会場がまた暗くなった。しかし、ステージも暗いままだった。会場内は深い闇に閉ざされた。
「皆様……」
暗闇の中で不意にささやくような林谷の声が流れた。エコーがかかり、深く暗い洞窟の奥から響いてくるような声だった。その声にある女性客が短い悲鳴を上げた。
「お待たせいたしました。営業四課、清水薫子と黒仲間によるミニライブをお楽しみくださいませ。……そうそう、好い加減に聞いていると、呪われてしまうそうですよ…… では、お聞き逃しのないように。清水薫子とデーモンウィッチーズで『降魔の時』……」
アナウンスが終わっても、しばらくステージは暗いままだった。
そのうち、うっすらとした明りが一つ、ステージの天井から床に向かって放たれ、明るさが増すにつれて、顔の半分はどの高さの襟をピンと立てた黒マントで全身を覆った、スタンドマイクの前に立つ清水が浮かび上がって来た。それと共にシンバルを細かく叩く音が強弱を繰り返しながら流れ始めた。
何度目かの強弱の後、清水がマントの前をバッと左右に開き、黒のタイトな爪先までの長さのワンピース姿を見せ、手の平半分くらいまでの長さの袖の付いた両手を大きく広げた。と同時にシンバルがジャンと鳴った。
清水がマイクに向かって何語か分からないが歌を歌い出した。聞き慣れない節回しだが、見事な声量と艶やかな声質だった。ひとしきり歌い終わると、照明が明るくなり、清水の後ろにエレキギターが二人、ベースギターが一人、キーボードが二人、ドラムが一人、バックコーラスが六人、合わせて十三人の清水と同じ服装の女性たちによる物凄い音量のバンド演奏が始まった。
清水は三オクターブの音域を自由に行き来しながら朗々と歌い、ツインエレキが悪魔の音程と呼ばれた完全五度で激しく暴れ回り、ベースは不気味な半音階進行で上向下向を繰り返し、ツインキーボードは微分音を随所に鳴らしながら、短二度、短九度で絡み合い、ドラムは変拍子で不安定なリズムを刻み、コーラスは密集した音程を重ね合い不気味な音の塊となって清水と同じ歌を歌っていた。
「あの歌詞、知ってるわ!」
京子がコーイチの耳元で叫んだ。
「え? 知ってるって!」
コーイチも京子の耳元で叫ぶ。
「あれは、わたしたちの世界の言葉よ!」
「なんて言っているんだい?}
「ええとね、『古の偉大なる大魔王、今こそその御力を示し給え、今こそ降魔の時、降り立ち給え、全てをその御力で無に帰せしめ給え、呪いあれ、呪いあれ』って言う、大魔王を呼び出す歌よ!」
「そ、それじゃ、この場にその大魔王が出てくるのかい!」
京子は呆れた顔で、おろおろしているコーイチを見つめた。
「……コーイチ君。大魔王なんて大昔の作り話よ!」
「じゃあ、大魔王はいないのか?」
「当ったり前じゃない! 文明が発達していない大昔には実在すると考えられていたみたいだけどね」
「魔女の世界も文明が発達してるのかい?」
「もちろんよ。人間の世界並にね」
「ふーん」
そういえば、人間の世界でも昔は妖怪や魔物を実在すると信じていたよな。招来の仕方とか退治の仕方とか、まことしやかに伝えられていたりするものな。
「……でも驚いたわ。普通の人間がこんなに正確に歌えるなんて。ちゃんと修行したら人間出身で初の魔女になれるかもね!」
本物の魔女に褒められるなんて、清水さん、かなり本格的なんだ…… 凄いと言うか、怖いと言うか……
演奏が終わり、不思議な余韻が会場を包み込んだ。しばらくして、じわじわと拍手と歓声とが沸き上がり、大喝采となった。
それが治まりかけた頃、京子が清水たちの残っているステージに近付き、声をかけた。十三人の中の一人が京子の方に振り返り、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔を作って恭しく会釈をした。京子はニコニコしながら手を振っていた。
ステージは暗くなり、会場が明るくなった。
「あのね、あんまり勝手な事はしないで欲しいんだけどなぁ……」
コーイチは言った。
「あら、またわたしに意見しようって言うの?」
京子はこわい顔をした。コーイチはヘビになった自分、トカゲになった自分を想像してし、身震いをした。
「……なーんて、冗談よ。『そこに魔女はいるの?』ってわたしたちの言葉で聞いてみたのよ。一人振り向いたでしょ? あの人が魔女ね。多分、あの人がボーカルの人に歌を教えたのね」
清水さんの仲間なら、本物の魔女がいてもおかしくないと言えば言えるか……
「ところでさ、君は手を振っていたけど、向こうは驚いた後に会釈をしていた。あれは一体どうしてなん……」
「あら、次が始まりそうよ!」
京子はステージの方へ顔を向けた。
つづく
「皆様……」
暗闇の中で不意にささやくような林谷の声が流れた。エコーがかかり、深く暗い洞窟の奥から響いてくるような声だった。その声にある女性客が短い悲鳴を上げた。
「お待たせいたしました。営業四課、清水薫子と黒仲間によるミニライブをお楽しみくださいませ。……そうそう、好い加減に聞いていると、呪われてしまうそうですよ…… では、お聞き逃しのないように。清水薫子とデーモンウィッチーズで『降魔の時』……」
アナウンスが終わっても、しばらくステージは暗いままだった。
そのうち、うっすらとした明りが一つ、ステージの天井から床に向かって放たれ、明るさが増すにつれて、顔の半分はどの高さの襟をピンと立てた黒マントで全身を覆った、スタンドマイクの前に立つ清水が浮かび上がって来た。それと共にシンバルを細かく叩く音が強弱を繰り返しながら流れ始めた。
何度目かの強弱の後、清水がマントの前をバッと左右に開き、黒のタイトな爪先までの長さのワンピース姿を見せ、手の平半分くらいまでの長さの袖の付いた両手を大きく広げた。と同時にシンバルがジャンと鳴った。
清水がマイクに向かって何語か分からないが歌を歌い出した。聞き慣れない節回しだが、見事な声量と艶やかな声質だった。ひとしきり歌い終わると、照明が明るくなり、清水の後ろにエレキギターが二人、ベースギターが一人、キーボードが二人、ドラムが一人、バックコーラスが六人、合わせて十三人の清水と同じ服装の女性たちによる物凄い音量のバンド演奏が始まった。
清水は三オクターブの音域を自由に行き来しながら朗々と歌い、ツインエレキが悪魔の音程と呼ばれた完全五度で激しく暴れ回り、ベースは不気味な半音階進行で上向下向を繰り返し、ツインキーボードは微分音を随所に鳴らしながら、短二度、短九度で絡み合い、ドラムは変拍子で不安定なリズムを刻み、コーラスは密集した音程を重ね合い不気味な音の塊となって清水と同じ歌を歌っていた。
「あの歌詞、知ってるわ!」
京子がコーイチの耳元で叫んだ。
「え? 知ってるって!」
コーイチも京子の耳元で叫ぶ。
「あれは、わたしたちの世界の言葉よ!」
「なんて言っているんだい?}
「ええとね、『古の偉大なる大魔王、今こそその御力を示し給え、今こそ降魔の時、降り立ち給え、全てをその御力で無に帰せしめ給え、呪いあれ、呪いあれ』って言う、大魔王を呼び出す歌よ!」
「そ、それじゃ、この場にその大魔王が出てくるのかい!」
京子は呆れた顔で、おろおろしているコーイチを見つめた。
「……コーイチ君。大魔王なんて大昔の作り話よ!」
「じゃあ、大魔王はいないのか?」
「当ったり前じゃない! 文明が発達していない大昔には実在すると考えられていたみたいだけどね」
「魔女の世界も文明が発達してるのかい?」
「もちろんよ。人間の世界並にね」
「ふーん」
そういえば、人間の世界でも昔は妖怪や魔物を実在すると信じていたよな。招来の仕方とか退治の仕方とか、まことしやかに伝えられていたりするものな。
「……でも驚いたわ。普通の人間がこんなに正確に歌えるなんて。ちゃんと修行したら人間出身で初の魔女になれるかもね!」
本物の魔女に褒められるなんて、清水さん、かなり本格的なんだ…… 凄いと言うか、怖いと言うか……
演奏が終わり、不思議な余韻が会場を包み込んだ。しばらくして、じわじわと拍手と歓声とが沸き上がり、大喝采となった。
それが治まりかけた頃、京子が清水たちの残っているステージに近付き、声をかけた。十三人の中の一人が京子の方に振り返り、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔を作って恭しく会釈をした。京子はニコニコしながら手を振っていた。
ステージは暗くなり、会場が明るくなった。
「あのね、あんまり勝手な事はしないで欲しいんだけどなぁ……」
コーイチは言った。
「あら、またわたしに意見しようって言うの?」
京子はこわい顔をした。コーイチはヘビになった自分、トカゲになった自分を想像してし、身震いをした。
「……なーんて、冗談よ。『そこに魔女はいるの?』ってわたしたちの言葉で聞いてみたのよ。一人振り向いたでしょ? あの人が魔女ね。多分、あの人がボーカルの人に歌を教えたのね」
清水さんの仲間なら、本物の魔女がいてもおかしくないと言えば言えるか……
「ところでさ、君は手を振っていたけど、向こうは驚いた後に会釈をしていた。あれは一体どうしてなん……」
「あら、次が始まりそうよ!」
京子はステージの方へ顔を向けた。
つづく
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