警備員ごと外階段に出る。ぐったりしている警備員を床に転がし、手早く制服を脱がせる。警備員は袖なしのアンダーシャツを着ていた。ジェシルはそれも脱がせると裂いて四本のひも状のものを作った。一本は警備員を後ろ手に縛り、一本は足首を縛り、もう一本を猿轡にした。最後のは目隠しにした。
「ごめんね、こんな格好をさせちゃって」ジェシルは言う。警備員は自分よりも少し年下の娘だ。「でもね、これも世の中の現実よ。学校で学べない、良い勉強が出来たと思ってね」
ジェシルは警備員の制服を着る。相変わらず、胸周りと尻周りがきつい。何とかねじ込む。長い髪の毛は制服の中に隠す。と、娘が唸りながら身をよじり出した。ジェシルは爪先で腹を蹴った。娘はまた気を失った。
「本当にごめんね」ジェシルは言って、にこりと笑む。「でもまあ、これも社会勉強よ。慣れない事には手を出さない。手を出したからにはしっかりとやるって言うね」
勝手な事を言いながら着替えが終わったジェシルは階段を上り始めた。
ジェシルには気になる事があった。『姫様』が自分の名を呼んだ事だった。どう言うつもりで呼んだのか。それと、ミュウミュウと一瞬だけ目が合ったが、何かを伝えたいと言う印象を受けたのだ。それが何だったのか。救出の話は聞いているはずなので、それに関する事だろう。準備が調っているのか? それとも、もっと良い提案でもあるのか? とにかく、会って話をしてみなければならない。そのために、こう言った行動を取ったのだ。
ジェシルが覚えた図面では、ここ三階と四階の間の踊り場にドアがあり、そこから貴賓席の方に回れる通路がある。はたして、ドアはあった。ジェシルは自分の記憶の良さに笑む。……やるじゃない、わたし! ジェシルは鍵を使ってドアを開ける。
ドアノブをつかんで押し開けたジェシルの手がいきなり握られた。悲鳴を上げる隙も無かった。そのまま強い力で引っ張られ、通路に引きずり込まれた。足が宙に浮いている。
ジェシルの手をつかんでいたのは、高い天井に頭が届きそうな大柄なアンドロイドだった。人の形はしているが、顔には大きなカメラアイが一つあるだけで、ピンク色のボディには飾りらしきものが無く、つんと鼻を突く、光線銃などを通さないコーティングのにおいがする。正に警備のためだけに作られたアンドロイドだ。ジェシルは高く持ち上げられると、カメラアイが探るように細かく上下左右に動く。
「……警備員の登録が無い」アンドロイドは合成された音声を発する。女性の声のようになってはいるが無機的だ。「何者か?」
「ついさっき入ったばかりなのよ」吊り下げられているジェシルは言う。「だから、登録が間に合わなかったんじゃない?」
「それはあり得ない」アンドロイドは律儀に答える。「そもそも登録が無ければ入場は出来ない」
「じゃあ、ここにこうしているわたしは何だって言うのよ?」
「お前は……」アンドロイドのカメラアイが動く。様々なデータと照合しているのか、動きが止まっている。やがて音声が流れてきた。「……出場者のジェシル・アン」
「そうよ。出場者のジェシルよ」
「ここで何をしている?」
「その前に訊いても良いかしら?」
「何だ?」
「わたしの職業を知っている?」
「……」また動きが止まる。データと照合中なのだ。「……宇宙パトロール捜査官」
「良く出来たわね。……じゃあもう一つ訊くわね」
「何だ?」
「この要塞衛星って誰の所有?」
「ジョウンズだ」
「ジョウンズってどんな人?」
「シンジケートの大ボスの一人だ」
「宇宙パトロールの仕事って知っているかしら?」
「……」動きが止まる。「……宇宙の悪人や犯罪に対処している」
「シンジケートって、善人? それとも、悪人?」
「……」
動きが止まったと言うよりも、答えたくないと言った感じで妙な間が開いた。しかし、アンドロイドは訊かれた事には正直に答えねばならない。
「……悪人だ……」
「やっと答えてくれたわね」ジェシルは言う。「じゃあ、わたしがここに居るのは何故か考えてみてよ」
「……」再び間があった。先程よりも長い間だ。「……捜査か……」
「そうよ、正解!」ジェシルは笑む。「分かったら、下ろしてくれない? これから捜査があるのよ、極秘のね」
「極秘の捜査……」アンドロイドはジェシルを床に下ろし、手を放した。「宇宙パトロールの極秘の捜査なら、止める事は出来ない」
「あら、物分りが良いわね」ジェシルはアンドロイドを見上げる。「警備って、言ってみれば善人よね。同じ仲間だわ」
「善人…… 同じ仲間……」
「そうよ。ま、お互いに頑張って任務を果たしましょう」ジェシルは言うと通路を進むが、思い出したようにアンドロイドの前に戻った。「……言い忘れたけど、わたしは極秘任務遂行中だから、絶対に他言無用よ。ジョウンズにもね」
「他言無用…… ジョウンズにも……」アンドロイドは繰り返すと、頭を一度上下に振った。「了解した」
ジェシルは通路を進む。
「……まあ、正直者には正直に話すのが一番ね」
つづく
「ごめんね、こんな格好をさせちゃって」ジェシルは言う。警備員は自分よりも少し年下の娘だ。「でもね、これも世の中の現実よ。学校で学べない、良い勉強が出来たと思ってね」
ジェシルは警備員の制服を着る。相変わらず、胸周りと尻周りがきつい。何とかねじ込む。長い髪の毛は制服の中に隠す。と、娘が唸りながら身をよじり出した。ジェシルは爪先で腹を蹴った。娘はまた気を失った。
「本当にごめんね」ジェシルは言って、にこりと笑む。「でもまあ、これも社会勉強よ。慣れない事には手を出さない。手を出したからにはしっかりとやるって言うね」
勝手な事を言いながら着替えが終わったジェシルは階段を上り始めた。
ジェシルには気になる事があった。『姫様』が自分の名を呼んだ事だった。どう言うつもりで呼んだのか。それと、ミュウミュウと一瞬だけ目が合ったが、何かを伝えたいと言う印象を受けたのだ。それが何だったのか。救出の話は聞いているはずなので、それに関する事だろう。準備が調っているのか? それとも、もっと良い提案でもあるのか? とにかく、会って話をしてみなければならない。そのために、こう言った行動を取ったのだ。
ジェシルが覚えた図面では、ここ三階と四階の間の踊り場にドアがあり、そこから貴賓席の方に回れる通路がある。はたして、ドアはあった。ジェシルは自分の記憶の良さに笑む。……やるじゃない、わたし! ジェシルは鍵を使ってドアを開ける。
ドアノブをつかんで押し開けたジェシルの手がいきなり握られた。悲鳴を上げる隙も無かった。そのまま強い力で引っ張られ、通路に引きずり込まれた。足が宙に浮いている。
ジェシルの手をつかんでいたのは、高い天井に頭が届きそうな大柄なアンドロイドだった。人の形はしているが、顔には大きなカメラアイが一つあるだけで、ピンク色のボディには飾りらしきものが無く、つんと鼻を突く、光線銃などを通さないコーティングのにおいがする。正に警備のためだけに作られたアンドロイドだ。ジェシルは高く持ち上げられると、カメラアイが探るように細かく上下左右に動く。
「……警備員の登録が無い」アンドロイドは合成された音声を発する。女性の声のようになってはいるが無機的だ。「何者か?」
「ついさっき入ったばかりなのよ」吊り下げられているジェシルは言う。「だから、登録が間に合わなかったんじゃない?」
「それはあり得ない」アンドロイドは律儀に答える。「そもそも登録が無ければ入場は出来ない」
「じゃあ、ここにこうしているわたしは何だって言うのよ?」
「お前は……」アンドロイドのカメラアイが動く。様々なデータと照合しているのか、動きが止まっている。やがて音声が流れてきた。「……出場者のジェシル・アン」
「そうよ。出場者のジェシルよ」
「ここで何をしている?」
「その前に訊いても良いかしら?」
「何だ?」
「わたしの職業を知っている?」
「……」また動きが止まる。データと照合中なのだ。「……宇宙パトロール捜査官」
「良く出来たわね。……じゃあもう一つ訊くわね」
「何だ?」
「この要塞衛星って誰の所有?」
「ジョウンズだ」
「ジョウンズってどんな人?」
「シンジケートの大ボスの一人だ」
「宇宙パトロールの仕事って知っているかしら?」
「……」動きが止まる。「……宇宙の悪人や犯罪に対処している」
「シンジケートって、善人? それとも、悪人?」
「……」
動きが止まったと言うよりも、答えたくないと言った感じで妙な間が開いた。しかし、アンドロイドは訊かれた事には正直に答えねばならない。
「……悪人だ……」
「やっと答えてくれたわね」ジェシルは言う。「じゃあ、わたしがここに居るのは何故か考えてみてよ」
「……」再び間があった。先程よりも長い間だ。「……捜査か……」
「そうよ、正解!」ジェシルは笑む。「分かったら、下ろしてくれない? これから捜査があるのよ、極秘のね」
「極秘の捜査……」アンドロイドはジェシルを床に下ろし、手を放した。「宇宙パトロールの極秘の捜査なら、止める事は出来ない」
「あら、物分りが良いわね」ジェシルはアンドロイドを見上げる。「警備って、言ってみれば善人よね。同じ仲間だわ」
「善人…… 同じ仲間……」
「そうよ。ま、お互いに頑張って任務を果たしましょう」ジェシルは言うと通路を進むが、思い出したようにアンドロイドの前に戻った。「……言い忘れたけど、わたしは極秘任務遂行中だから、絶対に他言無用よ。ジョウンズにもね」
「他言無用…… ジョウンズにも……」アンドロイドは繰り返すと、頭を一度上下に振った。「了解した」
ジェシルは通路を進む。
「……まあ、正直者には正直に話すのが一番ね」
つづく
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