客も出場者も興奮して叫んでいる中、怒号が飛んだのがジェシルには聞こえた。扉の方を振り返る。
警備員数名が集まっていた。誰かを押さえつけているようだ。姿は見えないが、押さえつけられている側は暴れているようだ。
「大人しくしろ!」
「勝手に入ってきやがって!」
皆が何事かとそちらを見始めた。
「放して、放してよう!」
ノラの声だ。どうやら押さえつけられているのはノラらしい。ジェシルは駈け出した。警備員が数人、駈けてくるジェシルを見て困惑の表情を浮かべた。それを見たジェシルは握りしめた拳を緩めた。……そうか、あの警備の娘たちも臨時の雇われよね。ジェシルは警備員の前で立ち止まった。
「ノラ?」ジェシルは警備員たちの押し囲まれて姿が見えないノラに声をかけた。「どうしたの? 何をやっているの?」
「あっ! ジェシルさん!」
ノラの声に、客席がざわめいた。時々「あれがジェシルか……」「宇宙パトロールのジェシル……」「ボスの仇……」「美しいわぁ……」との声が聞こえる。シンジケートの女ボスたちのようだ。ジェシルは顔を上げて周囲を睨み回す。一渡り睨み回して黙らせると、ジェシルは警備員たちを見る。
「あなたたちが押さえ込んでいるのは、わたしの用をしてくれて遅れて来たのよ。だから、放してもらえるかしら?」
「ここは出場者以外は入れない」警備のリーダー格の、恰幅の良い女性が、ジェシルの前に立つ。「しかも式が始まっているのだよ」
「その娘は、わたしのマネージャーよ」
「そんな者がいるなどとは聞いていない」リーダーは言う。毅然とした態度に、警備員たちも落ち着きを取り戻したようだ。「とにかく、規律を乱したのだから、拘束する」
ジェシルが言い返そうとしたところに、ケレスとミルカが来た。ミルカは相変わらずカメラとコンピューターを手にしている。
「おい、ジェシルの言う事は本当だ」
ケレスが警備のリーダーを見下ろしながら言う。ケレスの威圧感に落ち着きを取り戻したばかりの警備員たちは動揺する。ミルカはケレスの横で大きくうなずく。カメラはジェシルに向けられている。
「そうは言うが……」警備のリーダーは、巨体の二人組に圧倒されながらも、何とか踏み止まる。「この者がマネージャーだと言う通達が全く来ていないのだよ」
「そりゃそうさ!」ケレスがにやりと笑う。「なんせ、昨日決まったばかりだからな」
「そうそう」ミルカが言う。「でもね、その事は出場者みんなが認めているのよね。あんな面倒見の良いマネージャーなら、わたしも欲しいわ」
「なあ、みんな! ジェシルのマネージャーって事で良いんだよな?」ケレスが出場者の方を見て言う。「どうだい?」
全員が賛意を示す雄叫びを上げた。ケレスは満足そうな顔を警備のリーダーに向ける。
「そう言う事だ。その娘を渡しな」
「だが……」
リーダーは尚も言う。言いながら貴賓席に目をやった。ジョウンズの裁定を仰いでようだ。ジョウンズは立ち上がった。
「皆さん」声を発したのは『姫様』だった。席に戻る前だったのでジョウンズよりも先にマイクをつかむことが出来たのだ。その横でジョウンズはむっとした表情で立っている。「その様な小さな事で、その様なつまらぬ諍いを起こしてはなりません。女性同士、話し合い、分かち合い、築き合いをして行かなければなりません。その娘を放してあげなさい」
『姫様』の言葉で、警備員たちは一斉に下がった。ノラがうつぶせの格好でぽつんと床の上に居た。警備員たちが居なくなったので、ノラは立ち上がった。そして、わっと泣きながらジェシルの胸に飛び込んだ。
「ジェシルさん、すみません……」
「良いのよ、ノラはわたしのマネージャーなんだから。堂々としている事ね」ジェシルは泣きながら震えているノラの背中を優しく叩いた。「まあ、許しも出たことだし、良しとしましょう」
「ジェシル!」
しんとした中で名を呼ばれ、ジェシルは振り返る。『姫様』がマイクで呼びかけたようだ。じっとジェシルを見つめている。その表情からは何を思っているのかは読み取れない。ジェシルも見つめ返した。二人の事に多少なりとも詳しい者たちは、互いの出身に関しての確執があるのだろうと思ったかもしれない。しかし、ジェシルにはそんな感情は全くない。『姫様』に関しては分からないが。
ジェシルが見ていると、ミュウミュウが『姫様』の耳元で何かを囁いていた。『姫様』はうなずいた。ミュウミュウは『姫様』の手を取り、着席を援助した。その際、ほんの一瞬ジェシルはミュウミュウと目が合った。『姫様』が着席すると、ミュウミュウはジョウンズに目配せをする。
「諸君!」ジョウンズがマイクに向かう。「寛大な『姫様』に感謝をし、大会を始めよう!」
ジョウンズが締めくくった。綻びかけた開会式を何とか終わらせる事が出来た。客たちも心得ているのか、何事も無かったかのように、わっと歓声を上げた。音楽が鳴り、会場内は再び熱気に包まれた。出場者たちもあちこちへと散らばる。
「ケレス、それにミルカ、ありがとうね」ジェシルは二人に言う。「あの分からず屋の警備員、もう少しぐだぐだ言っていたら、蹴りの一つでもお見舞いしていたわ」
「ははは、気にするな」ケレスが笑う。「『姫様』を見ているのは良いけどさ、こんな面倒な式はいらなかったよな」
「ジェシル。あなたの姿、全宇宙に配信中よ」ミルカが言う。カメラはジェシルに向いている。「感謝しているんなら、観ている連中に、何か一言お願いするわ」
「え~っ……」ジェシルはイヤな顔をする。その顔も全宇宙に配信されている。しかし、諦めたように溜め息をついた。「分かったわよ……」
「さすが、ジェシルね。物分かりが良いわ」ミルカは言うとジェシルの正面に回り込む。ノラはすっとジェシルから離れた。「……さあ、準備は良いわよ」
「では……」ジェシルは軽く咳払いをする。「観ているみんな! 悪い事をしちゃダメだぞう! 以上、宇宙パトロー捜査官、ジェシル・アンでしたぁ!」
言い終わると、ジェシルはカメラに向かってにっこりと笑顔を見せた。ミルカは呆気に取られた表情をしている。その横で、ケレスは笑っていた。
つづく
警備員数名が集まっていた。誰かを押さえつけているようだ。姿は見えないが、押さえつけられている側は暴れているようだ。
「大人しくしろ!」
「勝手に入ってきやがって!」
皆が何事かとそちらを見始めた。
「放して、放してよう!」
ノラの声だ。どうやら押さえつけられているのはノラらしい。ジェシルは駈け出した。警備員が数人、駈けてくるジェシルを見て困惑の表情を浮かべた。それを見たジェシルは握りしめた拳を緩めた。……そうか、あの警備の娘たちも臨時の雇われよね。ジェシルは警備員の前で立ち止まった。
「ノラ?」ジェシルは警備員たちの押し囲まれて姿が見えないノラに声をかけた。「どうしたの? 何をやっているの?」
「あっ! ジェシルさん!」
ノラの声に、客席がざわめいた。時々「あれがジェシルか……」「宇宙パトロールのジェシル……」「ボスの仇……」「美しいわぁ……」との声が聞こえる。シンジケートの女ボスたちのようだ。ジェシルは顔を上げて周囲を睨み回す。一渡り睨み回して黙らせると、ジェシルは警備員たちを見る。
「あなたたちが押さえ込んでいるのは、わたしの用をしてくれて遅れて来たのよ。だから、放してもらえるかしら?」
「ここは出場者以外は入れない」警備のリーダー格の、恰幅の良い女性が、ジェシルの前に立つ。「しかも式が始まっているのだよ」
「その娘は、わたしのマネージャーよ」
「そんな者がいるなどとは聞いていない」リーダーは言う。毅然とした態度に、警備員たちも落ち着きを取り戻したようだ。「とにかく、規律を乱したのだから、拘束する」
ジェシルが言い返そうとしたところに、ケレスとミルカが来た。ミルカは相変わらずカメラとコンピューターを手にしている。
「おい、ジェシルの言う事は本当だ」
ケレスが警備のリーダーを見下ろしながら言う。ケレスの威圧感に落ち着きを取り戻したばかりの警備員たちは動揺する。ミルカはケレスの横で大きくうなずく。カメラはジェシルに向けられている。
「そうは言うが……」警備のリーダーは、巨体の二人組に圧倒されながらも、何とか踏み止まる。「この者がマネージャーだと言う通達が全く来ていないのだよ」
「そりゃそうさ!」ケレスがにやりと笑う。「なんせ、昨日決まったばかりだからな」
「そうそう」ミルカが言う。「でもね、その事は出場者みんなが認めているのよね。あんな面倒見の良いマネージャーなら、わたしも欲しいわ」
「なあ、みんな! ジェシルのマネージャーって事で良いんだよな?」ケレスが出場者の方を見て言う。「どうだい?」
全員が賛意を示す雄叫びを上げた。ケレスは満足そうな顔を警備のリーダーに向ける。
「そう言う事だ。その娘を渡しな」
「だが……」
リーダーは尚も言う。言いながら貴賓席に目をやった。ジョウンズの裁定を仰いでようだ。ジョウンズは立ち上がった。
「皆さん」声を発したのは『姫様』だった。席に戻る前だったのでジョウンズよりも先にマイクをつかむことが出来たのだ。その横でジョウンズはむっとした表情で立っている。「その様な小さな事で、その様なつまらぬ諍いを起こしてはなりません。女性同士、話し合い、分かち合い、築き合いをして行かなければなりません。その娘を放してあげなさい」
『姫様』の言葉で、警備員たちは一斉に下がった。ノラがうつぶせの格好でぽつんと床の上に居た。警備員たちが居なくなったので、ノラは立ち上がった。そして、わっと泣きながらジェシルの胸に飛び込んだ。
「ジェシルさん、すみません……」
「良いのよ、ノラはわたしのマネージャーなんだから。堂々としている事ね」ジェシルは泣きながら震えているノラの背中を優しく叩いた。「まあ、許しも出たことだし、良しとしましょう」
「ジェシル!」
しんとした中で名を呼ばれ、ジェシルは振り返る。『姫様』がマイクで呼びかけたようだ。じっとジェシルを見つめている。その表情からは何を思っているのかは読み取れない。ジェシルも見つめ返した。二人の事に多少なりとも詳しい者たちは、互いの出身に関しての確執があるのだろうと思ったかもしれない。しかし、ジェシルにはそんな感情は全くない。『姫様』に関しては分からないが。
ジェシルが見ていると、ミュウミュウが『姫様』の耳元で何かを囁いていた。『姫様』はうなずいた。ミュウミュウは『姫様』の手を取り、着席を援助した。その際、ほんの一瞬ジェシルはミュウミュウと目が合った。『姫様』が着席すると、ミュウミュウはジョウンズに目配せをする。
「諸君!」ジョウンズがマイクに向かう。「寛大な『姫様』に感謝をし、大会を始めよう!」
ジョウンズが締めくくった。綻びかけた開会式を何とか終わらせる事が出来た。客たちも心得ているのか、何事も無かったかのように、わっと歓声を上げた。音楽が鳴り、会場内は再び熱気に包まれた。出場者たちもあちこちへと散らばる。
「ケレス、それにミルカ、ありがとうね」ジェシルは二人に言う。「あの分からず屋の警備員、もう少しぐだぐだ言っていたら、蹴りの一つでもお見舞いしていたわ」
「ははは、気にするな」ケレスが笑う。「『姫様』を見ているのは良いけどさ、こんな面倒な式はいらなかったよな」
「ジェシル。あなたの姿、全宇宙に配信中よ」ミルカが言う。カメラはジェシルに向いている。「感謝しているんなら、観ている連中に、何か一言お願いするわ」
「え~っ……」ジェシルはイヤな顔をする。その顔も全宇宙に配信されている。しかし、諦めたように溜め息をついた。「分かったわよ……」
「さすが、ジェシルね。物分かりが良いわ」ミルカは言うとジェシルの正面に回り込む。ノラはすっとジェシルから離れた。「……さあ、準備は良いわよ」
「では……」ジェシルは軽く咳払いをする。「観ているみんな! 悪い事をしちゃダメだぞう! 以上、宇宙パトロー捜査官、ジェシル・アンでしたぁ!」
言い終わると、ジェシルはカメラに向かってにっこりと笑顔を見せた。ミルカは呆気に取られた表情をしている。その横で、ケレスは笑っていた。
つづく
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