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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 20

2020年02月17日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 逸子はコーイチのアパートの前に来た。
「さて、お兄様はどうしているかしら……」逸子はつぶやいた。「コーイチさんの話だと、集中して何かやった後は力尽きて爆睡しているって言ってたけど……」
 逸子は、ひょっとしてまだ作業中かもしれないとも思った。書く物が無くなると、服やら下着やらを脱いで、それに書くとか言う話をコーイチがしていた。……それでも足りなかったら、どうするのかしら…… 逸子は妙な妄想をして顔を真っ赤にした。
「……とにかく!」逸子は気を取り直し、自分に言い聞かせた。「コーイチさんの部屋に入らなきゃ……」
 逸子は肩から提げているバッグからカギを一本取りだした。コーイチの部屋の合鍵だった。
 コーイチは何度も鍵を失くした。失くしたと言っても、どこかに置いてしまって見つからないと言うものだった。見つからないとコーイチは「無い! 無い!」と半泣きになって部屋中を捜し回るのだが、逸子はすぐに見つけてしまう。そんな逸子を見るとコーイチは決まって「逸子さんは、超能力の持ち主だね」と感心したように言う。
 しかし、逸子から言わせれば、とにかくコーイチは捜すのが下手なのだ。
 座卓の上に鍵があったとしても、他に細々したものが乗っていると一瞥しただけで「無い!」と言ってしまう。また、二、三か所、それも手の届く範囲をざっと見ただけで「無い!」と言ってしまう。もう少し見渡せば見つかるだろうと思うのだが、諦めてしまう。そんな様子を逸子は好きだった。
 最近では、探す前から「無い!」と言って逸子にすっかり頼ってしまっていた。そんな様子も逸子は好きだった。
 そんなある日、コーイチから合鍵を渡されたのだ。
「これで、ぼくが鍵を失くしても、逸子さんに連絡すれば大丈夫ってわけだね」得意げに嬉しそうに言うコーイチが言った。「これで一安心だよ」
「でもね、コーイチさん」逸子が諭すように言った。「わたしがいつも駈け付けられるとは限らないわよ」
「……確かに……」コーイチの顔が曇る。「それは言えるよなあ……」
 不思議なもので、それ以降、コーイチは鍵を失くすことが無くなった。だが、万が一に備えて逸子はいつも鍵を持っていた。
「それがこんな時に役立つなんて……」逸子は合鍵を見ながらくすくすと笑う。「でも、コーイチさんのいない時に使うなんて面白いし、コーイチさんっぽいわ」
 逸子はコーイチの部屋の目に立った。ドアノブを回してみるが動かない。鍵がかかっている。取り敢えず呼び鈴のボタンを押した。部屋の中から呼び鈴の音がする。しばらく待っていたが、何の動きもないので、逸子は合鍵を使う事にした。
「お兄様、まだいらっしゃるって事ね……」先程の妄想を思い出して顔を真っ赤にする。「もし妄想が当たっていたら…… いいえ! これはコーイチさんの一大事かもしれないんだから、ためらってはいけないわ!」
 逸子は合鍵を鍵穴に差し込んで回した。かちんと軽い音がした。逸子はドアノブを回しながらドアを開けた。
「おじゃましま~す」逸子は言いながら入る。「あら!」
 逸子は思わず声を上げた。
 ケーイチは書き続けても寝てもいなかった。床にどっかりと座っていた。そして、向かい合うように、身にぴったりした白いコンバットスーツのような服を着て、黒々としたショートカットが似合う、可愛らしい若い女性が座っていた。二人は逸子に顔を向けた。
「おや、逸子ちゃんではないか。忘れ物でもしたのかい?」ケーイチが言う。慌てふためいていない所を見ると、女性は内緒のお相手で無さそうだ。「ところで、コーイチは無事に会社へ行ったのかな?」
「ええ、会社に行ったんですけど、途中で迷子になったらしくて…… 昨日のこともありますし、心配になってお兄様に相談に来たんです」
「迷子だって……」ケーイチは向かいに座っている女性に顔を向けた。「これは、ひょっとして……」
「そうですね、間違いないと思います」女性は答える。知的な感じの声だ。「連れ去られたようですね」
「え? 連れ去られた?」逸子の表情が曇った。「どう言うことですか、お兄様? それと、こちらの方は?」
「ああ、こちらはナナさんって言うんだ」ケーイチが言う。「タイムパトロールのナナ・トキタニさんだよ」


つづく

 

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