何か割り切れ無い表情のままステージの階段を降りて来た岡島は、照明の戻った場内でコーイチを見つけると立ち止まった。腰に手を当て上半身を反らし、それほど身長の差が無いのに、コーイチを見下ろすような姿勢をとる。
「コーイチ、どうだ見たか、ボクのユニークなステージパフォーマンス!」
いや、あれは魔法だよ。お前は遊ばれただけなんだよ。コーイチは思ったが、面倒になりそうなので、口に出さなかった。
「ボクには笑いの才能が先天的に備わっているんだよ。絶妙なタイミングで、弦が切れたり、蓋が閉まったり、ドラムセットが崩れたり。本当に自分の才能が恐ろしいよ!」
長々しゃべった岡島は、その時になってコーイチの背後に立っている京子に気づいた。京子はこわい顔で岡島を睨みつけていた。岡島はわざとらしく視線をあちこちへと動かして、京子の方を見ないようにしていた。
「ま、とにかく、ボクは明日には社長の命を受けて海外に出張するわけだが、ボクのいない間、しっかりやってくれよ」
「あ~ら、勘違い男がまた勘違いの自己中心発言をしているみたいね。しかもヤギ声で!」
京子が小馬鹿にしたような顔で言った。むっとしながらも、びくついた感じで、岡島は京子を見た。しかし、すぐに視線を泳がせる。
「いい? どんなに自己正当化した言い方をしても、あなたは会社のお荷物なのよ。外国行きもきっと片道切符だけ。言ってしまえば厄介払い。誰もあなたが何かをやってくれるなんて思っていないわ」
「な、なんか声らしきものが聞こえる気がするなあ……」
岡島は京子を見ないようにしながら、わざとらしくきょろきょろと周りを見て、抑揚の無い声を出した。
「まあ! ここでしゃべっているのに無視するつもりなのね。……ま、あなたはそうやって自分の気に入らないものを受け入れて来なかったんだから、今になって急に態度を改めるなんて出来っこないけど」
「じゃあ、コーイチ、ボクは出張先の国を聞けなければならないと言う仕事があるから。……全く、パーティの席なのに仕事しなけりゃならないなんて、ボクはやっぱり特別なんだよなあ」
「何てつまらない自慢の仕方なのかしら、呆れちゃうわ! ……でも、そこまでしないと、あなたの持つ、普通の人の数十倍も大きなプライドが保てないですものね」
「まだ、何か聞こえているような気が…… そう言う事だから、お前もせいぜいしっかりな」
「あなたに言われなくても、コーイチ君は平気よ。それより自分の心配でもしたら? 心の中では『どうしよう、どうしよう、ボクちゃん、ああ、おかあちゃま、たちゅけて~、ボクちゃんをたちゅけてぃえぃえ~』って泣いているんだわね。大の大人が恥ずかしいわあ!」
岡島は京子の声を無視して歩き出した。それを見つめていた京子の眼が妖しく光った。
途端に岡島は足がもつれて大袈裟な転び方をした。回りの人たちが何事かと振り返った。岡島は何事も無かったように立ち上がり、歩き始めた。しかし、十歩も歩かないうちに、また大袈裟に転んだ。また回りが振り返る。立ち上がる。歩く。転ぶ。振り返る。この繰り返しが続いていた。
「君、ひょっとして ……使った?」
コーイチは転びながら遠去かる岡島後ろ姿から京子へと顔を向けて言った。
「へへへ……」京子はいたずらっぽく笑って、ピンと立てた右手の人差し指を振って見せた。「だって、あんな態度許せないじゃない。こっちが話しているのに無視するなんて!」
あんな話じゃ聞きたくないだろうけど…… コーイチはそう思ったが、言わなかった。岡島みたいに転んでばかりにされちゃあ困るもんなぁ。
「おい、コーイチ君。もういいかな?」
林谷が声をかけてきた。……そうだ、すっかり忘れていた! どうしよう…… コーイチは不安な顔を京子に向けた。京子はにっこりと可愛い笑顔を返した。
「大丈夫よ、さっきも言ったでしょ。……それとも」不意に、京子は今にも泣き出しそうな顔になって、下を向いてしまった。声が震えていた。「信じてくれないの?」
「いやいやいやいやいや、信じてる信じてる信じてるよ!」
コーイチは京子の両肩に手をかけて、必死な声で言った。
「じゃ、ステージに行きましょ!」
パッと上げた京子の顔は、楽しそうな笑みをたたえていた。
つづく
「コーイチ、どうだ見たか、ボクのユニークなステージパフォーマンス!」
いや、あれは魔法だよ。お前は遊ばれただけなんだよ。コーイチは思ったが、面倒になりそうなので、口に出さなかった。
「ボクには笑いの才能が先天的に備わっているんだよ。絶妙なタイミングで、弦が切れたり、蓋が閉まったり、ドラムセットが崩れたり。本当に自分の才能が恐ろしいよ!」
長々しゃべった岡島は、その時になってコーイチの背後に立っている京子に気づいた。京子はこわい顔で岡島を睨みつけていた。岡島はわざとらしく視線をあちこちへと動かして、京子の方を見ないようにしていた。
「ま、とにかく、ボクは明日には社長の命を受けて海外に出張するわけだが、ボクのいない間、しっかりやってくれよ」
「あ~ら、勘違い男がまた勘違いの自己中心発言をしているみたいね。しかもヤギ声で!」
京子が小馬鹿にしたような顔で言った。むっとしながらも、びくついた感じで、岡島は京子を見た。しかし、すぐに視線を泳がせる。
「いい? どんなに自己正当化した言い方をしても、あなたは会社のお荷物なのよ。外国行きもきっと片道切符だけ。言ってしまえば厄介払い。誰もあなたが何かをやってくれるなんて思っていないわ」
「な、なんか声らしきものが聞こえる気がするなあ……」
岡島は京子を見ないようにしながら、わざとらしくきょろきょろと周りを見て、抑揚の無い声を出した。
「まあ! ここでしゃべっているのに無視するつもりなのね。……ま、あなたはそうやって自分の気に入らないものを受け入れて来なかったんだから、今になって急に態度を改めるなんて出来っこないけど」
「じゃあ、コーイチ、ボクは出張先の国を聞けなければならないと言う仕事があるから。……全く、パーティの席なのに仕事しなけりゃならないなんて、ボクはやっぱり特別なんだよなあ」
「何てつまらない自慢の仕方なのかしら、呆れちゃうわ! ……でも、そこまでしないと、あなたの持つ、普通の人の数十倍も大きなプライドが保てないですものね」
「まだ、何か聞こえているような気が…… そう言う事だから、お前もせいぜいしっかりな」
「あなたに言われなくても、コーイチ君は平気よ。それより自分の心配でもしたら? 心の中では『どうしよう、どうしよう、ボクちゃん、ああ、おかあちゃま、たちゅけて~、ボクちゃんをたちゅけてぃえぃえ~』って泣いているんだわね。大の大人が恥ずかしいわあ!」
岡島は京子の声を無視して歩き出した。それを見つめていた京子の眼が妖しく光った。
途端に岡島は足がもつれて大袈裟な転び方をした。回りの人たちが何事かと振り返った。岡島は何事も無かったように立ち上がり、歩き始めた。しかし、十歩も歩かないうちに、また大袈裟に転んだ。また回りが振り返る。立ち上がる。歩く。転ぶ。振り返る。この繰り返しが続いていた。
「君、ひょっとして ……使った?」
コーイチは転びながら遠去かる岡島後ろ姿から京子へと顔を向けて言った。
「へへへ……」京子はいたずらっぽく笑って、ピンと立てた右手の人差し指を振って見せた。「だって、あんな態度許せないじゃない。こっちが話しているのに無視するなんて!」
あんな話じゃ聞きたくないだろうけど…… コーイチはそう思ったが、言わなかった。岡島みたいに転んでばかりにされちゃあ困るもんなぁ。
「おい、コーイチ君。もういいかな?」
林谷が声をかけてきた。……そうだ、すっかり忘れていた! どうしよう…… コーイチは不安な顔を京子に向けた。京子はにっこりと可愛い笑顔を返した。
「大丈夫よ、さっきも言ったでしょ。……それとも」不意に、京子は今にも泣き出しそうな顔になって、下を向いてしまった。声が震えていた。「信じてくれないの?」
「いやいやいやいやいや、信じてる信じてる信じてるよ!」
コーイチは京子の両肩に手をかけて、必死な声で言った。
「じゃ、ステージに行きましょ!」
パッと上げた京子の顔は、楽しそうな笑みをたたえていた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます