コーイチがステージを見ると、岡島が立っていた。まだ片づけが終わっていない中で、岡島はスタンドマイクの前に歩み出た。
しかし、段取りには入っていなかったらしく、会場内もステージも明るいままだった。林谷もステージから降りてオレンジジュースを飲んでいた。会場の人々もステージに気付かず、各々談笑をしていた。
岡島がマイクに向かって何か喋ったが、マイクは入っていなかったため、何も聞こえなかった。
「……でありまして、えっ?」
音響係があわててマイクを入れたので、岡島の声が急に会場内に流れ、会場内も岡島本人も驚いてしまった。会場は静まり返り、ステージの岡島に注目した。林谷は残りのジュースを飲み干すと、ステージ袖に走った。
「さて皆様」林谷の少しあわて気味のアナウンスが流れた。「これより、飛び入りではございますが、営業四課の若手、岡島…… えーっと…… か、かず…… 取り合えず、岡島君です。ま、後は本人にお任せしましょう。では、お願いします、岡島君です!」
それに合わせて、会場内の照明がゆっくりと落ち、ステージは岡島に向けたスポットライトだけになった。会場に拍手が起こり、そして、沈黙が続いた。何か大きな期待感が膨らんでいる。
林谷さんの司会、西川さんのダンス、印旛沼さんの手品、清水さんのロックバンド、さらに、岡島まで…… 営業四課はみんな芸達者揃いだ、たいしたもんだなぁ…… それに比べてボクは何も無い、か。コーイチはステージを見ながら、ため息をついた。
「はい、コーイチ君」
京子が言って、料理を持った小皿をコーイチの前に出した。
「あ、サ、サンキューベリーマッチョ……」
「コーイチ君、無理なギャグは言わないの!」
照れくさそうに言うコーイチに、京子は諭した。
「でも、ずっとボクの横に居たはずなのに、いつの間に料理を……」
「分かってるじゃない。これよ、こ、れ」
京子は右の人差し指をピンと立てて軽く振って見せた。……魔法を使ったんだな! コーイチは文句を言おうとしたが「ホッケの皮も三枚目」と言う諺を思い出して、今度こそ何かにされそうだと警戒し、黙って笑って見せた。京子も笑い返した。
「そんな事より、あの人、何か出来るのかしらね?」
「さあ…… でも普段から『オレは特別だ、なんでもやれるが、オレがやる価値が無い限り、あえてやらない』なんて言ってるくらいだから、こう言う場では何かやれるんじゃないかな」
「だと良いわね」
岡島は軽く咳払いをして、再びマイクに向かった。
「私、岡島和利と申しまして、あなた達に愛を投げるので、それを受け取ったら考慮を考えて、何倍かにして投げ返してくれれば『愛のキャッチボール』となって嬉しいですが、また、イニシャルを取ると“K.O,”となりまして、全てをノックアウトする強い力を持っている事が分かるはずだと思うんですが、苗字の『岡』と名前の『利』のつくりの部分のリットウとを合わせると『強くてかたい』と言う意味の漢字になりまして、私自身を表わしている事も分かるでしょうし、産まれた時に母に抱かれてお寺に行ったらお坊さんが『この子は神の子だから大切に育てなさい』と母に言ったそうで、それに大切な時には雨が降るんで『龍神様が守っていて下さる』と言われたり、オフィス街を歩いていると『岡島さんですか?』と別の会社の若い女性に声をかけられ、どうして分かっちゃうのかなぁ、やはり何か私から出ているものがあるのかななぁと思ったり……」
「あ、あの岡島君……」
陶酔した締まりの無い顔で語り続ける岡島を、ざわつき始めた会場の雰囲気を察した林谷が止めた。
「君の話も良いけれど、今日は西川新課長の(「仮課長だ!」すかさず西川が叫ぶ。「いいや、西川君、Youに正式な辞令を持ってきたよ」と社長が言った。「そうですか…… では仮課長ではなくて新課長でいいぞ!」西川が再び叫んだ。会場内は爆笑に包まれた)お祝いパーティーだから、何か披露できるものがあったらやってもらえないかな?」
拍手が再び起こった。
岡島は片付けられていないエレキギターを持ち、ストラップを肩に掛けて弾き始めた。聞いたことのあるようなフレーズをチョインチョインと弾くと「おお、愛を!」と一声叫び、それからギターを戻し、キーボードに向かった。右手左手を交互に動かして、二、三個のコードをブーチャーブーチャーとしばらく繰り返して「愛を! 愛を! 愛を! 愛を!」と叫び、続いてドラムセットの前に座り単純なリズムをパンタンタンパンタンタンと叩き「ボクに愛を! 投げた愛を!」と叫び、自己陶酔に浸りきった、満足げな顔で立ち上がった。
「はいはい、岡島君、とても上手でした。皆様十分堪能したので、もうおしまいにして下さい」
林谷のアナウンスと同時にステージは暗転し、会場内が明るくなった。
「さて、皆様、しばしご歓談をお楽しみくださいませ」
林谷のアナウンスに続き、うっすらとした音量でクラシック音楽が流れ出した。会場は西川のダンス、印旛沼の手品、清水のバンドの話で盛り上がり、岡島の事は無かった事になっていた。
「最低ね。なんだったの、あれ? 考えもなく、単にコーイチ君より先にステージに立ちたかっただけじゃないの?」
京子が呆れた声で言った。
「う~ん…… あれが岡島らしさ、なんだろうなぁ……」
コーイチは笑ってごまかすしかなかった。
つづく
しかし、段取りには入っていなかったらしく、会場内もステージも明るいままだった。林谷もステージから降りてオレンジジュースを飲んでいた。会場の人々もステージに気付かず、各々談笑をしていた。
岡島がマイクに向かって何か喋ったが、マイクは入っていなかったため、何も聞こえなかった。
「……でありまして、えっ?」
音響係があわててマイクを入れたので、岡島の声が急に会場内に流れ、会場内も岡島本人も驚いてしまった。会場は静まり返り、ステージの岡島に注目した。林谷は残りのジュースを飲み干すと、ステージ袖に走った。
「さて皆様」林谷の少しあわて気味のアナウンスが流れた。「これより、飛び入りではございますが、営業四課の若手、岡島…… えーっと…… か、かず…… 取り合えず、岡島君です。ま、後は本人にお任せしましょう。では、お願いします、岡島君です!」
それに合わせて、会場内の照明がゆっくりと落ち、ステージは岡島に向けたスポットライトだけになった。会場に拍手が起こり、そして、沈黙が続いた。何か大きな期待感が膨らんでいる。
林谷さんの司会、西川さんのダンス、印旛沼さんの手品、清水さんのロックバンド、さらに、岡島まで…… 営業四課はみんな芸達者揃いだ、たいしたもんだなぁ…… それに比べてボクは何も無い、か。コーイチはステージを見ながら、ため息をついた。
「はい、コーイチ君」
京子が言って、料理を持った小皿をコーイチの前に出した。
「あ、サ、サンキューベリーマッチョ……」
「コーイチ君、無理なギャグは言わないの!」
照れくさそうに言うコーイチに、京子は諭した。
「でも、ずっとボクの横に居たはずなのに、いつの間に料理を……」
「分かってるじゃない。これよ、こ、れ」
京子は右の人差し指をピンと立てて軽く振って見せた。……魔法を使ったんだな! コーイチは文句を言おうとしたが「ホッケの皮も三枚目」と言う諺を思い出して、今度こそ何かにされそうだと警戒し、黙って笑って見せた。京子も笑い返した。
「そんな事より、あの人、何か出来るのかしらね?」
「さあ…… でも普段から『オレは特別だ、なんでもやれるが、オレがやる価値が無い限り、あえてやらない』なんて言ってるくらいだから、こう言う場では何かやれるんじゃないかな」
「だと良いわね」
岡島は軽く咳払いをして、再びマイクに向かった。
「私、岡島和利と申しまして、あなた達に愛を投げるので、それを受け取ったら考慮を考えて、何倍かにして投げ返してくれれば『愛のキャッチボール』となって嬉しいですが、また、イニシャルを取ると“K.O,”となりまして、全てをノックアウトする強い力を持っている事が分かるはずだと思うんですが、苗字の『岡』と名前の『利』のつくりの部分のリットウとを合わせると『強くてかたい』と言う意味の漢字になりまして、私自身を表わしている事も分かるでしょうし、産まれた時に母に抱かれてお寺に行ったらお坊さんが『この子は神の子だから大切に育てなさい』と母に言ったそうで、それに大切な時には雨が降るんで『龍神様が守っていて下さる』と言われたり、オフィス街を歩いていると『岡島さんですか?』と別の会社の若い女性に声をかけられ、どうして分かっちゃうのかなぁ、やはり何か私から出ているものがあるのかななぁと思ったり……」
「あ、あの岡島君……」
陶酔した締まりの無い顔で語り続ける岡島を、ざわつき始めた会場の雰囲気を察した林谷が止めた。
「君の話も良いけれど、今日は西川新課長の(「仮課長だ!」すかさず西川が叫ぶ。「いいや、西川君、Youに正式な辞令を持ってきたよ」と社長が言った。「そうですか…… では仮課長ではなくて新課長でいいぞ!」西川が再び叫んだ。会場内は爆笑に包まれた)お祝いパーティーだから、何か披露できるものがあったらやってもらえないかな?」
拍手が再び起こった。
岡島は片付けられていないエレキギターを持ち、ストラップを肩に掛けて弾き始めた。聞いたことのあるようなフレーズをチョインチョインと弾くと「おお、愛を!」と一声叫び、それからギターを戻し、キーボードに向かった。右手左手を交互に動かして、二、三個のコードをブーチャーブーチャーとしばらく繰り返して「愛を! 愛を! 愛を! 愛を!」と叫び、続いてドラムセットの前に座り単純なリズムをパンタンタンパンタンタンと叩き「ボクに愛を! 投げた愛を!」と叫び、自己陶酔に浸りきった、満足げな顔で立ち上がった。
「はいはい、岡島君、とても上手でした。皆様十分堪能したので、もうおしまいにして下さい」
林谷のアナウンスと同時にステージは暗転し、会場内が明るくなった。
「さて、皆様、しばしご歓談をお楽しみくださいませ」
林谷のアナウンスに続き、うっすらとした音量でクラシック音楽が流れ出した。会場は西川のダンス、印旛沼の手品、清水のバンドの話で盛り上がり、岡島の事は無かった事になっていた。
「最低ね。なんだったの、あれ? 考えもなく、単にコーイチ君より先にステージに立ちたかっただけじゃないの?」
京子が呆れた声で言った。
「う~ん…… あれが岡島らしさ、なんだろうなぁ……」
コーイチは笑ってごまかすしかなかった。
つづく
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