逸子とアツコは、ためらいがちな足取りで、山賊たちの方へと歩く。山賊たちは逸子の胸とアツコのお尻に見入っている。戦意を失くしているようだ。それどころか、にやにやして妙な期待をしているようだ。……あの顔は、同じ男として恥かしいな。タロウは山賊たちの顔付きを見て思った。
実際、二人のこの秘奥義は、異性を骨抜きにし、隙だらけになったところを撃つ、と言うものだった。
山賊たちはすっかり鼻の下を、それこそ、べろんべろんに伸ばしきっている。二人は勝利を確信していた。
「兄者!」
不意に若い娘の声がした。コーイチが連れられて行った小屋の戸が勢い良く開いた。出て来たのは、今で言えば中学校に入学したくらいの女の子だった。膝上までの短くて袖の無い黄色い着物を麻縄のようなもので締め、その上に動物の毛皮のちゃんちゃんこを羽織っていた。つややかな髪が肩にかかっていて、その下に勝ち気そうな目力の強い、なかなかの美少女の顔があった。
「何でぇ、チトセ!」十郎丸が苦々しげに言う。「これから良い所だってぇのによう!」
「そんな事なんか知るもんか!」チトセは平然と言い返す。手下たちは、また兄妹喧嘩かと、うんざり気味だ。「決めた事があるんだよ!」
「後にしろい! 今はな、このお姐さんたちと、楽しいお話があるんだよ」
「それこそ、後にしろよ」チトセは引かない。「オレの話の方が先だ!」
可愛い顔をした女の子が自分を「オレ」と呼んでいるが、山賊たちは気にしていない。普段から、そう自称しているのだろう。
「……ちっ、何でぇ、言ってみろよ」十郎丸は相変わらず苦々しげな表情だ。妹には勝てないようだった。「ただし、つまんねぇ話だったら、只じゃ置かねぇからな! 心して話しやがれ!」
「分かってるよ……」そう言うと、チトセは急にしおらしくなった。山賊たちも、今まで見た事の無いチトセの様子に互いの顔を見合っている。「実はな、兄者…… オレ…… コーイチを婿にしたい……」
一瞬の沈黙がその場を覆った。ぴいひゃらららとトンビが呑気そうに高い空で鳴いている。
「……はああああああ?」
「……えええええええ?」
逸子とアツコは同時に叫んだ。まとっていた秘奥義のピンク色のオーラがはじけ飛んだ。代わりに赤いオーラが全身から噴き上がる。
「ちょっと! 何を訳の分からない事を言ってんのよ!」アツコが言う。「それに、あなたまだまだまだまだ子供じゃないの!」
「そうよ! ふざけた事言っていると、お姉さんたち、怒るわよ!」逸子が言う。「さあ、コーイチさんを返しなさい!」
二人はものすごい形相でチトセに迫った。チトセは最初はきょとんとしていたが、二人の迫力に腰が抜けたように座り込んでしまった。
「おい、お前ぇら!」十郎丸がチトセの前に立って、二人と対峙した。「オレの妹を脅かすんじゃねぇ! さっきまでのは芝居かよ! ふてぇ女どもだ!」
「やかましい!」逸子が十郎丸をにらみ付ける。「あなたと話してはいないわ! そこをどきなさい!」
「何だとぉぉぉぉ……」十郎丸は顔を真っ赤にし、全身を怒りと屈辱とで震わせた。「誰に口を利いてやがるんでぇ!」
「ふん! たかが山賊の親玉でしょ?」アツコも十郎丸をにらむ。「後で幾らでも相手してあげるから、待っていてよね!」
「……ふざけやがって! オレは女子供とて容赦しねぇんだ!」十郎丸は手下たちへ顔を向けて怒鳴る。「おい、野郎ども! やっちまえ!」
しかし、手下たちは動かず、ためらっていた。
「おい、どうしたんでぇ!」
「頭……」手下の一人がおずおずと言う。「こんな別嬪、手を掛けるなんて出来ねぇよ……」
手下たちはうなずく。手下たちにはまだ秘奥義が効いているようだ。
「くそっ! 手下を骨抜きにしやがったな!」十郎丸は怒鳴ると、腰の刀を抜いた。「おい、女ども! 覚悟しやがれ! そのからだ、なますに刻んでやるぜ!」
「それどころじゃないって言っているでしょう!」逸子が言う。「後で相手してあげるって言っているんだから、大人しくしていてよ!」
「ふざけんな!」
十郎丸は刀を大上段に構えると、逸子に向かって振り下ろした。
「あああああ! うるさいヤツねぇ!」
逸子は言うと、右脚を蹴りだした。逸子の脚は踏み込んできた十郎丸の腹に足首まで埋まった。十郎丸は逸子の脚ぎりぎりまで刀を振り下ろした姿勢のまま、信じられないと言った表情で、腹に埋まった逸子の脚と逸子の顔とを交互に見ている。そして、一言も発せずに大の字に倒れた。足を蹴りだしたままの姿勢の逸子を見て、手下どもは身じろぎ一つしなかった。
「兄者!」
チトセは叫んで十郎丸に駈け寄った。十郎丸は白目をむいて、口をぱくぱくさせている。
「……兄者…… オレのために……」チトセは膝を付き、十郎丸の頭を優しく撫でた。それから顔を上げ、逸子をにらみ付けた。「おのれぇぇぇぇ!」
つづく
実際、二人のこの秘奥義は、異性を骨抜きにし、隙だらけになったところを撃つ、と言うものだった。
山賊たちはすっかり鼻の下を、それこそ、べろんべろんに伸ばしきっている。二人は勝利を確信していた。
「兄者!」
不意に若い娘の声がした。コーイチが連れられて行った小屋の戸が勢い良く開いた。出て来たのは、今で言えば中学校に入学したくらいの女の子だった。膝上までの短くて袖の無い黄色い着物を麻縄のようなもので締め、その上に動物の毛皮のちゃんちゃんこを羽織っていた。つややかな髪が肩にかかっていて、その下に勝ち気そうな目力の強い、なかなかの美少女の顔があった。
「何でぇ、チトセ!」十郎丸が苦々しげに言う。「これから良い所だってぇのによう!」
「そんな事なんか知るもんか!」チトセは平然と言い返す。手下たちは、また兄妹喧嘩かと、うんざり気味だ。「決めた事があるんだよ!」
「後にしろい! 今はな、このお姐さんたちと、楽しいお話があるんだよ」
「それこそ、後にしろよ」チトセは引かない。「オレの話の方が先だ!」
可愛い顔をした女の子が自分を「オレ」と呼んでいるが、山賊たちは気にしていない。普段から、そう自称しているのだろう。
「……ちっ、何でぇ、言ってみろよ」十郎丸は相変わらず苦々しげな表情だ。妹には勝てないようだった。「ただし、つまんねぇ話だったら、只じゃ置かねぇからな! 心して話しやがれ!」
「分かってるよ……」そう言うと、チトセは急にしおらしくなった。山賊たちも、今まで見た事の無いチトセの様子に互いの顔を見合っている。「実はな、兄者…… オレ…… コーイチを婿にしたい……」
一瞬の沈黙がその場を覆った。ぴいひゃらららとトンビが呑気そうに高い空で鳴いている。
「……はああああああ?」
「……えええええええ?」
逸子とアツコは同時に叫んだ。まとっていた秘奥義のピンク色のオーラがはじけ飛んだ。代わりに赤いオーラが全身から噴き上がる。
「ちょっと! 何を訳の分からない事を言ってんのよ!」アツコが言う。「それに、あなたまだまだまだまだ子供じゃないの!」
「そうよ! ふざけた事言っていると、お姉さんたち、怒るわよ!」逸子が言う。「さあ、コーイチさんを返しなさい!」
二人はものすごい形相でチトセに迫った。チトセは最初はきょとんとしていたが、二人の迫力に腰が抜けたように座り込んでしまった。
「おい、お前ぇら!」十郎丸がチトセの前に立って、二人と対峙した。「オレの妹を脅かすんじゃねぇ! さっきまでのは芝居かよ! ふてぇ女どもだ!」
「やかましい!」逸子が十郎丸をにらみ付ける。「あなたと話してはいないわ! そこをどきなさい!」
「何だとぉぉぉぉ……」十郎丸は顔を真っ赤にし、全身を怒りと屈辱とで震わせた。「誰に口を利いてやがるんでぇ!」
「ふん! たかが山賊の親玉でしょ?」アツコも十郎丸をにらむ。「後で幾らでも相手してあげるから、待っていてよね!」
「……ふざけやがって! オレは女子供とて容赦しねぇんだ!」十郎丸は手下たちへ顔を向けて怒鳴る。「おい、野郎ども! やっちまえ!」
しかし、手下たちは動かず、ためらっていた。
「おい、どうしたんでぇ!」
「頭……」手下の一人がおずおずと言う。「こんな別嬪、手を掛けるなんて出来ねぇよ……」
手下たちはうなずく。手下たちにはまだ秘奥義が効いているようだ。
「くそっ! 手下を骨抜きにしやがったな!」十郎丸は怒鳴ると、腰の刀を抜いた。「おい、女ども! 覚悟しやがれ! そのからだ、なますに刻んでやるぜ!」
「それどころじゃないって言っているでしょう!」逸子が言う。「後で相手してあげるって言っているんだから、大人しくしていてよ!」
「ふざけんな!」
十郎丸は刀を大上段に構えると、逸子に向かって振り下ろした。
「あああああ! うるさいヤツねぇ!」
逸子は言うと、右脚を蹴りだした。逸子の脚は踏み込んできた十郎丸の腹に足首まで埋まった。十郎丸は逸子の脚ぎりぎりまで刀を振り下ろした姿勢のまま、信じられないと言った表情で、腹に埋まった逸子の脚と逸子の顔とを交互に見ている。そして、一言も発せずに大の字に倒れた。足を蹴りだしたままの姿勢の逸子を見て、手下どもは身じろぎ一つしなかった。
「兄者!」
チトセは叫んで十郎丸に駈け寄った。十郎丸は白目をむいて、口をぱくぱくさせている。
「……兄者…… オレのために……」チトセは膝を付き、十郎丸の頭を優しく撫でた。それから顔を上げ、逸子をにらみ付けた。「おのれぇぇぇぇ!」
つづく
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