2025/01/04 sta
前回の章
ただの長い強い地震だと思った。
東日本大震災と呼ばれたこの地震。
主に東北地方太平洋沿いで、福島第一原子力発電所の放射能汚染による大規模な事故となる。
想定外の大きな津波、そして火災により東北地方を中心に十二都道府県で二万二千三百二十五名の死者や行方不明者が発生した。
俺が生まれる前にあった関東大震災の次ぐ被害規模のようだ。
こんな事態だと知らない俺は、夜になると普通に車を走らせ佐川急便さいたま営業所へ向かう。
いつもなら空いているはずの国道十六号。
途中で妙な渋滞をしている。
荒川の橋の上なので、まるで身動きが取れない。
余裕を持って出発したつもりが、下手したら遅刻?
焦った俺は職場へ連絡をした。
「あ、岩上さん、仕事へ来れそうですか?」
「今向かっていますよ。ただ変に渋滞で身動き取れないので、遅行するかもです」
「来てくれるだけでありがたいです。電車も動いていないみたいだし、来れない人続出している状況なんですよ」
明かな異常事態。
ひょっとしてさっきの地震のせいだろうか?
ほぼ徐行のような形でしか進めない渋滞。
焦ったところでどうにもならない。
俺はタバコへ火をつけ、夜空を見上げた。
ようやく佐川急便さいたま営業所へ到着する。
まばらな作業員たち。
俺は近くにいる人へ状況を聞くと、先ほどの地震のせいで大規模な被害を受けていると初めて知った。
普段からテレビを見る習慣が無い俺は、世の中の情勢に疎かった。
波に飲まれ、流される車。
誰もが想定外の出来事。
ニュースを見て、こんな事が現実的に起きているのかと驚いた。
どれだけの人々がこの地震による震災で亡くなったのか、まるで想像もつかない。
地獄絵図のような映像を見て、何かの意思による自然淘汰なのかと思ったほどだった。
自身が住む川越では地震による揺れ程度で、特別何か被害が遭った訳ではない。
変わった事といえば、数日経ちガソリンスタンドに長蛇の列ができるようになった事。
そしてスーパーなどで食料品の買い占め問題程度。
計画停電で、一日数時間停電になる事もあった。
二千十一年三月十三日。
皆さんで協力してあげて下さい。
連絡できる所、お願いします。
今日十八から二十時頃に、中部電力が東京や被災地に電力を送る為に、愛知などの中部に住む人は節電に協力してほしいとの事。
なので普通に生活を送れている方々、私らも一つ協力しませんか?
使わないコンセントからプラグ抜くだけでだいぶ違うので、協力してあげて下さい。
できるだけ多くの人に回せたら回して下さい。
岩上智一郎より
自分で何かできる事はないか?
被災地へボランティアへ行く?
無理だ、そこまで俺は金銭的な余裕が無い。
何かを送ってあげる?
したいが、それすらも金銭的な余裕から無理だ。
俺はミクシィなどで、この程度の記事を書く事しかできなかった。
佐川急便へ行くのに車は必須。
走れば燃料は減る。
俺は高校生時代アルバイトをしていたガソリンスタンドの山口油材へ行くが、呆れるほど長蛇の列。
うんざりしていると山口油材の従業員が駆け寄ってきた。
「智一郎さん、こちらからどうぞ」
「え、だって並んでいるじゃん」
「いえいえ、こんな時だけ並んで来る客よりも、日頃の常連さんを最優先しますよ。こちらから来て下さい」
並んでいる客たちから見れば、反則行為だろう。
しかしスタンド側の言い分も分かる。
俺は仕事もあるのでその好意に対し、素直に甘える事にした。
スタンドを出てすぐ左手にある島忠とスーパーのOK。
小腹が減っていたのでスーパーへ入る。
愕然としたのが、普段なら腐るほど陳列されている食料品。
それがほぼ無い状況。
塩むすびが二つだけ残っていた。
誰がどれだけ買ったのかは分からない。
ただ、何故そうパニックになっているのだろうか?
川越ではほとんど被害など受けていないのに……。
俺はこの一連の状況に対しての記事を書いた。
今できる事
ちょっとした停電、電車の遅れ等不便な面もあるかもしれないけど、自分たちの地域は非常に恵まれている。
災害の見舞われ、地獄のような生活を送っている方々にしてみれば、それだけで幸せなものだ。
今回、スーパーなどで買いだめをしている輩たちへ言いたい。
私利私欲の為に焦ってそんな食料を買いだめしてどうするの?
もっと困っている人々はたくさんいる。
せめて普通に生活してみたらどうかな?
金を送れなくても、ボランティアに行けなくても、誰でもできる事は少しくらいある。
俺は暖房を消して布団に包まる。
そんなちょっとした気遣いを日本中の人がみんなしたら、助かる人がその分出てくる。
でも、自分一人くらいなら気にしないで大丈夫。
そう思う人間が多数いるのも事実。
だから食料の買い占めなど、異常事態が起きている。
世界中から日本はいい国というイメージがあるが、すべての日本人が良い人という訳ではない。
これはどんなに力説しても、お願いしても、分からない人間は本当に分かってくれないのだ。
少ししてタバコ不足という現象に陥った。
セブンスターの販売個数制限。
一人一箱までと書かれた紙がコンビニエンスストアなどで貼られ、日本はこれからどうなっていくのだろうと不安に駆られる。
佐川急便の荷物でタバコが二百個入りの段ボールが届く。
荷物でなければ喉から手が出るほど欲しい衝動に駆られた。
作業員の中で、どんな方法を使ったのかは知らないがタバコを買い占めをして休憩中「セブンスター一つ倍の値段で売るよー」と抜かす馬鹿まで出現したほどである。
人として非常に浅ましい。
軽蔑されるような行為をこの男はたかだか数百円の利益を儲ける為に平気で行う。
そんな人間も身近にいた。
キツい思いをするのはみんな同じだろうに……。
しかしこういった人間は、少なからず存在するのだ。
呆れるだけで、怒るほどでも殴るほどでもない。
ましてや法的に違反している訳でもない。
ただ、人間として少し寂しい人だというだけ。
人間は理想と希望と矛盾を抱えながら、こうして生きていく。
仕事の休憩中、メガネを掛けた天然パーマの小さな男が声を掛けてきた。
名前を西尾といい、妙に甲高い声をしている。
「岩上さんってプロレスにいたんですか?」
佐川急便では特に自分の経歴を話していなかったので、どこからそれが漏れたのか気になった。
それに俺はプロレスラーという訳ではない。
全日本プロレスにプロテストは受かったが、そのあと試合にも出れず左肘の故障で終わっている。
プロとして出たのは総合格闘技だけ。
つまり俺は世間的にプロレスラーとは呼べない。
「うーん、何の事でしょう? 人違いじゃないですか?」
「だってこれ! 自分が見つけたやつですけど、これ、どう見ても岩上さんですよね?」
GBR>ニュース>【clubDEEP】1・14合計体重なんと700Kg以上!メガトンマッチにリングが壊れる!?
西尾は二千八年に総合格闘技へ復帰した時のDEEPの記事を見せてきた。
「……」
コイツ、筋金入りの格闘技オタクか……。
「ほら、岩上智一郎は千九百九十二年に全日本プロレスにも所属って書いてあるじゃないですか」
「……」
何故素性を隠していたかというと、気性の荒い人間が多いこの職場で、俺の格闘技や小説を出すと、変に絡んできそうな人間が多いと思ったからだ。
ましてやプロレスとなると、低知能の人間は決まって「プロレスって八百長でしょ?」と始まる。
佐川急便ではからかい半分でそう挑発してきそうな人間が多そうという自身の想定。
しつこく言われ、俺が怒ったとしても結局のところ職を失うだけ。
そこまでを考えて黙っていたのに、西尾はしつこかった。
「いやー、初めて見た時から身体は大きいし、力は半端じゃないから絶対に何かやってた人だなあと思ってはいたんですよね」
「あまり言い触らさないで下さいよ……」
「何でですか? プロレス最高じゃないですか! 自分は凄い好きなんですよね」
どうやら俺の杞憂だったようである。
彼は大のプロレスファン。
それならまだ話も多少は合うか。
そういえばミスター雁之助が、今月の三月三十一日に新木場で興業を打つって言っていたよな。
木曜日なので同級生の飯野君やゴリなどを誘っても無理だろうし……。
俺は西尾を雁之助の興業へ誘ってみる事にした。
「え、ミスター雁之助ってFMWの? 知り合いなんですか、岩上さん」
「知り合いじゃなかったら、こんな木曜平日の興業なんて誘わないですよ」
「うーん…、でもなあ…、仕事休むのはいいんですけど、金の持ち合わせが……」
「もちろん招待だからチケット代はいりませんよ」
「えっ、本当ですか? すげー」
「じゃあ三十一日は行くって事でいいですね? 雁之助に、行く人数予め伝えとくようですから」
「何だかタダなんて悪いなあ…。でも行きます!」
西尾と俺でとりあえず二人。
どうせなら佐川急便で仲良くなった人間に声を掛けてみるか……。
三月二十日を過ぎ、幾分気温も温かさを若干感じるようになってきた。
西尾は変に俺へ懐いたようで、休憩になるとやたら話し掛けてくる。
プロレス界の裏話を色々聞きたいようだ。
適当にあしらいつつ、外へタバコを吸いに行く。
喫煙場所に俺より少し年上の穏やかそうな男がいて、こちらへ軽く会釈をしてきた。
俺も笑顔で会釈を返す。
名札を見ると『小田中』と書いてある。
「珍しい苗字ですね。読み方は『こだなか』さんでいいですか?」
「いえ、結構みんなそう言うんですが、正確には『おだなか』です」
「すみません、失礼しました」
「いえいえ、田中とか小田だったらたくさんいるんでしょうけど、私のような苗字は中々いないですからね」
見た目通り温和な人のようだ。
「どちらからいらしているんですか?」
「私は上尾ですね」
「自分は川越です。小田中さんは車で?」
「いえ、日進駅から歩いて来ていますよ」
「上尾じゃ、一度大宮まで来て、それから日進ですよね。通うの大変ですよね」
「ええ、さすがに私も四十一なんで、色々大変ですよ」
そう言って小田中はメガネを外し、レンズを拭きながら笑った。
「良かったら、帰りは一緒じゃないですか。通り道って訳じゃないですけど、俺が上尾まで車で乗せて行きましょうか?」
「いやいや、それじゃ悪いですよ」
俺は今までどこか佐川急便の人間と一括りにしてしまい、偏見的な見方をしていた。
西尾のように急に仲良くなれる人間もいるし、仕事で隣り合わせの山口のような優しく面倒見がいい人もいるのだ。
この小田中となら仲良くなれそうな気がした。
仕事終了後、俺は小田中を乗せ、上尾まで向かう。
川越なら基本真っ直ぐな一本道だが、上尾は一度北へ行ってからになるので正直回り道になる。
それでも親睦を深めるにはちょうどいい距離だと思う。
彼は真面目そうな外見とは裏腹に、バンドを組み音楽活動をしているようだ。
俺自身音楽というものにまるで興味が無かったので、必要以上に突っ込まず聞き役に撤した。
機を見て三十一日の雁之助興行へ誘う。
しかし小田中は休みをすべて音楽活動に捧げているらしく断られてしまう。
興業の日にちも迫ってきている。
俺は他に誘える人間はいないか探す事にした。
業務上隣同士になる山口。
同じ見沼区へ出荷担当になるので、常に顔を合わせる。
俺はベルトコンベアーの荷物が空いた瞬間、雁之助興行を誘ってみた。
「岩上さん、誘いは嬉しいんですが、このエリアの担当で自分と岩上さん同時に休むってなると、岸本さんが絶対許可しないと思いますよ」
確かに山口の言う通りだった。
大型荷物が多いこのエリア。
そしてベルトコンベアーの流れる来る部分では先端。
つまりそれだけ他所の場所の荷物も多く、その中から仕分けなければならないので仕事として難易度はとても高い。
俺と山口の同時休みとなると、このエリアが回らなくなる可能性は大である。
しかも先頭で荷物が詰まるという事は、それ以降のラインすべてに影響が掛かるのだ。
あの癇癪持ちの岸本が、それを許すはずがないだろう。
それにしても俺はここでメガネを掛けた人間とした親交がない。
山口、西尾、小田中と全員がメガネマンなのだ。
西尾は参加、残り二人は駄目。
メガネ、メガネ、メガネと立て続けだから、うまくいかないのか?
次はメガネを掛けていない人間のほうが、いいのではないか。
何でミスター雁之助の興行へ行くのに、俺がここまでムキになっているのか自分でも分からない。
ただ西尾も誘ってしまった今、二人だけで観戦へ行ったとして「え、岩上さんって友達少ないの?」と変に思われるのが嫌で、見栄を張っている。
いや、そもそも雁之助が、いちいちそんな事を思うか?
多分二という数字が、自分的に嫌だったのである。
『第二回世界で一番泣きたい称せるグランプリ』……。
あれから二年以上の月日が流れた。
本は確かに世に出せた。
だが、それからの俺はどうだ?
こんなクソみたいな場所で、クソみたいな生活を送っている。
描いた理想とのギャップ。
佐川急便と小説。
まるで意味が無いじゃん……。
やめよう……。
これ以上、小説の事を考えても無駄に落ち込むばかり。
今は雁之助興行へ観戦に行く。
その為の連れて行く仲間を増やす。
そう…、俺は馬鹿なんだから、それだけ考えようじゃないか。
ベルトコンベアーから流れる荷物が終わると、次は手の空いた人間が集まり一斉にトラックのおろし場へ向かう。
俺は運転手たちから相変わらず「あ、力持ち! こっちこっち」と呼ばれる。
いい加減、名前くらい憶えろよと思うが、ここでは期待するだけ無駄だ。
俺は言われるまま行き、荷物をひょいひょい降ろす。
自分の肉体の為にこうしてやっている。
今はこのアイデンティティーを崩すな。
トラックが空になる。
次のトラックへ向かう。
一人目立った動きをしている作業員がいた。
確か名前が住谷。
大きくない身体で我武者羅に動き、他の人間との働きは一線を画している。
荷物を出し終えると、その場にへたり込み肩で息をしているほどの消耗。
俺はそんな住谷に交換を覚えた。
休憩中、住谷は一人でいる事が多い。
俺は温かい缶コーヒーを買って、住谷へ手渡す。
不思議そうな顔で俺を見る住谷。
「いや、いつも荷物を降ろすのに全力だなって感心しているんですよ」
「そんな…、自分はここで一生懸命やるだけですから……」
控えめな性格。
年齢を聞くと、まだ二十五歳。
俺より一回り以上年下である。
このちょっとした会話がきっかけで、俺は住谷と親しくなった。
彼は以前知人と共同経営で焼鳥屋を始めたが、数ヶ月もしない内に資金繰りに苦しんだらしい。
知人に裏切られる形で借金だけを背負い、こうして佐川急便へ流れてきたと説明された。
人より損をする性格。
自分と似た部分に共感を覚える。
帰り道、トボトボ歩いて帰る姿は何度か見ていたので、声を掛けた。
駅から徒歩で通う住谷。
住む場所を聞くと上尾だと答えたので、俺は彼も帰り道送っていく事に決めた。
小田中と方向は同じなのだ。
数キロ違うだけなので、大した違いはない。
こうして徐々にであるが、佐川急便でつるむ人間のグループが自然と構築されていく。
三月三十一日がやって来た。
ミスター雁之助主催興行『鬼神道』。
場所は前回おぎゃんや三枝さんと行った新木場。
今回は西尾と住谷が一緒に行く事になった。
朝まで仕事して、俺が二人を車に乗せて川越へ。
雁之助は招待でと言うが、無料だからラッキーという訳にもいかない。
俺は祝儀袋に一万円札を入れて準備をしておいた。
二人には無料でと言っているので、金を取る訳にもいかないだろう。
興業は夕方からなので近所の湯游ランドへ行き、お風呂に入りつつちょっとした睡眠を取る。
いい頃合いの時間になったので新木場へ向かうと、クレアモールを歩いている最中西尾を声を掛けてきた。
「岩上さんってほんと有名人なんですか? 通行人が誰も声を掛けてこないじゃないですか」
「はあ? 別に俺は芸能人でも何でもないし、何で通行人がわざわざ声を掛けてくるの?」
「ミスター雁之助と知り合いなんて言っていましたけど、本当に知り合いなんですか?」
何だ、このチビ助?
タダで興行へ招待して、車で送り迎えまで俺がして、さっきのお風呂代だって奢ってやったのに、人を嘘つき呼ばわりしているのか?
俺の目つきが険しくなったのを察知した住谷が慌てて間に入り、話題を変える。
これから向かう途中なので、俺もイライラしていてもしょうがない。
しかしこの会話で、何となく西尾の卑しい人間性が少し分かったような気がした。
人選をミスッたと思ったが、今さら興行へ西尾を連れて行かない訳にもいかない。
雁之助には俺を含め三人で行くと伝えてしまっているのだ。
何となくモヤモヤしたまま新木場へ到着した。
会場へ入ると、レスラーたちがオリジナルグッズを売店で立ちながら販売している。
「あ、岩上さーん」
声の方向を見ると、ミスター雁之助が手を振っている。
俺は会釈しながら近付き声を掛けた。
「もう雁之助さんは試合に出ないんですか?」
「前に引退するって言ったじゃないですか」
「でも、まだ身体だってあるし筋肉も衰えていない。勿体ないですよ」
「まあ正直後ろ髪を引かれる思いはありますよ。でもね、これでまた復帰したら、嘘つき大仁田と同じになっちゃいますからね」
雁之助は未だ大仁田厚を恨んでいた。
FMWの荒井社長にすべてをおっ被せ、首吊り自殺まで追い込んだという話。
詳細までは決して話さないが、俺と岩上整体で出会った頃からその怨恨は変わらない。
俺と親しそうに話す雁之助を見て、西尾は知り合いなんだと分かり、緊張して固まっていた。
「あ、雁之助さん。これ、気持ちですが……」
祝儀袋を渡そうとするが、彼は「そんな…、悪いからいいですよ」と断る仕草をする。
決して懐事情がいい訳ではないのを知っている俺は、無理やり手渡す。
「すみません、岩上さん……」
「何を言ってんですか。こっちは三人も招待されているんですよ。足りないくらいで逆に申し訳ないです」
「本当ありがとうございます。楽しんでって下さいね」
雁之助と別れ、住谷と西尾を探す。
西尾は売店にプロレスラーのTAKAみちのくがサイン付きでTシャツを販売しているのを知り、興奮しながら買っていた。
東日本大震災で被災した人たちとは違い、不便ながらも俺たちの日常はそういつもと変わらない。
被害に遭った人々へ、何かできる事はないか?
そう思っても金も力も無い俺は、給料日になると千円札を募金する程度の事しかできない。
そんな最中、被災地への炊き出しでプロレスラーの長州力が来たニュースを見た。
元プロレスラーの長州力さんはプロレス団体有志ら約二十人で郡山市の郡山高を訪れ、炊き出しを行い温かいカレーライスや豚汁を提供した=二日午後一時四十分ごろ
うまさか・てっぺい の くつろぎタイム <チャレンジ編> 「名乗るほどのものではございません」と炊き出しする男性
プロレスラー長州力(五十九)が二日、福島・大熊町からの避難者約三百人が生活する県立郡山高校で炊き出しを行った。
地震、津波、原発事故で傷を負った町民へカレー、豚汁を振る舞った。
新日本プロレスの三上恭佑(二十七)も同行し、団体を超えて尽力した。
長州は「力を貸してくれてありがたい。原発の影響? 全然気にしてない」。
水道水で溶いた青汁も飲んでいる。
歴史の壁も越えた。長州の出身地・山口(長州)と福島(会津)は、千八百六十八年の会津戦争で争った。
今でもわだかまりをもつ人もいるという。
長州は「郡山は東北シリーズでよく来た。その時に温かい声援をもらった。『長州』の名を育ててくれた場所。感謝している」。
歴史は関係なく、恩返しの為に郡山に戻ってきた。
用意された食事は誰一人残さなかった。
避難中の斎藤英吉さん(五十六は「あったけ~のを頂けて感謝しかない」と涙を浮かべた。
今後も支援活動を行う予定だ。
長州は「山口には美味しい湧き水もある。届けてあげたい」と話した。
うん、何かほっこりするいいニュースだ。
プロレスラーの代表的な存在である長州力。
かつてはジャンボ鶴田師匠ともシングルで戦っている。
そんな人が被災地へ出向き、炊き出しを行う。
素晴らしいなあと心が温まる。
本当に俺は何をやってんだか……。
ひたすら生活の為に変わらない日々を佐川急便で過ごしているだけ。
最近小説すら書かなくなった。
ひたすら肉体のトレーニングをとやっているだけだ。
自分の存在が虚しい。
この世の中に何の役に立っているのだろうか?
月に二十数万程度の経済をただ回しているだけ。
遣る瀬無い日々を送る中、大好きなジャッキーチェンのニュースが飛び込んでくる。
ジャッキー全財産を東日本大震災などに寄付 総額二百六十億円
二千十一年四月四日。
チャリティニュース -チャリティ、寄付、ボランティアで世界を変える-
東日本大震災の復興支援にむけて香港で行われる「愛は国境を越える三一一チャリティイベント」のエグゼクティブプロデューサーを務める世界的アクションスター、ジャッキー・チェン。
アクション俳優、ジャッキー・チェンが全財産を寄付することを宣言したことが三日、明らかに。
世界日報などが報じたもので、先月31日に北京市内でのイベントで公言した。
資産総額は二十億元(約二百六十億円)を超えるともいわれ、長男で俳優のジェイシー・チャン(二十八)には遺産を残さないという。
今月一日には自ら発起人となり、東日本大震災チャリティーイベントを香港で開催。
約二千五百万香港ドル(約二億七千万円)が寄せられ、自らも三百万香港ドル(約三千二百万円)を寄付した。
(サンケイスポーツ)
本当にこの人は凄いなあ……。
子供の頃家の目の前の映画館『ホームラン劇場』のスクリーンで知ったジャッキーチェン。
俺は強くなりたくて、ジャッキーのトレーニングシーンで真似できる事は真似をして鍛えた。
あの頃から三十年以上経つのに、相変わらず自分の中で彼はヒーローだった。
そう…、俺はジャンボ鶴田師匠や三沢光晴さんだけでなく、ジャッキーにしても多くの背中を見てきたはず。
もっと頑張らなきゃいけない。
落ち込むのは簡単。
誰にだってできる。
大切なのは今は駄目でも前を見て、進まないと……。
先輩の中野英幸さんの県会議員選挙運動が始まる。
俺は英幸さんから連絡を受け、仕事前に選挙事務所へ顔を出した。
おじいちゃんが中野清さんを応援したようになんて俺にはできない。
そこまでの人脈も力も何もないのだ。
でも、筋を通し恩義のあるこの人には受かってほしかった。
同時期同じく自民党の渋谷実さんや、小学校からの同級生である船橋一浩も出馬している。
都合いい考え方だが、表向きは英幸さんを応援だが、渋谷さんにも同級生の舟ヤンにも選挙はみんな受かってほしかった。
佐川急便へ行っても休憩中、知り合いに中野英幸をと説いて回る。
西尾はそんな俺に対し「岩上さんは政治家にすり寄ってゴマをする人間なんですね」と言ってきたので、頭を叩いた。
純粋に俺は応援しているのだ。
人を嘲笑するだけなら、口を挟むなと怒鳴る。
帰り道、小田中から「岩上さん、西尾には気を付けた方がいいですよ」と忠告された。
「ん、気を付けた方がいいとは?」
「あいつ、宗教のエホバの証人なんですよ」
エホバの商人?
宗教自体ほとんど関わりのない俺は、何の商人なんだろうと不思議だった。
これまで宗教といえば、やはり何度も身体を重ねた望を思い浮かべた。
今頃元気でやっているのだろうか?
宗教といえば、岩上整体時代突然やってきた創価学会の緑がいたっけ……。
やれ、選挙は公明党に入れろとか聖教新聞と取れとか本当にいい迷惑だった。
歌舞伎町の風俗嬢から、いきなり創価学会員になり結婚までした緑。
以前従業員の小山の彼女として紹介をされたが、あの温和な彼がシャブをやめない緑に呆れ果てて別れたのだ。
シャブ中の風俗嬢が、どうやってあんな熱心な創価学会の布教活動をやるようになったのか?
その一点のみ気になったが、関わるとロクな目に遭わない。
西尾のやっているエホバの証人。
彼は特に周りに布教活動をしている訳ではないので、まったく今まで気が付かなかった。
俺より古くから佐川急便にいた人間によると、初期の頃は熱心に活動をしていたようだ。
それをリーダーの岸本に見つかりどやされてからは、静かになったと言う。
俺自身宗教にはまったく興味無いが、西尾を人間性を振り返ると大した教えでは無いなと思ってしまう。
ある日休憩中西尾が「岩上さん、あなたは魂が薄汚れています。私には近寄らないで下さい」と言ってきたので、胸倉を掴んで壁へ叩きつけた。
散々ご馳走や色々してやった事を忘れ、何て言い草だと思わず手が出たのだ。
周りが必死に制止したのでそのくらいにしといたが、それから宗教を信仰する人間に対し、変に気嫌いするようになった。
そんな日常を過ごしながら選挙の結果が出る。
俺はミクシィに記事を書いた。
二千十一年四月十七日。
英幸さん、渋谷さん…、そして船ヤン、当選おめでとうございます。
日本復興……。
多くの人がこのテーマについて色々考えていると思う。
寄付をする人もいれば、自ら身を投じて支援する人々。
じゃあ、今の俺に、何ができるというのだろうか?。
またコンディションを戻し、リングへ上がる。
その事に何の意味合いがある?
ただの自我に過ぎない。
単なる自我にせず、より良い方向へするにはどうすればいいのか。
色々考えていた。
俺ができる事……。
またはこれまでやってきた事……。
絵を描ける。
ピアノを弾ける。
コンディションさえ戻せばまだ戦える。
患者を治す事ができる。
小説を書く事ができる。
料理を作れる。
では、これまでに培ったこれらのものを活かしながらできる事。
日本復興において大切なのは、子供たちの希望だと思う。
昔から子供が好きだった。
ならば…、俺は養護施設で働きたい。
子供たちへ愛情を持って接し、物事の善悪を教え。
心から笑顔でいられるような空間を作りたい。
だから絵のスキルと小説のスキルを駆使して、絵本にも挑戦してみよう。
そして子供たちが望むのなら、リングの上で戦い、夢を与えたい。
常に子供たちに囲まれた生活……。
うん、そんな風にこれからは生きていきたい。
幼い子供の笑顔に囲まれ、癒されながら日々を過ごせたらどんなに幸せだろうか?
焦らなくていい。
俺は俺なりのペースで、地に足をつけて進めばいい。
それにしても選挙の結果が、自分の望んだ通りで本当に良かった。
まさか英幸さん、渋谷さん、舟ヤンと三人共受かるなんてな。
しかし今の職場では、喜びを分かち合える人間が誰一人もいない。
まあいいか、気にしても仕方がない。
休みの日に同級生の飯野君を誘い、川越の市場へ食事に向かう。
鰺フライ定食に足りなかったので、マグロの中落ち丼を注文。
身体を動かしているせいか、四十手前にして食欲旺盛。
飯野君は俺の食欲に驚いていた。
少しずつ変化していく身体。
「何か岩上さん、最近また一段と身体がゴツくなっていませんか?」
そう住谷は驚いている。
少しずつだけど、俺は確実に前へ進んでいるのだろう。
『痩せたね』と言われる今日この頃……
二千十一年四月二十四日。
『痩せたね~』
最近街を歩いていると、知り合いたちからよくそう言われる事が多い。
別にダイエットをしている訳じゃない。
またあの頃へ戻りたいだけ。
だからコンディションを戻したい。
小説は年を取っても書ける。
でも、これは今がラストの時期だと感じるから……。
今年でもう四十歳になる。
年を取った?
体力が落ちるのは当たり前?
そんな事、誰が決めた?
やってみなきゃ分からないだろう。
体力はやれば、まだ上がる。
俺が今、それを実感している。
現在の自分を撮影してみました。
トレーニングをちょっとハードにやり過ぎなのかな……。
今から約十年前をコンディションマックスとしたら、現在はようやく二十パーセントまで戻りつつある。
さて…、これから鋼の鎧を増やしていかなきゃね。
日々の仕事。
それ以外はトレーニング。
物足りなさを感じ、川越市駅前にあるスポーツジムの見学へ行ってみた。
そこでちょっと『マシンを色々やりたい』と頼むとOKしてくれたので、色々やってしまう。
係員の対応がとても良かったので、その場で契約。
スポーツジムからは契約時「岩上さんって、あの岩上さんですよね?」と聞かれた。
そんな有名になるような活動をしていなかったので驚いたが、俺をジムの広告媒体に載せていいかと言うので好きにさせる。
すると月に掛かる会費を三千円のみにしてくれた。
これからは日々のトレーニング以外にも、ジムというものが日課に加わる事になる。
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