2024/12/29 sun
前回の章
仕事を終え、同僚の本間と帰る途中、ゴリから食事の誘いがあった。
本間も誘い三人でインドカレーの店に食事へ行き、他愛もない会話をして時間を過ごす。
帰って執筆をしている時の事だった。
少しして疲れを感じ、横になる俺。
そのまま睡魔に襲われ眠ってしまい、目覚めたのは夜中になっていた。
さて、作品の続きを書こう……。
パソコンの前に座りキーボードを打っていると、突如右足ふくらはぎの部分が攣りそうな痛みを感じ、慌てて足の爪先を内側へ向ける。
過去腐るほど患者の施術をしてきたので対処法ぐらい理解していた。
すると今度は腿の部分が痙攣を起こし出し、慌てて爪先を押さえていた手を離す。
一度にふくらはぎと腿の部分が攣りそうになるなんてありえるのか?
こんな事初めてだ。
もの凄い激痛を感じつつ部屋に設置してある高周波の電源を入れ、何とか足へつけた。
治療モードでまだレベル一の段階なのに、激痛はさらに酷くなり、痛みに強いはずの俺は、これ以上の痛みに堪えられず高周波を取り外し、何とか立ち上がり部屋を飛び出す。
廊下に出て、右足の痛みを発するトリガーポイントを指で探し、経絡を押すと、今度は左足も同じような症状が出てきてふくらはぎと腿が攣りそうになる。
座っている事もできず、普通に立つ事も出来ない状況。
両足は筋肉がくっきり分かれ、通常ではありえない位置へ張り詰めていた。
何じゃこりゃ……。
このままじゃ肉離れを起こすような感じがし、病院へ駆け込もうと思った。
筋肉弛緩剤を打てば、とりあえずこの状況は打破できるはず。
「……」
しかしこんな満足に歩けもしない状態で、俺はどうやって病院まで行くというのだ?
家族に助けを求める訳にもいかない。
仕方ない……。
奥の手だ……。
俺は祝詞を唱えながら三式、五式と左手で螺旋を描くように指を回す。
不思議な事にあれほど痛みを発していた足は、急に静かになり落ち着いていく。
これって霊障ってやつだったのか?
摩訶不思議な現象。
徐々にではあるが最近トレーニングを始め、身体が締まりつつある日々を送っている中、突然このような事が起きるなんて、とても不可解な気持ちになる。
それ以降、足はいつも通りに戻り、痛みは微塵も感じなかったので朝方まで執筆をして気付けば眠っていた。
土曜日になって昼頃目覚め、起き上がるとどうも喉の調子がおかしく声がガラガラになっていた。
以前浅草ビューホテル時代に入院した時と同じような兆候。
おかしい……。
先日も足があんな状態になり、今度は喉。
年をあれから取ったというのもあるが、いきなりこうガタが来るものだろうか?
岩上整体を開業する前…、いや、巣鴨警察にパクられたあとくらいか。
伊佐沼クリニックで喉を切り、以来何も異常など起きていなかったのに……。
喉元を手で押さえながら外を出て、知り合いの就職が決まったと報告を受けていたので、その人へ就職祝いを渡しに向かう。
腹が減っていたので、どこか食べようと大正浪漫通りを歩いていると、化粧品屋『加賀屋』のおばさんと目が合ったので店内へ入り、世間話をした。
毎年川越祭りになると、俺はここでいつも顔のペイントを書く。
同級生のお袋さんという事もあって、昔から仲良くさせてもらっている。
会話の途中、おばさんは気だるそうな表情をしながら喉元を気にしていた。
待てよ…、岩上整体時代にもこのように不可解な痛みを感じ、あとになって分かったのが身近な患者の症状だったというケースが数多くあったを思い出す。
「おばさん、身体辛いんでしょ? 良かったら治しますよ」とその場でおばさんの身体を触診し、施術へ入る事にした。
首、肩を治し、張り詰めていた背中をほぐすと、おばさんは「いつも本当に助かるわ、いくら払えばいい?」と聞いてきたので、「看板などもう出していないから、金などいりませんよ」と答えた。
「さっきまで喉元が何だか詰まっていたような感じがしててさ、でも今は本当に身体全身がスッキリしてるわ」
そう喜んでいたので、俺も笑顔で店をあとにした。
歩いていて気付いた事。
起きた時気になっていた喉もとの異変は、すっかり無くなっていた。
すると俺の身近な人で、おそらく両足が酷く痛みを感じている人がまだどこかにいるのかもしれない。
何かしらの異常を訴える信号。
それを俺が感じ取ったからなのだろうか。
さて…、これから三十九年間で初めて彼女が…、いや、正確には二回目か。
ノリマンと別れたあと新しい彼女の朋花ができて浮かれているゴリのお祝いに、智一郎特製ミーとローフを作る約束をしたので買い出しだ。
一丁張り切ってみますか。
望との不倫中に教わったミートローフ。
今ではすっかり俺のオリジナル料理になっていた。
トマトソースのパスタに、フライドポテト、ミートローフの余った挽肉でメンチカツを作る。
途中伯母さんのピーちゃんが台所へ来て「私が使うからどけ」と言ってきた。
ここで何か言い返すと面倒なので「あと少しで終わるから、ちょっとだけ頼むよ」と返す。
ピーちゃんは無視してその場から消える。
ここ最近川上キカイのおかげで、平穏を取り戻せた俺。
また醜い言い合いなど望んでもいない。
仲良くする事は無理でも、これ以上揉める必要など無いのだ。
ゴリは大喜びでミートローフを受け取る。
「あとで朋花呼んで一緒に頂くよ。ありがとうな、岩上」
うん、俺の作った料理を喜んで食べてくれるのは、とても気分がいい。
川越祭り前、俺の着物を直してくれたコロボックル真紀美にも作ったが、喜んでもらってくれた。
…となると、やはり家の人間がおかしいのだ。
おそらく美味い不味いでなく、俺が作ったから口にしたくないのだろう。
まあそれだけ俺は忌み嫌われている訳だ。
俺も三十九歳。
家族間の関係は、修正など不可能なんだろうな……。
平日は朝八時頃家を出て、仕事へ向かう。
通常なら夕方六時、遅くても八時には仕事を終え、食材を買って家に戻る。
明日のお弁当を作り、お風呂に入って寝るのがだいたい夜の八時から十時。
加藤皐月がいなくなり、湯船へ普通に浸かれる幸せ。
本来自分の家なのに、こんな事で幸福を感じる俺はおかしいな。
そのまま横になり、就寝準備。
夜中の十二時から二時頃目覚め、朝まで執筆活動。
この時『岩上整体』時使用していた高周波で、身体のメンテナンスやトレーニングをしつつ、執筆をする。
たまに気分転換で絵を描いたり、PCゲーム『エイジオブミソロジー』をする。
俺がパソコンを先輩の坊主さんに勧められたのが二千三年。
このゲームを俺は七年も続けているのか。
そう考えると凄いゲームだな。
川上キカイへ通う平日の俺のルーティン。
土日祭日は休みなので、金曜の仕事明けは限界まで起きて、好きな事をする。
『鬼畜道 〜天使の羽を持つ子〜』の執筆。
疲れを感じると、携帯電話を手に取りゴリへ電話を掛けた。
「もしもし、何だよ、智いっちゃん」
何も言わずに電話を切る。
すぐ折り返し電話が掛かってきた。
「何だよ、いきなり切りやがって」
何も言わず、また電話を切る。
友人のゴリをいたぶって英気を養う。
基本的に部屋に籠もり、執筆。
腹が減るとゴリや飯野君へ連絡をして食事へ行く。
女も娯楽も無い生活を送っているが、それでも平穏無事な日々を過ごす俺は幸せを感じている。
俺はミクシィへ記事を書く。
やっと分かった。
作品の推敲及び加筆しながら、現時点で合計枚数だと、どのぐらいになるのだろう?
正確には計算していないが、多分六千五百枚枚ぐらいかな。
去ってしまったしほさんと前回三月頃まで書き上げた部分をこうして推敲加筆しながら行くと、果たしてどのぐらいの枚数になるのだろうか。
幼少編が四百四十四枚、そして中学編が三百八十六枚。
合計八百三十枚が、千百十一枚まで膨れ上がっているので、あくまでも想像に過ぎないが、おそらく約六千枚までの分は、一万枚ぐらいまで膨れ上がるんじゃないか?
とりあえずここまで色々試してみて分かった事がある。
俺の書く作品は、現世では誰からの評価をもらえないという事が。
じゃあ、何故俺はまだ書く意思というものをまるで失わないのだろうか?
まずは自身の浄化の為、あとは百年後、二百年後の人間が俺の作品を読んで考えてくれればそれでいいと思っているからだ。
しかしどうだろうか?
誰一人感想なんてくれない現実。
以前ならそれを気にしていただろう。
評価はどうか?
数字はどうか?
では、今はどうか?
ふ~ん、現世での俺の評価ってこれなのかと思うぐらい。
本音を言えばやはり反応がないという事実には寂しくは思う。
ただ、そんなものよりも、まずは自身の作品の追求…、これが一番大事なものである。
確かに俺が小説や絵と言った自身が生み出したものに関する記事になると、ほとんどの人がコメントをくれない。
作品を読んだ人はいるだろうけど、何も読み手には伝わっていないのだろう。
つまり、他の人にとってはどうでもいい事なのだ。
ならば現実を受け止めようじゃないか。
才能があるないで書き続けている訳ではない。
俺は今後も執筆についてはめげないし、続けるだろう。
好きで書きたくてやっている事なのだから。
なので来る者は拒まず、去る者は追わず。
この精神でマイペースに生きて行きたいと思う。
じゃあ何故こんな記事を書くか?
それについては簡単だ。
自分自身の感情の変化を今後の為に記しておきたいのだ。
それとこの記事を見ていないだろうが、ぎーたかへ。
俺はブレず、信念だけは持っているぜ。
川上キカイへ出勤する際、俺がみんなの弁当を作って持って行くのが定番になりつつある。
職場へ弁当を持って行き配ると、みんな喜んで食べてくれた。
材料費や諸々で自分の小遣いは減っている。
だがみんなが喜んで食べてくれるのが嬉しい。
それだけ職場の空気も人間関係もいい証拠である。
「うお!」
突然小田柳が大声をあげた。
「どうしたんですか?」
「あ、先生! 凄いっすよ。ほら、これ……」
この日何とスキャナーとプリンター複合機の中に、七万円が入っているのを発見したらしい。
「黙っていればいいのに」
俺が笑いながら言うと、彼は「そんな先生たち相手に狡い真似なんかしたくないですよと答える。
こういう人柄だから、今の職場は楽しく仕事ができるのだろう。
この金で飲みに行こうと朝六時まで酒を飲み、車の中で寝て、山利軒のランチへ行きB大を食べる。
B大とはB定食の大盛りの略。
内容は肉入り焼きそば大盛り、雲呑、ご飯にポテトサラダとすべて主食のみで構成された恐るべき定食なのだ。
「お兄さん、ごめんなさいね。B定食がご飯切れちゃって」
「ご飯無くてもB大で!」
「あいよ、B大三つ!」
川越工業高校の裏側にある山利軒。
ラーメン屋のくせに、周りから焼きそば御殿と呼ばれるだけはある。
何故そんな風に呼ばれるようになったかというと、ほとんどの客が焼きそばしか食べないからだ。
焼きそばで店を立派に建て直したほどなので、いつからか焼きそば御殿と呼ばれるようになった。
やはり太麺焼きそばだと、ここが一番美味いなあ。
小田柳に車で家まで送ってもらい、俺は執筆を開始した。
さて、今日は夜七時から連々会のおひまち。
蛇の目寿司へ行くようだ。
マグロをたらふく食べる事にしよう。
KDDI時代の同僚である幸から久しぶりに連絡があった。
音楽の活動をする彼。
四谷でライブを行うので、来てほしいとの誘い。
今は袂を別れたが、幸は俺にとって大切な仲間である。
快く行くと返事をした。
せっかくなのでゴリも誘う。
朋花とデートだという彼。
但し時間的に幸のライブには行けそうだと言うので、それなら無理やり誘ったのもあり、彼女を新宿まで呼んだらどうか提案してみた。
「朋花を新宿へ呼んでどうするの?」
「歌舞伎町時代、散々お世話になった美味い中華料理の店があるんだよ。普通の人じゃ誰も通らないところにあるんだけどね。良かったらそこでご馳走でもしようかなと」
ゴリは俺の提案に喜び、彼女へ声を掛け了承を得る。
これで次の日曜日の休みは、四谷で幸のライブ。
そのあとは新宿の叙楽苑に行く事が決定。
久しく歌舞伎町へ行っていなかったので、いい機会である。
金曜の業務明け、小田柳から日曜飲みに誘われたが、状況を話し丁重に断った。
新宿トモ……。
インターネットをいうものをやり出した時、ハンドルネームというものが必要だと誰からから聞いた。
ふと思いついたのは『新宿トモ』というネーミングだった。
新宿にいて名前が智一郎だから、新宿とトモを足しただけ。
単純な理由だった。
歌舞伎町という言い方はあまり好きじゃなかった俺は、当時から新宿という言葉を使っていた。
根底には裏社会にいる自分を否定していたからかもしれない。
当時、俺が働いていたゲーム屋の店『プロ』で、派手に金を落とす客がいた。
服装や身だしなみ、態度を見ながら浅草ビューホテルにいた時の感覚がした。
おそらく同業の人たちなんだろう。
自然と親しみを覚えた俺は、心から接客するよう動いた。
彼らはそんな俺に対し、言葉に出さなくても親しみを感じてくれたのだろう。
お互い名前も名乗らぬまま、そんな距離感は続いた。
ホテル時代から続いていた付き合いのある小川誉志子。
定期的にデートを重ねていたが、俺が新宿で働くようになってから、自然と歌舞伎町を避けていた。
過去のデートコースは、池袋のサンシャインプリンスホテル五十九階にあるラウンジだったり、目黒一〇一スタジオの横にあるステーキハウスだったりと、決まったコースがなかった。
ようやく新宿という街に親しみを感じ始めた俺は、彼女を歌舞伎町へ招待してみる。
ただ、下品な歌舞伎町の中を一緒にという訳にはいかない。
だから新宿プリンスホテルのレストランへ連れて行こうと思った。
階段を降りて地下二階へ。
イタリアンレストラン『アリタリア』の入口へ行った時、従業員の一人が俺の顔を見て、「あっ」と短い声を上げる。
見ると、よくうちの店に来る客の一人だった。
その従業員は、俺の顔を見ると奥へ消えて、すぐ上の人間を連れてくる。
同業だと思っていた彼ら。
俺が思った通りホテルマンだったのだ。
俺と誉志子は奥のテーブル席へ案内されるが、二人だけなのに長テーブル八名席だった。
畏まりながらコース料理と赤ワインのボトルを注文する。
すると従業員は「確かグレンリベットがお好きなんですよね」と、デキャンタに入れたリベットをテーブルの上へ静かに置く。
俺は笑顔で軽く会釈しながら前菜を口へ運んだ。
「もしよろしかったら…、こちら料理長からです」
和牛ヒレ肉の黒コショウ炒め、エスカルゴのガーリック風味……。
注文もしていないのに次から次へと様々な品が、テーブルへ置かれていく。
そんな光景を見て、彼女は目を丸くしていた。
八人掛けのテーブルでは乗せきれず、もう一つテーブルを横へ密着させるホテルマン。
半分以上料理を残してしまうぐらい、たくさんの料理が出された。
内心、会計いくらぐらい行くんだろうかと心配だった。
何度も会釈をしながらキャッシャーへ向かうと、レストランの支配人が笑顔でレジを打ち始め「六千円になります」と言った。
頼んだコース料理だけで一人一万二千円、他に酒などを合わせると三万円はいく。
しかもサービスで出されたものまで合計すると、七、八万近く行くのではと思っていたのに……。
「そんな…、申し訳ないですよ。ちゃんと払います」
すると支配人は「いえ、ちゃんとした明朗会計でございます」と微笑むだけだった。
至れり尽くせりとはこんな事を言うのだろう。
俺は感謝してもしきれないほど嬉しさを噛み締めながら、一万円札を出し「お釣りはいりませんから。せめてこのぐらい格好つけさせて下さい……」と言うのが精一杯だった。
外へ出ると、誉志子は自然と俺の腕に絡み付いてくる。
ホテルの雰囲気にやられ、いい気分だったのだろう。
「軽くカクテルでも飲みに行こうか?」
そう言うと、彼女はゆっくり頷き、最上階にあるラウンジ『シャトレーヌ』へと向かった。
俺にとって新宿プリンスホテルとは、歌舞伎町時代を生きた思い出のある場所。
だから十一月、幸のライブのあと、叙楽苑へ行くが、余裕あれば新宿プリンスホテルへ久しぶりに顔を出そうと思う。
確かKDDIでの新人歓迎会以来だよな。
現時点になってもプリンスの縁はまだまだ切れず、継続中だから。
疲れたな。
生きていくという事に、限界を感じている。
死ねば楽になれる。
逃げと人は言うだろう。
しかし、少なくてもこの苦しさからは逃れる事ができるはず。
この先、生きていても、何の楽しみも見出せない自分がいる。
生きていればいい事があるさ。
誰かが言った。
いい事って何だ?
希望?
いつからだろう、打ち砕かれたのは……。
生きる屍。
今の俺などそんなものだ。
何の為に俺は生まれたのだろう。
二十名以上の人間が笑顔で、俺の作ったちゃんこ鍋を食べる。
そんな喜んでくれるのなら、また来年も作ろうかな。
セブンスターに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。
川越祭りが終わったあと、すっかり恒例になるつつある会長宅でのおひまち。
俺と同世代の人間はここにいない。
全員が年上であり、またある程度の地位を築いた人が多い。
「龍一」
機長が話し掛けてくる。
この人は川越祭りを見て気に入ってしまい、連雀町内へ引っ越してきた変わり者だ。
みんなが親しみを込めて『機長』と呼ぶが、これは別にあだ名でも何でもない。
全日空の本物のパイロットなのだ。
「どうしたんですか?」
「おまえもそろそろいい年だろう。いい加減に家を継いだらどうだ?」
「……」
年……。
確かに世間一般で言えば、本当にいい年になっている俺。
「今、何をしているんだ?」
「そうですね…、小説を書いてはいますよ」
「それは趣味だろうが」
グサッと刺さるひと言。
一体どうしたら、そんな風に言われなくなるのだろう?
「一応俺、賞獲ってるじゃないですか。趣味って訳じゃないですよ」
言い訳をしているようで格好悪く思ったが、全国出版で本を出版社が出してくれたのだ。
一つの作品を書く自身の行動を執筆活動と思っている。
それがプロ意識かどうかは分からない。
でも自分の作り上げた作品には自信を持っていた。
「じゃあ、今の生活で金になっているのか?」
「……。なっていないですね……」
「そうだろ? 悪いけど、小説を書くなとは言わない。ただ、のめり込むのはいいが、あくまでも趣味の領域にしておけ」
「それは難しいですよ。中途半端な意識で作品を書く事なんてできないですから」
「だからいい加減家を継げって。おまえは神威家の長男じゃないか」
世間一般でいう長男という立場。
しかしいつだって都合のいい時だけしか、その言葉を言われない。
敷かれたレールの上を従順に走っていての長男ならそれでいい。
でも俺は違う。
レールなど敷かれた事もないし、忌み嫌われし存在なだけなのだ。
「長男…、確かにそうですね……。でも機長…、俺と親父の仲の悪さは知っているじゃないですか。無理ですよ」
「そういう問題じゃないんだ。おじいちゃんだって龍一が腰を上げるのを待っているはずだぞ。いつまでもフラフラしていてどうするんだ」
「また、身体を鍛えて…、リングに上がるかもしれません……」
小説と格闘技……。
俺の中で特別なもの。
「おいおい、おまえはもう年だし、リングの世界じゃ花形にはなれないぞ」
「それは分かってます。ただもう一度上がるのもいいかなと」
「肘を壊してセミリタイア状態。気持ちは分からないでもないが、素直に家をやれ。おまえが継げば、町内のみんなだって納得する」
「俺がどうやって家を俺がやるんです? 邪魔しようとする連中は腐るほどいます」
「長男のおまえが継ぐ事に対して、誰が反対するって言うんだ?」
家の本当の中など機長は何も知らない。
だから簡単に継げなどと言えるのだ。
「まず親父とあの女…、俺が入るのを賛成するはずがありません。それにおじいちゃんだって、別に俺が継ぐ事なんて期待していません」
「おまえが何故ここの席にいられるか、考えた事はあるのか?」
「ここの…、席ですか……」
「そうだ。おまえの力なんかじゃない。神威家の長男だからこそ、ここにいられるんだぞ。それを忘れてはいけない」
「……」
声を大にして「違うっ!」と叫びたかった。
少なくてもこの場はみんな、俺のちゃんこ鍋を食べに集まってくれている。
だからこそ他の料理も張り切って作り、半日以上の時間を費やして頑張ったのだ。
別にうちがどうだからとかなんて、まったく関係ない。
目の前で酒を飲み、陽気に笑う会長の顔が視界に映る。
感情的になるな。
なっちゃいけない。
この場はみんなが楽しく酒を飲む席である。
機長が俺の事を心配して言ってくれているのは百も承知していた。
だけど無理な注文なのだ。
家を俺が継ぐなんて……。
「まあ、飲め」
「いただきます」
緑色のボトル、グレンリベット十二年を機長がストレートグラスに注いでくれる。
そのあと色々な話をされたが、俺の頭の中では先ほどの「神威家の長男だからこそ、ここにいられるんだぞ」という台詞だけがこびりついていた。
『鬼畜道 〜天使の羽を持つ子〜』の冒頭にこの部分を付け足してみる。
以前しほさんから指摘された雷神と風神の下り。
あれはいらないのでは?
彼女の意見を尊重すると、冒頭をどう書くか。
悩んだ末にこの部分を書き、それから何故こうなったのかと過去を振り返る。
こんな感じならスムーズに作品へ入っていけるのではないだろうか?
今となってはしほさんの助言を聞けないのが、とても悔やまれる。
振り返るなよ。
彼女は俺から去ったのだ。
もう二度と戻らない。
未練があるのは仕方ない。
しかしあの時自身の意地を通した結果なのだ。
自己を昇華できるのも俺だけ。
もう誰にも頼れない。
ブレずにただ書こう。
明日は幸のライブで四谷へ。
いい気分転換になるだろう。
昼過ぎに西武新宿線本川越駅で、ゴリと落ち合う。
「岩上、俺は全然電車なんて乗らないから、四ツ谷の行き方なんて分からないぜ?」
「任せておけって。下調べはちゃんとしてきてんだよ」
家を出る前に乗継や時刻表を調べておいたのだ。
西武新宿線急行・西武新宿行
15:35 本川越 発
16分
15:51 新所沢 着
電車 - 西武新宿線急行・西武新宿行
15:35 本川越 発
15:51 新所沢 着
電車 - 西武新宿線
4分で乗換
15:55 新所沢 発
20分
16:15 国分寺 着
電車 - 西武新宿線
4分で乗換
15:55 新所沢 発
16:15 国分寺 着
160円電車 - JR中央線快速・高尾行
4分で乗換
16:19 国分寺 発
7分
16:26 立川 着
電車 - JR中央線快速・高尾行
4分で乗換
16:19 国分寺 発
16:26 立川 着
電車 - JR南武線・川崎行
7分で乗換
16:33 立川 発
11分
16:44 分倍河原 着
電車 - JR南武線・川崎行
7分で乗換
16:33 立川 発
16:44 分倍河原 着
120円電車 - 京王線・京王八王子行
3分で乗換
16:47 分倍河原 発
2分
16:49 中河原 着
電車 - 京王線・京王八王子行
3分で乗換
16:47 分倍河原 発
16:49 中河原 着
日本, 東京都府中市四谷 まで歩く
時間もなかったので、俺は調べた上記の部分を乱暴に紙に書き殴り、ポケットに入れていた。
俺は、ゴリと昔話に花を咲かせながら新所沢駅で一度降り、国分寺行きの電車を普通に待っていた。
国分寺から立川へ。
立川には昔競馬をしに行った記憶がある。
ゴリが、以前立川の駅前にあるピンサロで病気を移された話で盛り上がり、分倍河原駅まで向かう。
部倍川原(ぶばいがわら)…、何て読むのだろうと二人で話しながら「ぶんばいかわはら」とか「ぶべがわら」とか好き勝手な読み方をしている内に到着。
えーとお次は中河原駅でおしまいか。
中河原駅に到着し、改札を出る。
ちょっと可愛い女がいたので、「お姉さん、四ツ谷って何口から出ればいいんですかね?」と尋ねると、「はあ? 四ツ谷ですか……」と表情を曇らせた。
「ええ、ここから徒歩で数分の距離ですよね?」
「すみませんが、あそこに交番あるんであっちで聞いてもらえませんか……」
冷たい女だなと思いつつ、適当に外へ出る。
辺りをキョロキョロと見回すが、『四ツ谷』という文字がまるで出てこない。
俺は駅前でドコモのチラシを配っていたメガネの女の子に尋ねてみる。
「はあ? 四ツ谷ですよね……。えっと…、四谷町じゃないんですよね」
「四谷町? 何すか、それ?」
聞いてみたところ、府中市四谷という場所があるらしい。
俺たちが行きたいのは新宿区四ツ谷なのに……。
間に『ツ』が入っていないので、コンピューターは『四ツ谷』でなく『四谷』への正確なルートを表示していたのだ。
「はあ…、また幸さんのライブ、遅刻か……」
道理で四ツ谷へ着かない訳だ……。
「なあ、岩上…。俺はよく知らないけどさ、それでもなんか電車間違ってねえか?」
「何で四ツ谷行くつもりがこんなところ来てるの?」
「俺に聞くなよ。岩上が分からねえのに、俺が分かるわけないだろ」
「多分…、いや、確実に新宿から遠くに離れていると思う」
「乗り換えて戻らなきゃマズいだろ?」
「そうだな……」
自分でも何故こんな場所へ来たのか見当もつかない。
知らない場所へ行く時は、駅員にちゃんと聞いてから電車へ乗ったほうがいい。
良い教訓になった。
結局幸のライブには終了間際ギリギリで間に合う。
すっぽかす形にならなかったのはよかったが、非礼を幸に詫びた。
明るい彼は「岩上さんが来てくれただけで嬉しいです」と笑顔を絶やさない。
頑張っていいミュージシャンになってほしいものだ。
四ツ谷から新宿歌舞伎町へ戻り、叙楽苑へ向かう。
ゴリは細い路地へ入るとさすがに薄気味悪くなったのか、表情を曇らせる。
「岩上…、こんなところ歩いて大丈夫なのか?」
「まあそれが普通の反応だよな。安心しな。俺が二十半ばからよく来てる店だ」
「岩上がそう言うなら……」
「彼女は何時頃になるの? 名前ノリマンだったっけ?」
「それは前の女の名前だろ! ワザと間違えやがって。朋花だよ、朋花! あと一時間くらいで着くってさっきメールあったよ」
「じゃあ着いたらゴリ迎えに行ってやれよ。もうこの店の道順は分かったろ?」
「うーん…、自信無えなあ……」
「いいか? この店出てすぐの通りが花道通り。交番がある通りね。ずっと真っ直ぐ行けば、西武新宿駅にぶつかるから。そしたら左。それで改札へ行けるエスカレーターや階段あるから」
「分かった、とりあえず行ってみるよ」
俺は叙楽苑のママと、久しぶりの会話を楽しむ。
ゴリたちが戻ってきてもいいように、豆苗炒めと台湾風骨付き豚肉の唐揚げ、麻婆茄子、五目焼きそば、唐揚げの麻婆和え、春巻を注文。
あとは個々の頼みたいものを注文させればいいか。
十分ほどしてゴリカップルが到着する。
「いつもご馳走になってすみません、岩上さん」
「まあゴリと朋花ちゃんが、付き合った目出度い祝い代わりだ。好きなだけ食いな」
「ありがとうございます」
叙楽苑を出ると、次は新宿プリンスホテルへ。
さすがに腹が一杯だったので、最上階のラウンジへ行き、酒を振る舞う。
これで俺の財布はスッカラカランになった。
お袋を亡くし一時はどうなる事やらと心配したが、こうしてまた元気なゴリに戻ったのは、彼女の存在も大きいだろう。
一つだけ心配な点があった。
auグリーで知り合ったという二人。
ゴリに聞き、彼女のページを見てみたが、実際に会った真面目そうな印象とは打って変わり、過激なものだったのだ。
まずハンドルネーム。
俺は現在『いちご』。
ゴリは『シビック』。
朋花は『いい加減平和ボケから気付いて日本人』という挑発するような名前をつけていた。
投稿内容を見てみると、自民党経由の政治的応援記事が多く、過激な発言をする政治家に心頭している。
何も考えていない性欲だけのゴリと、変に右寄りな朋花。
果たしてこれからうまくやっていけるのかと思うと、一抹の不安を覚えた。
ただ幸せそうなゴリを祝う気持ちだけは本当で、金銭的余裕はなかったが、それでも叙楽苑の代金は俺がご馳走してあげた。
土日の金遣いが響き、とうとうタバコ銭まで困るようになった。
そうなるのを分かりながらご馳走を振る舞う俺は、相変わらず馬鹿だ。
派遣会社に給料の前借りを頼む。
俺の担当だった木本太郎が会社を突然辞めてしまったようで、新しい担当が決まるまで前借は待って欲しいと言われた。
何、太郎の奴、勝手に辞めてんだよ……。
タバコも吸えない惨めな生活だけはごめんである。
俺はゴリへ電話した。
「あ、ゴリさ…。大変申し訳ないんだけど、給料日まであと一週間あるのね。それでこの間使い過ぎちゃって、かなり金欠で……。申し訳ないんだけど、五千円だけ貸してもらえない?」
「五千円でいいの? 今さ、朋花と飯食っているから、あとで岩上の家まで行くよ」
「悪いね、ゴリッチョ」
あいつが来るまで、とりあえずシケモクで我慢するか……。
俺は部屋のゴミ箱から吸い殻の長めのやつを探し、それに火をつける。
格好つけて奢っておき、それで金欠でゴリから金を借りるなんて、本当に俺は駄目だなあ……。
ここ最近付き合い事が多く、酒を飲む機会が増えている。
日常においての付き合いなら、必要最低限大事にしないといけない。
しかし、少し今の俺はハメを外しているような気がする。
生活する為の仕事。
日々を生きる為の食事と睡眠。
あとはできるだけ執筆にもっと時間を割かないと。
楽しい事をするのは簡単である。
だが孤独に打ち勝つのが人生だとすれば、逆に自身の心を脆くさせてしまう。
人と会い、様々な話をするのは楽しい。
でも、今の俺はまだやらなきゃいけない事があるじゃないか。
なら、もっとストイックになろう。
自身が掲げた目標をクリアするまで、よりストイックに。
全日本プロレスへ入るんだと日々努力し、鍛錬し続けたあの頃を思い出そう。
それに近い感覚…、いや、より精神を研ぎ澄ませよう。
自身が書いたこの文字の羅列。
無意味なものにしちゃいけない。
さて『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』の幼少編。
ゴリが来るまで、小学校六年生時代のエピソードを書き足すか。
この頃家の目の前にある映画館『ホームラン』では真田広之、薬師丸ひろ子主演の『里見八犬伝』を上映していた。
俺は角川映画を好んでよく観ていたが、この作品は自分の中で別格だった。
薬師丸ひろ子が何故ああまで人気があったのか、小学生の俺には分からない。
でも真田広之の格好良さだけは理解しているつもりだった。
昔、ジャッキーチェンの映画を意識したのか『吼えろ、鉄拳』という作品があった。
それはいまいちだったけど、ジュリーこと沢田研二が出演した『魔界転生』は衝撃的だった。
『伊賀忍法帖』はモジャモジャ頭の忍法僧が口から吐く黄色い液体を見て、鳥肌が立った。
『伊賀のカバ丸』では無性に焼きそばが食いたくなったものである。
今回の『里見八犬伝』を見て、一番気に入ったのは八つの光る玉だった。
『仁・忠・義・孝・礼・智・悌・信』、この八つの文字を俺はビー玉へマジックで書いてみる。
薬師丸ひろ子役の姫は、このクラスだと誰がいいかな?
顔立ちで選ぶなら、中田豊美と近所で仲のいい薄川由美なんていいかもしれない。
館山留美江はそこそこ整った顔立ちだけど、結構凶暴だから駄目だ。
心の中で静姫役を薄川由美に決めると、俺はビー玉を配る事にした。
にんべんに二と単純な漢字の『仁』は、オロナミンジュニアこと笹田秀へ。
親孝行の『孝』はおじん臭いイメージがあるので、おじんと言うあだ名の高橋忠勝へ。
いまいち意味の分からない『悌』は、弟という文字があるので弟の龍也へあげた。
礼儀作法の『礼』は、船ヤンへ。
信じるの『信』は、内野雅夫に。
一番格好いい漢字の『義』は、全然格好良くないけどいつも一緒に遊ぶデコリンチョこと桶川俊彦へ渡す。
何となく頭がいいというイメージの『智』は、俺が持つ事にした。
最後に余った忠犬ハチ公の『忠』は、特別他のクラスの神谷へ。
「何だ、こりゃあ?」
今ではドーナツ型だったホクロもすっかり元に戻った神谷。
『忠』と書かれたビー玉を不思議そうに眺めている。
「神谷は里見八犬伝って知らないのか?」
「ああ、知らねえ」
「俺がボスで、このビー玉をもらった奴らは俺の配下になるんだよ」
「何で俺が神ヤンの配下にならなきゃいけないんだよ?」
「ビー玉をもらったからだ」
「じゃあ、こんなものいらねえよっ!」
そう言って神谷は『忠』のビー玉を窓の外へ放り投げた。
「テメー…、せっかく人が一生懸命作ったものを……」
「ケッ…、神ヤンもいい加減大人になれよ。もうちょいで中学生になるんだぜ」
ニヤリとしながら背を向け廊下を歩いていく神谷の後姿を見ていると、無性にムカムカしてきた。
助走をつけてそのまま全力でダッシュし、「神谷~……、ポアッ!」と叫びながら憎たらしい後姿へ飛び膝蹴りをお見舞いしてやる。
「いってーなぁ…、この野郎…。何をしやがるんだ」
「おまえが大切なビー玉を捨てるからだ」
俺と神谷はその場で取っ組み合いの喧嘩を始めた。
昔を思い出すと、岩上整体時、俺から金を借りて逃げた馬鹿ヤクザの内野正人。
あのクソ野郎に小学校の時俺は『信』のビー玉をあげていたのだ。
金を持ち逃げした馬鹿に、幼少時代信じるの『信』をあげたいたなんて、俺は何ておめでたい馬鹿なのだろう。
鬼畜道ではみんな、名前を少しいじっているが、内野だけは全部本名で書いてやろうか。
そういえば神谷役の亀田直剛は、元気でやっているのか?
クレアモールに当時住んでいたが、立ち退きであいつの家はとっくに無くなった。
どこで何をしているのやら。
当時よく「亀田ポア」と小馬鹿にしていたが、思い返せばオウム真理教の麻原彰晃が「ポアする」と人を何人も殺してきたが、俺のほうが『ポア』については先だったのだ。
何故なら小学三年生頃に、俺は「亀田ポア」とやり始めたから。
久しぶりに亀田に会いたいなあと思った。
連絡先も何も分からない。
まあ、交錯する何かがあれば、自然と出会う事もあるのだろう。
ゴリが家に到着する。
俺は玄関まで出迎えると、彼は「飯でも行かないか?」と誘ってくる。
「いやいや、おまえから金を借りる立場なのに食事は……」
「金を貸すのはいいんだけどさ、ちょっと聞いてもらいたい話があってさ。飯ぐらい奢るよ。だからその辺のファミレスへ行こう」
さっきまで彼女の朋花と会って食事をしていたと言っていたゴリ。
何かしら愚痴でも話したいのだろうか?
俺は了承し、ゴリの好意へ甘える事にした。
南大塚駅の近くにある国道十六号沿いのびっくりドンキー。
「まあ好きなの食いなよ。それからこれ、五千円ね」
「悪いな、ゴリ」
「何言ってんだよ、おまえにはいつもご馳走になってんじゃねえかよ」
「ところで話を聞いてもらいたいって、朋花ちゃんの事か?」
「ん、ああ…、実はそうなんだよな……」
「どうした?」
「ほら、さっき岩上が五千円貸してくれって電話あった時、俺は朋花と飯食ってただろ?」
「ああ、それで?」
「俺が簡単に五千円貸すのをいいよって言ったのが、あいつからしたらあり得ないらしく『お金のやり取りをそんな簡単にするなんて駄目でしょ』とね」
「……」
金銭的にしっかりするのはいい事だとは思う。
ただ、俺はつい最近彼女には川越祭りで山ほどのご馳走もしているし、先日だって新宿で叙楽苑、新宿プリンスのラウンジで酒までご馳走しているのである。
人からの奢りは普通に受けておき、彼氏であるゴリへ五千円貸してくれという事に対しての過剰反応。
気分の良くない話を聞いたものだ。
あのauグリーのハンドルネーム『いい加減平和ボケから気付いて日本人』の朋花は、ちょっとどこかズレている気がした。
「悪かったな、ゴリ。俺が金を貸してなんて電話したせいで……」
「いや、岩上のは別にいいんだよ。困った時は誰だってあるし。俺はあいつに言ったんだよ。別に昔からの仲だし、色々奴にはご馳走にもなっているだろうと」
「うん」
「それで簡単にそんな大金の貸し借りとかうるさいからさ、ちょっとした口論になってね」
「それは俺が貸してくれって言ったから……」
「それはいいだって! あいつにさ、俺は言ったんだよ。岩上は古くからの友達だし、貸すのは俺の金でおまえに言った訳じゃないって」
「ああ」
「それでもグダグダ言うからさ、気まずい雰囲気になってさっき送ってきたんだ」
「確かに結婚している訳でもないのにゴリの金をどうしようと勝手だもんな。それで朋花ちゃんに奢れとか金を貸してくれっていうんじゃないし」
「ちょっとしたすり違いって言うか、何かズレを感じるんだよな……」
「俺はとりあえず朋花ちゃんが一緒にいる時は、会わないようにするよ。そんな事あったんじゃね」
「いや、あいつが少しおかしいだけだよ。気にしないでいいって」
ゴリは平静を装うが、それが原因で別れたら、それはそれで俺が何か嫌だった。
この際だ、気になった事を言っておくか。
「なあ、ゴリッチョ…。俺さ、グリーであの子のプロフィール見たけど、あれって何?」
「ああ、『いい加減平和ボケから気付いて日本人』ってやつだろ?」
「そうそう。政治に凄い興味津々みたいだけどさ。親族が政治家とか?」
「いや、全然。ただ政治には凄い興味あるみたいでさ、この間も田母神とかいう偉大な政治家が演説するから一緒に行こうとかさ…。俺はまったく興味ないじゃん。だからその辺でよく衝突というかすれ違いはあるよね」
しかも自民党系かよ……。
県会議員に出馬する先輩の中野英幸さん。
親父さんの清さんと同じくどう見ても自民党だろう。
朋花が変に絡んで来たら、何か嫌だな……。
「むう…、あの子は政治結社だったのか……」
「ふざけんな! 何が政治結社だよ。人の女捕まえて悪の手先みたいに言いやがって」
「でもさ、冗談じゃ済まないケース、その内出て来るぞ?」
「まあな…、あ、ハンバーグが来た。食おうぜ」
ゴリと政治結社朋花カップル。
先行きを考えると、一抹の不安を覚えた。
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