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ジェシル、ボディガードになる 139

2021年06月13日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「ふざけた事をぬかしてんじゃねぇ!」アーセルは怒鳴る。さっきまで寝呆けていた目は、かっと見開かれている。「リタのばばあはオレ以上に強かで、良い暮らしをしていて、おっ死ぬようなわけが無ぇんだ!」
 アーセルはベッドに飛び乗り、リタの胸倉を掴んむと、激しく前後に揺すった。
「おい、ばばあ!」アーセルは乱暴に揺すり続ける。「寝た振りをしてんじゃねぇぞ! さっさと起きねぇと首が取れちまうぜ! おい、ばばあ!」
 リタは動かず、アーセルの揺すられるのに任されている。
「オレはよう、まだお前ぇに文句が山の様にあるんでぇ! 目を覚ましやがれ!」
「アーセル!」オーランド・ゼムが強い口調で言う。アーセルの手が止まり、顔をオーランド・ゼムに向ける。「もう止めて、寝かせておいてやる事だ……」
 ミュウミュウの泣く声が大きくなる。オーランド・ゼムはミュウミュウの傍らに膝を突き、ミュウミュウの肩を優しく叩いている。
「ばばあよう……」
 アーセルはつぶやくと手を離した。そのままベッドの上に座り込み、リタを揺すっていた両手で自分の顔を覆った。肩が震えている。声を出さずに泣いているのだ。
「何者が……」オーランド・ゼムが苦しそうに言う。今まで見せたことの無い険しい表情をしている。「何者がリタを……」
「それは調べてみないとね」ジェシルは答える。ジェシルは捜査官の顔になっていた。「泣く人は下の居間に行って泣いていてちょうだい」
「娘っ子よう!」アーセルは顔を上げて、ジェシルに食ってかかる。「リタとはよう、お前ぇのように昨日今日の付き合いじゃ無いんだぜ。何て言い草しやがるんでぇ!」
「調査に邪魔だって言っているのよ」ジェシルは言う。「どこのどいつの仕業か、はっきりさせたいでしょ?」
「そうだよ、アーセル……」オーランド・ゼムが言う。「ジェシルはプロだ。任せようじゃないか。さあ、居間に下りていよう。……ミュウミュウも、行こう……」
 オーランド・ゼムに促されて、ミュウミュウとアーセルは部屋を出た。
「何か分かったら、教えてくれ……」部屋を出しなにオーランド・ゼムがジェシルに言った。その表情には悲しみと怒りとが読み取れた。そして、ベッドを見た。「……リタ……」
 オーランド・ゼムは出て行った。
「あら、あなたも出て行かないの?」ジェシルは隣に立っているムハンマイドを不思議そうな顔で見る。「さっきも言ったけど、邪魔になるだけだから……」
「ボクには検視の知識がある」ムハンマイドが答える。目はリタを見ている。「役に立てると思うが……」
「そうなの? それは助かるわ」
 ジェシルは言うと、リタに目をやる。アーセルに乱暴に扱われ、ブランケットが床に落ちている。リタの首の痛々しい痣が目立つ。
「……それで、あなたはどう思うの?」ジェシルはムハンマイドを見る。「所見を聞かせてもらいたいわ」
「……ああ……」ムハンマイドはリタからジェシルへと視線を移す。「紐状のもので絞められたんだな……」
「そんなの見れば分かるわよ」ジェシルは呆れたように言う。「他には?」
「他は……」
「……ムハンマイド」ジェシルは疑り深そうな表情をムハンマイドに向ける。「あなた、偉そうな事を言ってくれたけど、死体を見るのって、初めてなんじゃないの?」
「そんな事は無い! 親父の仕事柄、死体は、それも惨たらしい死体は、山ほど見てきた」ムハンマイドは答える。「……ただ、こんな間近で見るのは初めてだ……」
「あらあら、知識だけじゃ上手く行かない事もあるのね」
「君は平気なのか?」ムハンマイドは、軽く笑むジェシルを不審そうに見ている。「笑っていられるなんて……」
「平気 ……って言うのとは違うけど、慣れちゃったのね」ジェシルは自分を納得させるようにうなずく。「宇宙パトロールの捜査官なんて、こんな感じの毎日よ。オーランド・ゼムに付き合って、少しはのんびりできたって言うのが本当のところだわ」
「そうなのか……」
「そうよ」ジェシルはきっぱりと言う。「それにさ、リタおばあちゃんは年寄りとは言え女の人じゃない? 男のあなたじゃ色々と気を遣うんじゃないかしら? それに……」ジェシルはムハンマイドを見る。ムハンマイドは少しおろおろしている。「あなたじゃダメだわ。ミュウミュウに来てもらって良いかしら? もし、落ち着いていたならば、だけど」
「……ああ、分かった……」
 ムハンマイドは部屋を出て行った。
「知識と現場とは、やっぱり違うようねぇ……」
 ジェシルは閉じられたドアを見ながらつぶやく。それから、リタを見た。
 感情を表に出す事無く、淡々と調査を進める。リタを見た時には寝具や衣類の乱れは無かった。リタ自身が全く気が付かないうちに首を絞められたのだ。さらに、ミュウミュウは、リタの様子を見に行くと言って上がって来たのだから、敢えてドアに鍵を掛けなかったのだろう。何かあった時に部屋に入れないと困るだろうからだ。犯人は鍵を掛けていなかったのを知っていたのだろうか? 知っていたのなら、ドアを開けたままにしておくと言うのはおかしな話だ。すぐに異常に気が付くからだ。となると、すぐに見つかるようにドアを開けておいたのか? 何故だ? いつから開いていたのだ? ジェシルは起き出して廊下を通って階段を下りた時の様子を思い出す。しかし、リタの部屋のドアが開いていたかどうかは覚えていなかった。いや、開いていたtかも知れないが、気にもしていなかったと言うのが事実だ。
「それにしても……」ジェシルはつぶやく。「一体、誰が……」
 その時、ドアがノックされ、ミュウミュウが入って来た。もう泣いてはいなかった。
「辛いでしょうけど、手伝ってほしいのよ。……男の人の手じゃ、ちょっとね……」
「はい」ミュウミュウはうなずく。決然とした表情になっている。「犯人を必ず捕まえましょう」


つづく

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