「最近、香苗が来ていないようだけど、どうしたのかしら?」
放課後の部活の時間、信子が、同級生で同じ手芸部の文子に訊く。文子は縫物の手を止めて答える。
「香苗、ここの所、体調が悪いんだって。学校もずっと休んでいるわ」
「何か病気なの?」
「さあ、良く分かんないわ」
「クラス、一緒じゃないの?」
「でも、そんなに親しくないし……」
「同じ手芸部よ?」
「そんな事、言われたって……」
文子は、むすっとした顔で道具をまとめる。
「わたし、帰るわ」
文子は言うと教室を出て行った。相変わらず自分勝手だわと信子は思う。
一方、香苗は活発で明るい娘だ。一緒に居るだけで楽しい気分にさせられる。後輩の面倒見も良かった。
「香苗先輩、病気なんですか……」
後輩の有紀が心配そうな声を信子に掛けた。香苗が一番面倒を見ている後輩だ。
「そうみたいね」
「先輩、かわいそう……」
「今度、お見舞いに行ってみましょうか?」
「はい。お願いします」
「じゃあ、わたしが香苗のご両親に連絡してみるわね。でも、断られるかもしれないわよ」
「分かっています。先輩の様子だけでも知りたくて……」
翌日、有紀が信子の所に来た。
「どうでした?」
「ええ、まだ寝たり起きたりの状態なんですって」
「かわいそう……」
「それで、今度の日曜の午前中なら良いって。……でも、一人でって言われたわ。人数が多いと疲れちゃうかもしれないって。時間も短めでとも言われたわ」
「そうなんですか……」
「だから、わたしが手芸部代表でお見舞いに行ってくるわ」
「分かりました……」
「もし、お見舞いで渡したいものがあれば、金曜日までに持って来てくれたら、香苗に渡しておくわよ」
「はい! 実はぬいぐるみを作っているんです! ……あまり良い出来じゃないんですけど……」
「心がこもっていれば良いのよ」
有紀は大きくうなずいて自分の席に戻って行った。
「ぬいぐるみか……」
信子はつぶやくと、左の口の端が少し上がった笑みを浮かべた。
日曜日、信子は香苗の家を訪れた。手に大きな手提げ袋を持っている。その中に紙袋が二つ入っていた。
案内を乞い、家に上げてもらう。案内してくれた香苗の両親の表情は暗い。一階のリビング横の和室に敷かれた布団の上に香苗は居た。
顔色が悪く、痩せてしまっていた。そんな状態なのに、上半身を起き上がらせ、笑顔を作っている。
「信子、ありがとう……」
声を出すのも辛そうだ。
「どうなの?」
「うん…… 原因が良く分からないみたい…… 難病指定なんかになっちゃったりして……」
香苗は明るく言う。それがかえって痛々しい。
「横になってもらって構わないわ」
「そう…… 実は、辛かったのよね」
横になり、浅くて荒い呼吸をする香苗を、信子は見つめる。持って来た手提げ袋から紙袋を二つとも取り出す。
先ず片方を開ける。中からは三十センチくらいの高さのあるタヌキのぬいぐるみが出てきた。形も不恰好だし、縫い方も雑だ。はっきり言ってあまり良い出来ではない。だが、寄り目でぺろりと舌を出している表情は愛嬌がある。香苗は思わず笑う。
「誰が作ったの?」
「後輩の有紀ちゃんよ。早く良くなってほしいって」
「そう…… 嬉しいわ」
香苗は涙ぐむ。
信子はもう一つの紙袋を開ける。これもタヌキくらいの大きさがある、紫色のサルのぬいぐるみだった。良く出来ている。香苗は不思議そうな顔でサルを見ている。
「これは?」
「これはわたしが作ったのよ」
「どうして紫なの?」
「この前観た時代劇で、病気の人が紫色の鉢巻していたから、効き目があるかなって思って」
「でも、どうしてサルなの?」
「病気が『去る』に掛けてみたの」
「まあ! 信子がそんな冗談を言うなんて!」
香苗は笑う。信子も笑う。
「でも、これじゃぬいぐるみだらけだわ」
「どう言う事?」
「二階のわたしの部屋に、文子からもらったのもあるの」
「どんなぬいぐるみ?」
「あの娘の趣味なのかしらね、カラスよ。真っ黒なカラス」
「そう…… あの、見せてもらっても良いかしら?」
「構わないけど……」
香苗は母親に話をして、信子を二階の部屋へと案内した。
カラスのぬいぐるみは香苗の机の上にあった。信子はぬいぐるみを手に取った。信子の視線がきつくなる。しかし、すぐに表情を戻すと、香苗の母親へ振り返った。
「あの、これ、持って帰っても良いでしょうか?」
「構わないけど、一応、香苗に聞いてみてもらえるかしら?」
「そうですね」
信子はカラスを持ったまま香苗の所に戻り、話をする。香苗は不思議そうな顔をする。
「信子、そんなに真剣な顔をしなくっても良いじゃない?」
「いえ、良い出来だから、ついつい……」
「そうかしら? 信子のおサルさんの方がずっと出来が良いと思うんだけど?」
「それで、持って帰っても良いかしら?」
「それは別に良いけど…… 実は、あんまり好きじゃなかったのよね。真っ黒なカラスなんて、ちょっとホラーよね」
しばらくして、信子は香苗の家を辞した。タヌキとサルのぬいぐるみを枕元に置いておくようにと伝えた。有紀のタヌキはともかく、信子のサルは『退病魔縫い』を施してあった。少しでも病気が軽くなるようにと思ったからだ。しかし……
「文子のカラス…… これって『招病魔縫い』が使われているわ……」
翌日、信子は文子を校庭裏に呼び出した。
「あなたが香苗に渡したカラスのぬいぐるみ、本当にあなたが作ったの?」
「え? 何の事よ?」
「知らばっくれてもダメよ。あれは『招病魔縫い』よ。病気をもたらすものだわ。普通の人には縫えないわ」
「意味、分かんない……」
「あなた、香苗に何か怨みでもあるの?」
「本当、何を言っているのか分からないわ!」
「あれはわたしが持って帰ったわ。代わりに『退病魔縫い』のぬいぐるみを置いてきたわ。もう効き目はないわね。すぐに香苗は回復する」
「……余計な事をしないでよ!」
「やっぱり何かあったのね……」
「ええ、そうよ! 香苗、わたしが好きだった祐樹君と仲良くなっているんだもの、許せないじゃない! だから、思い知らせてやったのよ!」
「そんな理由で……」
「そんなって、何よ! 香苗がしゃしゃり出て来なきゃ、今頃は、わたしが祐樹君と良い感じだったのよ!」
「……あのぬいぐるみ、どこで手に入れたの?」
「教えないわよ!」
文子は言うと走り去って行った。
その日を最後に文子は登校して来なかった。噂では学校を辞めて、どこか遠くへ行ったらしい。
しばらくして香苗が登校してきた。すっかり病気が治ったようだった。部活に顔を出した香苗を皆が歓迎する。後輩の有紀が泣きながら香苗に抱きついていた。
「どこかで災い縫いをしている誰かが居るのね…… いずれ、何かあるかもしれないわ……」
信子は、はしゃいでいる皆を見ながら、心が重かった。
放課後の部活の時間、信子が、同級生で同じ手芸部の文子に訊く。文子は縫物の手を止めて答える。
「香苗、ここの所、体調が悪いんだって。学校もずっと休んでいるわ」
「何か病気なの?」
「さあ、良く分かんないわ」
「クラス、一緒じゃないの?」
「でも、そんなに親しくないし……」
「同じ手芸部よ?」
「そんな事、言われたって……」
文子は、むすっとした顔で道具をまとめる。
「わたし、帰るわ」
文子は言うと教室を出て行った。相変わらず自分勝手だわと信子は思う。
一方、香苗は活発で明るい娘だ。一緒に居るだけで楽しい気分にさせられる。後輩の面倒見も良かった。
「香苗先輩、病気なんですか……」
後輩の有紀が心配そうな声を信子に掛けた。香苗が一番面倒を見ている後輩だ。
「そうみたいね」
「先輩、かわいそう……」
「今度、お見舞いに行ってみましょうか?」
「はい。お願いします」
「じゃあ、わたしが香苗のご両親に連絡してみるわね。でも、断られるかもしれないわよ」
「分かっています。先輩の様子だけでも知りたくて……」
翌日、有紀が信子の所に来た。
「どうでした?」
「ええ、まだ寝たり起きたりの状態なんですって」
「かわいそう……」
「それで、今度の日曜の午前中なら良いって。……でも、一人でって言われたわ。人数が多いと疲れちゃうかもしれないって。時間も短めでとも言われたわ」
「そうなんですか……」
「だから、わたしが手芸部代表でお見舞いに行ってくるわ」
「分かりました……」
「もし、お見舞いで渡したいものがあれば、金曜日までに持って来てくれたら、香苗に渡しておくわよ」
「はい! 実はぬいぐるみを作っているんです! ……あまり良い出来じゃないんですけど……」
「心がこもっていれば良いのよ」
有紀は大きくうなずいて自分の席に戻って行った。
「ぬいぐるみか……」
信子はつぶやくと、左の口の端が少し上がった笑みを浮かべた。
日曜日、信子は香苗の家を訪れた。手に大きな手提げ袋を持っている。その中に紙袋が二つ入っていた。
案内を乞い、家に上げてもらう。案内してくれた香苗の両親の表情は暗い。一階のリビング横の和室に敷かれた布団の上に香苗は居た。
顔色が悪く、痩せてしまっていた。そんな状態なのに、上半身を起き上がらせ、笑顔を作っている。
「信子、ありがとう……」
声を出すのも辛そうだ。
「どうなの?」
「うん…… 原因が良く分からないみたい…… 難病指定なんかになっちゃったりして……」
香苗は明るく言う。それがかえって痛々しい。
「横になってもらって構わないわ」
「そう…… 実は、辛かったのよね」
横になり、浅くて荒い呼吸をする香苗を、信子は見つめる。持って来た手提げ袋から紙袋を二つとも取り出す。
先ず片方を開ける。中からは三十センチくらいの高さのあるタヌキのぬいぐるみが出てきた。形も不恰好だし、縫い方も雑だ。はっきり言ってあまり良い出来ではない。だが、寄り目でぺろりと舌を出している表情は愛嬌がある。香苗は思わず笑う。
「誰が作ったの?」
「後輩の有紀ちゃんよ。早く良くなってほしいって」
「そう…… 嬉しいわ」
香苗は涙ぐむ。
信子はもう一つの紙袋を開ける。これもタヌキくらいの大きさがある、紫色のサルのぬいぐるみだった。良く出来ている。香苗は不思議そうな顔でサルを見ている。
「これは?」
「これはわたしが作ったのよ」
「どうして紫なの?」
「この前観た時代劇で、病気の人が紫色の鉢巻していたから、効き目があるかなって思って」
「でも、どうしてサルなの?」
「病気が『去る』に掛けてみたの」
「まあ! 信子がそんな冗談を言うなんて!」
香苗は笑う。信子も笑う。
「でも、これじゃぬいぐるみだらけだわ」
「どう言う事?」
「二階のわたしの部屋に、文子からもらったのもあるの」
「どんなぬいぐるみ?」
「あの娘の趣味なのかしらね、カラスよ。真っ黒なカラス」
「そう…… あの、見せてもらっても良いかしら?」
「構わないけど……」
香苗は母親に話をして、信子を二階の部屋へと案内した。
カラスのぬいぐるみは香苗の机の上にあった。信子はぬいぐるみを手に取った。信子の視線がきつくなる。しかし、すぐに表情を戻すと、香苗の母親へ振り返った。
「あの、これ、持って帰っても良いでしょうか?」
「構わないけど、一応、香苗に聞いてみてもらえるかしら?」
「そうですね」
信子はカラスを持ったまま香苗の所に戻り、話をする。香苗は不思議そうな顔をする。
「信子、そんなに真剣な顔をしなくっても良いじゃない?」
「いえ、良い出来だから、ついつい……」
「そうかしら? 信子のおサルさんの方がずっと出来が良いと思うんだけど?」
「それで、持って帰っても良いかしら?」
「それは別に良いけど…… 実は、あんまり好きじゃなかったのよね。真っ黒なカラスなんて、ちょっとホラーよね」
しばらくして、信子は香苗の家を辞した。タヌキとサルのぬいぐるみを枕元に置いておくようにと伝えた。有紀のタヌキはともかく、信子のサルは『退病魔縫い』を施してあった。少しでも病気が軽くなるようにと思ったからだ。しかし……
「文子のカラス…… これって『招病魔縫い』が使われているわ……」
翌日、信子は文子を校庭裏に呼び出した。
「あなたが香苗に渡したカラスのぬいぐるみ、本当にあなたが作ったの?」
「え? 何の事よ?」
「知らばっくれてもダメよ。あれは『招病魔縫い』よ。病気をもたらすものだわ。普通の人には縫えないわ」
「意味、分かんない……」
「あなた、香苗に何か怨みでもあるの?」
「本当、何を言っているのか分からないわ!」
「あれはわたしが持って帰ったわ。代わりに『退病魔縫い』のぬいぐるみを置いてきたわ。もう効き目はないわね。すぐに香苗は回復する」
「……余計な事をしないでよ!」
「やっぱり何かあったのね……」
「ええ、そうよ! 香苗、わたしが好きだった祐樹君と仲良くなっているんだもの、許せないじゃない! だから、思い知らせてやったのよ!」
「そんな理由で……」
「そんなって、何よ! 香苗がしゃしゃり出て来なきゃ、今頃は、わたしが祐樹君と良い感じだったのよ!」
「……あのぬいぐるみ、どこで手に入れたの?」
「教えないわよ!」
文子は言うと走り去って行った。
その日を最後に文子は登校して来なかった。噂では学校を辞めて、どこか遠くへ行ったらしい。
しばらくして香苗が登校してきた。すっかり病気が治ったようだった。部活に顔を出した香苗を皆が歓迎する。後輩の有紀が泣きながら香苗に抱きついていた。
「どこかで災い縫いをしている誰かが居るのね…… いずれ、何かあるかもしれないわ……」
信子は、はしゃいでいる皆を見ながら、心が重かった。
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