お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 「秘密のノート」 104

2022年09月23日 | コーイチ物語 1 12) パーティ会場にて コーイチ・フライング  
 京子は軽い足取りでステージの階段を上がって、ステージの袖に入って行った。コーイチは逆に足取り重く階段を上がった。……本当に大丈夫なのかなぁ。きっと魔法を使うんだろうけど、まさか、何かに変えられたりしないだろうな(コーイチは黒猫になって「ニャ~」と鳴いている自分を想像していた)。それとも、岡島みたいに何かの動作を延々と繰り返させられたりしないだろうな(コーイチは十歩ごとに飛び跳ねている自分の姿を想像していた)。
「コーイチ君、どうしたんだい?」
 林谷が声をかけてきた。コーイチが我に返ると、階段の途中で右足を上げたままの姿で止まっていた。
「コーイチ君、まさかとは思うけど、そのままのポーズが出し物ってわけじゃあ、ないだろうね……」
 林谷はからかうような、しかし、少し心配しているような表情で言った。
「え? はああの……」
 コーイチが答えに困っていると、ステージの袖から京子が顔をのぞかせた。
「コーイチ君、早く上がってよ、準備しなけりゃならないんだから!」
 そう言うと、京子は顔を引っ込めた。
「なーんだ、ビックリしたよ。さあさあ、上がった上がった。そうしてくれないと、アナウンスが出来ないんだ」
 林谷はコーイチを促した。コーイチはあわてて残りの階段を上がった。その後をゆっくりとした足取りで林谷が続いた。
 コーイチはステージ袖へ向かい、林谷はステージ上のマイクへ向かった。
「な、なんだい、その衣装は!」
 ステージ袖に立っている京子を見て、コーイチは驚きの声を出した。
 京子は金色に輝いて見える着物を着ていた。ただし、普通の着物ではなかった。袖がなく肩口から滑らかな腕が丸出しになっている。帯も金色で、端々がぴんと張った蝶々結びを背中で結んでいた。また、裾も短くて、膝より上の部分がかなり見えていて、滑らかな足には金色のポックリ下駄が履かれていた。巻き上げている髪にも、金色のかんざしを数本挿していた。
「いいでしょ? 和のテイストよ!」
 京子は自慢げに言った。「和」ねぇ…… こんなにキンキラキンじゃ、秀吉の茶室だな。
「……ところで、そんな着替え、どこに用意してあったんだい?」
 コーイチの質問に京子は答えず、微笑みながら右手の人差し指をピンと立てた。……そうか、そうだよな。
「でも、いきなりそんな衣装に変わっちゃ、みんな驚いちまうし、勘の鋭い人に、魔女だって気付かれてしまうかも知れない」
「えーっ! わたしは魔女だって分かっちゃっても、全然平気なんだけどな」
 京子はふくれっ面をしてみせた。……可愛いなぁ。いや、いけないいけない! ここは心を鬼にしないと!
「君は平気でも、ボクが困る。ボクの幼なじみの京子さんが、実は魔女でしたなんて事になったら、ボクまで魔女の仲間になってしまうじゃないか」
「……」京子は無言のまま、目を大きく見開いてコーイチを見つめていた。じわっと涙がにじみ、溢れ出し、頬を伝った。「コーイチ君は、魔女の私がイヤなのね。キライなのね。いなくなって欲しいのね」
「あ、いやその」コーイチは戸惑った。まさか涙を流すとは…… 魔女であろうとなかろうと女性を泣かせてはいけない。「言い過ぎた。ボクが言いたかったのは、急に衣装を変えると、みんながビックリしてしまうから、元のままにしておいて欲しいって事なんだ。それに、君は衣装を変えなくても、十分可愛い……」
 コーイチはあわてて口をつぐんだ。……わわわわ、何を言っているんだ! 何を考えているんだ!
「え? なに?」
 京子は聞き返した。聞こえていなかったのか、もう一度言わそうとしているのか、京子のきょとんとした表情からは分からなかった。
「まあいいわ。コーイチ君の言う事はよく分かったわ。……わたしの方こそ勝手に泣き出してしまって、ごめんなさい」京子は手の甲で涙をぬぐった。「元のドレスに戻すわね」
 言い終わると、金色の着物は赤のドレスに、すうーっと戻った。
「ありがとう」
 コーイチは言った。京子はにっこりと笑顔を返した。
「皆様、お待たせ致しました。営業四課最後の男、コーイチ君です!」
 林谷の声が場内に響いた。

       つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーイチ物語 「秘密のノー... | トップ | コーイチ物語 「秘密のノー... »

コメントを投稿

コーイチ物語 1 12) パーティ会場にて コーイチ・フライング  」カテゴリの最新記事