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怪談 幽ヶ浜 16

2020年08月10日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
「太吉よう、どんな坊様じゃ?」
 長が歩きながら太吉に尋ねる。
「それが何とも、薄汚たねぇ大男の坊様で……」太吉は答える。他に言い様が浮かばない。「……ただ、オレの話だけ聞いて、取り憑かれているって言って、それから念仏唱えて権二さんの居所を見つけ出した」
「ほう、そりゃあ、何とも凄い坊様じゃねぇか!」
「でも、なんか変わった坊様だ」太吉はそう言うと、思い出したように付け加えた。「そう言やぁ、権二さんの様子、死んだ藤吉さんに何となく似ていた……」
「どう言う事だ?」
「藤吉さん、満足そうな顔で、素っ裸だっただろ? 権二さん、褌一丁で笑顔なんだ。それも、いやらしい感じの笑顔で……」
「いやらしい感じ……?」
「ほら、床の中で、女房にしか見せないようなヤツだよ。……こう言っちゃなんだけど、藤吉さんのあの笑みを見た時、オレは真っ先にそう思ったんだ……」
「……そうだったのかい……」
「だからよ、長、オレは権二さんが女絡みの何かがあったんじゃねかって気がして仕方ねぇ」
「そうか。そうかも知れんな」長は呟く。「憑き物と女か……」
 それきり長は黙り込んでしまった。太吉も合わせるように口を閉じた。
 しばらく浜を進むと、低い声が聞こえてきた。
「あれは?」
 長が太吉に言う。太吉は頷く。
「あれが、坊様の念仏で……」
 太吉の来たのを複数の松明の灯りで知って、坊様の念仏が止んだ。太吉たちの足も止まる。
「いよう、村の衆!」坊様は快活な声で呼びかけた。「権二とやらは無事じゃよ」
 太吉が権二に駈け寄った。まだぼうっとした顔をしているが、あの笑みは消えていた。
「もう大丈夫だ。家に連れて帰ってやりなさい。ゆっくり寝れば回復するはずじゃ」
 坊様は太吉に言った。それから坊様は懐から四つ折りにした半紙を取り出し、太吉に渡した。太吉は半紙を広げてみた。何と書いてあるのか読めない幾つかの文字が人の立ち姿を模したように並んでいる。
「それは護符だよ。権二に持たせてやると良い」
「へい…… ありがとうごぜぇやす」
「おい、何人かは太吉と一緒に権二を家まで連れて行ってやれ。……新平、お前は舟を出して海を見ている連中に権二が見つかって家に戻ったと伝え、帰るように言ってくれ」長はそう指示を出す。「さあ、権二は無事に見つかった。これで仕舞いじゃ。皆ご苦労じゃったな。あとは帰ってくれろや」
 村の衆は「おう!」と応じ、それぞれに散って行った。
 しんとなった浜は、いつものように波が何事も無かったかのように寄せては返している。
「お坊様……」長は坊様に向き直り、丁寧に頭を下げた。「ありがとうございやした……」
「いやいや、なんの」坊様は笑う。「まあ、良かったわいな。中々手強い感じじゃったよ」
「それはほんにお疲れでございやしたなぁ」
「いやいや、これもわしの定めのようなもんじゃから、気にするには及ばないわ」
「お坊様、こんな夜更けじゃ。わしが家に来て下せぇ。もうばあさんも居らんから気楽に出来ますしな。それに、腹も減っておいでじゃろうしな」
「腹? ……おお、今気が付いたわい」坊様はわざとらしく言う。途端に腹の虫がぐうと鳴った。「ははは、わしもまだまだ修行が足りんのう」
「……お坊様……」長は笑わなかった。むしろ、深刻な表情だ。「お話がありましてな……」
「うん、分かっておるよ」坊様も真顔になる。「村の衆を払ったのもそのためじゃろう?」
「……お見通しで……」
「まあな…… 続きはお前さんのところで聞かせてもらうよ。腹ごしらえさせてもらいながらな」
 そう言うと、坊様は豪快に笑った。


つづく

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