どこに居るのか分からないわねぇ」清水が言う。「確か電話をしても繋がらなかったのよね?」
「ああ、うんともすんとも言わなかったね」林谷が言う。「完全に迷子状態だね」
「そうだ、一応逸子に電話しておこう」印旛沼は携帯電話を取り出した。「迷子の迷子のコーイチ君、ひょっとしたら逸子の所に現われるかもしれないからね」
 印旛沼は逸子に電話をかけた。
「もしもし、わたしだ」
「あら、お父さん。コーイチ君といっしょに遅刻できた?」
「ああ、わたしだけじゃなく、林谷さん、清水さんも一緒に遅刻だ」
「素晴らしい仲間愛ね。後でお礼をしなくちゃ」
「ところが、一緒だったコーイチ君が居なくなっちゃったんだよ」
「え? どう言う事?」
「途中までは一緒だったんだが、信号待ちをしている間に消えたんだ」
「えっ!」
「一人だけ横断歩道を渡れなかったから、別の道を行こうとして迷子になったのかもしれない」
「……コーイチさんなら、あり得る話だわ……」
「だから、迷子のついでにお前の前に現われるかもしれないんで、一応連絡をしたってわけだ」
「そうなのね、ありがとう…… でも、わたし、居なくなった理由がもう一つ心当たりがあるわ」
「ほう、どんな理由だね?」
「そのために、もう一度コーイチさんのアパートに行ってくるわ」
 電話が切れた。印旛沼は不思議そうな顔で携帯電話を見つめた。


つづく



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