2024/10/15 tue
前回の章
翌日、仕事終わってから早速林昌彦から連絡があった。
昨日の件で怒ってるのかと思ったら、かなり上機嫌だった。
よほど大畑瑞穂を気に入ったのだろうか。
「岩上ー…、ありがとう。ほんとにありがとう」
「昨日は悪かったな。結局どうなったの、あのあと?」
「いやー、大畑さんって最高だよー。あのステーキをおいしそうに食べてる姿とか見て、一発でいい子なんだなって気に入っちゃったよ」
「それは良かったな」
「岩上のほうから彼女に僕の事をどう思ってるか、聞いてくれないかな?」
「ああ、全然構わないよ。お安い御用だ」
「じゃあ、頼んだよ」
「あいよ、任せときなって」
続けて大畑に電話を掛けようとすると、電話が鳴り出した。
「もしもし、岩上ですけど」
「あ、岩上さん。ちょっと聞いて下さいよー」
ちょうど大畑瑞穂からの電話だった。
「何かあったのかい?」
「この間の林さんいるじゃないですか」
「はいはい」
「あの時の状況は演技でカップルを演じたのに、林さん何か勘違いしちゃったみたいで困ってるんです」
そう言えば、さっき林にあれからどうなったのか聞いても、ハッキリ言わずにうまく誤魔化されたような気がする。
「困ってると言うと?」
「帰り道、二人きりになったら、いきなり『瑞穂綺麗だよ』って呼びつけでチューしようとしたり、抱き締めようとしたり…。私、いくら彼氏いなくても、ああいう人はちょっと駄目です」
あの大馬鹿野郎…、人の顔を思い切りつぶしやがって……。
「そうだったんだ。ごめんね、変な奴を紹介しちゃって……」
「彼女さんは大丈夫でしたか?」
「い、いや…、それがあのあと泣きながら帰ってしまったんだよ。困った事に……」
「えーっ…。何で、ですかー?」
まさかみんなでレストランにいる時、大畑が俺のほうをずっと見てたからなんて言えやしない。
少し口を滑らせてしまったみたいだ。
「あれ、どーかしたんですか?」
「俺とちょっとした事で口喧嘩になったんだよ。別に大した事じゃない」
「ふーん、ならいいですけどね」
「じゃあ、林のほうは、俺からうまく断っておこうか?」
「え、ええ。そうしてもらえると助かります」
「ごめんね、今度埋め合わせします」
「期待してますよー」
「じゃ、また……」
電話を切って、虚脱感に襲われた。
美千代とはまたうまくいかなくなるし、林は俺の顔を潰すで、散々な目に遭ったような気がする。
でもこのあと林に大畑との件をうまく諦めさせなければいけないし、美千代との仲も考えなくてはいけない。
頭が痛くなってくる。
電話機の前でそのまま色々考えていると、再度電話が鳴った。
ひょっとして美千代からだろうか。
「はい、岩上ですが……」
「あ、もしもし」
ゴリからの電話だった。
「昨日は悪かったね。本当にありがとう。オッサとあれから帰ったの?」
「ああ、あいつは最後まで何か知らないけど、ニコニコしてたよ」
「へー、そうなんだ」
「でさー…、その件で一つ聞きたかった事があってさ」
「昨日の事で?」
「ああ」
「何について?」
「いや…、林は大畑さんと結局うまくいったのかなと思ってね」
嫌な気配を感じたが、嫌な事続きだったので多分俺の気のせいだろう。
「ああ、林の馬鹿野郎、強引過ぎて彼女に嫌われたらしい。俺がこれからあいつをうまく説得して断らないといけなくなったよ」
ゴリからの返事がしばらくなかった。
「あれ、もしもし。聞こえてる?」
「ああ、聞こえてるよ」
「どうかしたの?」
「あのさー……」
「な、何?」
電話の最初に俺が感じた嫌な気配は、どうやら気のせいじゃなかったようだ。
「林が駄目になったからって、こんな事言うのもあれだけどさー……」
「大畑を実際に見て気に入ってしまっただろ?」
「よく分かるな……」
俺の予感は、見事的中した。
まだまだ頭が痛くなりそうだ。
「あのね、君は最初に俺があれだけ言ったのに、大畑瑞穂の事をこれじゃいいって断ったんだよ。その辺はちゃんと理解してるの?」
「あ、ああ…。わりーと思ってるよ」
わりーと思ってるよじゃねぇ、このボケが……。
心の中で呟いてみた。
「とにかく俺は林を彼女の変わりに、これから説得しなきゃならないんだ。おまえの事は全部済んでからだ」
「何だよ、冷てーなー」
「全然、冷たくないって。悪いのは俺を信じなかったおまえが悪いんだ」
「協力してくれよ。な? 頼むよ。俺、おまえが妹代わりに可愛がってる女って結構タイプなのかもしれないな」
「何、今さら都合のいい事言ってんだよ」
「分かった、分かった…。俺の事は後回しでいいからさー。な?」
「分かったよ」
これ以上しつこくされても疲れるだけなので、とりあえず適当に生返事をしておく事にした。
仕事に追われ、彼女の美千代とはあれ以来口も利かずに一週間が過ぎた。
社長の平子は労働基準法など平気で無視をする。
四日間事務所でワープロを弄りながら缶詰め生活。
「俺が岩上君くらいの年はね…、もっも徹夜で缶詰して働いたもんだよ」
偉そうに人をこき使う割に、こいつはうちの家族の所有する車をタダで使おうとするクズだ。
使ったガソリン代は経費として払うと豪語しているが、車って燃料だけ入れればいいもんじゃない。
何故家の車を平子の会社の為に使用しなくてはならないのか?
そんな文句を言う時間を与えず平子は毎日どっさりと仕事を与えてくる。
忙しいと時間が経つのはとても早く感じた。
この一週間で俺がした事といえば、何とか林を説得させる事に成功させたぐらい。
最初大畑の気持ちを伝えても、林は一切信用しなかったが、仕事が終わったあと丁寧にゆっくりと時間を掛けて説明すると、ようやく彼女とはもう無理なんだという事を理解し諦めてくれた。
こればっかりはお互いの波長が合わないと仕方のない事なので、可哀相だが現実を受け止めてもらわなければいけない。
大畑が、林を受け入れられなかっただけの事なのだ。
連日にかけてゴリからしつこく電話があった。
内容のほとんどは大畑瑞穂の件である。
彼女にゴリの気持ちを何て説明したらいいのか、俺はいい手が浮かばず悩んでいた。
「なあ、大畑さんの件はどうなったんだよ?」
「ついこの間、林を説得したばかりだろ。まだ、おまえの事は何も伝えていない。それに今週俺は四日間も事務所で徹夜してんだぞ? そんなくだらない時間なんか取れる訳ねえだろ!」
「何だよ……」
「ふざけんな! ゴリに俺は一番初めに紹介しようとしたのに、おまえがこれじゃいいやって勝手に断ったんだぞ?」
「だからその事はわりーなーと反省してるよ」
「俺だって何も考えてない訳じゃないんだ。いいアイディアが浮かんでるなら、とっくに大畑にゴリの事伝えてるよ」
「ん…、ああ……」
「ゴリに今まで彼女ができた事がないって言うのはもちろん俺だって同情してるし、協力だって惜しまないつもりだ。まあ、おまえが大畑瑞穂を実際に見て気に入ったのは事実だし、何とかしてやりたいって気持ちはある」
その時、俺の頭の中に何か閃きを感じた。
「おい、ゴリ。いい事思いついたぞ」
「あ?」
「まず、俺が大畑に電話を入れる」
「うん、それで?」
「普通に世間話や仕事の話をしながら、この間のみんなで食事した時の事について、さりげなく話しだす。そうすると自然とゴリの事が会話に出てきても、まったく不自然じゃないだろ?」
「ああ、それから?」
「そしたらゴリの話題を中心に会話を進めていくんだ」
「何て?」
「この間、横田ルミ子にフラれた事や、電車の女に告白したらすっぽかされたりされた事を暴露するんだよ。四時間も待ちぼうけ喰らったとかね」
「ふ、ふざけんなよ。それじゃ、俺が馬鹿みたいだろ?」
「それでいいんだよ」
「よくねーよ」
「いいか? 大畑はそれを聞いてどう思う?」
「格好悪い奴って思うだろ」
「ああ、そうなるだろうね。でも、可哀相だとも感じてるはずだろ?」
「ん…、ああ……」
「そこへ、つけ込むんだよ」
「意味が分からねーよ!」
「まあいい、とりあえず電話切るぞ。これから大畑に連絡するから」
「おい、いきなり過ぎるぞ」
「いいから俺に任せときなって」
「でも……」
「何だよ、注文の多い奴だなー。嫌なら自力でどうにかしな」
「わ、分かったよ…。お願いするよ。その代わりこの電話切ったらすぐ大畑さんのとこに連絡してくれよな」
「分かってるよ。うるさい奴だ。じゃーな」
今回はゴリに何も選択権を与えるつもりはなかった。
ただ、冷静になってよくよく考えてみると、いくら俺が恋のキューピット役になり努力したところで果たして大畑瑞穂がゴリを気に入る事はあるのだろうか?
考えれば考えるほど、自分のしている事が間違っているんじゃないかと思えてきた。
まあそれは当人同士の問題だから、気にする必要性はないか……。
俺はゴリを出来る限り、自然な形で紹介してやれればいい。
ゴリとの電話を切り大畑に電話を掛けたが、彼女はどこかへ出掛けているみたいで留守だった。
これではゴリの件を何も言いようがないので、自分の彼女である美千代に連絡してみる事にした。
「久しぶりだな。あれから連絡ないけど今、どうしてるんだ?」
「うん…、智の事をずっと考えていた……」
「どういう風に?」
「この間、会った女の人から誘われたりしたのかなって……」
まだこいつは大畑瑞穂との事を何か勘違いしている。
そういえばあの時は林の彼女だという事で美千代に通したので、会話には気をつけないといけないな……。
「大畑さんの事? 馬鹿、あれは林の彼女だろ。あれ以来、何も無いよ。そんな事よりも俺はおまえとの事ばかり考えているよ。一体どうするつもりなんだよ?」
「でも大畑さんって人、ずっと智のほう見てた……」
「気のせいだって、お互い初対面なんだし、おまえが意識し過ぎだよ」
「うん、ごめんね…。私、智に今すぐ逢いたい……」
「美千代は俺と今後どうしたいんだよ?」
「ずっと一緒にいたいよ。ずっと…、ずっと寂しかったんだ……」
「そうか…、放っておいて悪かったな。今からうちに来るか?」
「いいの?」
「当たり前だろ、おまえは俺の女なんだからさ」
「分かった。すぐ、支度して智の家に向かうね。だいたい三十分後ぐらい掛かっちゃうかな。待っててくれる?」
「もう、当たり前の事ばっかり聞くなよ。ちゃんと待ってるから早くおいで」
「うん、じゃーね」
良かった。
これで美千代とギクシャクしていたのが、元に戻りそうだ。
部屋に上がった瞬間、美千代をギュッと抱き締めてやるか。
それともワザと冷たく突き放す素振りをしてみるか。
色々な想像をしている内に、美千代が家に着いた。
「ピッタリ三十分だな」
「だって早く智に逢いたかったんだもん」
俺は自然な流れで美千代を抱き締める。
非常にいい雰囲気だった。
美千代は俺の腕の中で、ニコやかに微笑んで胸に顔を半分ほど埋めていた。
「兄貴ー」
弟の徹也が嫌なタイミングでドア越しに声を掛けてくる。
せっかくいい雰囲気になっているのに……。
俺は渋々美千代から離れ、ドア越しにいる徹也に声を掛けた。
「何だよ?」
「大畑さんって、女の子から電話」
徹也の奴、何て間の悪い事を……。
案の定、大畑という名前を聞いて美千代はすごい形相になって俺を睨んでいた。
マズい…、このままではマズい。
何とかこの場をしなくては……。
俺は頭をフル回転させた。
「何で大畑さんから智の家に電話が掛かってくるの?」
美千代の声のトーンは非常に冷たかった。
「そんなの分かんねーよ。俺に聞かれたって……」
「何で分からないの? おかしいよ、そんなの……」
嫌な空気が辺りを取り囲む。何て答えればいいんだろうか。
「兄貴、出ないの?」
再度、徹也の声が聞こえる。
「と、とりあえずさー、電話に行って来る」
「ちょっと……」
「俺だって何が何だか分からないからさー。話を聞いてみるよ。な?」
「……」
美千代は返事をくれなかったが、俺は構わず部屋を出た。
さきほど徹也が電話だと伝えてから三分は経っている。
俺は受話器を慌てて手に取り、声を出した。
「ごめんね、遅くなって」
「大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ないよ。どうかしたの?」
「いえ、さっき家に帰ったら岩上さんから連絡あったと親に聞いたので……」
「そうだよね、ごめんごめん……」
「何かあったんですか?」
「いやいや、この間は本当に悪い事したなって思ってね」
「別に気にしてないですよ」
「そうか、そうか。それは良かった」
ついでだからゴリの件でうまい具合に探り入れとくか。
「でもこの間は岩上さん、大変だったでしたね」
今も君からの電話で修羅場の最中だと言ってやりたかった。
「そうでもないよ。あっ、そうそう……」
「どうしたんですか?」
「前みんなでレストランに集まった時、俺の友達でゴリって奴いたの覚えてる?」
「ええ」
「あいつさー、実は二週間前に女にフラれたばっかりでね」
「えー、そーなんですかー」
「いつも女に自信ないってこぼしてんだよ。あの時はまだ明るく振舞ってたけど」
「結構、面白そうな人じゃないですか」
「うん、いい奴だよ。ただ、俺がいくら慰めてもちょっと立ち直れないみたいでね」
「いい人そうなのに……」
よし、このタイミングだ。
「そうか……」
「ん…、どうかしました?」
「いやね…、俺だと男だからあいつの受けた傷は直せないけど、ひょっとして大畑さんとかが話を聞いてやれば、異性だから少しは慰めにでもなるかなと思ってさ」
「私に何かできる事ありますか? いつも岩上さんにはお世話になってるし、何か協力できる事があれば協力しますよ」
いい感じだ。
俺の思惑通り、大畑が乗ってきてくれそうだ。
さらに俺は頭をフル回転させた。
「ありがとう。じゃあ、今度ゴリに大畑さんのとこ電話させるから、その時色々話聞いてやってくれないかな?」
「そのぐらい、いいですよ」
「じゃあ、また連絡するね」
「はーい」
電話を切った瞬間に、妙な殺気を感じた。
振り返ると俺の後ろに美千代が立っている。
マズい、どのぐらいからそこにいたのだろうか……。
「美千代……」
「嘘つき……」
「違うんだ、美千代」
俺が近付こうとすると美千代は走り出し、玄関の方へ逃げていった。
「美千代!」
俺は一体、何を考えてるんだ。
自分の彼女も放っておいて、ゴリの事など気に掛けて……。
一番大事にしなきゃいけないのは美千代なのに……。
「待ってくれよ」
「今までありがとう。さようなら……」
これまで見た事のない、冷たい目で美千代は俺を見ていた。
放心状態の俺を置いて、美千代は玄関を出ていってしまう。
俺は全身の力が一気に抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
「俺は何、やってんだろ……」
タイムマシーンがあったら戻りたかった。
次の日は全然仕事にならない。
美千代の事で頭がいっぱいだったからだ。
社長の平子に呼び出され小言を言われ、スッカリ凹んでいた。
「岩上さーん、今日、どうしたんですか?」
「い、いや…、別に……」
大畑瑞穂が心配そうに声を掛けてくれるが、全然元気が出なかった。
「今日の岩上さん、変ですよ?」
「ちょっと仕事でミスっちゃっただけだよ。ありがとね」
「ふーん、ならいいですけど、元気出して下さいね」
家に帰ると、ゴリから電話があった。
「おう、昨日どうなった?」
無神経なゴリの言葉に思わずムカッときた。
でも、俺がコソコソと美千代に内緒でやっていたのがいけなかったのだ。
ゴリは関係ない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「俺に感謝しろよ」
「え、…と、言うと大畑さん、俺と付き合ってくれるって感じかい?」
「馬鹿! そんな訳ねえだろ。少しは考えろ」
「ん…、ああ……」
「今度、おまえが大畑と電話できるよう、うまい具合にセッティングしたんだよ」
「何だ、それだけか」
「何だ、その言い草は?このクソ馬鹿野郎」
そのせいでこっちは美千代と大変こじれてしまったというのに……。
俺はゴリの対応に頭きて電話を切った。
部屋に戻ると案の定、ゴリから電話が掛かってきたが、ウザいので弟に居留守を使ってもらう事にする。
ベッドに寝転んで何も考えずに時間を潰す。
すべてが面倒臭くなってきた。
どのぐらい時間が経ったのだろう。
ウトウトしかける頃、部屋をノックする音が聞こえる。
「はい、何?」
俺が声を掛けると、ドアが勝手に開きだす。
「ゲッ……」
「よう、さっきはいきなりどうしたんだよ?」
ノックした主はゴリだった。
顔だけニョキっと突き出してニヤニヤしている。
あれから時間が経っていたので怒りは収まっていたが、こいつにはホトホト呆れるばかりだ。
「おまえのせいで美千代と喧嘩になったんだぞ」
「何で俺のせいなんだよ?」
「ハー…。もう俺の事はいい、放っておいてくれ」
「おまえの事は別にいいけど、大畑さんの件はどうなったんだよ?」
「何だよ、それが人に頼む態度かよ?」
イライラがどんどん増してくる。
何でこいつはここまで無神経なんだ。
「分かんねーかなー。大畑さんと電話できるようセッティングしたんだろ? こういうのは早いほうがいいと思ってな。だからわざわざおまえの家まで来たんだろ」
ある意味、ゴリはゴリなりに幸せに生きてきているのだろう。
例え本人が否定しても俺が断言する。
こいつは幸せ者だ。
俺がどんなに迷惑そうな素振りを見せても、まるでゴリは動じなかった。
どうも大畑と電話で話さないと気が済まないらしい。
「おい、今から電話するぞ」
「え、大畑さんに?」
「それ目当てでここに来たんだろ?」
「エヘヘ……」
「笑って誤魔化すな」
かくして俺の家から大畑に電話を掛ける事になった。
ゴリの嬉しそうな様子はもちろん言うまでもない……。
「ただし、電話するには条件があるぞ」
「条件?」
「ああ、今からその条件を紙に書くからそれを守れるならいいよ」
「えー、面倒くせーよー」
「嫌ならこの電話は無しだ。それでもいいのか?」
「わ、分かったよ……」
大畑瑞穂に電話する前の注意事項というか条件
・一つ、最初は俺が電話して、大畑瑞穂と話してからゴリにバトンタッチする。
・一つ、ゴリ二週間前にフラれた設定になっているので、そのつもりで……。
・一つ、フラれたという設定なので、暗い感じで彼女とは話す事。それと笑うの禁止。
・一つ、どんなに会話が弾んだとしても、どこかへ一緒に行こうとか誘うのは一切禁止。
以上、四点を守れない場合は、即電話を強引に切ります。
うん、紙に書きたい事を書き終わって見直すと、我ながら中々の達筆である。
「何だよ、こりゃ?」
「だから、書いてある通りにしてもらうぞ? できなきゃ、この話は無しだ」
「わ、分かったよ」
ゴリに了承を得てから大畑に電話を掛ける。
「もしもし、大畑さん? 岩上だけど」
「あ、声が昼間より元気そうですね。良かった、良かった」
「気にしてくれて、ありがとう。実はゴリの奴が今、うちに来ててさー。この間、フラれた事をまだウジウジと気にしていじけてんだよ」
俺の近くで鼻息を荒くしながらゴリは聞き耳を立てている。
「ありゃー。それは大変ですねー」
「そこで大畑さんに少し話を聞いてもらったら、ちょっとは楽になるんじゃないかなと思ってさ。それで電話してみたんだ」
「全然、構わないですよ」
「悪いねー、大畑さん。じゃあ、ちょっとゴリに変わるね」
受話器をゴリに渡そうとすると、まるでひったくるように取られてしまった。
「あ、この間はどーも…。岩崎です。え? いやー、ゴリって岩上が勝手に言ってるだけで、本当は岩崎って言われてるんだよ。そうそう…。うん…。あれは俺が思い違いから誤解を受けたみたいで…、うん、そうだね。それでさー……」
水を得た魚のように生き生きと話すゴリを見て、とてもいい事をした気分になる。
ゴリは打ち合わせた通り、フラれ話を適当にでっち上げて大畑に話し同情を買っているようだった。
それにしても後ろで待ってゴリの電話を聞いていると、とにかく長電話だった。
三十分が過ぎ、四十分が過ぎようとして俺は声を掛けた。
「おい、そろそろ終わりにしろよ」
「そうそう、でさー……」
小声で囁いても、ゴリは俺の書いた紙を無視して笑顔で話していた。
「約束が違う、切るぞ」
電話を切ろうとすると、ゴリは笑顔で話しながら受話器を片手でガードしだした。
「おいっ、よこせ」
「な、何だよー」
会話の最中、強引に電話を取り上げる事にした。
「あ、もしもし岩上です。ごめんね、こいつ長電話で……」
「いえいえ、ずいぶんと自信無くしてそうだったので」
「ゴリにつき合わせちゃって、ごめんね。お礼に今度、美味しいものご馳走するね。じゃあ、また……」
電話を切ると、ゴリが俺に詰め寄ってくる。
「なあ、大畑さんの連絡先教えといてくれよ」
「それは無理」
「頼むよー!」
「いくら頼まれたって無理。第一、勝手に教えるなんて、大畑に失礼だ」
「でも、あれだけ話したんだしさー」
「いいか?それは俺が彼女に話したからだ。勘違いするなよ」
「ん…、ああ……」
「また時期見て何とかするようにするから、それまで我慢してろよ。な?」
「わ、分かったよ……」
自分の彼女とでさえうまくいってないのに、俺は一体何をしているのだろう……。
それからまた仕事が忙しくなり、俺は家に帰るとバタンキューの生活が十日ほど続いた。
彼女の美千代とはあれ以来、連絡すらとっていない。
大畑瑞穂とは会社で顔をたまに合わせるものの、忙しくて話をする暇さえなかった。
ゴリは毎日のように大畑の件で電話があったが、正直こっちはそれどころじゃなかった。
ようやく仕事も落ち着き、少しずつ余裕ができるようになってきたが、相変わらずゴリはしつこく電話を掛けてくる。
少しぐらい自分の為にゆっくりしたかったが、ゴリの件を何とかしないと難しそうなので重い腰を上げる事にした。
「最近冷てーじゃねーかよー」
「うるせー、こっちは仕事が忙しかったんだよ」
「いつになったら岩上は動くんだよ?」
「今日辺り、大畑に電話してみるよ」
「本当か?」
「嘘言ったってしょうがないだろ?」
「いや、生姜はあるぞ」
あまりの寒いギャグにドッと疲れを感じた。
「何だよ、笑うところだろ?」
「もうおまえはひと言も話すな…。疲れるから……」
翌日に会社内で大畑瑞穂と会い、少し話をする時間ができた。
いつもの事ながら、彼女は明るくニコニコ笑顔を絶やさない。
「お久しぶりですねー、岩上さん」
「ああ、久しぶり。この間は悪かったね」
「何がです?」
「いや、ゴリの電話の話し相手になってもらって」
「あーあー、あの人、電話で話したけど、あの様子じゃ彼女できなそうですよ?」
おいおい大畑瑞穂、そう言う君自身はどうなんだ……。
できれば聞いて面倒な事を終わらせたかった。
しかし、それじゃ俺の今までの苦労は何になる?
「まーね、そんな簡単に彼女作れるならゴリも苦労しないよ。何だかんだ言って二十年間も彼女ができずじまいだからね」
「そーですねー」
「でもあいつ、大畑さんにすごい感謝してたよ」
「本当ですかー…。俺は何もしてないのにな……」
「この間のお礼に大畑さんに食事をご馳走したいって言ってたよ」
「うーん、微妙ですね…。そんな大層な事はしてないのに」
「そんな事ないって。充分過ぎるぐらい癒されたんじゃないかな」
「ただ私は話を聞いただけなんですよー?」
「俺が聞くのと、女性である大畑さんが聞くんじゃ、全然違ってくるよ」
「そういうもんですかねー」
「そうだ、あいつ遊園地とか行った事ないんだよ。大畑さん、良かったらゴリと行ってみたら? あいつもいい気分転換になるだろうし、それなら大畑さんも堂々と美味いものご馳走してもらえるだろうしね」
我ながらいいアイデアだった。
「岩上さんは、私にご馳走してくれないんですか?」
「いや、ちゃんと考えてるよ。ゴリのとはもちろん別口でね」
うまい具合にゴリの恋心に触れず、話をまとめられたな……。
「やったー」
「とりあえず明日辺り、電話入れるよ」
「分かりましたー。待ってますね」
最終的に俺が彼女にご馳走するという事で話を終えたが、ゴリとの遊園地計画をさり気なく言っといたので、もう一押しすればなんとかなりそうだ。
俺の目論見はゴリを大畑と一度でいいから、遊園地みたいな場所でまともなデートをさせてあげる事だった。
中々いい方向に運気が向いてきたような感じがする。
俺は紙とペンを取り出し、前回と同じように箇条書きで条件を書き出した。
今度大畑瑞穂に電話する時に守るべき条件
・一つ、しつこく迫らない。
・一つ、電話時間は手短に……。
・一つ、遊園地に誘え……。
「おい、何書いてんだよ? また条件かよ…、そんなの書かなくていいよ」
「うるせー。黙って俺の言う通りにしろ。嫌なら俺は一切協力しないだけだ」
「ひでーなー」
「全然酷くないって。俺は恋のキューピー、エンジェルちゃんみたいなもんだ」
「何がエンジェルちゃんだよ」
「うるせー、俺にお願いしろ」
「何を?」
「恋のエンジェル岩上さま、何とぞよろしくお願いしますって」
ゴリは躊躇っている。
見ていて非常に面白かった。
自分のこの現実をいまいち理解してないゴリを意地悪く、ちょっとだけ苛めてやろう。
「別にそんな事いちいち言わなくてもいいじゃねーかよ」
「いーや、駄目だ。今、言わないと、この件から俺は手を引く」
「そんな事したら大畑が困るぞ?」
「全然困らないよ。別に彼女と俺の関係が変わる訳じゃない。ゴリをうまい具合に大畑と自然に会わせようっていう事が無くなるだけなんだから」
「汚ねーよ」
「いや、北あるよ」
「くだらねー事、言ってんなよ」
「普段、おまえがいつも言ってる寒いギャグを真似しただけだ。ほれ、言わないのか?」
「う…、あ……」
「言ってお願いしないと、大畑との縁が切れるよー……」
「わ、分かったよ。言うよ……」
「そうそう、人に物事頼む時は感謝を忘れちゃいかんよ」
「エ、エンジェル…、か、岩上様よろしくお願いします……」
「だーめ、恋のが抜けてる。それに恥じらい過ぎ。ほれ、もう一度」
「こ、こ、恋のエンジェルさまよろしくお願いします」
「駄目駄目駄目駄目…。今度は岩上様が抜けてるぞ?そんなんじゃ耳に届かないぞ。こういうのは恥じらいを捨てないと、恥じらいを……」
「こ、こ、こ、恋のエ、エンジェル岩上様…。お、お願いします」
「駄目、まるで駄目。いいか? 恋のエンジェル岩上様、何とぞよろしくお願いします…、だ。分かったか? ほれ、もう一丁」
「もー、いいじゃんかよー」
「駄目だ。ほれ、もう一度……」
このどうしょうもないやり取りは三十分ほど続いた。
俺は何日か掛けて大畑瑞穂にゴリと一緒に遊園地へ行ってくれば…、ともちかけた。
彼女は特に嫌そうな顔はしなかったが、特別嬉しいという訳でもなさそうだった。
俺が頼み込んでいるから仕方なくといった感じなのだろうか。
「よー。今日、仕事終わったら時間あるかい?」
「あ、岩上さん。どこかに連れてってくれるんですかー?」
「ああ、前に約束したじゃん。好きなもの食べさせてあげるよ」
「本当ですかー? 嬉しー」
こんな事で派手に喜んでくれる大畑の表情を見ていると、こっちまで気分が弾んでくる。
ん、しかし…、待てよ……。
いつから俺はゴリとこの子をくっつけようと思ったんだろう?
最初は紹介するつもりなど、毛頭もなかったはずだ。
それにゴリはこの件に関して…、いや、俺に対して感謝のカの字すらない。
何の為に俺はこんな事をしているんだろう。
おそらく今まで彼女のできた事のないゴリに、人並みの楽しさを一瞬だけでもいいから味合わせてやりたいという親心みたいなものが、俺にはきっとあるのだ。
定時に仕事が終わり、大畑とレストランに向かう。
どこにしようか迷ったが、結局この間と同じレストランに行く事になった。
もちろん話題の中心はゴリとの遊園地計画だ。
あくまでも自然な流れでうまく言わないと駄目だ。
「ここのグラタン、おいしいですねー」
「そうだね。でも俺はこのカルボナーラが気に入ってるな」
「ちょっとくださいね」
「ああ、いいよ。ほら」
他の席の客から見たら、俺と大畑は仲のいいカップルにでも見えるのだろうか。
本来なら彼女の美千代と、このような場で仲良く過ごしたいものだが……。
自業自得とはいえ皮肉なものだ。
「ここのコーヒーっておいしいですよねー」
「そうだね」
「幸せ感じちゃいますよー」
「あ、そうそう。ところでゴリとどんな話をしたの?」
「岩崎さんとですか? 何で岩上さん、そんな事を気にするんですかー」
大畑瑞穂は意地悪そうな顔をして俺を見つめている。
ドキッとするような表情だったが、俺が大畑を求めている訳じゃない。
ゴリの件が今日の主題だろ……。
「いや、あいつが大畑さんと話してから妙に元気になったというか、吹っ切れたと言ったほうがいいのかな…。だからどんな会話したんだろなってね」
「へー、岩上さんて友達思いなんですね」
「そうでもないよ」
「面倒見もいいし……」
少し違う展開になっている。話を変えないと……。
「そうそう、ゴリと遊園地はいつぐらいに行くの?」
「え、遊園地ですか?」
やっぱりそうきたか。
ここはマシンガントークでも何でも強引にねじ伏せるしかない。
「前に一緒に言ってみたらって話したら、大畑さんもそうですねって言ってたじゃん」
力技のゴリ押し。
ゴリの為にゴリ押し。
「えっ、あれはー……」
「ゴリに軽く話したら凄く楽しそうにして喜んでたよ。今週の日曜辺り、一緒に行ってくれば? あいつも嫌な事吹っ切れるだろうしね」
「うーん…、でもー……」
「ゴリが大畑さんに今度ご馳走したいって言ってんだから、一回ぐらい甘えちゃえば? あいつも本当に感謝してんだしさー」
かなり強引に話しているのは百も承知だが、今ここで返事をもらわないといけないような気がした。
本日の山場である。
「まあ、そこまで岩上さんが言うなら……」
「じゃあ、俺からゴリに今週の日曜辺りどうだって伝えるけど、大畑さんはそれでいいかな?」
「は、はぁ……」
「うん、分かった。あれ、飲み物が無くなっちゃったね。もう一杯コーヒー頼もうか?」
「はい」
ゴリの為に強引に話をまとめてはみたけど、大畑瑞穂に対しての罪悪感を覚える自分がいるのも事実だった。
果たして俺のしている事は間違っているのだろうか。
今日は日曜日。
目を覚ますと昼だった。
この間の食事を終えてから連絡をとり大畑との遊園地行きが決まったゴリは、言葉では表せないぐらいの大ハシャギをしていた。
今頃、二人で西武遊園地に向かっているだろう。
俺はというと、彼女の美千代とあれから状況が何も変わらず、寂しい時間を毎日送っていた。
自分の事さえ疎かになっているのに、俺は一体何をしているのだろうか。
ベッドに寝転んだまま、ゴリと大畑、二人の様子を想像してみる。
駅周辺で待ち合わせをして、ゴリが車で迎えに行く。
車に乗ったはいいが、口下手なゴリ。
何故私は今、この人と西武遊園地に一緒に行くのだろうかと考えている大畑瑞穂。
よくよく考えてみると、俺は大畑にとても酷い事をしてしまっているんじゃないか……。
家の電話が鳴るのが聞こえる。
今日、家の中は俺一人だった。
ベッドから起き上がるのも面倒だったが、誰も家にいないので俺が出るしかない。
重い身体を起こし、電話に向かう事にする。
「もしもし、岩上です」
「あ、岩上さんですかー」
「あれ、大畑さん?」
独特な発音、語尾が伸びる特徴ある喋り方から一発で大畑瑞穂だと分かった。
「どうしたの、こんな時間に? ゴリと西武遊園地行ってるんじゃないの?」
「聞いて下さいよー」
「あ、うん。どうしたの?」
「今日、朝の十時に川越駅の改札口で待ち合わせしたんです」
「うん。それで……?」
まずは想像した通りの展開だ。
「私、てっきり車で来ると思ってたんですけど、岩崎さんは歩いてきたんです」
「へー、そりゃー珍しいね」
「別にそんな事はどうでもいいんですけどー……」
「うん」
「岩上さんだったら、もし、西武遊園地行く事があったらどうやって行きますか?」
「うーん、普通に考えりゃ本川越から小平で乗り換え、そのまま西武遊園地行きに乗れば、普通に行けるでしょ。でも何で? 今、ゴリは一緒じゃないの?」
「あの人、ちょっとおかしいですよ」
大畑の言葉にギョッとした。
「何かされたの?」
恐る恐る聞いてみる。
「ううん、それはないですけど……」
「じゃあ、何で?」
「自分から電車で西武遊園地に行こうって言っといて、池袋に行っちゃったんですよ。私は普段、あまり電車乗らないから、何も考えないでついて行っちゃったんですけど」
「何でまた池袋なんかに行ったの?」
「そんなの知らないですよー」
珍しく大畑にしては興奮して口調が強くなっていた。
「それからどうなったの?」
「遊園地に行くじゃないんですかって岩崎さんに尋ねたら、あの人、本当に電車を乗り間違えたらしくて…。普通行き方が分からなくても駅員さんとかに聞けば、すぐ分かる事じゃないですか? 何で池袋に着くまで何も分からないのかなと思って……」
「ゴリは何て言ってたの?」
「いやー、俺は西武遊園地行った事がなくてさーって、行ったきりその場でモジモジしてるだけだったんで、川越に戻って来ちゃったんです」
あの馬鹿…、本当に大馬鹿だ。
頭が悪いとは思っていたけど、ここまで悪いとは思いもしなかった。
何で毎回毎回大切なチャンスを自分のドジで潰してしまうのだろうか……。
「あいつはどうしてるの?」
「川越までは一緒に戻ってきたんですけど、それからもずっとモジモジしてるので、これから岩上さんの家でも行きますかって言ったら、あいつの家に行ったって何も無いよって…。じゃあどうするんですかって聞いたんです。そしたらまたモジモジして黙ったままだから、私だんだん頭痛くなってきて、もう帰りますって帰ってきたんです」
今までの鬱憤を晴らすかのように大畑の声には迫力があった。
凄い剣幕だ。
「そうか…。本当にごめんな、大畑さん」
「何、言ってんですか。別に岩上さんが悪い訳じゃないんですから」
「いや、あいつがあそこまで大馬鹿だとは思わなかったからさ…。実際、大畑さんに嫌な思いさせちゃったしね」
「それは岩上さんのせいじゃないですよ。でも悪かったと思ってるなら、またご飯ご馳走して下さいね」
「うん、それはもちろん」
「じゃあ、私は疲れたので今日はもう休みますね」
「うん、おやすみ……」
彼女との電話を切り、俺はコーヒーを作って一息入れた。
前の横田ルミ子の件にしてもそうだけど、何であいつはあんなにドジなんだ?
そう考えていると、協力している自分が馬鹿らしくなってくる。
その場で煙草を吸いだし三本目を吸い終わる頃、電話が鳴る。
俺にはその電話が絶対にゴリだという確信があった。
「はい、もしもし」
「あ、岩上さんのお宅ですか?」
俺の確信通り電話はゴリからだった。
ゴリの声は恐る恐るといった感じで、震えている。
「俺だよ。何か用か?」
「あ、岩上か…。い、いやー…、わりー…。あ、あのさー…」
さっきの大畑の言った出来事を思い出すと、こっちまで頭が痛くなってくる。
「もういいよ。さっき大畑瑞穂から連絡あってすべて聞いたよ…。全部言いたい事、分かってるから」
「ん…、ああ……」
少しの間、俺とゴリは沈黙した。
いくら待っていてもゴリから口を開く事はなさそうなので、こちらから話す事にした。
「ドジ」
「ん…、ああ……」
「何で西武遊園地に行くのが、池袋に行くんだよ」
「わりー……」
「別に謝れなんて俺は言ってんじゃないよ。何で池袋に行ったんだって聞いてんだよ」
「い、いやー、何でだか俺だって分かんねーよ」
「はぁー……」
「ため息なんてつくなよ」
「うるせー、人の苦労をすべてそんな事で台無しにしやがって……」
「何だよ。俺を可哀相だって労わる気持ちは全然ないのかよ?」
「うるせー、そんなダミ声で何抜かしてやがんだ、ボケ!」
「人が落ち込んでるのに、ひでー奴だな」
「おまえがだ、この馬鹿野郎」
「なあ、これから飯でも喰いに行こうぜ」
「何でそうなるんだよ?」
「どうせ、おまえだって暇だろ?」
「けっ」
「今から車で迎えに行くよ」
「分かったよ」
所詮どんな言い争いをしても、俺とゴリはやっぱ友達なんだろう。
しかしこんな関係がいつまで続くのだろうか?
一つ言える事はゴリに彼女がもしできたとしたら、この関係は終わるかもしれないという事だ。
何故そういう風に思うのか、自分でもよく分からないが本能的にそう感じた。
栄子は涎を垂らしながら笑っていた。
百合子は昔の彼女の美千代の名前が出てくると、いまいち面白くなさそうな表情になる。
昔の事でもヤキモチを焼いてしまう。
そういえば美千代も極度のヤキモチ焼きだったが、百合子も負けないぐらいだ。
昔の事実を淡々と話しているだけだが、美千代の事はうまく伏せながら話したほうが良さそうだな。
帰ってから変に百合子の機嫌が悪くなるのも嫌だった。
二人は子供のようにゴリ話の続きをねだっている。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます