「はい、木島です。あら、あなた?」
妻のみゆきが電話に出てくれた。
「今、接待終わってね。河合君も一緒なんだけどさ。まだ、ご飯残っているかな?」
「あるけど…。一時間ぐらいで終わるのなら、さっき言えば良かったじゃない」
「悪かったよ。でも、どのくらい掛かるか、想像つかなかったんだよ。これから河合君連れて帰るけど、ご飯の用意、大丈夫かい?」
「河合さん、来るんでしょ? 他の料理も作るから、三十分ぐらいコーヒー飲んで、それから帰ってきてよ。色々と準備もするから」
「ああ、分かった。無理言ってすまん」
電話を切ると、河合は済ました顔で淡々と話し出す。
「課長、どうなりましたか?」
「三十分ぐらい待ってくれと…。料理の準備するようだから」
「じゃあ、そこの喫茶店でも入りましょうよ。このまま立っているのもなんだし」
「ああ」
私と河合は、すぐそばにある喫茶店に移動する。コーヒーを二つ注文し、席に座った。実際このような時間を設けられて良かった。あのまま真っ直ぐこいつと家に向かう。それよりは、いくらかマシである。
「私の家に来て、どうしようと言うんだ?」
「いえ、特に何も…。奥さんのうまい料理が食べたいだけですよ」
このタヌキ野郎が…。私は上目遣いに睨みを利かせた。
「おかしいだろ? 何でこんな時間に駅前にいる? 何が目的なんだ?」
「そんな恐い顔しないで下さいよ。画像、見せちゃいますよ?」
「今すぐ消せ!」
カッとして、つい立ち上がる。店内にいる少数の客が私を見ていた。慌てて腰を降ろす。
「はいはい、消しますよ。別にこんなもので何かしようなんて思っていないから」
携帯を目の前で操作し、私の画像を消す河合。これでひと安心できる。
「これでいいでしょ?」
「あ、ああ……」
「俺ですね。課長のブログはいつも、これでも見てはいるんですよ」
「それで?」
「あれだけ理想の仲良さそうな家庭を築き上げているのに、最近ちょっとおかしいなって思いましてね。ほら、ブログのみんなも、心配してたじゃないですか?」
確かに否定はできなかった。
「奥さん、ひょっとしてブログの件で、何か課長に言ってきてるとか?」
相変わらず鋭い奴だ。こちらの心を見透かされているような感覚になる。
「ま、まあな……」
「だからこそ、俺は責任を感じているんですよ」
「責任? 君が?」
「ええ、責任です。だってパソコンを教え、さらにブログまで教えてしまったのは、自分なんですからね。多少なりの責任は感じますよ」
「実は今、困っているんだ。妻のみゆきがブログは辞めてほしいとね……」
「そんな事だと思いましたよ。課長のブログ、思ったよりも人気ありますからね。写真も載せているし、日常の生活に関わる比重も大きくなります」
「……」
「今日、いいアイデアがあるんですよ」
「いいアイデア?」
「ええ、奥さんに私がね、パソコンを教え、自分のブログを持たせるんです。そうすれば、ブログの良さも気付いてくれますよ。課長の心理状態も、分かるはずです」
「うーん……」
「もちろん、今日、これから行って、課長がいない時を見計らって、俺が奥さんに言うんです。パソコンを教えるという部分では、ちゃんと言ってですね。でも、奥さんがブログを作るというところまでは、課長は知らないという設定にするんですよ」
「そんなに、うまくいくものかね?」
「当たり前ですよ。ネットの世界なら、俺は王様みたいなものですからね」
河合はそう言いながら、子供みたいに無邪気に笑った。
私たちが我が家へ帰ると、玄関先では息子の卓と娘の佳奈が待っていた。
河合が来るのが嬉しくて仕方ないのだ。父親の心境でいえば複雑な感情だった。ブログに私がのめり込めばのめり込むほど、家族との絆が離れていくとでもいうのか。
みゆきは河合にいいところを見せたいが為に、必死に台所へ立っているのだろう。
居間へ河合を通すと、みゆきはほとんど料理の準備を終わらせているところだった。私ではなく河合に視線を合わせると、嬉しそうに微笑んで会釈をする。
私が作り上げた空間なのに、私が一番いらない存在みたいだ。
家族の絆…。こんなにも脆いものなのか。
「あなた、河合さん、お帰りなさい」
「奥さん、今日、これはこれはメチャクチャすごいご馳走じゃないですか」
私が挨拶を交わすよりも早く、河合はちゃっかりと、夫婦の間に入り込んでいる。
「いきなりだったから大したものできないけど、たくさん召し上がってね」
「はい、いただきます」
いきなりで大したものができなくて、この状態か…。では、いつもの食事は何なのだ?
河合に弱みを握られた今、そう邪険にする事もできない。気がつけば河合は私にとって、家族の元凶の元になっていた。その元凶を招き入れたのは私自身……。
妻の料理をがっつきながら、おいしそうに食べる河合。
私はあまり食欲がなかった。こんな心境で湧く訳がない。
娘の佳奈は先ほどの電話の応対のせいか、私と一度も目を合わせようともしない。
「ご馳走さま……」
「あら、あなた、もういいの?」
「今日は酒を先に飲んでしまったしね。なあ、河合君」
「はい、でも、自分はまだまだ食べられますよ」
「ははは、いっぱい食べてってくれよ。そのほうが、うちのも喜ぶだろう」
今、ここに私がいてもいなくても、誰も変わらない。それだけはハッキリと理解できた。ならば、私の好きに行動してもいいだろう。ここ最近ちゃんとブログの記事すら書けなかった。他の人へコメントを返す事さえできないでいた。
「ねえ、河合のお兄ちゃんって彼女いるの?」
「河合さん、ちゃんとご飯作ってくれる彼女さんいないの?」
河合にいい顔をしている家族。会話を聞いているだけでイライラしていた。
勝手にやっていろ……。
私はパソコンを起動し、自分のブログを開く。見ろ…。家族から好かれなくとも、私のブログにはこれだけの人がコメントをくれている。こんな私でも、必要としてくれる人たちがたくさんいるのだ。
みゆきもみゆきだ。自分で家族の事を考えろとか抜かしながら、自分じゃ、若い男が家に来ると大はしゃぎ…。みっともないものだ。それでいて私のブログに携わる時間がおかしいと言うのか? 勝手な言い分だ。
娘の佳奈もそうだ。ずっと可愛がってきたのだ。それをポッと出の男になつきやがって…。パパ、大好きと、言っていた佳奈は、一体どこへ行ったのだ。
父親の私がこんな惨めな思いをしているのに、それに気付きもしない息子の卓。こんな時ぐらい、私のそばにいてくれてもいいじゃないか……。
モニタが滲んで見える。私は目に、涙を溜めていた。情けないものである。
ずっと必死に、家族の為に私は頑張ってきたと、胸を張って言える。築き上げた幸せが、永久に続くと思っていた。こんなに脆いものだったのか。私たちの絆は……。
何度も似たような台詞が、頭の中でうごめいている。
「まあ、いいさ……」
ボソッと独り言を呟くと、私はコメントをチェックした。この空間だけが、私を唯一、癒してくれる。
居間の方から、家族の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
(ミィーフィー)
こんにちは、何かあったんですか? 私で良かったら、言って下さいね。あはっ!
(牧師)
むう、何かあったのですか? お仕事が忙しいだけなら、いいのですが…。
人間、体が資本です。ご家族の為にも、気まぐれパパさん。自分の体を自愛して下さい。
(らん)
あれ、いつも楽しそうなパパさんじゃないような…。何かあったのですか?
私は、いつも気まぐれパパさんのブログを見て、元気をもらっています。でも、たまには、ゆっくり自分を癒して下さいね。
(お絵描き番長)
疲れているんですね、気まぐれパパさんも……。
そんな時はおいしいものを食べて、ゆっくり寝ましょう。
(あさがお)
はじめまして、あさがおです。
う~ん、みんなが、言っているように、何かあったのでしょうか? 何とか元気付けてあげたいですね…。
そうだ。僕の考えたポエムを見て下さい。
朝、僕はリンゴをかじりました。
すると、リンゴに赤いものがついていました。何でしょうか…。
血です。リンゴをかじると、血が出ませんか?
僕は、血が出てしまったんですよ。分かりますか?
何だ、この阿呆みたいな奴は…。神経がピリピリしてくる。何が、あさがおだ。笑わせてくれる。こういう馬鹿とは、関わりにならないほうが懸命だ。
せっかくいい気持ちでコメントを読んでいたのに、水を差されてしまったような感じがする。
それにしてもみんな、本当に優しい人たちだ。あのお絵描き番長ですら、こんな優しい言葉を掛けてくれる。嬉しいものだ。
言葉のやり取り一つで、人間は傷つきもし、元気付けられる事もある。その辺は私も日頃から気をつけねばならない。
私はブログの人たちに元気付けられている。感謝を感じている。ならばちゃんとコメントを返すのが、人間としての筋道であろう。
一番初めにコメントをくれた気まぐれマダムさんのところから訪問して行こう。妻のみゆきがあとになって何かを言ってきても、知った事じゃない。私はこの家の主なんだ。頑張って金を稼ぎ、ずっとやってきたのだ。ブログの返事ぐらいで、あれこれ言われる筋合いなどどこにもない。
気まぐれマダムさん…。一体、どんな女性なのだろうか? 男として、非常に気にはなっていた。
今日会社帰りに寄り道したお触りパブの女の感触を思い出す。いやらしい豊満な肉体。若い女はやはり肌のきめ細かさまが違う。
三十五歳になるうちの妻とは、全然違う体……。
悶々とした感覚に、陥りそうになっていた。
気まぐれマダムさん、何歳ぐらいの人なのだろう? 私は勝手にお触りパブの女の肉体をマダムさんに重ねてみた。ちょっとした興奮が疼く。
部下の河合が言っていたオフ会……。
うまく私も、他の女性とできないものだろうか? 幸い河合はうちの妻にパソコンを教えると言っている。この際一蓮托生だ。あいつは私の弱点というか、店に入っていった一部始終を見ている。敵対心を持たず、運命共同体としてやっていくしかない。
みゆきの相手をさせ、うまい料理を食わせる代わりに、私はある程度の自由をもらう。別に私が悪い訳ではない。家族の冷淡な対応が悪いのだ。
昔から、私はいつもそうだ。
誰からも特に必要とされない。少しぐらいのハメを外したって、罰は当たるまい。
まず、自分の幸せを考えよう。少しだけ気が楽になってきた感じがする。
(気まぐれパパ)
気まぐれマダムさん、ご心配をお掛けして、すみませんでしたね。
コメント嬉しかったですよ。もしも、どこかでお会いする事があったら、日頃のお礼も兼ねて、おいしいものをご馳走したいものですね。なんちゃって……。
うん、なかなかユーモアセンスに溢れたいいコメントが書けたぞ。我ながらよく気の利いたコメントができたものである。私は自画自賛をした。
次々とコメントの返信をして、色々な人のブログを回る。
牧師さんのブログ「空の教会」へコメント中、たまたま他の人のコメントが目に入った。
(トライ)
牧師さん、意見ありがとうございます。
俺の彼女のところの嵐。やっと誰か判明したんですよ。今さっき、ケチョンケチョンに、文句を書き込んでやったところです。これで懲りてくれれば、いいのですが……。
何やら物騒なコメント…。私はこのトライという子に興味を持った。彼のコメントの下にあるアドレスから、ブログへ飛んでみる。
トライという子が怒っていた内容が、そこには詳しく書かれていた。怒りは半端じゃないようでかなりの長文で書かれている。
彼のリンク先に彼女のブログがあったので、とりあえず行ってみた。
要約してみるとトライ君には彼女のぴよちゃんがいて、各自二人ともブログを持っている。その彼女のぴよちゃんのところに、ある日酷いコメントが掲載された。
そのコメントを私が見た限り、確かに酷い嫌がられせにしか感じないもので、見ている方も気分が悪くなってくる。
(まんじゅう)
あんた、馬鹿じゃん?
いい年こいて、ぶりっ子してんじゃねえよ。全然、彼氏と釣りあい取れてねえじゃん。
(まんじゅう)
そんな熱々なら、ブログにわざわざ書かなくてもいいじゃん。あぁ、キモ~イ…。
いっその事、死んじゃえば?
(まんじゅう)
うわ、また更新してるの?
私のコメント、頭来て削除してるみたいだけどさー。また、書き込めばいいだけだよ。いつもいつもお疲れさんね~。
あんたなんか、彼氏とお似合いなんかじゃねえって。
このまんじゅうという人物…。言葉から察するに、女性だろうか。
ぴよさんの各記事に、乱暴なコメントを書き込んでいる。そんなに彼女の記事を見るのが嫌なら、コメントなどしなければいいのに……。
これでは彼氏であるトライ君が、怒るのも無理はない。一体、まんじゅうという人物は、何が目的でこのような嫌がらせをしてくるのであろうか。
よほどの暇人だろうか…。それとも、人が困るのを見て楽しむ、ただの愉快犯……。
とりあえず、私はトライ君の記事に、初コメントを残す事にしておいた。
(気まぐれパパ)
はじめまして、牧師さんのブログから飛んできました。
何やら彼女さんが、大変なようですね。このような嫌がらせをする人を、嵐と呼ぶのですか? 本来ブログって楽しむ為にあると、私は思います。なので、あのようなコメント、見ていていい気分はしませんね。トライさん、彼女さんを守ってあげて下さいね。
ブログ…、いや、ネットの世界って色々あるものだなあと、つくづく感じる。みんな、楽しくやりたいから、日頃の自分が言えないような事を、現したりするような場ではないのだろうか。
姿形、名前が分からないから、何をやってもいい。そんな事は間違いである。
楽しいだけのネットの世界……。
本当はそれだけではないのである。実際にこの世の中、色々な人間がいるのだ。だから、おかしな犯罪だって起きる。自分の考え以外の範疇で行動をする人間だって、たくさんいるのだ。
嫌な時代になった……。
知人からも会社の同僚たちからも、そんな台詞をよく耳にする。
私が、それだけ年を取った証拠なのだろうか。昔は、こうだった。昔は、ああだった。そんな風に言いたくなる時もある。
しかし、私が若かった頃、同じように年配の方から、昔はこうだったと言われたものだ。
きっとその時その時の時代の波というか、移り変わりなのだろう。
世の中情報社会だというが、無駄な情報が乱立している。ニュースで嫌な事件ばかり、無駄に流している。
今日学校で教師が苛めに加担していたとか、幼い子が誘拐され殺されたとか……。
ただ暗い話題を一般市民に流しているだけなのだ。そのあと、どうするのか。そんな事などお構いなしである。あまりにも目を覆いたくなるような事件が多く、やがて人々は感覚だけがどんどん麻痺していく。
今、私の子供たちもそうだが、将来、社会に出る時本当に心から笑える世の中でいられるのだろうか。そこには暗い現実が、待ち受けているだけである。
ある程度の規制なくして人間は統括できない。それがつい最近まで教育の方も、ゆとり教育とか訳分からないものを実戦していた。考えれば考えるほど、恐ろしい世の中である。
背後で物音がした。
「課長、何一人でパソコンいじっているんですか?」
私のところに来たのは、部下の河合であった。
「……」
河合の後ろには、妻のみゆきまでいた。嬉しそうな表情で、河合の後ろ姿を眺めている。何だか不愉快になる光景であった。
「あなた、河合さんが、私にパソコンを教えてくれるんだって。」
声が上ずるぐらい嬉しいのか。そう言いたかったが、何も言えない私。
「課長、ちょっと奥さんにパソコン教えたいので、いいでしょうか?」
「あ、ああ……」
ふざけやがって……。
一家の主はこの私なんだぞ。飯のあとは、パソコンまで取り上げようというのか。今現在、私は作業をしているところなんだぞ。何で、おまえらの為に……。
声に出せない悲痛な叫びだけが、頭の中で響き渡る。思いとは裏腹に、無言のまま席を立った。
みゆきが私の座っていた場所に座り、その横にどこからか椅子を持ち出してきた河合がちゃっかり図々しく腰掛ける。まったく馴れ馴れしい奴だ。
「いいですか、奥さん?」
「ええ」
「まずですね……」
その場でただ見ているだけの状態。せつなさと虚しさ。やり場のない怒りだけが増幅していく。
ついこの間まで、ブログは辞めてと言っていたみゆき。
それが何だ、その笑顔は……。
私は、黙って寝室へ向かった。どいつもこいつも勝手にしろ……。
別にいい…。私は昔のように孤独になっただけだ。ジトッとした冷たい布団の中で、膝を抱え、丸まって寝た。
不思議とこの窮屈な体勢が、私は落ち着く。
卑屈だった若き頃。いつもこうして寝たものだ。安らぐ…。私は自然と睡魔に引き込まれていった。
朝になり、妻に体を揺り起こされる。
「あなた、そろそろ起きて。仕事の時間よ」
何か夢を見ていたようだが、何の夢だったかさえ思い出せない。
真っ白な天井が瞳に映る。あのまま私は寝てしまったのか。
「あれ、河君は?」
「何、言ってるの。昨日河合さんが帰ろうとしたら、あなた、起こしても起きなかったじゃないの」
「そうか……」
一体、妻は何時頃まで、河合にパソコンを教えてもらっていたのだろう。気にはなるが、それを知ったところでどうなる訳でもない。
体を起こし時間を確認する。まだ出掛けるまで一時間ぐらい余裕があった。
「ねえ、あなた。パソコンって面白いのね。やってみて初めて分かったわ」
あれだけ辞めてと言っていたくせに…。まあいい。私も自由にやらせてもらう。
「腹が減ってる。みゆき、何か朝食を作ってくれよ」
「ご飯がいい? それとも、パンがいいかしら?」
「任せるよ。あ…、やっぱりご飯がいいかな……」
「今から用意してくるわ」
妻が寝室から去ると、私は軽く伸びをしてパソコンのある部屋に向かう。みゆきも河合にパソコンを教えてもらっていたが、昨日の今日でブログなどできないだろう。
自分のブログを開く。昨日書こうと思っていた記事を朝の内に書かなくては……。
毎日のように記事を書き、コメントを返すのが、いつの間にか当たり前になっている。案の定あれからまたコメントがあった。
(トライ)
コメントありがとうございます。気まぐれパパさんのブログ。実は前から気になって、覗いてはいたんです。ほのぼのしていて、勝手に癒させていました。
そんな気まぐれパパさんに、あのようなコメントをいただき、ありがとうございました。素直に嬉しいですね。
例の嵐の件。あれから、さらにガツンと言ってやったので、少しは懲りたと思います。
(しろたぬき)
はじめまして、しろたぬきです。ブログって色々な事ありますよね。私も色々と、考えてしまう事ってあります。人の気持ちを理解するって、大切な事ですよね?
(あさがお)
あれ、記事が更新してないですね。おはようございます。あさがおです。
今度、僕のブログにも来て下さいね。お待ちしてますよ。
朝から素敵な素敵な僕のポエムで、清々しい朝を迎えて、仕事にレッツゴーです。
そうだ、ここで一丁、朝のポエムをいかせていただきますか。駄目って言っても、書きますよ。これはもう、決定事項なんですからね。いきますよ?
朝になれば、快便……。
あれ、おかしいな。黄色い粒々が……。
あ…、これは昨日食べて、消化し切っていないコーンだ。黄色いコーン…。快便の中でも黄色は黄色。でも、カレーじゃないよ。
おお、トライ君から早速コメントが……。
それに、しろたぬきさんという女性の方まで……。
それにしてもこのあさがおって野郎…。せっかくの気分が台無しだ。イライラさせやがって…。何がコーンだ。まったく……。
これじゃあトライ君の彼女のぴよちゃんのところにいる嵐と変わらない。種類は違えども人を不愉快にさせる点では同じである。
そうだ。コメントを見るよりも、早く自分の記事を書かないと……。
『ご機嫌パパ日記 その五十四』 気まぐれパパ
私の記事でみなさまに、いらぬご心配掛けてしまったようですね。
まことにすみませんでした。
昨日はゆっくり寝れたので朝から気分爽快です。初めて数ヶ月のこのブログも、気付けばたくさんの人たちに励まされ、今日までやってこれました。
より一層、これからも頑張りたいと思います。
最近ブログのタイトル通りでなく、全然ほのぼのしてなかったですね。ご機嫌パパ日記の名に恥じぬようやっていきたいものです。
実は最近ちょっとした行き違いで、妻と言い合いになっていたのです。うちの女は料理もうまく、気遣いも出来る才色兼備だと思ってはいますが、一度言い出すと、引かない一面があったりします。まあ夫婦なので思いやりをもりながら、うまくやっていきたいですね。
男と女、一生のテーマなのかもしれません。なかなか難しいものです。
さてさてそろそろ時間です。
これから朝食を食べて、会社に行って参ります。
この記事をみゆきが見たら、何か言ってくるだろうか?
まあいい。ここだけは私の空間である。そんな酷い事は書いていない。
私はパソコンを閉じて居間へ向かう。鮭の焼けるいい匂いが漂ってくる。食卓には娘の佳奈が眠そうな目を手で擦りながら、椅子に腰掛けていた。
「おはよう、佳奈」
「あ、パパ…。おはよ~…。フォァ~」
「何だ、アクビしながら」
「だって、まだ眠いんだもん」
「卓は?」
「お兄ちゃん? まだ涎垂らしながら寝ていると思うよ」
「はいはい、お待ちどうさま」
みゆきが、テーブルの上に、料理を次々運んでくる。
「ん……」
鮭を置いた時だった。少し屈んだ時に見えた妻の首筋。そこには小さな痣のようなものがついていた。
一瞬だったが、キスマークのように見えた。
「どうしたの、あなた?」
「い、いや…、何でもない……」
「変なの」
食事を済ませ、会社に行く身支度を済ませる。先ほどのみゆきの首筋についたキスマークのようなものが、脳裏から離れないでいた。
玄関で靴を履いていると、みゆきが見送りにやってくる。靴べらを手渡し、彼女がそれを壁に掛ける瞬間だった。背伸びして洋服から少し突き出す首筋。私はその瞬間を見逃さなかった。
単なる虫刺されだろうか? それともキスマークなのか…。妻の首筋には間違いなく小さな痣のようなものが、ハッキリと確認できた。
もしキスマークだとしたら、一体誰との……。
思い浮かぶ顔は、部下の河合だけだった……。
「いってらっしゃ~い。頑張ってね、あなた」
「ああ」
出来る限り自然な形で努めるように作り笑顔をした。
不思議な事にあれだけ言っていたブログについて、妻は何も触れてこなかった。仕事から帰ったら、今後河合に本格的にパソコンを習うのか、ちゃんと聞かないと……。
今日会社では河合の奴、私を避けているのでなないかと思うぐらい接触がなかった。
いつもなら昼休み、社員食堂にいれば、笑顔で擦り寄ってくるのに今日は姿さえ見せない。一体どこにいるのだ。
妻と河合への疑惑。考えると苛立ちだけが増してくる。
考えても仕方ない。納得する答えが出る訳ではないのだから……。
それでもつい考えてしまう。頭の中で、みゆきと河合の淫らな想像がリアルにできてしまう。
仕事が手につかない。河合は元々うちの妻が目当てで、私に接触してきたんじゃないか?もし本当にそうなら、真剣に対策を考えなければいけない。
今までの河合との会話。何か不可解な言動はなかったのか? 私は彼との会話を必死に思い出した。
「可愛いお子さんに、美人の奥さん。しかも料理の腕はプロ級ときてます。ほんと、課長って何でも手に入れたんだなって、みんな、言ってますよ」
「バーチャル空間同士だった人間が、現実に実際会う。それをオフ会っていうんですよ」
「それと、男と女…。どこかでお互いが興味あるから、わざわざ時間を割いて会ったりする訳で……」
「ブログって、楽しいだけじゃないんですよ、課長」
「あれ、ちょっと不機嫌ですね? 何か家であったんですか? 綺麗な奥さんと、夜の生活がうまくいってないとか……」
「じゃあ、俺の希望聞いてくれます?」
「ええ、奥さんに私がね、パソコンを教え、自分のブログを持たせるんです。そうすれば、ブログの良さも気付いてくれますよ。課長の心理状態も、分かるはずです」
分からない……。
みゆきは河合との間に何かあったのか? いや、うちのみゆきに限って他の男に目移りするような事はないはずだ。あれは虫に刺された跡か何かだろう。
そう都合よく自分に言い聞かせるよう、努力した。
空いた時間、携帯からコメントをチェックしてみた。
できれば妻と河合の件を考えたくなかったのだ。今、試行錯誤しても、物事を悪い方向で考えてしまうのは分かりきっていた。
河合と関わった私がいけなかったのか? いや、そんな事はない。彼は純粋にパソコンを教えようとしているだけだ。
頭が混乱していた。コロコロと思う事が変わる。
(ちゃち)
男と女って、確かに違いますからね。お互いが違うからこそ、難しいけど、そこが面白いところでもあると、私は思います。
あ、ちゃちさんからだ。嬉しいコメントを残してくれるものだ。私は携帯を操作して、次のコメントを見る。
(お絵描き番長)
気まぐれパパさんは、どうして、うちの女って呼び方をするのでしょうか?
恥ずかしいから? それとも、格好いいと思ってるとか?
私だったら、「うちの女」呼ばわりされたら、カチンときますね。あなたの女には違いないが、女性を侮辱した呼び方みたい……。
何だか、独占欲の強い男みたいですね。
携帯を持つ手が震えていた。
このお絵描き番長とかいう奴…。私の記事の何を見ているんだ? 別に私は女性を侮辱しているつもりなどないし、馬鹿にもしていない。
今まで番長っていうから、てっきり男だとばかり思っていた。女性だったのか。
以前も理不尽な訳分からないコメントをされた事があった。ブログを続けていく以上、私にとって要注意人物になるかもしれない。
どういう頭の構造をしているのか、一度、中身を見てみたいものである。
妻のみゆきの首筋の痣のようなもの。
その件でずっと考え、苛立っていたのが、このコメントでさらにイライラが増加した。よくもまあこのような失礼なコメントを平気で書けるものである。神経を疑ってしまう。
私が自分の妻をどのように呼ぼうが自由である。みゆきに文句を言われるなら理解できるが、何故まったく関係のない番長にこのような事を言われる筋合いがあるのだろうか?
あのあさがおといい、番長といい、問題児は放っておこう。相手にするだけこっちが苛立つだけだから……。
こんな事ばかり考えていたら、ノイローゼになりそうだ。
今日帰ったら、さり気なく妻に聞こう。その首筋はどうしたのかと……。
それと河合の目的もできれば聞いておきたい。本当の狙いは何なのか? みゆきを本当に狙っているのか?
結局この日河合の姿は見当たらず、仕事が終わる時間になった。
帰り際彼と仲のいい社員に、さり気なく聞いてみる事にした。
「お先に失礼するね」
「あ、木島課長。お疲れさまでした」
「そういえば、河合君…。今日、姿が見えなかったようだが?」
「ああ、あいつ、今日、体調悪いって休んでいますよ」
「……」
昨日うちでご飯を食べ、私はあのまま彼が帰ったのを確認もせずに寝て、普通に起きて会社に来た。
一つの疑惑が浮かび上がる。あれからずっと河合は私の家にいたという……。
「木島課長。どうかしましたか?」
「ん、いや…。風邪か何か引いたのかな?」
「どうでしょうね。奴は女好きであっちこっち手を出しているから、案外体調不良を口実に、どこかで女を口説いているのかもしれませんね」
「あ、明日、来たら、とっちめてやるか?」
「ははは、木島課長に言われたら、シュンってなりますよ」
「では、お先に……」
必死の演技であった。内心はらわたが煮えくり返っていた。妻の首筋にあるものはキスマークなのだという確立に近づいただけなのだ。
今、家にすぐ帰れば、河合はいるのか?
帰り道、自然と小走りに歩いていた。
両親に見捨てられ、今、私は最愛の妻にまでこのまま見捨てられるのだろうか? 自分が頑張って築き上げてきた家庭。それが簡単に崩されようとしているのだ。
家の玄関先まで着くと、ドアを開けるのを躊躇ってしまう。
「落ち着け……」
軽く深呼吸をして精神を安定させる。携帯を開き、自分のブログを見てみた。誰でもいいから、優しい言葉がほしかった。
(青い鳥)
こんばんは。幸せを求めて、あちこち彷徨っている青い鳥です。
どう楽しく過ごそうかと、只今チェンマイでゴルフ三昧です。いや~、こちらの気温は暑い暑い…。だけど、清々しい気分になれます。
気まぐれパパさんも幸せの青い鳥を見つけ、楽しんで人生を謳歌して下さいね。
ほう、随分落ち着いた感じのする方だ。
あとでパソコンをつけたら、青い鳥さんのブログへお邪魔してみよう。どんなブログをやっているのか、非常に興味が沸いてくる。
うん、これで少しは落ち着けた。私は玄関の扉を開き、大きな声で言った。
「ただいまー」
靴を脱いでいるところ、息子の卓が駆け寄ってくる。
「おかえりー、父さん」
「ああ、ただいま。ママたちは?」
「ママは夕飯作っているよ。佳奈は珍しく勉強中みたい」
「そうかい」
河合はどうやらいないみたいだ。人間嫌な事を考え出すと、とことん悪い方向に考えてしまう習性がある。きっとみゆきの件も、私の考え過ぎなのだ。
スーツを脱いで家用のジャージ姿になり、居間へ向かう。
「あら、あなた。おかえりなさい」
「ああ、ただいま。お、今日は私の大好物のさんまじゃないか」
「ええ、ちゃんと大根おろしも、いっぱい摩り下ろしてありますよ」
「ありがとう」
「ふふ、食べ物で、そんなに嬉しそうな表情をするなんて、子供みたい」
「大好物は、何歳になっても大好物さ」
「あ、卓。もう時期ご飯できるから、佳奈を呼んできて」
「は~い」
手際よく料理を作りながら、妻は私に後ろ姿のまま会話を続けた。
「そうそう、昨日、河合さんに、私、パソコン教えてもらったじゃない?」
「ああ……」
何故ここで、わざわざ河合の奴の名前を出すのだ…。心の中で舌打ちをした。
「前は携帯からしか、あなたのブログ見れなかったから、分からない部分あったけど、パソコンからだとすごいのね」
「それは携帯より、パソコンのほうが性能いいしね」
「初めてパソコンいじってみて、ネットというのできるようになったのよ」
「ははは……」
「でね、あなたのブログも見てみたんだけど、例のトライさんだっけ?」
「ん? ああ、彼が何か?」
「二十歳ぐらいの子。ほら、彼女が嵐に遭ったとか書いてあったでしょ?」
「うん」
「私、彼女さんのブログとかも、暇があったから見てみたのね」
「ああ、ぴよちゃんって子のとこだろ?」
「うん。それでね…。私、何となくだけど、そのぴよさんところの嵐って、誰か分かっちゃったのよ」
「え?」
意外な展開に、驚きを隠せないでいた。トライ君はある程度、嵐が誰か分かったような事を書いてはいたが、何故みゆきまでが……。
昔、小説家を目指していただけあって、鋭い読解力はまだ健在なのかもしれない。
私には嵐が誰かなど、さっぱり目星もつかない。
「一体、誰なんだい?」
「話すと長くなるから、ご飯のあとね。それにあなた、わざわざ自分のブログに私と衝突した事なんて書かなくてもいいでしょ?」
「あ、ごめんよ」
「見る人が見れば、過去に写真だって載せているんだから分かっちゃうよ。そんなの恥ずかしいじゃない」
「ごめんよ。これからは気をつけるよ」
「じゃあ、たまには、ご飯の準備するの手伝ってよ」
「はいはい」
みゆき主体で話は進んでいたが、不思議と悪い気持ちはしない。多分ここ最近の私は、ただ単に疲れていたのだ。
過去の嫌なトラウマにずっと縛られ、なかなか抜け出せない私。
しかしそれを今の家族に当てはめようとするのは、大きな間違いである。もう少しその辺は自分自身を反省せねばならない。
ご飯を楽しく食べながら、私は例の嵐とは誰なのかが、とても気になっていた。
さっきまで河合憎しでいたのが嘘のようである。人間、思い込みはというのは恐いものだ。
食事のあと私はパソコンを起動し、青い鳥さんのブログを拝見した。
もう定年退職されたらしく、夫婦仲良く、素晴らしい生活をしている。私たち夫婦も年をとった時、このような感じでいられたらいいなと思わせるようなブログであった。
本当に男女年齢問わず、様々な人がいるものである。
コメントの返信をしていると、妻が後片付けを終え、やってきた。
「前はごめんね」
「何が?」
「ブログを辞めてとか言って……」
「いや、私も佳奈や卓の写真を、無責任に載せてしまっていたからね。後先考えずにね。悪かったよ。ところで、先ほどのトライ君の一件。あれは?」
「私、昼間って時間あるじゃない? だから、色々、あなたに関わりある人たちのブログとかも見ていてね」
「うん」
「それで、あれって気がついたのよ」
「一体、嵐って誰なんだい?」
「まずは、トライさんと、ぴよさんのところを開いてくれる?」
「ああ」
私は二人のブログをクリックして開いてみた。
妻はしばらく二人の記事眺め、丹念にコメントまで色々と読んでいた。
「ほら、ここ。ちょっと見て」
「ん?」
「ここでこの女性の人。アズサさんって人ね。急にコメントなくなっているでしょ?」
「ああ、そうだね」
「…で、このアズサさんって、ぴよさんと同じ高校へ通う同級生なのよ」
「それで?」
「ぴよさんとも仲良しこよしのコメントは、過去から書いてはいるけど、トライさんのところまで二つとも同時に、同じ日にコメントがなくなっているのよ」
「あ、本当だ。という事は、彼女が犯人だったとでも……」
「多分ね……」
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