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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 122

2020年09月03日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 チトセは十郎丸の刀をつかむと、逸子に突進した。上下左右と刀を振り回す。逸子は間一髪で切っ先をかわし続ける。
「……おい、チトセの刀をかわしているぜ……」山賊の手下の一人が隣に話す。「すげぇ……」
 チトセの刀を振り回す速度が増して行く。刀はその姿を消し、切っ先が風を切る音だけ出している。それでも、逸子はからだを左右に、あるいは前後に揺らしながら、かわし続けた。やがて、チトセは刀を地に突き立て、柄を握りしめながら、肩を激しく上下させて息をしていた。
「……あら、終わり?」逸子は平然とした顔で言う。「若いから、体力で押してきたけど、限界になっちゃったのね」
「う…… うるさい!」チトセは顔を上げて逸子をにらむ。額を大粒の汗が流れている。「ちぇっ! こんなオバさんに!」
「はぁ?」逸子の全身からオーラが噴き上がった。「今、オバさんって言った?」
「言ったがどうした! もって言って欲しいのか? オバさんオバさんオバさんオバさん!」
「この小娘がぁ……」
 逸子は右腕をチトセに向けた。噴き上がっているオーラが右腕に集中しはじめた。オーラは大きな赤い球となって、逸子の手首から先を包んで、くるくると回転をしている。
「ちょっと、逸子!」アツコはあわてて逸子の右腕をつかんで下した。「そんなの撃ち出したら、ここいら全部が吹っ飛んじゃうわよ!」
「でも…… でも……」逸子はまた右腕を上げた。「わたしをオバさんだなんて! 許せないわ! 絶対に許せない!」
「ほらあ!」アツコはチトセに向かって言う。「あなたも謝んなさいよ!」
「なんでよ! オレは間違ったことは言ってない!」
「言わなくても良い事って、あるものなのよ!」
「何よ、アツコ!」逸子がアツコをにらみつける。「じゃあ、わたしがオバサンだって、あなたも言うの?」
「そう言う意味じゃないわよ!」アツコがいらいらしながら言う。「こんな子供の言う事を真に受けるなって言っているのよ!」
「子供ってなんだよう!」チトセがアツコに向かって口を尖らせる。「オレはこう見えても十分大人だぞ!」
「ああっ、もう!」アツコが叫ぶ。「二人ともいいかげんにしなさいよ!」
 と、小屋の戸が大きな音を立てて開いた。ぎゃあぎゃあ騒いでいた三人娘は驚いてそちらに振り向いた。
 二人の山賊に両側を挟まれて現われたのは、コーイチだった。
「わああああっ! コーイチさんっ!」逸子が叫ぶ。オーラは消し飛んだ。その場に膝を付き顔を手で覆って泣き始めた。「コーイチさん! ……コーイチさん……」
「泣かないでよ!」アツコはえぐえぐと泣き出した逸子に言う。自身の頬も涙でぬれている。「わたしも泣いちゃうじゃない!」
「コーイチ!」チトセは素早くコーイチに駈け寄った。そして、ぎゅっとコーイチの右腕にしがみついた。「コーイチ! こいつらがオレをいじめるんだよう!」
 外が騒がしいので、山賊たちが様子を見ようと小屋を出るついでに引っ張り出されたコーイチだったが、突然の事に呆然としていた。
「……え? ……逸子さん? アツコさん?」コーイチはやっと言葉を発した。「……え? あの、チトセちゃん、腕、痛いんだけど……」
 コーイチは状況がよく呑み込めていないようだ。それでも、コーイチの視線は逸子に注がれている。
「コーイチさん!」逸子が顔を上げる。涙まみれの顔が痛々しい。「ずっと、ずっと探していたのよ! ……やっと会えた……」
「……逸子さん……」
 コーイチは逸子の許へ行こうとしたが、チトセが右腕にがっちりとしがみついて、しかも腰まで落として歩かせようとしない。
「コーイチ! お前だけがオレを十郎丸の妹だからと恐がらずに話をしてくれた! オレは嬉しかった! だからお前はオレの婿だ!」
 ずるずるとコーイチに曳かれながらチトセは叫ぶ。
「チトセちゃん……」
 コーイチは足を止め、しがみついているチトセを見た。チトセはぎゅっと目を閉じて頬を赤くしている。
「コーイチさん!」逸子が堪らずにコーイチへ駆け寄ろうとした。しかし、足元をすくわれて盛大に転んだ。「……痛いわねぇ! 何すんのよ!」
 逸子が顔を上げると、アツコが腰に手を当てて、これ以上ないと言うくらいに頬を膨らませて、逸子をにらんで仁王立ちをしていた。
「ふん! 一瞬でも一緒に涙を流して損したわ!」アツコは言う。「抜け駆けみたいな事はしないでよね! ……それに言っておくけど、この時代にはコーイチさんはわたしと一緒に来たのよ。仲良くね!」
「だから何よ?」逸子は立ち上がる。「わたしの方がずっとずうっとコーイチさんと一緒なのよ!」
「長く居たからって、そんなのは関係ないわ。密度の問題よ! だらだら長いより、短くてもぎゅっと詰まっている方が良いに決まってるわ!」
「そうだ、そうだ!」チトセもアツコに加勢する。相変わらずコーイチにしがみついている。「もっと言ってやれ!」
「うるさい子供ね!」逸子がチトセをにらむ。それからアツコに向き直って言う。「密度がどうとか言うけどさ、コーイチさんが呼んだのは、わたしの名前だったわよ」
「それはね、もうわたしの事は空気を吸うのと同じくらい当たり前になっているからよ!」
「いいえ、それだけ気にもならなきゃ、関心も無いって事よ!」
「そうだ、そうだ!」チトセは今度は逸子に加勢する。相変わらずコーイチにしがみついている。「もっと言ってやれ!」
「うるさい娘っ子ね!」アツコはチトセをにらむ。それから逸子に向き直る。全身からオーラを立ち上らせた。「ちょうど良いわ。個々で決着を付けちゃいましょう!」
「望む所だわ!」逸子もオーラを立ち上らせる。「……覚悟することね」
「そのセリフ、そっくり返してあげるわ……」
 コーイチは成り行きを見ながらおたおたしている。


つづく

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