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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 172

2020年11月01日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「ふい~っ……」
 風呂から上がって着替えをしてさっぱりしたコーイチは、バスタオルを頭からかぶったままで、リビングのドアノブに手を掛けた。腹の虫がぐうと鳴った。
「今日のチトセちゃんの夕食は何だろうな……」
 コーイチはつぶやく。コーイチの胃袋は、すっかりチトセのつかまれてしまっているようだ。
 夜は報告会がある。今日の出来事を互いに報告し、翌日からの行動方針を決める会だった。もちろん、支持者を捕らえるための作戦会議だ。皆ががんばっている中、コーイチはどうも蚊帳の外な感じだった。しかし、コーイチは邪魔をしないのが自分にできる唯一の協力だと信じている。
 ドアノブを回し、リビングに入る。
 食卓テーブルには、あと数口で終わりそうな量を残した食事があった。ソファの前にあるテーブルには、チトセの淹れたコーヒーが、まだうっすらと湯気を立てていた。コーイチは不思議そうな顔をして、食事とコーヒーを交互に見ている。……何があったのだろう? コーイチは寄り目になって考える。しかし、すぐに腹の虫がぐうと文句を言うように鳴った。
「腹が減ってはイクラが捕れない、か……」
 コーイチは自分の腹をぽんぽんと叩いた。と、コーヒーを置いてあるテーブルの下に紙切れを見つけた。テーブルの上に置いてあったものが、何かの加減で床に落ちたのだろう。コーイチは手に取った。そこには大あわてで書かれたような文字があった。読みにくかった。コーイチは声を出して読んでみた。
「ええと…… ち、ちと…… せ…… ああ、『チトセちゃんへ』か。……と言う事はチトセちゃん宛だな」コーイチは言うと、紙切れを裏返してテーブルの上に置いた。「いくらチトセちゃんが子供でも、当人宛の手紙は読めないよね……」
 コーイチはキッチンへ向かった。冷蔵庫から水差しを出すと、手近なコップに注いで、一気に飲んだ。いつも賑やかなリビングがしんとしている。
「……それにしても、ナナさんもタロウさんもどこへ行ったんだ?」コーイチはつぶやく。「食べ残しや飲み残しをしたままでさ?」
 コーイチは水差しを冷蔵庫に戻し、リビングに戻る。ふと思い立って玄関に行ってみた。ナナとタロウの靴はあった。……と言う事は、家の中に居ると言う事かな? それにしても静かだよな…… コーイチは考え込む。寄り目になって行く。
「あ、そうか!」
 コーイチは思わず叫んだ。一つのひらめきがあった。寄り目が治った。コーイチは自分のひらめきに満足そうにうなずく。
「兄さんが何かを発明して、みんなが地下研究所へ向かったんだ。そうに違いない。そうに決まった!」
 コーイチは決然とそう言うと、研究室へと向かった。が、途中でチトセ宛の手紙を思い出し、踵を返してリビングへ戻った。冷めてしまったコーヒーの横に裏返したままになっていたのを、コーイチはそのまま手に持って、ドアノブを握った。そこでコーイチの動きが止まる。
「……でも、誰がわざわざチトセちゃんに手紙なんか書くんだ?」コーイチは裏返ったままの紙を見る。見たい、見てはいけない…… 見たい、見てはいけない…… コーイチの中で葛藤が生じた。「……ちらっと見るだけなら。見たらすぐ忘れたら良いんだ……」
 意志の弱いコーイチだった。裏返したままの紙を目の高さにまで持ち上げた。片目をつぶった。半分は見ていないと自分に言い聞かせるための行動でもあった。申し訳ないとは思っているのだろう。手にした紙を表に向ける。
「……ええと…… 『チトセちゃんへ。……』」コーイチは目読を始める。突然、つぶっていた目が開いた。さらに、両目が大きく見開かれた。「『……タケルさんが支持者だったようだ。取り急ぎエデンの園へナナさんと共に行く。この事をケーイチさんに伝えて欲しい。出来るだけ早く戻るつもりだ。タロウより』……」   コーイチはそこまで読みあげて愕然とした。手紙は、少し行が空いて『あ、コーイチさんにも伝えておいてくれ』と追伸のように書かれた所もあったのだが、コーイチは読んでいなかった。それどころではなかった。
「え? え? え? ……タケルさんが支持者? そんな馬鹿な……」
 コーイチはつぶやく。あのタケルさんがそんな大それた事をするようには見えない。しかし、人は見かけによらないと言うし…… 
「とりあえずは、兄さんとチトセちゃんに伝えなきゃ!」
 コーイチはそう言うと、きりっとした表情になった。……大変な事になったが、ここであわてても何にもならない。むしろ冷静に行動し、今後を見誤らない様にしなければ! コーイチはずんずんと足を進め、地下研究所の出入口まで来た。
「……あれぇ?」
 コーイチの足が止まった。出入口になっている廊下は閉まっていた。いつも開いていたのに、どうなっているんだ? コーイチは戸惑う。コーイチが研究室に行く時にはいつも出入口は開いていた。何度かチトセが操作するのを見ていたが、自分ではやった事が無かった。だから開閉の操作は、はっきりとは分からないと言うのが正直な所だった。
「……そう言えば、チトセちゃんが言っていたなぁ……」
 コーイチは思い出す。
『今、兄者は精密機械ってのを作っているんだ。それで、外からの風や埃を入れたくないんだって。だから、これからは開けっ放しは止めになった』
 チトセはそう言って得意気に壁の開閉装置を操作してみせた。
「そうだ、壁に装置があるんだ」
 コーイチは壁を探る。しかし、壁のどこだったのか判然としない。
「……たしか、この辺りだったと……」
 コーイチはやたらと壁のあちこちを探っている。しかし、反応は無い。


つづく

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