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ジェシル、ボディガードになる 138

2021年06月12日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 階段を上り、長い廊下に出たジェシルは、ミュウミュウが立ち止っているのを見た。リタの部屋の前だ。ミュウミュウはジェシルに気が付いていないようだ。
「どうしたの?」
 ミュウミュウの傍まで進み、ジェシルは小声で訊く。
「あ、ジェシルさん……」
 ミュウミュウも小声で答えるが、その表情は硬い。
「おばあちゃんの部屋、鍵でも掛かっている、とか?」
「いえ、そうじゃありません……」ミュウミュウはドアを見つめたままだ。「その逆で、少し開いているんです……」
「それはきっと、昨日おばあちゃんを部屋まで運んで寝かせた後、うっかり閉め忘れたからよ」
「……でも、わたくしが最後に部屋を出て、きちんと閉めましたわ」
「じゃあ、建て付けが悪いのよ。ムハンマイドは『ボクの思った通りになる』とか言っていたけど、好い加減なものよね」
「ですけど、この部屋のドアだけって言うのも……」
「まあ、そうよねぇ……」
 ジェシルはうなずく。……わたしの部屋なら、ムハンマイドはやりかねない、いや、むしろドアを開かなくするかもしれないけれど、リタおばあちゃんの所じゃあねぇ。ジェシルは思う。
「それじゃあさ、おばあちゃんが自らドアを開けて、うっかり閉め切れなかった、なんて言うのはどう?」
「そうかも知れませんね…… ですけど、普段はわたくしが起こすまでは、ずっと就寝なさっておいでなのです……」
「そうなんだ…… 夜中に起き出すって言う事は無いのね?」ジェシルの問いにミュウミュウはうなずく。「そう……」
 ジェシルは、ミュウミュウの不安そうな表情と少し開いたドアとを見て、イヤな予感を走らせた。
「とにかく、部屋に入って様子を確認しましょうか」
 ジェシルが言うと、ミュウミュウはうなずく。
 ジェシルはドアをそっと押した。ドアは音も無く開いた。カーテンの掛かった室内は薄暗い。絨毯を敷き詰めた広い部屋の中央に置かれた天蓋付きベッドは、いかにも姫様専用と言った、優雅で洗練された造りで、絨毯と同様、淡い紫色でまとめられている。そのベッドの中央に、厚手のブランケットを顎まで掛け、枕に頭を乗せて真上を向いた姿勢で、穏やかな表情のリタが眠っている。
「別に変った所は無いみたいねぇ……」ジェシルは小声で言いながら、ベッドのリタから室内へと視線を移す。「たまたまドアが開いたのよ」
「そうですね……」ミュウミュウも小声だ。「安心しました」
「さ、起こさないようにして、部屋を出ましょう」
 ジェシルがドアへと向かう。しかし、ミュウミュウは付いて来ない。ジェシルがミュウミュウを見ると、じっとベッドのリタを見つめている。
「どうかしたの?」
「……いえ」ミュウミュウはリタを見ながら答える。「ちょっと、いつもと違うような……」
 ミュウミュウはベッドに寄る。ベッドの上に片膝を突き、からだを乗り上げると、リタの寝顔を真上から見る。
「……ジェシルさん……」
 ミュウミュウがジェシルに顔を向ける。その顔は強張っている。
「何?」ジェシルもベッドに寄る。ミュウミュウの様子に只ならないものを感じた。「どうしたのよ?」
「ジェシルさん……」ミュウミュウの両目に涙が浮かんでいる。「……リタ様に、リタ様に息がありません……」
「え? ちょっと!」
 ベッドの脇に座り込んで泣き崩れるミュウミュウを横目に、ジェシルはベッドの上がり、リタに覆いかぶさる。口元に耳を当てる。呼吸はしていなかった。こめかみに指を当てる。脈が感じられなかった。頬に手を当てる。体温が感じられなかった。ジェシルは身を起こす。ミュウミュウが涙を頬につたわせながらジェシルを見上げる。
「……死んでいるわ……」
 ジェシルはつぶやく。ミュウミュウは、一瞬、何を言われているのか分からないと言う表情をしていた。ジェシルは頭を左右に振る。事を理解したミュウミュウは、それを否定するかのように悲鳴に近い声を上げ、泣き出した。
 すぐにムハンマイドが駈け付けた。
「どうしたんだ、ミュウミュウ! ジェシルに何かひどい事を言われたのか?」
 ムハンマイドは言いながら、ミュウミュウの傍らに寄った。ミュウミュウは両手で顔を覆ったまま泣き続けている。長い耳が両方とも途中から折れ曲がっている。ムハンマイドはジェシルを見る。
「どうしたんだ?」ムハンマイドはジェシルに訊く。「それに、こんなに大きな声で泣いていたら、おばあちゃん、起きちゃうじゃないか」
「いや、もう、起きないわ……」ジェシルは無表情で答える。「死んだのよ……」
「何だって!」ムハンマイドはリタを見る。傍目には静かに眠っているようにしか見えない。「……確かなのか?」
「自分で確認してみる?」ジェシルは言うとベッドから下りた。「どう見ても、死んでいるわ……」
 ムハンマイドは、ジェシルと同じようにしてリタを診た。ため息をついて頭を左右に振る。
「……確かに、亡くなっている……」
 そこへオーランド・ゼムとアーセルが来た。アーセルはまだ寝呆けた顔をしている。
「ミュウミュウの泣く声が、地下のわたしたちの所まで聞こえたのだが……」オーランド・ゼムが言う。男性陣は地下階の部屋で寝ていたようだ。「……ジェシル、君、ミュウミュウに何かしたのかね?」
「もう! みんなそればっかり!」ジェシルは口を尖らせる。「そんなんじゃ無いわよう!」
「……リタが、亡くなったんだよ……」ムハンマイドが力無くつぶやく。「亡くなったんだ……」
「そうなのよ……」ジェシルは言うと、リタのブランケットを胸元までめくり上げ、その首元を指差す。赤く細い痣が出来ている。「何者かに首を絞められたようね……」


つづく

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